48 決着をつけるぞ
影の少女に向けて真っ直ぐに放たれた一撃は、しかし命中することはなかった。
攻撃が当たる直前、まるでそこにいなかったかのように、敵の姿が消えてしまったからだ。
そして。
カラカラと、すぐ後ろから奇妙な笑い声が聞こえた。
「っ!?」
慌てて振り返る。
至近。
まるで友人の肩を叩くような気やすさで、影の少女が真後ろに立っていた。
転がるように距離を取る。
なんだ。
俺は今何をされている?
こうしている間にも、守る表皮は少しずつ削られている。
やはり、相手が何をしているのか特定できないことが守る表皮の欠点だ。
その分対応範囲が広いので仕方ないともいえるが、対策が取れない。
「穿て!」
ペネトレイトを振り放つ。
しかし、生じたエネルギーは、まるで影を叩くように少女を素通りする。
あらゆる敵を打ち砕くはずの一撃は、今回何の手応えも返してこない。
アハハハッ!
アーハッハッハッハッハ!!
少女が笑う。
同時に、その姿がかき消え。
『ねえ』
ゾクリとした。
またしても、いつの間にか背後に現れた少女。
その手が、俺の背に添えられていて。
『なんで死なないの?』
守る表皮がゴッソリと削れる。
「あああぁあぁぁぁ!!!」
瞬間、恐怖にかられ、闇雲に腕を振り回す。
気付けば、そこに少女はいない。
まるで幻だったかのように俺の前から姿を消し、かと思えば、少し離れた場所に立っている。
再度、ペネトレイトを放つ。
しかし、確かに捉えたはずの一撃は、何の痛痒も与えることができずに終わる。
「あああぁあぁあぁ!」
放つ、放つ、放つ。
そのいずれも、並の霊であれば一瞬で消し飛ばすほどの一撃であるはずなのだが。
気付けば、少女は何事も無かったかのように、俺の眼前に立っていた。
その手が、俺の頬に触れる。
そして、大幅に削られる守る表皮。
「くそっ!」
拳を直接叩きつける。
しかしその瞬間、少女の身体はかき消え、気付けば数メートル先に立っている。
ドッと冷や汗が出る感覚。
カラカラカラカラカラカラと不快な音が響く。
なんだこれは。
どうすればいいんだ?
現状、俺の攻撃は通じていない。
見た目通り影の特性でも持っているのだろうか。
今まで鍛えてきたことがまるで意味のないことであったかのように、敵に有効打が与えられない。
一方で、こちらはただ対峙しているだけで守る表皮が少しずつ削られている。
触れられれば、耐久値の減少は一気に加速する。
どうすればいい?
このままでは、遠からず俺は負けるだろう。
詰み、という言葉が頭に浮かぶ。
いや、まだ結論付けるのは早い。
何かあるはずだ。
マシラのように異空間に隠れているとか?
ここにいる影が本体ではない可能性もある。
あらゆる可能性を考えろ。
焦る俺の内心とは裏腹に、笑いながら少女が近付いてくる。
まるで、近所に散歩に行くような気やすさで、一歩一歩、俺に向けて歩を進める。
「くっ!」
視線を外さないよう、バックステップで間合いを取る。
その一瞬で、またしても少女の姿が消え……。
「舐めるな!」
おそらくは背後、と検討をつけ、拳を振り抜く。
果たして、予想通りそこにいた少女の顔面に、俺の拳が突き刺さり。
当たった!?
と思ったのも束の間。
ドロリと。
まるで飴細工が溶けるように、少女の顔が崩れていく。
カラカラカラカラと頭に響く不快な笑い声。
こうして触れているだけで何らかの干渉を受けているのか、守る表皮の減りが早くなる。
「ぐぅう!」
腕を引き抜く。
気付くと、そこに少女の姿はなく。
『ねえ』
耳元で囁かれる声。
そして、背中に添えられる漆黒の手。
『早く死のう?』
「うわあああああぁ!!?」
咄嗟にデシメイトを放つ。
広範囲に渡る衝撃は、やはり何の手応えも返す様子はなく。
どうすれば。
どうすれば。
どうすれば。
影の少女の気配は確かにここにある。
異空間のようなものに籠っている感じはしないし、気配の大きさからして明らかに本体であるように思われる。
攻撃が当たらない現状が影の少女の能力によるものだと仮定して。
どうすればいいのかがわからない。
何か新たな能力を作るか?
幸い枠は一つ残している。
影の少女に攻撃が通るようになる能力を創造すればと考え、慌てて首を振る。
無理だ。
現状、俺は何故攻撃が当たらないのかすら理解できていない。
である以上、どういう能力を創ればいいのかの想像がつかないのだ。
影を殴れるようになればいいのか?
それとも、子機を通して本体にダメージを与えられるようにすれば?
何にせよ、検討違いな能力を創ってしまえば、その時点で俺は詰んでしまう。
とにかく、相手の詳細が掴めないことには。
と、そこまで考え。
ふと違和感に気付いた。
あれほど喧しく鳴り響いていた少女の笑い声が止んでいる。
いつの間に移動したのか、数メートル先で佇む少女。
その表情は窺えないが、どこか不機嫌そうにも見えて……。
瞬間、肌が粟立った。
目だ。
黒一色だった少女の顔に、まるでどこか別の世界からこちらを覗いているような目が一つ。
ギョロギョロと蠢いていた。
体が震える。
あれと目を合わせてはいけない。
直感に従い、慌てて下を向く。
敵から目を逸らす愚かさなど、考えている余裕はなかった。
ただ、俯いて震える俺を、いつの間にかそばに来ていた少女が抱きしめてくる。
『ねえ、一緒に逝こう?』
守る表皮が弾け飛ぶ。
一瞬にして守りを失った俺は、ただ震えることしかできずに。
少女が楽しげに笑う気配がした。
もうダメだ。
もはや、なすすべもなく、瞳を閉じようとした瞬間。
突然、影の少女が俺から離れた。
同時に、牙持つ口が複数、少女に向けて襲いかかる。
あ……。
いつの間に家から出てきたのか、悠然と佇む姿は常のものと変わりなく。
ギャアアアアア!?
戦闘が始まってから、初めて聞く影の少女の悲鳴。
信じられないことだが、あの複数の口は、何らかの攻撃を通すことに成功したらしい。
「口だけさん……」
スーツ姿に巨大な口。
口だけさんがそこに立っていた。
◯
見ると、影の少女は左腕を食いちぎられ、のたうち回っていた。
どうやって、と思う俺の疑問はすぐに氷解した。
牙持つ口が複数、少女に襲いかかる。
その向かう先は影の少女ではなく、その背後の地面。
影だ。
今思えば、影の少女は幽霊だ。
本来なら影など生じるはずがなく、そこに何らかの意図を見出すのは難しくなかったはず。
少女の異様さに気押されてその不自然さに気付けなかった。
あまりにも単純な絡繰りに呆然とする。
気配察知を分布図状にして展開していたのもよくなかった。
捉え方が平面的になっていたせいで、影と本体の差異に気づけなかったのだ。
「お前……」
改めて口だけさんを見やる。
怖気付いたわけじゃなかったのか。
いや、正確には怖気付いてはいたのかも知れない。
しかし、それでも俺を当て馬にして、ずっと少女の弱点を探っていたのだろう。
勝てる算段がついたから出てきたのか?
思わず安堵の息を吐く。
本来なら噛ませ犬にされたと怒ってもいいところかも知れないが、助けられた手前そうも言えない。
ひとまず、ポイントを大量消費して、守る表皮を回復させる。
視界の端では、影の少女が襲いくる牙持つ口から逃げ回っていた。
その姿に、先程までの脅威は感じられない。
絡繰がわかってしまえばこの程度だったのか?
思わず気を抜きかける。
ふと、口だけさんが少女とは別方向に顔を向けた。
「どうし……」
た、と言おうとして、身体が固まった。
カラカラカラカラ、と。
カラカラカラカカラカラカラカラ、と。
笑う影の少女が目の前に立っていたからだ。
それも、一体ではない。
わらわらわらわらと。
見渡す限り数百はいるのではないかと思われる影の少女が、ここら一帯を取り囲んでいた。
口だけさんの口から逃げ回っていた個体は、先ほどまでの醜態が嘘のようにその攻撃を受け止め笑っていた。
鳥肌が立った。
こいつらは一体何だと言うのか。
アハ。
アハハハッ。
アーハッハッハッハッハァ!!
一斉に響く狂笑。
そして、まるで二つに分かれた水滴が引っ付くように、少女たちが重なっていく。
まるで、悪夢の世界に迷い込んでしまったかのような光景だった。
一つ、また一つと合体するごとに、少女の気配が跳ね上がる。
もう少しで勝てる、などと思っていたのが馬鹿らしくなるほどに。
俺が命をかけてさえ殺されかけた相手は、所詮は数ある分体のうちの一つだったとでもいうのか?
最後の二体が触れ合い、そこには一人の影の少女が残る。
もはや抵抗を考えることすら馬鹿らしいほどに、圧倒的な化け物がそこに立っていた。
「なんだよ……それ」
アハ。
アハハハッ。
アーハッハッハッハッハァアア!!!
まるで俺の愚かさを嘲笑うかのように。
少女が腕を上げ。
死んだ。
何の根拠もなく、己の死を俺が確信した時。
口だけさんが前に出た。
「え……?」
そのまま、俺を庇うように立ち塞がる。
「なにやって……」
ズブリ。グチャリと。
肉を抉るような不快な音が響き、口だけさんの身体の内部から大量の黒い腕が生えてくる。
どう見ても致命傷。
いっそ即死していないのが不思議なほどの惨状だ。
「お前何やってんだよ……」
今、影の少女の攻撃は明らかに俺に向けられていたはずだ。
である以上、やられていたのは俺でなければおかしいはずで。
「何でお前が俺を庇ってるんだよ!!!」
思わず叫ぶ。
おかしい、あり得ない、俺たちはそんな関係じゃなかったはずだろう。
そんな兆候もなかったはずだ。俺のことなんて、お前はただの餌程度の認識だったはずで。
頭の中を疑問がグルグル回る。
対する口だけさんは、影に貫かれながらも、悠然とその場に立っていた。
その顔だけが俺を振り返り。
「ミ……オ……」
喋った?
口だけさんが?
いや、しかしミオ?
誰のことを言っている?
俺はミアだ。
まさかこいつ、俺の名前を間違って覚えているのかと疑念を抱いた時。
口だけさんが動いた。
その全身から湧き上がるのは夥しいほどの霊気。
その膨大なエネルギーに干渉され、周囲の気配が塗り替わる。
顕現するのはピンクの混じった赤い洞窟のような空間だ。
俺、口だけさん、影の少女を飲み込んだその空間は、まるで生き物のように胎動している。
アハハ……ハ……。
少女の笑い声が止む。
この一瞬で何を思ったのか、その体から大量の黒い霧のようなものを噴出。
その攻撃対象がこちらではなく、周囲全体にばら撒かれていることから、おそらくはこの空間自体を破壊せんと力を放ったのだろう。
今少女の周囲にいれば、それだけで俺は自己の存在を保てなかったに違いない。
それほどのエネルギーが放出され。
そして次の瞬間。
ガチン、と歯が噛み合わされるような衝撃を感じ、一瞬意識が暗転する
そして、気付けば、俺と口だけさんは元いた庭に戻ってきていた。
影の少女の姿はない。
しかし、まだ事態が解決したわけではないことはすぐにわかった。
口だけさんの体内に、膨大な気配がある。
それは紛れもなく、影の少女のものだ。
おそらくは、今の現象は口だけさんの切り札なのだろう。
起こった現象を見るに、対象を強制的に体内に取り込み捕食するのか。
どうやって抵抗すればいいのかわからないほど恐ろしい技だ。
俺自身ではなく、空間に作用しているので守る表皮も発動しない。
言うなれば、体内に通じる異空間を周囲に創り出し、強制的に閉じ込める感覚に近いはず。
通常の悪霊であれば、そのままなす術もなく吸収されて終わりだ。
しかし、相手は影の少女。
その力は口だけさんをすら遥かに上回っている。
である以上、いつまで閉じ込めておけるのか。
口だけさんの身体から黒い靄が立ち上る。
それに削られるように、身体のあちこちが崩壊を始めている。
おそらくはもう長くはないだろう。
どれほど保つのかはわからない。
それほどの時間はかからず、口だけさんは死に、影の少女はその体内から出てくるはずである。
そう、つまり口だけさんの行動は影の少女を倒すには至らなかったのだ。
このままであれば。
口だけさんが俺のほうを見る。
何となく言いたいことを悟って、俺は首を横に振った。
迫り来る未来に怯え、涙まで滲んでくる。
「い、嫌だ。お前強いんだから自分で何とかしろよ!」
「ミ……オ……」
「だから誰なんだよそれは! 俺はミアだ! 間違えて変な自己犠牲発揮してんじゃねえ!」
口だけさんの身体が崩壊していく。
もう猶予はない。
俺はキツく目を瞑る。
こいつは本当に自分勝手だ。
何を考えているかわからないし、言うことは聞かない。俺の予想を悉く裏切るし、実際俺たちは敵同士だったはずだ。
なのに、なんでこんな最後なんだよ。
それなら、これまでもっと優しくしてくれてもよかったはずだろ。
そうしたらもっと仲良くできてたはずだろ!
「ペネトレイト」
右腕に力を込めていく。
マシラ戦の後、更に成長したガントレットに、込められるだけのポイントを流し込んでいく。
右腕が発光し、強烈なエネルギーの振動に身体が震える。
明滅する視界をただひたすら前に固定する。
ふと、口だけさんが笑った気がした。
「ミ……オ………………元気で」
ふざけんなよ!
「うわああああああああ!!!」
最早どうなっているかもわからない。
とにかくがむしゃらに右腕を振りかぶる。
暴走する力を何とか一点に集中させるように、前へと前へと押し出していく。
「うが、てえええええぇぇ!!」
そして。
閃光と衝撃が周囲を満たした。
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