8 通話するぞ
ぎゃおーさんに連絡を取ってみたところ、文章だと詳しい話をし辛いのでビデオ通話をしたいと頼まれてしまった。
一瞬罠を疑ったが、通話をするだけならそこまで問題もないかと思い直す。
若干の警戒心を持ち、俺はぎゃおーさんの待つビデオチャットルームへと入室したのだが。
『お、おう、は、初めまして、義理切がおーだ』
現れたのは、いつもの強気の態度はどこへやら、どこか挙動不審なぎゃおーさんだった。
視線はオドオドと宙を舞い、吊り目がちな目は不安そうに瞬きを繰り返している。
というかこちらを見ないので一度も視線が合わない。
「あ、はい初めまして、幽霊配信者のミアです。ええと、あの、ぎゃおーさんですか?」
なんとなく確認してしまう。
『あ、ああ、そうだ。えっと、ぎゃおーって言うのあんまり好きじゃないんで、で、できればがおーって呼んでもらえると……助かる』
ぎゃおーはあんまり可愛くないから、と呟く彼女は、相変わらずこちらと視線が合わない。
ううん、なんだこの人。
見た目はカッコいい美人なお姉さんなのに、なんだか妙にしおらしいぞ。
配信中の勇ましさはどこにいったんだろう。
実は素だと良識人だったりするのかな?
「ごめんなさい、がおーさん。普段と全然様子が違うんですけど、実はそっちが素だったりしますか?」
『えっと、い、いや、素っていうか……ま、まあ、普段はちょっと頑張っていると言うか、舐められないようにキャラ作りしてるとこはある……かも……』
あ、やっぱりそうなのか。
それで出来上がるのが狂犬というのも極端な話だが、俺としてはこちらのほうが落ち着いて話せそうなので助かる。
『あ、で、でも、誰にでもこんなんなわけじゃないからな。この業界舐められたらお仕舞いなんだ。ただ、今日はちょっと事情があって……』
事情?
事情って何だろう?
口振り的に、他のコラボ相手にはやはり狂犬モードなのだろうか。
実際、がおーさんは多くの配信者と揉めて恨みを買っているらしい。
その全てがプロレスだったとは思えない。
なので、俺はその辺を素直に聞いてみることにした。
「事情ってなんです?」
『あ、ああ、実はその……ええと怒らないか?』
「あ、うん。怒らないですよ」
確認されたので頷いておく。
悪気がなければ怒ったりしないよ。
俺を怒らせたら大したもんだよ。
『ほ、本当に本当に怒らないか?』
「怒らないですよ」
『ほ、本当に本当に本当に本当に絶対怒らないか?』
「う、うん、怒らないから」
『本当に本当に本当に本当にほんとーに、絶対何があっても怒らないか?』
「早く言えや」
『ぴぃ!?』
おっと、つい語気が荒くなってしまった。
反省反省、てへぺろ。
というか今、やけに可愛い悲鳴が聞こえたような……。
俺は彫像のように固まってしまったがおーさんに慌てて手を振る。
あ、あれ?
予想以上にダメージが入ってないだろうか?
お、おーい、がおーさん?
ごめんよ、大丈夫だよ、怒ってないよー?
少し経ってようやく落ち着いてきたのか、がおーさんがポツポツと話し始める。
『え、えっと、その、だ、誰にも言わないでほしいんだが、実は俺、昔から幽霊が怖くて……』
聞くところによると、子どもの頃に読んだ漫画が怖すぎてトラウマになって以来、幽霊が大の苦手なのだそうだ。
それこそトイレの花子さんレベルの話でも聞くとトイレに行けなくなってしまうらしく、ありとあらゆる怪談を避けてきたんだとか。
それなら俺に絡まなければいいんじゃないかと思ったが、なんでも「だ、だって、コメントで話題に出ちゃうと俺の性格上言及しないのは変だし……」とのこと。
最初は努めて無視していたらしいが、俺に関するコメントがそれなりに増えたので拾わざるを得なかったようだ。
うーん、何だろうこの自業自得感。
いっそ幽霊は苦手だと公に言ってしまえばいいんだろうが、それはイメージを損なうので嫌だとのこと。
『ミ、ミアさんは本物だって聞いたから、失礼なことをしたら……の、呪われちゃうんじゃないかって不安で……』
え、ええ?
呪ったりしないよ。
したこともないよ。
困惑する俺を尻目に、がおーさんは何かを決意したような目をこちらに向けた。
『あの、その、ミ、ミアさんは本当にその、本物の幽霊なんだよな? 今も透けてるし……』
「うん、そうだよ」
『実はトリックだったりしないか? だ、誰にも言わないから、ここだけの話にするから!』
「い、いや、残念だけど本物……」
そう言いかけた時だった。
急に口だけさんが近付いてきた。
そのまま、モニターをジッと覗き込む。
『ひゅわあぁあぁあ!? お化けぇええぇぇえ!!?』
突然現れた口だけさんに驚いたのか、がおーさんがひっくり返ってしまった。
だ、大丈夫かな?
でも、こいついつの間に帰ってきたんだ。
ジッとモニターを眺めるその様子からは、何かの意図を感じる。
ああ、まあそうか。
やっぱりお前も気になるか。
がおーさんの後ろに憑いているもの。
パッと見は黒いモヤの集合体に見える。
それが不規則に蠢き、時々般若の面のような形状に変化する。
何というか、恨みの念を強く感じる。
性質としては真夜さんに憑いていた蟲野郎に近いかも知れない。
ただ、それよりももっと重く濁っているというか、タチが悪い気がした。
恨まれてそうだもんなあ、がおーさん。
しばらく見ていたら興味を無くしたようで、口だけさんが定位置に戻っていく。
画面の向こうだとこっちからは手の出しようがないからね。
今のところ放置するしかないだろう。
まあ見たところそこまで強力な悪霊というわけでもない。
普段配信で退治して回っている奴らと大差ないレベルだ。
なんなら放置しておいても多少周囲の気が淀むくらいじゃないだろうか。
もしがおーさんに会う機会があればその時にサクッと退治すればいい。
少なくとも蟲野郎の時のような醜態を晒すことにはならないはずだ。
……思い出したら腹立ってきたな。
蟲野郎は絶対に許さない。
当時の屈辱を思い出し、俺は密かに恥辱を噛み殺した。
『お化けやだ、お化け怖い、お化けやだ、あっちいって』
こちらに背を向けガタガタと震えるがおーさん。
何とか立ち直ってもらうのに多少の時間を要した。
『やっぱ本物じゃん……無理じゃん……逃げるしかないじゃん……』
どうやら心が折れそうになっている様子。
虚ろな目で呟き出したので、一応「口だけさんは生身の人間には害はないから」とフォローしておいた。
「ええと、話を続けてもいいかな? それとももうやめておく?」
『……や、やめたいけど、下僕どもにやるって啖呵切っちゃったから』
下僕というのはがおーさんのファンネームだ。
がおーさん曰く、プライドにかけて幽霊が怖いなどと知られるわけにはいかず、最早引くに引けない状態なのだという。
『だ、だからオフコラボして貰えないか? 一度絡んじゃった以上、受けて貰えなかったらミアさんを……その……た、叩く流れになっちゃいそうで……それはその、絶対避けたいっていうか……勘弁してほしい……』
まるで脅しのような言い分だが、避けたいのはおそらく本心だろう。
というか、本人が一番ビビっている。
まあ今まで強いキャラで通してきている分、弱味を見せられないという気持ちはわからなくもない。
無理を言っている自覚はあるのか、今も目線が横を向いている。
「ちなみにオフコラボで何をするの?」
一応これだけは聞いておかないと。
『本物の幽霊かどうかの検証をする……予定……べ、別に酷いことは考えてないから。普通にいくつか実験をしてもらうだけだ』
実験かあ。
その言葉を口にした時、がおーさんの瞳に薄らと意思が見えた気がした。
……もしかしたら、まだ俺が本物かどうか疑っているのかも知れない。
まあそりゃ幽霊が苦手ながおーさんからすれば、実際に幽霊がいるなんて早々認めたくはないか。
なんなら、偽物であってくれと願っているまでありそう。
となると、実験とやらも本気で取り組んでくるだろう。
そこで、もし俺が偽物だと判断すれば態度を翻して口撃してくることもあるかも知れない。
なるほど。
これは勝負なんだな。
がおーさんが低姿勢で来てくれているおかげで場の雰囲気は悪くないが、おそらくその性質は変わっていない。
彼女の素は大人しいのかと思ったがとんでもない。
やはりその本質は狂犬で、俺に対しても噛み付く隙を探しているのかも。
なら、受けてたとうじゃないか。
何せこっちは本物の幽霊だからね。
どんな実験をされても問題ないというか、逆にどうしたらトリックだと証明されるのか教えてほしいくらいだ。
幽霊が実在するのかどうかの実験となれば普段配信を見ない人の興味もひけるかも知れないし、そこで本物の幽霊だと証明できれば宣伝効果もありそうだ。
逆に偽物だと思われれば評判的にマイナスになる可能性もあるが、コミケ動画の直後ということもあり、注目はそれなりに集まるだろう。
受けるメリットとしては十分ある。
……本当は認知度のことを考えたらなりふり構わずに目立つのが一番なのかも知れないけど、それはそれで少し怖い気もするし、あくまで配信者として露出を増やすくらいが丁度いいと思う。
結果として、がおーさんが幽霊が実在することを知って怯えることになれば少し可哀想な気もするが、あんな悪霊を背後に憑ける程度には恨まれているみたいだし、彼女には少し反省してもらおう。
「いいよ、じゃあやろうかオフコラボ」
『ほ、本当か!? わりぃ、助かる! あ、え、えっと、じゃあまずは日にちについてだけど……』
そんなこんなで、俺たちはそれぞれの思惑を胸に秘め、オフコラボについて話し合った。
◯
【しからば】幽霊配信者ミアちゃん応援スレpart18【御免】
762 視聴者の名無しさん ID:
悲報 ミアちゃんとぎゃおー、オフコラボ決定
763 視聴者の名無しさん ID:
>>762
ま?
764 視聴者の名無しさん ID:
>>762
どこ情報?
765 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃんがツミッターで呟いてるぞ
766 視聴者の名無しさん ID:
まじじゃん
うわああああああ
やめてくれええええええ
765 視聴者の名無しさん ID:
まじかよ
大丈夫なのかあんなのとオフコラボして
766 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃん「本物の幽霊だって証明してくる!」
767 視聴者の名無しさん ID:
あの挑戦受けちゃったのか
768 視聴者の名無しさん ID:
結構負けん気強いからなあミアちゃん
769 視聴者の名無しさん ID:
おいぎゃおー
ミアちゃんに変なことしたら俺が許さんぞ
770 視聴者の名無しさん ID:
変なこと(意味深
771 視聴者の名無しさん ID:
キマシッ
772 視聴者の名無しさん ID:
ぎゃおーとそんなんなっても嬉しくないだろwww
773 視聴者の名無しさん ID:
ぎゃおー黙ってれば美人さんだけどなw
774 視聴者の名無しさん ID:
黙れば芍薬、喋ればトリカブト、絡む姿は百合の花ってか
775 視聴者の名無しさん ID:
>>774
だれうま
776 視聴者の名無しさん ID:
>>774
ミア友になる権利をやろう
777 視聴者の名無しさん ID:
もうミア友じゃい!
778 視聴者の名無しさん ID:
お前らマジで幽霊とかいると思ってんのダッサwwwwwww
小学生じゃないんだからさwwwwww
あそういえばここの配信者は小学生かwwwwwww
子供騙しwwwwww
779 視聴者の名無しさん ID:
下僕わいてきた
780 視聴者の名無しさん ID:
ただの荒らしじゃね?
781 視聴者の名無しさん ID:
とまぁ! とままぁ! とまぁ!
782 視聴者の名無しさん ID:
唐突な赤ちゃん
783 視聴者の名無しさん ID:
ただのとま語使いじゃね?
784 視聴者の名無しさん ID:
ただのとま語使いとは一体……
うごごご
785 視聴者の名無しさん ID:
誤魔化すなよwwwwww
幽霊とかマジでいるわけないからwwwww
どうせ相手がJSだから反応してるだけだろwwwwww
おっさんだったら見向きもしてないwwwwwwww
786 視聴者の名無しさん ID:
>>785
>> どうせ相手がJSだから反応してるだけだろ
>>おっさんだったら見向きもしてない
急に核心を突くなw
787 視聴者の名無しさん ID:
荒らしのくせに的確で草
788 視聴者の名無しさん ID:
お、俺は違うから
789 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃん可愛いからね
仕方ないね
790 視聴者の名無しさん ID:
仮に配信を始めたのがうだつの上がらないオッサンの幽霊だったら……
あれ、それはそれで人気出そうじゃね?
791 視聴者の名無しさん ID:
>>790
ファン層は違いそうだけど人気出たかもな
792 視聴者の名無しさん ID:
ぎゃおーに勝てると思ってんの?
小学生でも手加減しねーからな
793 視聴者の名無しさん ID:
>>792
お前はぎゃおーのなんなんだよw
794 視聴者の名無しさん ID:
下僕です
795 視聴者の名無しさん ID:
赤ちゃんです
796 視聴者の名無しさん ID:
マヨラーです
797 視聴者の名無しさん ID:
ミア友はいないの?
798 視聴者の名無しさん ID:
ここにいるぞ!
799 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃん結婚してくれ
800 視聴者の名無しさん ID:
ちょっと楽しみ
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