43 三人コラボするぞ(前)
「穿て」
右腕を振り放つと同時に、目の前の悪霊が粉砕される。
『強い(確信)』『さすがだわ』『危なげないな』『ミアちゃんカッコいい』『つええええ』『そりゃ神様倒してるから』
本日は、恒例となる悪霊退治配信をしていた。
ここまで、複数体の敵を俺、口だけさん、市子さんの三人で均等になるように倒してきたわけだが。
今回の俺の目的としては、新能力の確認だった。
以前から試みていた欠点の克服。
異界の気配察知については、まだ思案中だ。
どうにも上手くいきそうにないので、発想の転換というか、別のアプローチが必要かもと思い始めている。
いっそ新能力で創れば、と思わないでもなかったが、恐らく、新しい能力を創れるのは後二つが限度だ。
さすがに、ポイントさえあれば無限に創造できるというものでも無さそうだ。
何か裏道はないか探してはいるが、過度な期待はしないほうがいいだろう。
そんなわけで、何かあった時のために、一つは枠を残しておきたい。
となると空いている枠は一つ。
俺はその一枠を気配察知ではなく、混ざり対策へ使うことに決めた。
どちらがより致命的かを考えた時、俺の頭に過ったのは混ざるということに対する恐怖だった。
強敵を倒した際に流れ込んでくる膨大な力。
複数の敵を相手にした際の細々とした力。
どちらも状況によっては最悪の事態を招き得る。
異界にいる相手は基本向こうにこもっているだろうし、仮に出てきたとしても、表世界にいるのであれば気配察知で捉えられる。
つまり、異界から強襲されるというケース以外では最悪になり得ない。
更に言えば、俺には守る表皮もある。多少の不意打ちには耐えられるだろう。
気配察知の発展で異界を捉える計画も諦めたわけではない。
優先度が高いのは混ざり対策のほうだろう。
そんなわけで、俺は両腕のガントレットに組み合わせる形で新能力を発現させた。
左右それぞれ、白銀のガントレットに埋め込まれる形の真紅の宝石。
これらは、敵を倒した際の穢れたエネルギーだけを吸収し、貯め込む性質がある。
俺の中には問題ないエネルギーだけが流れ込み、汚い部分は貯蔵して、ペネトレイトやデシメイトの弾として使おうというわけである。
ちなみに、実現に時間がかかったのは、最初は変身能力でいけないかと試行錯誤していたからだ。
しかし、条件付けがシビアなためか難しいと知り、素直に新能力で創ることにした。
本日はその性能確認の意味も込められていた。
結論としては上手くいったと言っていいだろう。
敵を倒しても気分は悪くならず、宝石にはキッチリと穢れたエネルギーが溜め込まれている。
上々の出来に、俺は一人満足気に頷いた。
ちなみに、自分が強くなった感覚については、もう原因追及は諦めた。
霊と戦った感じ、自身の攻撃力や耐久力が何割増しかになっている気がしたが、あくまでそんな気がしただけだ。
どのみちそこいらの悪霊はワンパンなので、確認のしようがない。
強敵と戦えばハッキリ実感できるのかも知れないが、自分から強い敵と戦いに行く趣味は俺にはなかった。
まあ、ミア友から貰える力が以前より増えているだけで十分有難い。
俺は深く考えないことにした。
「ふうー……」
緊張感から解放され、大きく息を吐き出す。
ひとまず能力についての確認も終わり、いい時間になったので配信を終わることにする。
「みんな今日も来てくれてありがとう。また観てくれると嬉しいな。じゃあばいみゃー!』
『ばいみゃー!』『今日も可愛かった』『ばいみゃああああ!』『おつかれー!』『ミアちゃん愛してる』『おつおつ』
そのまま帰路に着く。
家に帰ってツミッターを開く頃には、少しだけ緊張していた。
「どうなったかな?」
実のところ、つい先日、俺のチャンネルの登録者数は十万人を突破した。
今日も配信開始時にはたくさんのお祝いコメントを貰ったものだ。
十万。
すごい数字だ。
登録者だけでいうなら、既に真夜さんは越え、とまるんに迫ろうとしている。
そこまで俺のことを認識してくれた人が増えたのだと思うと、何やら感慨深いものがある。
幽霊になったばかりの頃を考えると雲泥の差だよなあ。
だからこそ、ミア友には感謝してもし足りない。
十万人記念配信はなるべく盛り上げていきたいと思っているのだ。
そんなわけで、昼間のうちに企画タグの中から何点かこれはと思うものを選んでアンケートにかけた。
アンケート内容としては、以下の四つになる。
コスプレショー。
ゲーム大会。
プチライブ。
上全部。
そう、最後に一つ、狂気の沙汰があるのである。
正直、希望の企画案としてはコスプレショーが一番多かった。
圧倒的一番人気というやつだ。
このままではアンケートを取るまでもないのでは、と一時困ったほどだ。
とはいえ、他の企画も魅力的ではある。
特に、ゲーム大会なんかは俺もやってみたい。
そんなわけで、まあ十万人記念だし、お祭り感があってもいいのではないかと、最後の案を足したわけだが。
案の定、圧倒的一番人気で全部が選ばれていた。
ですよねー。
そりゃそうなるわ。
むしろそれでもコスプレショーに入れた人たちは、内容が薄まるのを避けたのかな?
ふふふ。
いいぜ、ミア友。
俺の感謝を見せてやるよ。
とはいえガチのライブはぶっちゃけ無理だ。
俺にはステージを借りるコネも金もない。
残念ながら、いつもの廃墟で歌って踊る簡易なものとなるだろう。
一応そのことは伝えてあるので、ミア友も納得はしてくれているはず。
だからといって期待外れなんて思わせないように頑張らないといけない。
俺は、早速真夜さんととまるん、ギャル子さんに連絡を取り、参加を取り付ける。
幸い、事前に打診していたこともあり、みんな快く引き受けてくれた。
そんなわけで、一週間後に企画全部盛り十万人記念配信をする旨を告知する。
ううー、上手くいくかなー。
今更になって弱気になってきた。
ちょっと調子に乗りすぎたかも知れない。
滑ってつまらない内容になったらどうしようとハラハラする。
いや、俺はできることをやるしかない。
ミア友に楽しんでもらうんだ。
ミアちゃんのファンで良かったって思ってもらうんだ。
いよいよ形になってきたことで、途端に怯えが混じるが、何とか頬を叩いて気合いを入れる。
ありがたいことに、真夜さん達も全面的に協力してくれると言っている。
絶対に成功させるぞ!
俺は一人気炎を上げた。
まあその前に三人コラボがあるんだけどね。
こちらはこちらで楽しみなので、真夜さん達と打ち合わせをしておこう。
俺は交流ソフトを立ち上げると、真夜さんととまるんにチャットを送るのだった。
◯
「さて、じゃあそんなわけで、三人コラボはっじめっるよー!」
『いえーい!』『こんみゃー!』「きちゃああああ!』『888888』『待ってた』『うおおおお!』
そして、ついにやってきた三人コラボの時間である。
何故か、俺のすぐ横で真夜さんととまるんが手を振っている。
先日、ギャル子さんとオフコラボをやったことで、何故か二人が対抗意識を燃やしてしまい、本日も何とオフコラボなのだ。
「じゃあ早速真夜さんから自己紹介をどうぞ」
「はーい! マヨネーズじゃないよ! 真宵だよ! 元気いっぱい胸いっぱい、真宵真夜です! くくく、今宵はお前らに地獄を見せてやるわ」
右目を押さえて暗黒微笑を見せる真夜さん。
いや、地獄とか見せないから!
人のチャンネルで変なこと言わないでね!
「さて、じゃあ次はとまるん」
「はい、初めましての方、初めまして。配信者をやっている夢音とまれと申します。今日は招待していただいて嬉しいです。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるとまるん。
しかし、おそらくはその動作を見た誰もが別のことに気を取られていただろう。
つまり。
『鳩ww』『草』『頭に鳩が乗ってるんですけど』『その鳩なにww』『まじで幽霊鳩いたのかw』『幽霊鳩?』『太々しくて草』
そう、相変わらず頭には鳩が乗っているのである。
カメラ師匠を通してであれば、幽霊の姿を視聴者に見せることができる。
こうして、とまるんの鳩はミア友のみんなに晒されたわけだが。
「あ、この子はポッコちゃんっていいます。私も見たのは初めてなんですけど、こんな姿だったんですね」
可愛い、と微笑むとまるん。
可愛いのはお前じゃい。
まあ、実は鳩を見た瞬間、口だけさんと市子さんが攻撃を仕掛けようとしてあわや大惨事になりかけたのだが。
事前に言い聞かせるのを忘れていた俺も悪いが、相変わらず油断も隙もない二人だ。
「いや、とまちゃん、最初は私も何かと思ったよ。そういう帽子なのかと疑っちゃった」
真夜さんが鳩を指差す。
「あ、そういえば真夜ちゃんは幽霊が見えるようになったんでしたね」
「そうだよー! ふふふ、これでいつでもミアミアを見失うことはないんだよ! 私たちは完璧なソウルフレンド!」
自慢気に胸を張る真夜さん。
反面、とまるんの片頬がみるみる膨らんでいく。
「……ずるいです」
え、ええと、とまるん?
「私もミアさんやポッコちゃんの姿が見たいのに……真夜ちゃんだけ」
「それは仕方ないよとまちゃん。何故なら私とミアミアは共に命の危機を乗り越えた仲だからね! 涙を流し友情の確認までしたんだから! まあその時にとまちゃんはいなかったけど。とまちゃんはいなかったけど!」
「むううううぅぅ」
やめて差し上げろ。
というか、当時のことを思い出すと俺も少し恥ずかしいので、真夜さんはちょっと黙って欲しいのだが。
とまるんの両頬がハムスターのようにパンパンに膨らむ。
可愛いけど怒っている。明らかな怒りを全身から放っている。
『草』『お、喧嘩か?』『マウントを取るな』『とまるん可愛いw』『真夜畜生さあ……』『マウントを取ったり取らなかったりしろ』
「ま、まあまあ二人とも落ち着いて。せっかくのコラボなんだから、そんな喧嘩しなくても」
「ミアさん!」
「は、はい!」
「私も霊視できるようになりたいです! どうすればいいですか!?」
え、ええー。
どうなんだろう。
真夜さんの場合は、恐らくマシラという強力な存在に呪われたことにより、強制的に開眼に至ったものと思われる。
本人の元からの資質もあるのだろうが、危険な方法であったことには間違いない。
最悪、俺のポイントをとまるんにぶち込めば何とかなるかも知れないが、流石にそんなどうなるかもわからない危険なことはしたくない。
そもそも霊が見えるようになって良いことがあるかと言われれば、ほぼ無いんじゃなかろうか。
下手に悪霊を見つけて縁でも作ってしまった日には後が怖い。
真夜さんも表では自慢しているが、裏では霊を見掛けるたびにちょっと怖いとこぼしていたし、見えないならそれに越したことはないと思う。
というようなことを俺はとまるんに伝えた。
「そもそもとまるんはお化けが怖いんじゃ?」
「そ、それはそうなんですけど」
「あ、あの、ミアミア? 私は霊なんて怖くないからね? その気になればこの邪眼で一発だよ?」
いやいや。真夜さんは何を言っているのか。
昨日の夜中に、帰り道に怖いのを見つけちゃって眠れないって通話してきたじゃないか。
まあ流石にそれをバラすようなことらしないけど、思いっきりビビっていたはず。
「とにかく、真夜さんは変なマウントを取らないの! とまるんが可哀想でしょ!」
「うう……ちょっと調子に乗りすぎたかな。ごめんよとまちゃん」
素直に謝罪できる真夜さんは偉いと思う。
一方で、何故かとまるんの機嫌はますます悪くなったようだ。
「……なんかそういうやり取りも遠慮がなくなってて羨ましいです」
などと言いつつ、とまるんが俺を抱き寄せようとしてくるので、大人しくそちらへ移動する。
いや実際には触ることはできないので見た目だけだが、それでとまるんの気が済むならと思ったのだが。
「あー! ずるいよとまちゃん!」
真夜さんが叫び声を上げ近づいて来る。
「私もミアミア抱っこする!」
「ダメです。ミアさんは今日はここで私とお話しするんです」
「三人コラボ、三人コラボだよ、とまちゃん!? これだと私一人仲間外れになっちゃうよ!?」
「ふーんだ」
先ほどのやり取りでお冠なのか、俺を包むようにしてソッポを向くとまるん。
『草』『修羅場で草』『モテモテミアちゃん』『キマシ』『争え……もっと争え……』『ミアちゃんちょっと場所変わって』『俺もミアちゃん抱っこしたい』
なんとなく危機感を覚え、俺は大きな声で叫んだ。
「え、ええと、マシュマロ! マシュマロ読もう!」
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