閑話 真夜さんの冒険(後)
ミアミアだ。
ミアミアが来てくれた。
ジンワリと視界が滲む。
見慣れた金色の少女は、しかし今この場では誰よりも頼もしく見える。
紫色の光を浴びて、それでもなお輝く姿はとても綺麗で。
まるで神様の使者か何かのように錯覚してしまう。
カタカタとした震えが伝わってくる。
先ほどまで私を咥えていた人面鳥が動揺しているのがわかる。
ミアミアが右腕を軽く振った。
ただそれだけで、私の近くにいた人面鳥が爆散した。
「真夜さん、ちょっとごめん」
いつの間にか近くに来ていたミアミアが、私の身体に手を当てる。
瞬間、スッと全身が楽になった。
今までが嘘のように頭の霧が晴れ、身体も動くようになる。
「あ、あれ、動く?」
「うん。なんか呪いをかけられてたみたいだから解除しておいた」
呪いの解除って……。
なんだかサラッとすごいことを言われている気がする。
というか呪いをかけられてたのか私。
そう思うと無性に怖くなってくる。
「遅れてごめんね、真夜さん、もう大丈夫」
「ミ、ミアミア〜……」
本物のミアミアだ。
まさか本当に助けに来てくれるなんて。
ミアミアが申し訳なさそうに微笑む。
その顔を見て、私は今まで堪えていたものが溢れ出した。
「ミアミア、ミアミア、怖かった、怖かったよお〜!」
情けなく泣きながら、抱きついてしまう。
「うん、よく頑張ったね真夜さん。本当に、よく頑張ってくれた」
そう言って、私の頭を抱きしめて撫でてくれる。
温かい。
じんわりと感じる体温に、自分が助かったのだと実感する。
「ミアミア……ミアミア……ミアミア! ひっく、ごめんね、私、迷惑ばっかりかけて……」
「ううん、迷惑なんてことないよ。俺のほうこそ遅れてごめん。本当に無事で良かった」
「ミアミア〜……」
優しい。
まるで壊れものかのようにそっと抱きしめられ、涙が止まらなくなる。
て、あれ、抱きしめて?
よく考えたら私今ミアミアに触れてる?
というかミアミア、半透明でもなくなってない?
何だかものすごく貴重な体験をしている気がする。
しかし、そんな思考の時間は長く続かなかった。
「ごめん、真夜さん。まだ怖いかも知れないけど少しだけ待ってくれる?」
そう言うと、ミアミアは私から手を離して後ろを振り返った。
その視線の先には、複数の人面鳥。
そうだ、そういえばまだ何も終わってないんだった。
すっかり安心していたけど、いくらミアミアでもあの数相手に勝てるのだろうか?
少しだけ不安になる。
しかし、そんな私の心配をよそに、ミアミアが右腕を振った。
「穿て」
瞬間、閃光が迸り、前方の人面鳥全てが飲み込まれていく。
振動で空気が震える。
まるで戦艦アニメで撃ち放たれる波動砲のように、荒れ狂う力の奔流は進行方向の全てを薙ぎ払っていく。
無造作に放たれた一撃は、なんならその先にある校舎の壁面すらブチ抜いて、敵を綺麗さっぱり消し飛ばした。
私は唖然とするしかない。
ええ……?
ミアミア強すぎない?
いや、強いのは知ってたけどここまでとは思ってなかった。
最早幽霊とかそういう次元を通り越しているのではないだろうか。
一瞬にして校舎が半壊してしまった。
廊下は抉れているし、窓は割れ、余波で天井はひび割れている。
「まだ生きてるな」
驚く私を尻目に、ミアミアが歩き始めた。
慌てて後を追っていく。
「あ、えと、多分そこの部屋。化学準備室に」
「うん、ありがとう真夜さん」
ミアミアは私の言いたいことを察してくれたのか、そのまま化学準備室のドアに手をかけると。
「無駄な抵抗を」
開かなかったのか、一瞬顔を顰め、次の瞬間には蹴りでドアをぶち破った。
わお……。
バイオレンス……。
もしかしなくてもミアミアってば、かなり怒っているのではないだろうか。
部屋の中は、見覚えのある雑然とした状態だった。
ただでさえ狭い縦長の部屋が、暗さも合わさって妙な圧迫感を感じさせる。
そんな中、一箇所だけ禍々しい気配を放つ場所があった。
机の上。
そこに、コックリさんを行うための紙と十円玉が乱雑に置かれていた。
そして。
「許して 許して」
十円玉の上に浮かび上がるように、小柄な人面鳥がいた。
首を縮めて、羽根で頭を抱えるようにしてガタガタと震えている。
え、ええ……?
あれだけ私を追い詰めた凶悪な姿は既になく。
そこにいるのはただの怯える無力な霊だった。
そ、そんなに力の差があるの?
あれだけ凶悪だった人面鳥の哀れな姿に驚愕する。
ミアミアが一歩前に出る。
同時に、何故か私の手を握ってくれる。
え、ええと?
それを疑問に思うより早く、今まで震えていた人面鳥は、何を思ったのかその顔を大きく歪め、叫んだ。
「く、くるな! 死ね!」
瞬間、上下左右から複数の人面鳥が現れる。
その顔は一様に膨らんでおり、何かを吐き出さんとしているように見えた。
「ミ、ミアミア、ダメ!?」
私は慌てて止めようとするが間に合わない。
「「「〜〜〜〜〜〜!!!!」」」
人面鳥の口から不可視の呪いが放たれ。
「……」
「……え?」
「 え」
何も起こらなかった。
ミアミアはさして気にした様子もなく、真っ直ぐに机のほうに進んでいく。
「なんで え どうして」
人面鳥は混乱しているようだ。
私も正直何が何だかわからない。
ただ、おそらくはミアミアが敵の呪いを無効化したのだろうということだけはわかった。
「あ だめ やめ」
ミアミアが机の上にある十円玉を掴む。
そのまま握り込むと。
「 あ 」
バキバキと音がした。
ミアミアの手から、粉々になった破片が床に落ちていく。
ええぇぇ……。
握力ぅ……。
いや、多分握力とかそういう現世の理論の話じゃないんだろうけども。
少女が十円玉を握り潰すという絵面がエグい。
「よし、これで終わり。やっつけたよ真夜さん」
ミアミアが私を見て微笑んでくれる。
……う、うん。
どうやら全ては終わったようだ。
いやいやいや、やばいでしょ!
ミアミア強すぎぃ!
人面鳥相手に逃げ回った私がバカみたいじゃん!
いや、実際かなりヤバいやつだったのだろうとは思う。
ミアミアが規格外すぎただけで、普通ならこんな簡単には終わらなかったに違いない。
いまいち実感がわかずに呆然とする私をどう思ったのか。
ミアミアが俯きながら言う。
「ごめん真夜さん、マヨナイトの強化が足りなかっせいで危険な目に合わせちゃって……」
「い、いやいや、ミアミアは悪くないよ! 私が勝手に悪霊に手を出したのが悪かった……って、そうだ! マヨナイト! マヨナイトは無事なの!?」
色々あって頭から抜けてたけど、人面鳥に袋叩きにあってたはず!
「あ、うん、大丈夫。マヨナイトは無事だよ。少し弱ってるけどポイントをあげればすぐに直ると思う」
ほっ……。
よ、よかった。
何でも、ミアミアとマヨナイトは繋がっているので、意識すれば今大体どんな状態にあるのかわかるそうだ。
簡単な意思疎通もできるようで、最初に私がいる校舎の三階にすぐに辿り着けたのも、マヨナイトが位置を知らせたかららしい。
「単純な力だけでいえば今回の相手にも負けなかったはずなんだけど、呪い耐性が不十分だったみたい。本当にごめんね、真夜さん。しっかり強化しておくから」
「いやいやいや、それを言うならこっちこそごめんだよ。迷惑かけないつもりで結局助けて貰っちゃってるし、感謝の言葉以外ないっていうか、そんな謝られると余計に困るっていうか」
でもそっか。
力だけならマヨナイトのほうが上だった感じかな?
そう考えると、私の采配が悪かったとも言えそうだ。
今冷静に考えると、三階に上がるのが危険なら、二階から天井をぶち抜いて行くとか色々方法はあったような気がする。
まあそれでも結局は呪いにやられてたかも知れないけど、わざわざ助けにきてくれたミアミアには感謝しかないのだ。
マヨナイトを更に強化してくれるみたいだけど、私も軽率な行動はしないように気をつけないといけないね。
「じゃあミアミア、マヨナイトを助けに行こ」
「あ、それなんだけど真夜さん。マヨナイトは私が回収しておくから、先に戻っておいてくれない?」
準備室から廊下に出たあたりで、ミアミアは拳を目の前の空間に叩き込んだ。
再度ガラスの割れるような音がして、人一人が通れそうな穴が出現する。
どうやら待望の出口を作ってくれたようだ。
あっさりとそういうことができちゃうあたり、本当にすごいと思う。
でもどうしてだろう?
もう危険はないだろうし、マヨナイトは私のために怪我したんだから私も迎えに行きたいんだけど。
「うん、真夜さんは生身の人間だからね。あんまり霊的な空間に長居はしないほうがいいと思う。どんな悪影響があるかわからないし」
え。
いやいやいや、私もう散々ここにいた後なんですけど!
驚愕する私に、ミアミアが慌てて首を振る。
「あ、いや、あくまで念のためだよ。うん、影響とかほとんどないと思うけど念のためね!」
「あ、ちょっとミアミア?」
そう言って、ミアミアは私の背中をグイグイ押してくる。
おおう。
やけに強引だね。
まあでも、専門家のミアミアの言うことだ。
大人しく従ったほうがいいのかも知れない。
私は、抵抗をやめて大人しく空間の穴を潜った。
そして。
「戻った……」
破壊の痕跡などまるでない廊下。
明るい日差しが窓から差し込み、耳をすませば授業中なのだろうか、教師の声も聞こえる。
紛れもなく、いつもの女子校の風景だった。
我知らず走り出していた。
階段を駆け下り、教室を目指す。
見慣れた部屋の前までたどり着くと、勢いよくドアを開け放つ。
途端に集まるクラス中の視線。
「おー、山田、遅刻かー? 良い度胸だなー?」
男性教師が揶揄うように笑う。
次いで、クラスのあちこちから笑い声が上がった。
「は、ははは、すいません先生! 遅刻しました!」
「馬鹿野郎、堂々と言うやつがあるか。とっとと席につけ」
「へへへ、すいませんね」
頭を下げながら、自分の席へと向かう。
クラスメイトの視線が少し恥ずかしいが、それすらも戻ってきたんだという実感に変わる。
「真夜どしたん? 急にいなくなるからビックリしたよ」
高田さんが話しかけてくる。
おお、高田さん。
なんだかとても懐かしく感じる。
そういえば、高田さんの中では、私って話の途中でいきなり走り出したことになってるんだっけ。
ひとまず周囲を確認する。
当たり前のことだが、高田さんの側にはもう人面鳥の姿はない。
「高田さん、体調治った?」
「ん? ああ、そういえば朝より良くなったような? え、何それイミフなんだけど真夜」
訝しむ高田さんが可笑しくて笑ってしまう。
マヨナイトがいないのは少し寂しいけど、きっとミアミアが助けてくれるだろう。
何にせよ、帰って来れて良かったー!
ミアミア本当に本当にありがとうー!
こうして、散々だった私の心霊体験は終わったのだった。
◯
「さて、と」
真夜さんを送り帰したのを確認して、俺は荒れ果てた廊下の先に目を向けた。
「いるのはわかってるぞ。出てこいよ」
呼びかける。
この空間に入った瞬間、気配察知に引っかかる巨大な気配があった。
そもそもがおかしい話なのだ。
俺が先ほど倒した鳥お化け。
それなりに強くはあったようだが、少なくともこんな異界を創り出すような力は持ち合わせていなかったはず。
おそらくは間借りしていただけなのだろう。
排除されずに壁抜けなんかもしていたことから、何らかの許可は得ていた可能性が高いが、ここを創った本命は別にいる。
大きな気配が近付いてくる。
同時に、濃厚な血の臭いが辺りに漂い始める。
それは女の霊だった。
俯いているので顔は見えない。
長めの黒いボブヘアがダラリと前に垂れている。
真夜さんが身につけているのと同じような制服を着ているが、やや細部が異なるようだ。
こちらのデザインのほうが若干野暮ったく感じる。
昔の制服だろうか?
古い霊か?
不気味な霊だった。
何より異質なのは、その両手に掴んでいる複数の生首だ。
左右合わせて七つはあるだろうか。
まるで買い物袋でも持つかのように無造作に、髪を掴んでぶら下げている。
『助けて』『痛い』『やめて』『許して』
首がそれぞれに涙を流しながら悲痛な声を上げる。
悪趣味だな。
思わず顔を顰める。
まるで人の怨念を煮詰めたような、不気味な空気をまとった霊だった。
しかし強い。
まさか真夜さんの高校にこんなのが潜んでいようとは。
力の強さとしては、以前空で遭遇した悪魔もどきより少し劣るくらいだろうか?
戦えばまず間違いなく俺が勝つだろう。
少なくとも負けるとは思わない。
しかし、俺は戦闘を仕掛けるのを躊躇ってしまった。
理由は二つ。
一つは単純に警戒。
力では勝っていても、相手の能力次第では何が起こるかわからない。
油断ができるほど弱い霊でもないのだ。
しかし、だからこそ放っておくわけにもいかない。
こんなのを真夜さんのいる高校に放置するくらいなら、多少の危険には目を瞑って仕掛けるべきだ。
なので、最終的に俺の足を止めたのは二つ目の理由だった。
目の前の悪霊と、現世に生きる女生徒数人の間に繋がりが見えたのだ。
それはほんの一瞬臭わせる程度の時間だった。
しかし、確実に誰かがこいつと霊的に繋がっている。
それが誰かを調べる前に、繋がりの気配は消えてしまった。
隠された?
いや、むしろワザと一瞬だけ見せたのか?
悪いことに、今現在学校は普通に運営中だ。
校内には多くの生徒がいることだろう。
最悪、この悪霊が長期に渡ってここに根を張っているとするならば、何が仕込まれているかわからない。
迂闊に手が出せない。
嫌な予感に足が止まる。
俺の反応をどう捉えたのか。
用は済んだとばかりに、踵を返す悪霊。
そのまま後方へと去っていく。
逃げるのか。
どうやら向こうも俺には勝てないと判断したらしい。
ここでやり合うつもりはないようだ。
だとしたら、俺に手を出させないために警告に来たといったところか。
知性があり、理性がある。
厄介な手合いだ。
実際、ここで無理に倒そうとすると生徒にどんな害があるかわからない。
少なくとも数人と繋がっていることは確認している。
幸い、相手が真夜さんでないことだけはわかっている。
さすがに俺に近い相手であればあの一瞬で辿れたはずだ。
しかし、知らない生徒だからといって見捨てることもできない。
隠された以上、繋がっている相手が誰かを特定するのは、仮に生徒本人に出会ったとしても難しいだろう。
戦いながら繋がりを切れるか?
いや無理だ。
そこまで余裕のある戦闘にはならないだろうし、最悪こいつに攻撃することで生徒のほうにダメージがいく可能性もある。
現状は実質詰みだ。
手の出しようがない。
……見逃すしかないのか。
くそ、この野郎。いや、野郎じゃなくて女の子の霊みたいだけど。
拳を握り込む。
忸怩たる思いだが、下手なことをして犠牲を出すわけにはいかない。
あくまで予想ではあるが、繋がりがあるからといって即座に生徒に危害を加えられるというものでもないだろう。
もしそうなら、女子校はとっくの昔に多数の死者を出している。
幸い、真夜さんからそんな話は聞いたことがない。
ただ、
「覚えとけ」
既に見えなくなろうとしている悪霊に声をかける。
「もし犠牲者を出すならどんな手を使ってでもお前を倒すからな」
一応警告だけはしておく。
俺のことを警戒しているようだし、少しでも抑止力になれば良いと思ってのことだ。
悪霊が首だけでこちらを振り返る。
その口元には笑み。
それがどういう意味か考えるより先に、悪霊の姿は空間に溶けるように消え、見えなくなった。
……はぁあぁ〜。
思わずため息が出る。
まいったなー。
まさか女子校の裏にあんなのがいるとは思わなかった。
真夜さんやここの生徒達の安全を考えて出来れば倒しておきたいところだけど、人質を取られてしまえばそれも難しい。
「マヨナイトを強化しておくか……」
何とかとかしないといけないと思いつつ、今はその方法が思いつかない。
ひとまずマヨナイトを大幅に強化して様子を見ることにする。
幸い、真夜さんはあいつの存在自体を知らないので縁は生まれていない。
しばらくは大丈夫なはずだ。
俺もちょっと考えないといけないな……。
もしかしたら今後も人質を取られることがあるかも知れない。
仮に大事な人たちが人質に取られた時、今の俺だと手も足も出ないだろう。
そうなっても何とか出来るだけの体勢は整えておきたいところだ。
……近いうちに絶対倒してやる。
頭の中で色々と検討しながら、俺は廊下の端に転がっているマヨナイトを回収しに行くのだった。
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