10 霊能者に会うぞ(前)

 オフコラボから数日が過ぎた。

 あの後、アーカイブ自体はがおーさんによって消去されたものの、生配信を観ていた人たちや切り抜きを観た人からの反響もあって、俺のチャンネルの登録者数は結構な勢いで伸びていった。

 

 ……若干一部で炎上気味だったのが気になるけどね。

 中には、俺が悪霊をがおーさんに取り憑かせた、みたいなことを言っている人もいてビックリしたくらいだ。

 

 まあそういうごく少数の人たちの声は、がおーさんが元気に配信を再開したことで自然に消えていったけど。

 

 実をいうと、あの後がおーさんから連絡を貰って再度通話をしたのだ。

 

『あー、えーと、その……今回は色々すまなかったな……』


 最初は歯切れ悪く謝罪の言葉だけを伝えてくれたのだが、それだけでは終わらない雰囲気だったので突っ込んで話を聞くと。

 

『お、俺の後ろに悪霊って本当にもういないんだよな? 今もいるとかないよな? そ、それに、もし今までと同じようなことしてたらまた憑かれるのか?』


 どうやら悪霊関係が余程トラウマになってしまったようで、涙目で質問された。

 もちろん悪霊はしっかり退治したのでもういない。

 しかし、恨みを買い続ければまた憑くことも十分考えられる。

 

 そう伝えると『そんなぁ……俺はどうすりゃいいんだよ……』と泣き出してしまったのだ。

 

 いやまあ、恨まれるようなことをしなければいいのではとも思うが、既に今までやらかしてしまった過去がある以上、今後何もしなくとも悪霊が再度取り憑くことは十分あり得る。

 確かに自業自得の側面はあるが、怖くてずっと背後が気になると怯えて泣く姿を見てしまっては流石に少し可哀想になってしまった。

 そんなわけで、つい真夜さんと同じように霊的なボディーガードを創ってあげようかと提案してしまったのだ。

 

『ほ、本当か!? あ、で、でもそいつも霊なんだよな……?』


 なんなら外見は可愛くできると言うと、もう一も二もなかった。

 

『じゃ、じゃあこれ! こいつソックリに創ってくれ!』


 そう言って差し出されたのはデフォルメされた怪獣のようなぬいぐるみだった。

 丸っこくて妙に可愛らしい。

 聞けば、どうやら子どもの頃から大事にしているがおーさん愛用のぬいぐるみらしい。


 霊的なボディーガードは創るのには数万ポイントほどかかるが、今回の騒動でチャンネルの登録者はついに二十万人を突破。

 なんならあっという間に二十三万人を超え、まだ伸びている。

 がおーさんとのコラボで得たポイントの一部をがおーさんに返したと思えばそれほど気にならない。

 

 むしろ、俺がやり方を間違えたせいでがおーさんが引退とかなったらそっちのほうが嫌だからね。

 これで元気になってくれるならそのほうがいいだろう。

 

 そんなわけでポイントを消費してぬいぐるみに似せた霊を創ったわけだが。

 

 ……見よう見まねなせいか、微妙に造形が崩れている気がしてならない。

 相変わらず俺の美術センスの無さが光る。

 

 しかし、がおーさんはとても喜んでくれた。

 強さ的には初期のマヨナイトに少し劣るくらいだが、今回程度の悪霊であれば問題なく倒せるはずだ。

 名前はマヨナイトを文字ってガオナイトにしたらどうかと提案したが、可愛くないと却下された。

 結果、がおのすけという微妙なネーミングがつけられたわけだが。

 

 ……絶対ガオナイトのほうがいいと思う。

 

『あ、ありがとなミア。助かる。約束は守るからよ』


 一応、がおのすけと引き換えに、今後は他人にあまり迷惑をかけないことを約束してもらった。

 がおのすけがいるからと好きに暴れられても困るからね。

 何なら『この恩は絶対返す』とまで言ってくれたので、俺も少し嬉しくなってしまった。

 

 そんなわけで、後日がおのすけを無事引き渡し、がおーさんの配信を観てみたのだが。

 

『要は大勢に好かれてるやつを叩くから不特定多数から恨まれるわけだよなぁ? なら最初から恨まれてるやつを叩けば被害は最小限ってわけだ!』


 何をどう思ったのか、そんなことを言い出してしまった。

 軽快に笑いながら画面に向かって中指を突き立てるがおーさん。

 その肩にはしっかりがおのすけが乗っている。

 

 がおーさんにはがおのすけの姿は見えないが、常にその側を離れることはないと伝えてあるので安心はしてくれているのだろう。

 その笑顔からは悪霊への怯えのようなものは見られない。

 とはいえこのハッチャケ具合はどうかと思うが、まあ元気になってくれたなら良かったのかな?


 俺について聞かれた際も『ミアか、あいつは本物だな、認めるわ。お前らも今回の件で向こうに迷惑かけるんじゃねえぞ。今後も俺が悪霊に取り憑かれたら世話になる予定なんだからな』と言ってまとめてくれた。


 なお、がおのすけについては表向きは内緒にしてくれるように頼んである。

 真夜さんの時でさえ自分にも作ってくれって依頼が結構届いたからね。

 その時は何とか誤魔化したけど、がおーさんにまで創ったとなったら何を言われるかわからない。

 

 まあ配信を観た真夜さんには速攻でバレて聞かれたわけだけど。


 そんなわけでひとまず、がおーさんとのオフコラボについてはこれで無事に終わったと言って良さそうだ。

 せっかくの縁だしがおーさんとは今後も仲良くやっていけたらいいなと思う。

 

 ということで後は準備が整い次第、二十万記念配信をして怨霊退治に備えよう。

 そう思っていたのだが。

 

 

 ◯

 

 

「それでね、真夜さんってばマヨナイトに必殺技を仕込んでるみたいなんだ」


 その夜、俺は恒例の悪霊退治配信をしていた。

 カメラ師匠とモニターくん、口だけさんと市子さんを連れて夜の街を歩く。

 

 人通りが少ない道を選んでいるため、周囲は薄暗く、街灯と自販機の灯りが辺りを照らすのみだ。


『必殺技かあ』『必殺技w』『なんかカッコいい』『何させるんだ?』『楽しそう』『ちんちん』『ちんちんさせよう』『お前らさあ……』


 ミア友さあ……。

 

 俺だからまだいいけど、他の女の子にそんなコメントしたらダメなんだぞ!

 

 特にとまるんにセクハラなんてしたら顔を真っ赤にして狼狽えちゃうからな。

 あれはあれで可愛いから見るほうとしては有りなんだけど、もっとやれと思わないこともないわけだけど、やっぱり可哀想だからね。

 

 歯止めが効かなくなってもいけないし、何事もほどほどが一番なのだ。

 

「真夜さんは真夜スペシャルをさせるって言ってた。真夜スペシャルが何かわからないけど」


『草』『なにそれw』『真夜スペシャルww』『センス草』『気になって草』『相変わらず何考えてるかわかんねえw』『ミアスペシャルを仕込もう』


 ミアスペシャルってなんだろう……。

 

 思わず、マヨナイトが四回転アクセルを成功させるシーンが頭に浮かぶ。

 

 可愛いけど必殺技ではないな。

 

 まあ真夜さんもあんなことがあって危機感を覚えているみたいだし、やれることはやっておきたいのだろう。

 マヨナイトは超強化しておいたので今後はそう簡単に遅れをとることはないと思うが、大事なのは真夜さんのメンタルだからね。

 

 必殺技を仕込むことで安心してくれるならいくらでも仕込んでもらいたいところだ。

 ただしちんちんは除く。


 そもそもちんちんは必殺技じゃないだろ!

 

 さて、それじゃあそろそろ配信を終わろうかなと思った時だ。

 

 前方から、誰かがやってくるのが見えた。

 

 慌てて市子さんを歩道の端に移動させ、捨てられた人形の振りをしてもらう。

 

 いつものことながら申し訳ない。

 ごめんよ市子さん。

 

 市子さん以外は見咎められる心配もないのでそのまま待機だ。

 俺自身、帰り道ということもあって可視化はしていない。

 いつも通りやり過ごすだけだ。

 

 そうして暗がりの中から進み出てきたのは、一人の老婆だった。

 小柄な体格、曲がった背に真っ白な頭、そして皺の刻まれた顔。

 杖を片手に、ゆっくりと歩く姿は、どこか妙な威厳を感じさせる。

 

 結構な高齢だと思われるが、それを感じさせないだけの生命力に満ち溢れているように見えた。

 

 このままだと衝突する位置取りなので、俺はそっと横に避けた。

 

 まあ実際にぶつかる心配はないんだけどね。

 気分の問題というか、やっぱり人と重なるのはあんまりいい気がしないのだ。

 

 そんなわけで、後はこのお婆ちゃんが通り過ぎるのを待つだけだったのだが。

 

 すれ違う瞬間、ふと老婆の足が止まった。

 

「え?」


 目の前で立ち止まるものだから、一瞬動揺する。

 

 なんだろう、何かあったのかな。

 

 呑気な思考とは裏腹に、頭のどこかで警鐘が鳴る。

 

 しかし、俺が行動に移るよりも早く。

 隙をつかれ、気付けば右手を掴まれていた。

 

 え、え?

 何?

 

 それはさながら握手のようだった。

 ただ、手から感じる熱量は、友好的なものというよりも、俺を逃さないという意思がこもっているように感じられる。

 

 触られた?

 幽霊の俺が?

 なんで? どういうことだ?

 

 咄嗟に振り払うべきか迷う。

 しかし、相手は老人だ。

 乱暴にすることで、怪我をさせてしまったらどうしようという意識が、俺の行動を遅らせていた。

 

「ミアちゃんだね?」


 老女がゆっくりとした声で話す。

 その目は何かを探るように細められている。

 

「あ、え、えっと、あなたは?」

「おっと、ごめんごめん、怖がらせちゃったかい? いかんね、歳をとると他人との距離感がわからなくなる」


 お婆さんはそう言って朗らかに笑うと、俺から手を離してくれた。

 

「私は笹塚花という……どこにでもいるただの婆さ。ただそちらにわかりやすくいうと霊能力者ってことになるのかね?」


 霊能力者!

 

 その響きに、ついに来たか! と身構え、俺は後方に飛び退る。

 

 笹塚と名乗ったそのお婆さんは動かない。

 それどころか、最初の意思の籠った視線を一転させ、どこか穏やかな眼差しでこちらを見ている。

 

「ああ、そう警戒しなくていいよ。こちらから何かをするつもりは無いんだ。その証拠にほら、今配信っていうのをしているんだろう?」


 当然見えているのだろう。

 カメラ師匠を指差される。

 

「大勢の前でこんな可愛い女の子に襲いかかったりなんてしないよ。ああ、もちろん人目がなくてもやらないけどもね? ただちょっと話がしてみたかっただけなんだよ。だから申し訳ないけどお互いの安全が担保されるであろう配信中に声をかけさせてもらったんだ」


 ごめんよ、と頭を下げられ、俺は混乱する。

 その言葉を信じるのなら、俺に危害を加えるつもりは無いのだろう。

 少なくとも今は。

 

 確かに、仕掛けようと思えば何も配信している時を狙わなくてもいいはずだし、さっきも俺の腕を掴んだ瞬間、いくらでも行動できたはずだ。


 ただ、突然のことに思考がついていかない。

 このタイミングで俺の前に現れた意味は何なのだろうか?

 

 コメントに視線をやる。

 

『何だこのばあさん!?』『霊能力者?』『マジ?』『ミアちゃんに触れるのか』『ヤバい』『本当に話すだけ?』『何が狙いだ?』『罠かも』『まあ確かに配信中を狙う必要はないわな』


 ミア友のみんなも突然の事態に動揺しているようで意見にまとまりがない。

 

「何が狙いですか?」


 一応これだけは聞いておかないと。

 

「本当に話がしてみたいだけさね。というのもね、アンタが悪い存在じゃないのは一目見ればわかるんだ。でも既に二十万人以上の人間と縁を繋いでいるんだろう? その辺を危険視する声が仲間内で上がっていてね」


 どこか億劫そうにため息を吐くお婆さん。

 仲間内。

 やっぱりそういう組織があるのか?

 

「あんたも霊なら、下手な霊と人とが縁を結ぶ危険性はわかるだろう? そんなわけで、ただ放置はできないってことで、その人となりを知りにきたのさ。何、そんなに心配しなくていいさ。この婆よりミアちゃんの方がよっぽど強いからね。戦闘になったら一瞬で負けるよわたしゃあ」


 カラカラと笑う姿に気勢が削がれる。

 何とも掴みどころがないというか、クセ者っぽいお婆さんだ。


 ……確かに人と霊の縁が危険だという意見はわかる。

 女子校の怨霊のことを思い出す。

 強力な霊であればあるほど、一度結んだ縁を悪用しようと思えば簡単にできてしまうに違いない。


 話してみて、このお婆さんからは害意のようなものが伝わってこないのも事実。

 少なくともその言葉に嘘は感じられない。

 完全に気を許したわけではないが、自然と身体の強張りが抜けていく。

 

『うーん』『本当でござるかあ?』『嘘は言ってなさそう』『話くらいならいいんじゃない?』『警戒は続けよう』『ミアちゃんに何かしたら俺らが許さんからな』『少なくとも大勢に見られている中でJSを襲うほどアホじゃないだろう』『笹塚さんなら大丈夫だよミアちゃん』


 ミア友も話くらいならという方向に傾いてきている気がする。

 というか、笹塚さんなら大丈夫とコメントしている人はこのお婆さんの知り合いか何かだろうか?

 名前を見ると、エアーさんというミア友の常連の人だ。

 

 ちょっと話を聞いてみようかと思ったその時。

 

「笹塚さん!」


 どこか焦ったような声とともに、こちらに駆け寄ってくる一人の若い女性の姿があった。

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