閑話 真夜さんの冒険(前)
※少し怖いかも知れないので苦手な方はご注意ください。一応本編に繋がる話ではあるので次の7話の冒頭にあらすじを置いてあります。苦手な方はそちらをご覧下さい。
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「ふわーあ……」
朝、ホームルームが始まる前の時間、教室で私こと山田真夜は大きくあくびをした。
楽しい冬休みはあっという間に終わり、もう学校が再開して一週間以上経つ。
窓の外を見れば、のんびりと雲が流れている。
平和だなあ。
眠い。
昨日も遅くまで配信しちゃったからなあ。
いっそ学校が無ければと何度思ったことだろう。
学業と配信。どっちもやらないといけないのが高校生配信者の辛いところだね。
そういえばミアミアは幽霊だから寝なくてもいいんだっけ。
ここ最近話すことが多い知り合いの幽霊の女の子のことを思い出す。
いや、知り合いどころじゃないね。
親友、大親友、心の友、言葉を尽くしても足りないくらい二人の友情は不滅だからね!
なんだかんだで年末年始も年越し通話をしたり、初詣に行ったり、ゲームをしたりと結構な時間を一緒に過ごした。
最初は幽霊だからと興味本位で近付いたんだけど。
気付けばいないことが考えられないくらいに仲良くなってしまったのだから不思議なものだ。
不思議といえばミアミアって本当に小学生なのかな?
見た目はどう見ても小学生の女の子だ。
むしろ、同年代に比べて若干発育不良っぽいので、年齢より幼く見えるくらい。
しかし、その内面はどうか。
話していても年が離れていることへの違和感などまるでなく、むしろこちらのほうが年下なのではと思わされることもあるほどだ。
特に悪霊に命を懸けて向かっていける胆力は、ちょっと真似できる気がしない。
ひょっとして幼いのは見た目だけで、幽霊として長い時間を過ごしているのでは! と疑ったこともあるが、知れば知るほど最近亡くなったばかりの普通の女の子だったのだという事実が浮き彫りになる。
まあいっか。
ミアミアはミアミアだからね。
仲良くできれば私はそれだけで十分満足なのだ。
自分で出した結論に満足しながら、再度大きくあくびをする。
右肩を見ると、マヨナイトがちょこんと座っているのが見えた。
ミアミアにプレゼントされてからというもの、マヨナイトとはずっと一緒にいるのだ。
寝る時もお風呂の時も、それこそ片時も離れないようにしている。
幽霊が見えるようになったことで、私の生活は一変した。
最初こそ喜んだものの、日常的に生活していても幽霊を見かける機会というのはそれなりに多く、時には家の中に入ってくる不届き者もいるほどだ。
そんな状況で、もし幽霊が襲いかかってきたらと考えると途端に怖くなった。
なにせ私には自衛する手段が何もないのだ。
ミアミアならアッサリ殴り倒せるような低級霊相手でも、山田真夜には対抗する術など何もない。
ミアミアは普通にしていれば襲われることなんてまず無いって言ってくれたけど、それでも見える以上は不安なわけで。
そんなわけで、マヨナイトの存在は私の心の安定に非常に貢献してくれている。
ミアミアと同じ世界を共有できるのは嬉しいから、見えるようになったこと自体は後悔してないんだけどね。
怖いものは怖いんだ。
ミアミアが責任感じちゃうといけないからあんまり言えないけど、それが偽らざる私の本音だった。
とまちゃんは霊視できるようになりたいみたいだけど、やめておいたほうがいいと思うんだけどなあ。
見えても対抗手段がないと怖いだけだよ。
私も昔は何も考えずに憧れていたから気持ちはわかるんだけど。
肩にいるマヨナイトの頭を指で突く。
当然触れないのですり抜けるんだけど、私の指の動きに合わせて頭を動かしてくれるのが可愛らしい。
しかし不思議だ。
私からは触れないのに、私の身体に乗っかることはできるみたいなんだよね。
どういう仕組みなんだろうと首を傾げる。
そんな中、ふと教室内の雰囲気が変わったのがわかった。
違和感とでもいうべきだろうか。
唐突に室内の温度が数度下がったかのような、そんな不自然な変化。
ホームルームまで後十分ほどということもあって、教室には同級生がそれなりの数いて、それぞれに雑談をしたりゲームしたりと好き好きに過ごしている。
うちは女子校だから女の子しかいない。
だから、とても男の子には見せられないようなダラけた姿を晒している子もいたりする。
そして、そんな彼女たちに普段と変わった様子は見られない。
少なくとも、私以外に違和感を感じている人はいないみたいだった。
その引っかかりの発生源はすぐにわかった。
「おはよ」
クラスメイトに声を掛けながら入ってきた一人の女生徒。
同じクラスの高田さんだ。
私とは特別仲が良いわけではないけれど、席が近いのもあってそれなりに話もする。
前髪をカチューシャでまとめた、可愛らしいタイプの彼女は、しかし、その後ろに歪なものを連れていた。
荒い息。
異臭。
見たままを言うなら、それは人面鳥だろうか。
最初はダチョウかと思った。
しかし、少し観察すればそんなに可愛らしい存在じゃないということが明らかになる。
醜悪な笑みを浮かべたボサボサ髪の女性の顔。
ろくろ首を思わせる長い首に、鱗のある緑色の鳥の身体。
それが、高田さんの身体に巻き付くようにしてまとわりついている。
『いこ? ねえ? いこ? 早くいこ? やくそく やくそくしたよね ね?』
甲高い声で、高田さんに何か話しかけている。
爪が床を引っ掻く音、口からボタボタとたらすヨダレ、その全てに悪寒が走る。
う、うわあぁ……。
きもぉ……。
何あれ。
高田さんどうしちゃったの。
先日まではあんなもの憑いていなかったはず。
だとしたら、この短い間に何かあったのだろうか。
「真夜おはよっ」
考えている間に、近くまで来た高田さんに声をかけられた。
同時に、人面鳥も近くなったので慌てて顔を背ける。
「え、ええと、おはよう高田さん。えっと、その、何かあった?」
「え? 何かって何?」
「あ、いや、その、何かこう、いつもと様子が違うから」
どこまで突っ込んで聞いていいものかわからず、曖昧な言い方になってしまった。
ううう、きもぉ、こわぁ。
人面鳥がこちらを見ているのがわかる。
いや、見ているのは私じゃなくてマヨナイトだろうか。
急に襲いかかってきたらどうしよう。
その時は頼むよマヨナイト。
「えー、わかる? 実は昨日から身体がダルくてさあ。風邪ひいたかな?」
こちらの気も知らず、高田さんが軽い調子で笑う。
どう考えても後ろのやつのせいだよそれ。
なんでそんなことになっちゃったの。
私は人面鳥を刺激しないよう、気をつけながら口を開いた。
「その前に何かしなかった? お地蔵さんを蹴ったとか、道端の盛り塩を散らしたとか」
「なにそれ、ウケる。真夜の好きなオカルトの話? あ、でもそうそう聞いてよ真夜。そういえばさ昨日ミッチ達とコックリさんしたんだけどさ」
コックリさん。
その一言で私は色々と察した。
「あれマジで十円玉が勝手に動くのね。びっくりしちゃった。最初は誰かが動かしているんだと思ってたんだけどね? なんと、全員が手を離してもコインが動いたの。もう気味悪くってさ」
真夜はこういう話好きでしょ、とばかりに高田さんは話す。
いや、まあ、ね。
昔は確かに好きだったんだけど。
「まあ今考えたら誰かのイタズラなんだろうけどね。割と本気でビビっちゃった」
コックリさん。
それは歴とした降霊術だ。
ただの占いのようなものと考えられていることも多々あるが、実際のところはどこの誰ともわからない霊を呼ぶ儀式と考えたらその危険性がわかるはず。
海外では、こっくりさんの原型とも言われるウィジャボードという名前のものが、霊と交信するためのツールとして売られているとか。
日本では狐狗狸さんと書くので、動物霊を呼ぶイメージが強いが、実際のところはどうかわからない。
何にせよ、扱いを間違えたら危険であることは高田さんの現状が証明してるんだよね。
「え、ええと、最後ちゃんとコックリさんに帰ってもらった? それと使った十円玉の処分とかさ」
「あ、そういえば怖くなってそのままにして帰ったかも? まあでも昨日の放課後にこの教室でやったから、今何も無いってことはミッチ達が片付けたんじゃない?」
た、高田さんんん……。
コックリさんは呼び出したらしっかりとお帰りいただくのがルールだ。
その手順を疎かにしたならば、霊を放置することになる。
つまりこいつはそういうわけか……。
思わず頭を抱えたくなった。
『ね ね いこ? 一緒に ね 早く ね』
人面鳥はマヨナイトを見るのに飽きたのか、再び高田さんに絡みついている。
どうしよう。
どう考えてもろくなことになりそうにない。
本人の責任とはいえ、高田さんはクラスメイトだ。
不幸が訪れる可能性が高いとわかっていて放置するのはさすがに良心が痛む。
ミアミアに相談しようか?
一瞬頭に過ぎった選択肢を首を振って打ち消す。
いや、こんなことがある度にミアミアを煩わすのは良くない。
なんていうか、困ったら利用するみたいなことはしたくないのだ。
ただでさえ、ミアミアにはマヨナイトを貰っている。
だとしたらこれくらいのこと、自分一人で何とかしないと。
私は、緊張から唾を飲み込んだ。
私の目標はミアミアが困った時に助けられる存在になることだからね!
親友の足を引っ張る存在にはなりたくないのだ!
「マヨナイト頼める?」
と言いつつ、実際にはマヨナイト頼りなのが悲しいが、そこはほら、今の私の実力ってことで。
小声で問いかけると、マヨナイトは小さく頷いた。
そして、
『あ 』
大きく膨れ上がったマヨナイトの拳が振り下ろされ、人面鳥を叩き潰した。
◯
やった?
マヨナイトの手が元のサイズに戻ると、そこにはもう何もいなかった。
マヨナイトは霊体だ。
高田さんには触れられないので、無事に人面鳥だけを退治することに成功したようだ。
ふうー。
安堵の息を吐く。
「どしたの真夜?」
高田さんが尋ねてくる。
今回は何とか収まったけど、彼女のやったことは本当に危険な行為だ。
ガラでもないけど、少し本気で注意しておいたほうがいいかも知れないと思い。
ふと天井を見上げた。
そこには。
『あは』『あは』『あは』『あは』『あは』
顔。顔。顔。
天井から生えた無数の人面鳥の顔が、一斉に私のほうを見ていた。
「あ、え、え……?」
その一つと目が合う。
爬虫類みたいな目だと思った。
ヤバい。
直感的に、私は席を立つと、廊下に向けて走った。
そのままスマホを取り出して通話アプリを起動、ミアミアへと連絡する。
咄嗟に動くことができた自分に賞賛を贈りたい。
一歩間違えばその場にへたり込んでしまっていたはず。
とはいえ、おそらく状況はかなりまずい。
意地をはってミアミアに連絡しておかなかったことを後悔する。
幸い、パソコンの前にいてくれたのか、数コールした後にミアミアの声が聞こえた。
『もしもし、真夜さん?』
「あ、ミアミア! ごめん、ちょっとまずいことになっちゃって!」
校外を目指して廊下をひた走りながら告げる。
結局ミアミアに迷惑をかけてしまうことに申し訳なさを感じる。
ただ、今はそうしないと本当に危険だと本能が告げていた。
震えてもつれそうになる足に力を込め、走る。
転げないように、階段を慎重に、しかし可能な限り早く駆け降りる。
『真夜さん今どこ?』
どうやらミアミアはすぐに状況を察してくれたらしい。
その頼り甲斐のある声に泣きそうになる。
ごめん、ミアミア本当に大好き!
愛してる!
「学校! ◯◯女子校! ちょっとまずいのに手を出しちゃって!」
『そうなんだ ところで 今どこ?』
「いや、だから◯◯女子校の廊下だって! ミアミア申し訳ないけど早く」
来て、と言おうとしたところで違和感に気付いた。
今、何かミアミアの声おかしくなかった?
『あは あは あは』
スマホの向こうから笑い声が聞こえる。
それは明らかにミアミアのものじゃなくて。
『すぐ いくね?』
「ひっ!?」
私は慌てて通話を切った。
いつから?
いつからアイツだった?
ミアミアは?
ミアミアに私の声は届いたのか?
と、とにかく今は一秒でも早くここを離れないと!
ふと、顔を上げると違和感に気付く。
人がいない。
ホームルーム前のもっとも生徒で溢れる時間帯だと言うのに、廊下には自分以外誰一人としていなかった。
そして、窓の外だ。
一階の廊下から見た外は、不自然なほど紫色に染まっていた。
まるで、どこか異世界にでも迷い込んだように。
汗が一瞬にして冷える。
動悸が止まらない。
私は、ようやく自分が今、心霊現象に巻き込まれていることを実感した。
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