4 コミケに行くぞ(前)
後日、改めてとまるんから話を聞いたところ、相談というのは年末にあるコミケについてだった。
コミックマーケット。
オタクの祭典とも言われる、世界最大級の同人誌即売会である。
年二回、夏と冬に行われ、その参加者は数十万人にものぼるという。
昔から興味はあったが実のところ一度も行ったことがなかった。
時々テレビや現地に行った人の話を聞いて、すごい世界だと思ってはいたのだが。
混雑による電波障害を警戒してトランシーバーを持ち込む猛者達。
夏は暑さで倒れる者、冬は寒さで凍えるものが後を絶たず、多くの夢と希望、欲望を飲み込みながら開催される異色のお祭りだと聞いている。
とまあ、そんな人外魔境とも言われるコミケについて、とまるんから何を言われるのかと思えば、なんと売り子をやってくれないかとのことだった。
なんでもとまるん、今年の冬コミでASMRのDVDを販売するらしい。
なにそれ買います。
俺は興奮した。
あ、でも幽霊だからお金持ってないんだった。
どどどどうしよう。
この際お父さんに借りて……と思っていたら「もし良ければミアさんには一枚プレゼントしますね」と言って笑ってくれた。
天使かな?
大天使だった。
話が逸れた。
とにかく、無事抽選にも受かりコミケに参加することになったとまるん。
それに伴い、友人に売り子を頼んでいたのだが、その人が急遽来られなくなったらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが俺達と言うわけだ。
売り子ってようするに売る人のことかな?
『サークル参加できるのが二人までだから、私以外にもう一人、誰か予定が空いてる人がいたらお願いしたいなって……』
『ごめん、あたしその日予定あって無理なんだが……』
ギャル子さんはどうやら先約があるようだ。
『う、ごめんとまちゃん。実は私、もう別の知り合いの売り子頼まれちゃってて……。会場には行くけど手伝いはできそうにないや』
そして、まさかの真夜さんもダメとのこと。
というか真夜さん、コミケ行くのか。
意外というか、イメージ通りというか、俺が思う以上に交友関係が広かったりするんだろうか。
とまるんも最初は友達に頼んでいたというし、みんなの俺の知らない交友関係を思うと若干モヤっとするものがある。
いかんいかん、これはダメな思考だ。
俺は頭を振って打ち消した。
しかし、ギャル子さんもダメ、真夜さんもダメとなると選択肢は俺一人しか残らないわけで。
どうしようかと一瞬考えてしまった。
ぶっちゃけ年末の予定は何もない。
精々が家族と年越しそばを食べるくらいだろうか。
コミケに興味もあるし、とまるんが困っているなら力になってあげたいとも思う。
しかし、前世ならともかく今の俺は小学生でその上幽霊だ。
サークル内容は全年齢対象とのことなので法的な問題は無さそうな気もするが、とまるんに迷惑をかけてしまわないかが不安なのだ。
普通に売り子とかできるのかな?
そんな俺の沈黙をどう捉えたのか。
『あの、ミアさん、もし予定がなければ手伝っていただけると嬉しいんですけど……やっぱり無理でしょうか?』
う。
そう不安そうに言われると。
「全然全くこれっぽっちも無理じゃないよ! やります!」
『わ、本当ですか! ありがとうございます!』
なんだかノリでオーケーしてしまった感が無くもないが、とまるんに頼まれたら断れないよね。
俺は初めてのコミックマーケットについて思いを馳せるのだった。
引き受けた以上、全力でやれることをやるだけだ。
待ってろよコミケ!
ボコボコにしてやるぜ!
◯
そしてあっという間にやってきたコミケ当日。
早朝からとまるんと合流し、ゆりのかもめに乗って俺たちは東京ビッグサイトへとやってきた。
でっ、でっか!?
初めて見たビッグサイトは大きくてなんかすごかった。
さすがビッグと名がついているだけある。
ピラミッドを逆さまにしたかのような建物は印象的でとても目を引く。
というか途中にある巨大なノコギリは何だったんだろう。
お前をもう生かして帰さないぜという意思表示か何かだろうか。
コミケ怖すぎる(風評被害)
まだ朝も早いというのに、既に至る所に人がいる。
なんかもう、既に別世界としかいいようのない空気をヒシヒシと感じるのだ。
「ミアさん、こっちですよ」
思わず立ち止まってしまった俺をとまるんが呼ぶ。
ちなみに、今俺は変身能力を発動して姿を可視化している。
さすがに移動中は透明化していたが、見えないままだと売り子ができないからね。
ビッグサイト前に到着すると同時に可視化したのだ。
おかげで半透明の女子小学生が挙動不審に移動すると言う構図になっているわけだが。
そのせいか、ものすごく見られている気がする。
どこかで「ミアちゃん……?」という呟きも聞こえ、ビクッとしてしまう。
ううう。
なんだろう。
この異国で一人取り残されてしまったかのような不安感は。
今更ながらカメラ師匠についてきてもらえば良かったかもと思う。
今回は配信するわけではないので、いつものメンバーは全員置いてきたんだよな。
「どうしました?」
とまるんが近付いてきてくれたので、思わずそのの背後に隠れてしまった。
そんな俺を不思議そうに見るとまるん。
この状況で平常心でいられるとまるんはすごいと思う。
俺と違って経験豊富なのかも知れない。
大人の余裕を感じる。
本来なら俺のほうが精神年齢は上のはずなのに。
いやいや、そもそも俺は今日とまるんを助けるために来ているのに助けられてどうするのか。
頑張らないとと頬を叩く。
今日お手伝いをすることに決めた俺を、とまるんはとても喜んで歓迎してくれた。
「ミアさんが来てくれたら百人力です」
そう言って小さくガッツポーズをして笑ってくれた。
天使かな?
大天使だった。
そんなとまるんの期待を裏切るわけにはいかない。
俺は改めて背筋を伸ばし、気を引き締めた。
とはいえ、珍しいものは珍しい。
そして、初めて都会にやってきたお上りさんのように周囲を見渡しながら、サークル入場口へとやってきたわけだが。
「え、透けてる?」
女性のスタッフさんが思わずといった様子で呟いた一言に動揺してしまった。
「あ、えっと、その、ゆ、幽霊のミアです。よろしく」
咄嗟に自己紹介してしまったが、他の誰もそんなことしていないようだった。
恥ずかしい。
思わずとまるんのほうを見ると、大丈夫ですよと言うように微笑んでくれた。
天使かな?
大天使だった。
スタッフさんは俺のことなんて全く知らないようで「え、本物? 何かのイベント?」なんて首を傾げていた。
そんなこんなでちょっとしたアクシデントはあったものの、とまるんが上手く執り成してくれたので、俺たちは無事に入場を果たすことができた。
◯
「うわー……」
中は中でまた別世界だった。
広大な空間。
そこに所狭しと並ぶ長机。
その一つ一つに人がいて、いわゆる設営というやつだろうか。
イーゼルやコルクボードなどを使い商品を並べ、宣伝し、可愛かったりカッコよかったりとそのサークル独自の雰囲気を作り上げている。
イメージとしては蚤の市、あるいはフリーマーケットに近いのだろうか。
しかも、それらよりも更に洗練された印象を受ける。
感じる熱気はホンモノだ。
一人一人が紛れもなくその道のプロなんだと実感させられる。
コミケ恐るべしと、俺は一人慄いていた。
そんな一角に、とまるんのサークルのスペースはあった。
「ミアさんちょっと待っててくださいね」
とまるんはそう言うと設営の準備に入った。
持ってきたキャリーケースからDVDや諸々の設営セットを取り出し、テキパキと並べていく。
手伝おうかと思ったが、正直何をどうしていいかもわからない。
邪魔になるとまずいので、俺はただそれを見ていることしかできなかった。
というか、よく見たらキャリーケースの中にポッコちゃんがいるな。
お前いないと思ったらそんなところにいたのかよ。
平和そうな顔で居眠りしているようだ。
幽霊なのに寝るのか……。
なんとなく釈然としないが起こす理由もないので放置しておくことにする。
途中隣のスペースに人がやってきたのでとまるんが挨拶をしていた。
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
釣られるようにして頭を下げる。
「よろしくー、可愛いね……って、え? ど、どゆこと?」
やってきた社会人らしい眼鏡のお姉さんは、俺を見て狼狽していた。
うん……。
そうだね、透けてるからね……。
そりゃ動揺するよね……。
「あ、え、幽霊? へ、へー。え? ドッキリとかじゃなくて?」
握手を求められたので手を差し出すと、当たり前のようにすり抜けた。
目を丸くするお姉さん。
なんだか新鮮な反応だ。
最近はなんだかんだで俺が幽霊であることを知っている人としか会ってないからなあ。
入場口の時はビビってしまったけど、現在手持ち無沙汰であることと、お姉さんが話しやすい雰囲気だったこともあり、少しだけ心に余裕ができていた。
ちょっとだけ悪戯心が芽生え「浮くこともできます」と言ってその場に三十センチくらい浮かび上がってみた。
「やば、すご、写真撮っていい!?」
お姉さんは大興奮である。
写真を撮ったり、俺の上や下に何か仕掛けがないかと手をかざしたりと大騒ぎだ。
その後も「幽霊って本当にいたんだ」とか「配信してるの!? 見る見る!」など話が無駄に盛り上がってしまった。
途中、調子に乗ってポルターガイストを披露したりしたのも良くなかったかも知れない。
それを見ていた近くのサークルの人たちも集まってきて。
「すごいですね」
「え、ホンモノですか!?」
「可愛い! お持ち帰りしたい!」
だの色々言われた。
「え、え、ええと?」
さすがに話が大きくなってきて困ってしまったので。
「あ、DVD! 友達のASMRのDVDが出るのでみなさん買ってください!」
謎の使命感に襲われ、俺はとまるんのDVDの宣伝をした。
途端に注目が集まり、とまるんは少しだけ狼狽えていた。
ううう。
何かごめんよ。
そして、その後も色々ありつつ時間は過ぎて。
『お待たせしました。ただいまより、コミックマーケット◯◯◯、◯日目を開始します!』
アナウンスとともに、会場内にいたほぼ全員の拍手が鳴り響く。
コミケが始まったのだ。
◯
【クリスマス】幽霊配信者ミアちゃん応援スレpart17【中止】
841 視聴者の名無しさん ID:
で、結局お前らコミケ行くの?
842 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃんのグッズが出るわけじゃないんだろ?
わざわざ地方から行くのもなあ
843 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃんに会えるだけで行く価値あるだろ
844 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃんペロペロ
845 視聴者の名無しさん ID:
メイド喫茶の時は行けなかったからな
今回は絶対行くぞ
846 視聴者の名無しさん ID:
まあでもどうせならグッズとか出して欲しかったのはある
847 視聴者の名無しさん ID:
今回はとまるんのお手伝いするだけだろ?
お前ら高望みしすぎ
846 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃんに会えるだけで十分だよな
847 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃんに会いに行く服がない
848 視聴者の名無しさん ID:
>>847
全裸で行けって言ってんだろ!
849 視聴者の名無しさん ID:
そんなぁ
850 視聴者の名無しさん ID:
俺のミアちゃんに変なもの見せるなクソども
851 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃんもAMSR出さないかな
852 視聴者の名無しさん ID:
俺は元からコミケ行く予定だったしミアちゃんに会いつつミアちゃん本漁ってくるよ
853 視聴者の名無しさん ID:
>>ミアちゃん本
くわしく
854 視聴者の名無しさん ID:
>>853
ミアちゃんを題材にした同人誌のことじゃね?
ひんにゅう先生とか描くって言ってたし
855 視聴者の名無しさん ID:
ひんにゅう先生いいよな
正直期待してるわ
856 視聴者の名無しさん ID:
え?
配信者の同人誌とか勝手に作っていいの?
857 視聴者の名無しさん ID:
一応許可はあるぞ
ミアちゃん配信でエロいのじゃなければ好きに描いて良いって言ってたし
858 視聴者の名無しさん ID:
(´・ω・`)
859 視聴者の名無しさん ID:
>>858
どうした?
860 視聴者の名無しさん ID:
>>859
エロいのが良かったの?
861 視聴者の名無しさん ID:
(´・ω・`)うん
862 視聴者の名無しさん ID:
正直で草
863 視聴者の名無しさん ID:
素直で草
864 視聴者の名無しさん ID:
ガチ小学生だぞ
無理に決まってんだろ
865 視聴者の名無しさん ID:
でも脱法ロリだし……
866 視聴者の名無しさん ID:
仮に合法だとしても本人の許可なくやったらいかんわな
867 視聴者の名無しさん ID:
ミア友はみんな紳士だから大丈夫だろ
868 視聴者の名無しさん ID:
>>867
変態という名の紳士だけどな
869 視聴者の名無しさん ID:
>>867
パンツ履けよ
870 視聴者の名無しさん ID:
お前ら騙されたと思ってとまるんのASMR聴いてみ?
飛ぶぞ
871 視聴者の名無しさん ID:
赤ちゃん出てきたな
872 視聴者の名無しさん ID:
>>871
ミアちゃんの台詞の引用だぞ
873 視聴者の名無しさん ID:
草
874 視聴者の名無しさん ID:
本人が赤ちゃんすぎるwww
875 視聴者の名無しさん ID:
ビッグサイト前についた
楽しみだわ
876 視聴者の名無しさん ID:
そろそろ始まりそう
877 視聴者の名無しさん ID:
今行くぞミアちゃん!
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