47 親に会いに行くぞ
十万人記念配信も終わり、直近でやる予定だったことは一通り消化し終わったと言える。
ほっと一息吐く。
しかし、まだ全てが終わったわけではない。
配信はともかくとして、俺の中で非常に大きな問題が一つ、残っている。
そんなわけで、俺は現在、大きな決断をしようとしていた。
そう、つまり、勇気が無くて延ばし延ばしになっていた両親の様子を見に行こうと思ったのである。
正直、今でも若干怖い。
自分でも何がそんなに嫌なのかわからないが、できれば理由をつけて先延ばしにできないかと考えてしまう。
いやいや、そんなことじゃ一生行かれないじゃないか!
俺は、意を決して出掛けることにした。
思い立ったが吉日。
善は急げ。
急がば回れ。
なんだか、最後にまた弱気が出たような気がするが、とにかくこういうのは考えちゃダメなのだ。
勢いに任せないと永久に動けない。
俺はカメラ師匠と口だけさん、モニターくんを連れて、ミアとしての実家へと訪問することにした。
ちなみに、市子さんを連れて行かない理由は実体があるから、というわけではない。
単純に今ここにいないからだ。
というのも、幽霊が見えるようになったことで、真夜さんがやはり不安そうにしていたので、市子さんを貸し出すことにしたのである。
ああ見えて市子さんもかなり育ってきている。
俺が分け与えるポイントに加え、常日頃から悪霊を狩っているので、そんじょそこらの霊には負けないだろう。
そんなわけで、頼み込んで出張ボディーガードを引き受けて貰った。
ポイントを千ほど要求されたが、真夜さんも安心できたようだし、必要経費だったと思おう。
そんなわけで、不在の市子さんを除く全員でお出掛けである。
……一人はさすがに心細いからね。
仕方ないね。
しかし、何だかんだで両親の顔を見るのは久しぶりだ。
親不孝と言われても仕方ないが、元気にしてくれていればいいんだけど。
俺たちは、バスから電車へと乗り継ぎ移動する。
そして、駅から歩くことしばらく、懐かしい我が家が見えてきた。
一年も経っていないのだから当たり前といえば当たり前だが、以前とまるで変わらない外観に少しだけ涙腺が緩む。
お父さんとお母さんは家にいるのだろうか。
お父さんは在宅勤務で、お母さんは専業主婦なので、二人とも基本的にこの時間帯は家にいるはず。
怯みそうになる足を無理やり前に出し、壁抜けして家の中に入った。
心臓の鼓動が聞こえる気がして、胸元をギュッと握る。
大丈夫だ。
別に今日顔を見せて再会なんてするつもりはない。
ただ二人がどうしているのかを見に来ただけである。
だから、俺が心配するようなことにはならないはずで。
ワン!
犬の吠え声が聞こえてビックリする。
見ると、俺のほうを向いて吠えているシバ犬がいた。
俺と入れ替わるようにして飼われた、我が家の愛犬、柴三郎である。
こいつは俺が見えるのか、嬉しそうに回ると、尻尾を千切れんばかりに振り回している。
「はは、元気だったか、柴三郎」
頭を撫でる動作をしてやる。
柴三郎は嬉しそうに目を細めると、甘えるように鳴いた。
「あら、どうしたのサブちゃん?」
ふいに、近くから聞こえた声に、無いはずの心臓が跳ねた。
外国人然とした整った顔立ちに、少しだけ疲れを滲ませた表情。
俺の外見に関する遺伝はほぼこの人だろうと思うほど似ている、ミアとしての俺の母親。
お母さんがそこに立っていた。
「あ、お母さ……」
思わず呼びかけようとして、思いとどまる。
何を言うつもりなんだ。
現実の俺はもう死んでいて、今は幽霊だというのに。
「何かいた? もしかしてゴキとか? いやねえ」
柴三郎に微笑むお母さん。
実の娘をゴキ扱いとは酷い言いようである。
おかげで、少しだけセンチメンタルな気分が薄れた。
そのまま、台所に戻って料理を再開する母親を見送る。
……元気そうで良かった。
少なくとも、一時期のようにベッドから起き上がれないほど衰弱はしていないようだ。
家を出る前に立ち直ってくれたことはわかっていたが、それでもこうして確認すると安心できる。
俺は、頬に流れてきたものを袖で拭って、小さく笑う。
「よかった」
今日来て本当に良かったと思う。
少なくとも、俺の足を重くしていた理由の一つは消えたと言っていい。
お父さんとお母さんが元気に暮らしてくれているなら、俺はそれだけで十分なのだ。
そういえば、お父さんはどこだろう?
この時間なら、自室で仕事だろうか。
お母さんほどの心配はしていなかったが、それでもここまで来たのだ。
元気な姿を見ておきたい。
俺は、まとわりついてくる柴三郎を適当に相手しながら、父の部屋へと向かった。
壁抜けをして室内に入る。
そこには、パソコンに向き合って真剣な表情をしている男性がいた。
スキンヘッドで筋肉質、強い外人というイメージそのままのお父さんは、顎に手をやり、ただひたすらにパソコンと向き合っている。
「お父さ……」
その変わらない姿に感動して、思わず声を出しかけた時。
俺の耳に。
『そんなわけで、今日はファッションショーをします!』
どこかで聞いたことのある声が飛び込んできた。
……。
…………。
………………は?
恐る恐る画面を覗き込む。
そこには、どこかで見たことのあるような小学生の女の子が、次から次へと服を着替えてはポージングしている映像が映し出されていた。
サイト名はmytobe。
どうやら父はとあるチャンネルのアーカイブを観ているようだった。
あはは、お父さんってば嫌だな。
こんな小さい子の配信を観るなんて、まさかそんな趣味があったのだろうか。
特にこの画面の子は半透明だし、趣味としては大分マニアックなんじゃないだろうか、
はははは……は。
俺じゃん。
え、え、何、どういうこと!?
なんでお父さんが俺のアーカイブを観てるの!?
しかもよりにもよってファッションショーである。
画面の中の俺は、巫女服を着て、照れたように小首を傾げている。
やめろ、殺すぞ。
自分で自分を絞め殺したくなったのは初めての経験である。
いや、わかる。
理屈はわかるよ?
何だかんだで、ネットを通じて全世界に配信している俺である。
登録者数も十万人を越え、多くの人の目に止まるようになったであろうことから、お父さんの耳に入っても何ら不思議はない。
でも、でもだよ。
わざわざ俺が会いに来た時に、そんなもん観てなくてもいいだろう?
まさか、お母さんも知っているのかと、戦々恐々とする。
二人で俺の配信姿を見ていたのかと思うと、大声で叫んで転げ回りたくなる。
「あわ、あわわわ、あわわわわわ」
予期せぬ事態に、俺の脳がフリーズを選択しようとした時。
「ミア……」
小さく呟く声が聞こえた。
同時に、ポタリと机の上に水滴が落ちる。
お父さんが泣いていた。
強く逞しい父だった。
いつも俺たちを優しく見守ってくれていて、浮かんでくる思い出といえば笑顔ばかり。
涙を流す姿なんて見たこともなかった。
それだけに、その姿は衝撃だった。
まるで、見てはいけないものを見てしまったような罪悪感に襲われる。
羞恥心など、一瞬でどこかに飛んでいってしまった。
どうしていいかわからず、呆然と丸くなった父の背中を眺める。
と、ふいに、部屋のドアがノックされた。
「あなた、ご飯ができましたよ?」
お母さんだ。
どうやら、先ほど作っていた昼食が完成したらしい。
その呼び声に、父は慌てたようにマウスをクリックすると、俺が映っている配信画面を閉じてしまった。
「あ、ああ、すぐ行くよ!」
そのまま、部屋を退室していく。
……もしかして、まだ俺のことはお母さんには伝えていないのだろうか。
明らかに隠すような動作に見えた。
だとしたら、それもわかる気がする。
お父さんも、一時期の憔悴したお母さんの姿を見ている。
である以上、俺に関することは迂闊に伝えられないのかも知れない。
ふと、モニターを見ると、何やら書きかけの文章が見えた。
仕事のものかと思ったが、ミア、という文字が目に入って、それが俺に宛てた文章だと気づく。
内容としては、俺が本当にミアであるのか、今まで何をしていたのか、何故会いに来てくれないのか、自分たちを覚えているのか、など、父の立場としては疑問に思うであろうことが書き連ねてある。
おそらくは何度も書き直したのだろう。
文章の繋がりが変だったり、ところどころ支離滅裂だったりと、父の混乱具合が窺える。
……俺はどうすればいいのだろう。
もうバレてしまった。
これ以上、お父さんとお母さんから隠れ続けるのは無理だ。
元々、配信をやり始めた時点で、いつかはこうなることを予見していた。
しかし、いざその時が来ると途方に暮れてしまう。
どうすればいいのだろう。
いっそこちらから名乗り出るか。
少なくとも、今この場で声をかければ、父は話を聞いてくれるのではないだろうか。
しかし、そう考えた瞬間、俺の心を止めるものがある。
できない。
そもそも、俺が両親に名乗り出なかったのは、単純に初期の頃はその方法がなかったからだ。
死んですぐに変身能力を身につけていれば、俺は即両親の前に姿を現していたに違いない。
しかし、では何故、可視化能力を身につけたにも関わらず、こうして尻込みしてしまうのか。
いつ消えるかわからないから怖いのか?
それはある。
両親にもう一度離別の辛さを味わわせることだけは、絶対にできないと心が叫ぶ。
しかし、今となっては、俺の幽霊としての力はかなり高い。
少なくとも、時間経過で消える心配はほぼなく、そこらの悪霊に負けることも考えにくい。
つまり、両親へのカミングアウトを妨げる要因など、今の俺にはないはずなのである。
それなのに、何故俺はこんなに躊躇っているのか。
まるで、自分が近いうちに消えると思っているような。
再度両親に俺を失う悲しみを味わわせると確信でもしているような。
そこで、俺の脳裏に、奇妙な笑い声が響いた。
ああ、そうか。
恐らく俺は、無意識に気付いていたのだ。
まだ俺は安全圏になどいないのだということに。
縁を作ってしまったあの日から、ずっとあの影の少女がこちらの様子を窺っていたことに。
巨大な気配が近付いてくるのを感じる。
それは、今の俺よりも僅かに強い。
後少しだけ時間があれば、上回ることもできたかも知れない。
いや、しかし、だからこそ、このタイミングなのか。
「カメラ師匠、モニターくん、隠れててくれ」
配信をするつもりは無かった。
あの女は害意の塊だ。
最悪、カメラ師匠の守りを突破しかねない。
万が一ミア友に何かあれば、俺は悔やんでも悔やみきれないだろう。
カメラ師匠達を守る余裕もない。
俺は二人を待機させることにした。
「口だけさん、行こう」
それでも、口だけさんと二人であればどうにかなるかも知れない。
そう思い呼びかけたのだが。
口だけさんは動かない。
さも、行く気はないとでも言うかのように、その場に立ち尽くしていた。
「……口だけさん?」
声を掛けるが、やはり動く様子はない。
相手の強さを感じているのか?
確かに、俺たち二人がかりでも確実に勝てるとは言えない相手だ。
能力次第では普通に負けることもあり得るし、最悪勝てたとしても俺たちのどちらかは死ぬかも知れない。
口だけさんが怖気付くのもわからないでもない。
足が震える。
俺だって逃げたいくらいなのだ。
だから、決して口だけさんを責められはしない。
「そうか。じゃあそこにいろ」
俺は、そうとだけ告げ、家の外に出た。
途端に感じる禍々しい気配。
アハッ。
アハハハッ!
アーハッハッハッハッハァアア!!!
嬉しそうな、楽しそうな、狂気を孕んだ笑いが聞こえてきた。
それは黒い少女だった。
まるで版画のように白い輪郭と黒い体で構成された、ゴシックロリータ風の女の子。
いつぞや駅で見かけた、影の少女がそこにいた。
◯
「気に入らないな」
俺は呟いた。
この状況、少女と縁で繋がっているとはいえ、本来なら逃げの一手だ。
相手が追ってきたとしても、時間は俺の味方だ。
こうしている今も少しずつ認知度は上がり続けている。
俺の力が相手を上回るまで逃げ続ければいい。
しかし、俺が実家を訪れたタイミングを狙われたという懸念が、どうしても頭を離れない。
考えすぎかも知れないが、父と母を人質に取られたような気がして、俺は奥歯を噛み締めた。
家を庇うように前に出る。
「俺が強くなるまで様子を見てたのか?」
少女は答えない。
ただカラカラと奇妙な笑い声を響かせるのみである。
「食べ頃まで育つのを待ってたのか?」
一本足を前に出す。
カラカラと不快な声が大きくなる。
少しずつ、守る表皮が削られていく。
どうやら、既に何らかの攻撃を受けているらしい。
「ふざけるなよ」
拳を握り込む。
同時に、顕現するのは白銀のガントレットだ。
「食い破ってやる」
右腕を振りかぶる。
穢れた力の貯蔵は十分とは言えない。
しかし、ポイントはそれなりに貯まっているので最悪はそちらを回せば事足りる。
「穿て」
影の少女に向けて、俺の初手が放たれた。
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