1 両親と話し合うぞ

 その後、俺と両親の間で激しいやり取りがあった。

 内容としては主に配信についてだ。

 

 お母さんとしてはどうも配信自体を止めて欲しいみたいだ。

 何やらかなり偏見があるようで、小学生の女の子がやるようなものじゃないの一点張りだ。

 

 ぐぬぬ。

 俺としてはこの上なく大事な活動なので、頭ごなしに反対されると抵抗したくもなる。


「今までもずっとやってきたわけだし大丈夫なの! そんな心配するようなことないから!」

「でもミア……」

「まあまあ二人とも落ち着いて。なんならお母さんは一回どんな感じか見てみたらいい」


 幸い、お父さんのほうはアーカイブを全部見たと言うことで、俺の事情にもある程度の理解を示してくれた。

 幽霊という世界がいかに厳しいのか、それを支えてくれたミア友の存在がどれほど大切か、父親としての視点からお母さんを説得してくれたのは、本当にありがたいとは思う。

 

 しかし、話はそれだけでは終わらなかった。


 他にも配信は家からするのはダメなのかとか、廃墟に行くのは危ないのではないかとか、夜中に一人で活動するのは、などなど。

 こちらはお父さん含む二人がかりで説得され、俺は少し参ってしまった。

 親としては当然の心配なのかも知れないが、俺にとっては今更の話だ。

 

 そりゃ、可視化すれば普通のパソコンからでも配信はできる。

 なんならカメラ師匠に頼めば、マシラ戦の時のように遠隔で操作することも可能だろう。

 しかし、だからといって、廃墟と縁を絶って、完全に実家で活動するかというと話は別だ。


 廃墟は前世の俺の家だ。

 愛着だってあるし、掃除もしっかりとしている。

 一応蜘蛛神様はいるが、俺と敵対する意思が無いことは確認できているし、二人が心配するような危険など、まずないのだ。


 俺としては、今後も毎日のように廃墟に通って活動するつもりだった。

 なんなら普段は廃墟に住んで、家には時々遊びに来るだけでもいいくらいだ。

 さすがにそれは両親が許さないだろうとはわかっているが。

 

 それに、利点だってある。

 

 まず第一に、住所バレしても廃墟であれば然程困らない。


 配信者にとって身バレはどうしても付きまとう問題である。

 俺は幽霊だから直接の危害を加えられる可能性は高くないとはいえ、やはり実家を突き止められるのは良い気はしない。

 そういう意味では、廃墟を挟むのは安全対策として有りだ。

 

 更に、蜘蛛神様のこともある。

 俺の勘のようなものが、蜘蛛神様との縁を切るべきではないと伝えてくる。

 実際、悪霊との混ざりを解消してくれたりと、蜘蛛神様がものすごい力を持っていることは間違いない。

 打算的な考えだが、もし何かあった時に頼れそうという意味でも、今の状態を維持しておきたかった。


 それに配信時間にしたって、もう夜にやるのが習慣になってしまっているし、幽霊を退治する活動についても人に見られたり、巻き込んでしまったりする可能性が減る分、夜にやるほうが都合がいい。


 色々と考えて今の状態になっているのだ。

 できればこのリズムは崩したくない。


 と、いうようなことを延々と説明したわけだが。

 

 しかし、それらの俺の訴えは全て「でもミアはまだ小学生なのに」の一言で粉砕される。

 

 確かに、幽霊とはいえこちとら小学生だ。

 親の庇護下にいるのが当たり前の年であり、そこを正論パンチされるとどうしようもない。

 

 文字通りぐぅの音しか出ない。

 

 ぐぅ。

 

 結果として、俺は頬を膨らませて部屋の隅に蹲ってしまったわけだが。

 

「ミア、拗ねてないでちゃんと話し合おう。大事なことだろう?」

「そうよミア。お父さんもお母さんもあなたを心配して言っているんだから」


 両親が話しかけてくる。


「だって、二人とも反対ばっかりだし」

「それはなあ……」

「申し訳ないとは思うけど、やっぱりねえ……」


 困ったように顔を見合わせる両親。


 俺は頬を膨らませた。

 いっそこのまま姿を消して廃墟に戻りたいという考えが頭に浮かぶ。


 いやいや、ダメだダメだ。

 ただでさえ、二人には多大な心労を掛けている。

 これ以上俺のわがままで振り回すわけにはいかない。


 なんとか頭を振って気を取り直す。


 とはいえ、配信に関してだけは俺も譲れないわけで。

 

 幸い、影の少女は倒すことができたが、これから先どんな強敵に出会うともわからない。

 俺にとって配信は、一番楽しい時間であると同時に生存戦略でもあるのだ。

 

 妥協はできない。

 すれば、きっと将来的に俺は後悔するだろう。

 

 確かにお父さんお母さんの言うことは正論だが、それはあくまで生きている人間社会でのことだ。

 幽霊世界では俺が小学生だからといって手心など加えてもらえない。

 

 やるべきことをやりたい。

 道理も何も無い。

 でなければ、俺は生きる意味も資格も失ってしまうのではないか。

 

 後半は完全に感情的になってしまったが、全て紛れもない俺の本心だ。


 できればわかってもらいたい。

 遊びでやってるわけではなく、必要なことだと理解して応援してもらいたいのだ。


 俺は、ただ切々と両親に訴えた。

 

 結果として。

 

「わかった……」


 根負けしたように頷いたのはお父さんだった。

 

「あなた……」

「お母さん、幽霊に関しては俺たちに門外漢だ。当事者のミアがここまで言うんだから、それは必要なことなんだろう」

「…………」


 俯くお母さんの肩をお父さんが抱く。

 

「俺たちにとって一番辛いのはまたミアを失うことだ。ミアの活動を制限することでその可能性が生じるなら、俺はミアのやりたいようにさせたほうがいいと思う。もちろん、親として出来る限りのことはするし、危ないことはしてほしくないのも本音だが……」

「そう、そうね……」


 お母さんが頷く。

 

「ミアが戻ってきてくれた、それだけで十分ですもの。そのために必要なことだって言うなら止められないわね……」


 そう言ったかと思うと、顔を押さえて泣き出してしまう。

 

 い、いたたまれない。

 

 話の流れ自体は俺の望む方向に傾いているが、このしんみりとした空気は何なのだろう。

 俺としても両親を悲しませたいわけではないが、事は俺の命がかかっている。

 何とか我慢してもらうしかないのだろう。

 

 それから、俺は両親と、配信が終われば家に帰ってくること、極力危ないことはしないことなどを約束し、話し合いは終わった。

 

 ふううぅぅ。

 

 疲れたけど、何とかわかってもらえたようで一安心といったところだろうか。

 

 家から廃墟までは、電車とバスを乗り継いで一時間から二時間ほどか。

 毎日往復となるといささか面倒くさいが、それくらいは必要経費だろう。

 

 よし、じゃあ話もついたことだし、早速廃墟に行こうと腰を上げたところで。

 

「あ、そうだミア」


 お父さんから声がかかった。

 

 

 ◯

 

 

「さ、さあて、じゃあ配信、始めるよー……?」

「ん? ミア、もう始まってるのかこれ?」


『ファッ!?』『!!?』『草』『誰?』『出おっさん』『どなたですか?』『いきなり外人のおっさん出てきてわろた』『ミアちゃん!?』


「え、ええと、何かお父さんがみんなに挨拶したいって……」

「初めまして、ミアの父です。いつもミアがお世話になってます」


『草』『お義父さん!?』『親父www』『お父さんわろた』『強そう』『ムッキムキやん』『似てねえw』


 ううう……。

 どうしてこんなことに。

 

 一応ミア友には、両親にカミングアウトしたこと自体は伝えてある。

 先日、それについてのお祝いの言葉をもらったばかりだったのだが。

 

 今回、話し合いの後に呼び止められ、更に追加の条件として出されたのが、一度だけでいいからお父さんを配信に出すことだった。

 

 俺の配信環境を確認するという目的もあったのだろう。

 そんなわけで、現在は二人で廃墟の俺の部屋にいるのだが。


 当初、廃墟を見たお父さんは意外に綺麗なことに驚き「これ勝手に入っていいのか? 誰が所有しているんだ?」と言い出したので適当に誤魔化しておいた。

 誤魔化し切れた自信はないが、掃除は俺がしていることと、元々は打ち捨てられたボロ屋だったと伝えると一応理解はしたみたいだ。

 まあ生きている人間ならともかく、幽霊である俺が住み着くのは問題ないはずだと無理矢理納得させる。


 言えないけど元々俺の家だからね。

 心情的には全く問題ないのだ。


 パソコンについても案の定色々聞かれたので、そこも適当に幽霊パワーだと言って流しておいた。

 

 俺もよくわかってないからね。

 深く考えるだけ損だよ。

 

 お父さんが何を考えているのかはわからない。

 しかし、頼むから変なことは言わないでほしいと願いつつ。

 

「いやあ、これなかなか緊張するなミア。今何人くらい見てるんだ? お父さん恥ずかしい格好してないよな?」

「存在が恥ずかしいからもう帰って」

「ミア!?」


『草』『草』『反抗期ミアちゃん』『毒舌ミアちゃん』『お父さんはしゃいでて可愛いなw』『実際親父が横ではしゃいでたら恥ずかしいw』


 ううう、これは思ったよりもつらい。

 もう用が終わったなら帰ってくれないだろうか。


「いや、ミア、実はお父さんミアの配信のアーカイブを全部五回ずつくらい見たんだが」

「五回も!?」

「そうだ。可愛い娘が頑張ってるんだ。お父さん応援しようと思ってな」

「……恥ずかしいからもう見ないで」

「ミア!?」


『草』『草』『親父ww』『俺より見てて草』『見過ぎw』『俺は十回は見たぞ』『ミアちゃん可愛い』『親馬鹿で草』『そりゃミアちゃんみたいな可愛い娘がいれば親馬鹿にもなるわ』


 本当にもう。

 いやまあ気にかけてもらえてたんだと思うと、全く嬉しくないわけじゃないんだけど、それでも時と場所を考えてほしい。

 

 ミア友の前で言われても恥ずかしい以外の感想が出ないぞ。

 

「いや、だからなミア、お父さん配信見てて思ったんだが、やっぱり親の理解を得られているっていうのはちゃんと示しておいたほうがいい。幽霊とはいえ小学生の女の子が一人で活動している姿は、どうしても観る方にも不安を与えるからな」

「え、そ、そうかな?」

「そうだぞ。特に場所も場所なら時間も時間だ。下手したら何度か通報されててもおかしくないぞ」

「え、え、え?」


『ね』『それはある』『小学生だもんなあ』『俺らは慣れたけど初見だとビビるかもな』『幽霊のインパクトが強すぎて忘れるけど普通はそうw』


 ま、まじかー。


 そんなこと考えたこともなかったが、もしかしたら結構危なかった?

 

 あるいはカメラ師匠や口だけさんなどがいたことで、俺一人ではなく大人がついていると判断されていた可能性もある。

 特に口だけさんはパッと見はスーツを着た大人に見えなくもない。

 被り物をしていると思われていたなら、子ども一人という印象は避けられていた可能性が高い。

 

 とはいえ、その口だけさんも今ではチビだ。

 そういう意味では、お父さんの許可を大々的に宣伝できたのはありがたいタイミングだったのかも知れない。


「お、お父さん……」


 不覚にも感動してしまった。

 まさかそこまで考えていてくれたとは。

 

 ただの心配性だと思っていたが、まさか本気で俺の活動を応援してくれるなんて。

 邪険にしていたのが申し訳なくなってくる。

 

「お父さん……」


 俺は思わず謝ろうとして。

 

「それにな、ミア。お父さん夢が出来たんだ」

「……ん?」

「こうなったら、ミアの可愛さを世界中に知らしめようじゃないか! まずはチャンネルを収益化しよう! そして得たお金を全部布教活動に使う! ミアのグッズを作り販売、CDを出すのもいいかも知れない! なんならアイドルを目指すのもありだな! 誰かが百万人記念は武道館にしようと言っていたが、それを実現させようじゃないか! おっと、ただしミアはまだ小学生だからな、あくまでグッズ等は健全なものばかりだぞ! キーホルダーやアクリルスタンド、ボールペンや下敷きなんかの文具もいいな!」

「……ええと、お父さん?」


 急に熱く語り出した中年に、冷めた視線を送る。

 

『wwww』『親父www』『草』『いいね!』『ありだわ』『ついに収益化くる!?』『ミアちゃんにお布施できるの!?』『アイドルいいね』『グッズ欲しい』『熱弁で草』『抱き枕カバーおなしゃす!』

 

「ゆくゆくは海外だ! 何、英語関係はお父さんに任せろ! なんならフランス語もツテがある! 我が子の可愛さを知らしめることが生存にも繋がるというなら、何を躊躇うことがあろうか! あ、ただしミア友諸君は自重するように! うちの娘にセクハラでもしようものならこの父が全身全霊をもって叩き潰して……」

「自重するのはあんただ!」


 俺はポルターガイストを発動。

 手近にあった雑誌を開いた状態で顔面にぶつけた。


 暴走しすぎ!


 その後も、せっかく配信に出たんだからと、おもむろにミア友とジャンケンを開始したり、脈絡なく一曲歌おうとしたりするお父さんにストップをかけつつ、何とか配信を終えた。


 無駄に疲れた……。


 幸い、ミア友には好意的に受け止められたようだが、さすがにこれが続くと俺の身がもたない。

 お父さんの登場はこれきっきりにしてもらおうと思いつつ。


 しかしそうか、両親の協力が得られるということは収益化の申請ができるのか。


 一瞬悩んだが、正直あんまりミア友から集金のようなことをしたくないという理由もあり、一旦見送ることにした。

 グッズに回すなら有りなのかなとも思うが、そもそも、俺の場合アーカイブ自体スカスカなことも多いし、内容は幽霊相手とはいえ暴力的なものもあるしで申請通るかわからないからね。


 グッズとか恥ずかしいということもあり、ちょっと考える時間が必要だ。

 お金はそりゃ欲しいけど、みんなからはもう十分力を貰ってるからね。


 ただ、知名度を上げるという意味で、世界展開するのは有りかも知れない。

 俺が日本語以外ろくに話せないので、方法は考えないといけないが、可能なら是非挑戦してみたいところではあるだろう。


 なにはともあれ、家族からの理解は得られたので一安心ということで。


 しかし、疲れた一日だった。

 もう絶対にお父さんは配信には出さないからな!

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