49 再会するぞ

 莫大な力が流れ込んでくる。

 それは、影の少女と口だけさん、二人の分だ。

 

 その大部分はガントレットの宝石へと流れるものの、俺が手に入れた純粋なエネルギーだけでも百万ポイントをゆうに超えるのではないだろうか。

 

「ふざけるなよ……」


 俺は、その場に膝をついて俯いていた。

 

 影の少女を倒した。

 しかし、そのことに対する喜びなど微塵も湧いてこない。

 

 今の俺を満たすのは、ただひたすら空虚な感情だけだ。

 

「口だけさん……」

 

 最後までふざけたやつだった。

 

 誰を見ていたのか知らないが、勝手に一人で満足して逝きやがって。

 

 結局、あいつは俺のことなど徹頭徹尾どうでも良かったのだろう。

 自分の見たいものだけ見て、やりたいことだけやって、あっさりと満足した死んだ。

 

「俺の名前くらい、覚えろよ」


 拳を握り込む。

 途端に湧いてきたのは怒りだ。

 

 どこから生じたのかわからないほどの憤怒が俺の頭を満たし、気付けば俺は動いていた。

 

 手に入れたポイントの大部分を使い、新能力を創り出す。

 

 幸い、普段なら捨ててしまっていた濁った部分も、今は宝石の中にしっかり残っている。

 その中から、影の少女の要素を取り除き、丁寧に口だけさんを構成していた部分だけを掬い上げる。

 

 霊に肉体は存在しない。

 ならば、構成要素が残ってさえいれば、あるいは元の形を取り戻すこともできるのではないか。

 

 一縷の望み、といえばそれまでだろう。

 俺には別に幽霊について満足な知識があるわけでもない。

 所詮は希望的観測に沿った、諦めの悪い願いに過ぎない。


 能力だって万能ではないだろう。

 自分がいかにちっぽけな存在であるかは、それこそ俺が一番よく知っている。

 

 ただ、どのみち口だけさんがいなければ、俺はここで死んでいたのだ。

 ならば、借りはキッチリと返しておきたい。

 

「帰ってこい馬鹿野郎」


 願いを込めて、ありったけの力を注ぎ込む。

 

 そして、俺の最後の能力は創造された。





 憂いは無くなった。

 間違いなく影の少女は倒したはずであり、俺とやつとの縁が断ち切られていることがわかる。

 

 俺はポケットに突っ込んだ小さい口だけさんを見つつ、微笑んだ。

 

 そう、口だけさんの復活は、結果だけを見れば半分成功した。

 残念ながら完全に元通りとは言えず、大きさが市子さんサイズになった上に、力も大幅に弱くなってしまったが。

 

 それでも、口だけさんと言えるだけの要素は引き戻せたはず。

 一度死んだ後の代償と考えれば十分な成果ではないだろうか。


「結局お前何考えてたんだ?」


 声をかけるが返事はない。

 あの時喋ったのは何だったのかと思うほど、口だけさんは無反応だった。


 もしかして復活に失敗したのかと心配になるが、よく考えたら普段からこんなものだったかもと思い直し、苦笑する。

 

 ひとまず、ポケットだと動きにくいので、家の中にいたカメラ師匠の上に乗せてもらうことにした。

 

 カメラ師匠の上に乗る口だけさん。

 非常にシュールな光景だが、見ようによっては可愛いと言えないこともないかも?

 

 でこぴんをしたくなる衝動を堪えて、家の中へと入っていく。

 

 俺は、改めて深呼吸を一つ、お父さんの部屋へと壁抜けしていった。

 

 そこには、ご飯を食べ終わったのか、お父さんが先ほどと同じようにパソコンと向き合っていた。

 

 一瞬の逡巡。


 影の少女は倒した。

 俺を無意識に縛っていた枷は取り払われたのだ。


 であれば、最早再会を阻むものは何もなく。

 

「お父……さん……」


 声が震える。

 それでも、俺は姿を可視化し、小さく声をかけた。

 

 服の裾を握り込む。

 

 果たして、振り返った父は、その顔を驚愕に染め。

 

「ミア……?」


 俺を見てハッキリとそう口にした。

 

「お父さん……」


 もう一度呼びかける。

 お父さんは、まるで信じられないものを見たかのように目を擦ると、改めて俺を凝視する。

 

 その目には、みるみるうちに涙が溜まっていく。

 

「本当にミアなのか?」

「うん」

「夢じゃないよな?」

「違うよ」


 自分の頬を抓る父に苦笑する。

 そのまま笑おうとして、ボロボロと、頬を伝っていくものの存在に気付く。

 

「うぅぅ〜……」


 なんとか笑顔を作ろうとするが、顔が歪んでいくのがわかる。

 視界が滲む。

 気付けば、俺は泣き出していた。

 

「おどうざん、おどうざん!」


 みっともなく、子どものように。

 なんてザマだと自分でも思う。

 しかし、堰を切ったように溢れる涙は、俺の意思に反して止まる気配がない。

 

「ミア!」


 お父さんが抱きついてくる。

 残念ながらすり抜けて、つんのめってしまったけれど。

 

 最早定番となったすり抜け芸ではあるが、お父さんは一瞬目を白黒させた後、改めて俺を包み込むように抱きしめた。


「神よ感謝いたします」

「お父さん」

「ミア、元気だったか? つらくはないか?」

「大丈夫、元気だよ」

「そうか……そうか……」


 そう言って、お父さんは何度も頷いた。

 

「ごめんなミア、お前が配信していたのはちょっと前から知っていたんだが、俺はどうしていいかわからなくて。何とか連絡は取ろうとしていたんだが」

「わかってる。見てたよ。それと配信のことは恥ずかしいから言わないでほしい」


 親に見られるとか羞恥プレイ以外の何ものでもない。

 流れをぶった斬って悪いが、それだけは言わせてもらわないと。

 

 俺の率直な意見に「恥ずかしがることないだろ」とお父さんが苦笑する。


 久しぶりに向き合った父の顔は、やはり優しく、力強かった。

 

「あっと、そうだ。お母さんにも教えないと! ミア、ちょっと待ってなさい!」

「あ、えっと、お父さん」


 こちらが何か言うより先に、駆け出していく父。

 心の準備が、と言いたいところだが、どうやら猶予を与えてはくれないようだ。

 

 行ってしまった、と思った瞬間、お父さんが再度ドアから顔を出して。

 

「すぐ戻るから! どこかに行ったらダメだぞ! そこにいるんだぞ!」


 と言い「おーい、お母さん!」と叫びながら走っていってしまった。


 そして、本当にすぐに二人分の足音が戻ってくる。

 いや、犬も合わせれば二人と一匹か。

 

 お父さんは俺のことを受け入れてくれた。

 しかし、それは配信をしていたことを知っているという下地があってこそのものだ。

 

 お母さんはおそらくは俺が幽霊として存在していることすら知らないはず。

 

 であるならば、その反応は一体どういうものになるのか。

 

 すぐそこまで近付いている未来を思い、足が震える。

 服の裾をギュッと握り込む。

 

 そして、勢いよくドアが開くと。

 

「…………ミア?」


 という母の声が聞こえた。

 




 少し時間は進み現在。

 俺は両親に囲まれてソファの上に座っていた。

 

 あの後、お母さんは驚愕のあまりか泣き崩れてしまい、しばらくは話もできなかった。

 しかし、次第に時間が経ち落ち着いてくると、今度は俺にベッタリとくっつき離れなくなってしまった。

 

 俺は二人に死後のことを話していった。

 

 死んで幽霊になったこと。

 存在はしていたが、人からは見えず、物にも触れなくなってしまったこと。

 たまたま訪れた廃墟で幽霊が映るカメラを見つけ、これなら人と触れ合えるのではと考え配信を開始したこと。

 配信で人気になるにつれ、幽霊としての存在強度が上がり、姿を見せることができるようになったことなどだ。

 

 お父さんは俺とお母さんを微笑ましそうに見ながら、うんうんと頷いて聞いている。

 一方、お母さんは聞いているのかいないのか、ただひたすら俺に触れないか試行錯誤しつつ、側を離れない。

 

「え、ええと、お母さん聞いてる?」

「聞いてるよ。頑張ったんだねミア。いいこいいこ」

「あ、え、えへへ」


 頭を撫でる素振りをされ、少し照れる。

 

 普段から甘やかされていた自覚はあるが、今日は特にその傾向が強い。

 仕方ないことなので好きにさせておこうと思いつつ、俺自身満更でもなかった。

 

 その後も、とりとめのない話をしながら時間は過ぎていく。


 俺が話し、両親が聞く。

 ただそれだけの時間が、何とも心地よく、失っていたものを埋めてくれる。


 気付けば、俺も両親も泣いていた。


「お父さん、お母さん……!」

「ミア、ミア!」

「ミア、よく帰ってきた。よく帰ってきてくれたな!」


 三人で抱き合うように涙を流す。

 ずっと望んでいた、それでも叶わないだろうと諦めていた時間を取り戻し、俺たちはいつまでも泣き続けた。


 と、ここまでなら良い話で終われるのだが。


 必然というか、次第に話の内容は配信のことに移っていき。

 

「でもミアはまだ小学生でしょ? 配信なんて危なくないかしら?」

「あ、いや、それは大丈夫だよ? 私幽霊だから危害を加えられる心配はないし、今いる場所も廃墟だからバレても問題ないから」

「でも女の子なんだから気をつけないと。それに廃墟なんて……」

「ミア、今日からはまた三人一緒に暮らすんだろう? パソコンはお父さんが買ってあげるから、配信についてはまたみんなで話し合おう」


 過保護っぷりを発揮した両親は、どうやら俺が配信という得体の知れないものに手を染めているのが不安で仕方ないようだ。

 あの手この手でやんわりと止めるように言い聞かせてくる。

 

 いやいやいや、しかしこればっかりは俺も譲れない。

 既にミア友との交流は俺の生きる存在理由と言ってもいいほど。


 配信をやめるなんて考えたこともないし、考えたくもないわけで。

 

 とにかく、危険はないから続けさせてほしいと強固に主張する。

 いっそ幽霊世界の危険を訴え、強くなる必要性を説こうかとも思ったが、それこそ余計な心配を掛けそうなので黙っておくことにした。

 

「むう……仕方ない。じゃあ取り敢えず今日はお父さんのパソコンを貸してあげるから家から配信しなさい。お父さんが見ててあげるから」

「嫌だよ! なんでお父さんに見られながら配信しないといけないの! お父さんの変態!」


 父親参観での配信など冗談ではない。

 恥ずかしいし、ミア友にも何を言われるかわからない。

 

 絶対にお断りである。

 

 俺に変態と罵られ、落ち込むお父さん。

 ミア友相手で罵り癖がついてしまっていたかも知れないと反省しつつ。

 

「でもお母さんもミアが頑張ってるところ見たいわ。ね、配信がどんなものかわからないと、良いとも悪いとも言えないもの」

「うぐっ……」


 親としての正論っぽいことを言われ、言葉に詰まる。

 

 お父さんも復活してきて「そうだぞ。これは親として必要なことなんだ。断じてお父さんは変態じゃないぞ」と前のめりに言ってきた。

 

 ぐぬぬぬぬ。

 

 追い込まれた俺は、とにかく一度、問題を先送りすることにした。

 

「え、ええと、取り敢えずこの話はまた今度ね! それより、柴三郎のご飯を……」


 話題を愛犬のほうへと逸らしつつ、おかしくなって笑ってしまう。

 

 こうした話し合いも懐かしい、かけがえのない時間なのだと心から思う。

 今更ながら、両親に受け入れてもらえた安心感と喜びが胸に溢れて、再び涙が滲んでくる。

 

 これから先どうなるのかはわからないけど、この温もりに対する感謝の心は忘れずにいたい。

 

 そう思い、俺は両親に甘えるように体をそっと寄せたのだった。

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