41 お見舞いに行くぞ

 お昼を過ぎても、とまるんからの返事は来なかった。

 

 とまるんは割とすぐ返事をしてくれるタイプなので、余計に心配だ。


 もしや何かあったのかとヤキモキする。

 いっそ、お婆様の家に容態を尋ねに行こうかと思い始めた頃、ようやく『すいません、熱が下がらなくて寝てました』との文面が返ってきた。


 ひとまずは安心したが、まだ熱が下がっていないというのは問題だ。

 風邪を引いたと知らされたのがおそよ一週間前なので、その間ずっと熱にうなされていたのだろうか。

 よっぽど性質の悪いのを貰ったのかと心配になる。

 

 俺は慌ててチャットを打った。

 

『大丈夫なの?』


 待つこと少し。

 

『もうダメかも』

 

 とまるん!?

 

 思わず立ち上がり、周囲を見回す。

 お、おみ、おみ、お見舞いに行かなくては。

 

 俺が行ったところで何ができるとは思えないが、とまるんのピンチとなれば放ってはおけない。

 

 何をしていいかわからず、俺は取り敢えず市子さんをポルターガイストで浮かべた。

 全く意味のない行為で、ただ落ち着かなかっただけである。

 

 市子さんは迷惑そうにカタカタ揺れた。

 

『なんちゃって、冗談です。きっと寝てれば治るよね』


 可愛らしいスタンプと一緒にそんな文面が送られてくるが、不安で仕方ない。

 

 俺は市子さんをその場に下ろすと、とまるんにお見舞いに行きたいと頼んだ。

 

『気持ちは嬉しいけど、うつしたらいけないし』


 俺は幽霊だからね。風邪はひかないから大丈夫だよ!

 そう伝えると。

 

『じゃあ、お願いしちゃおうかなあ』


 そんな可愛い文面が返ってきたので、俺は取るものも取らずに出発した。

 

 口だけさんと市子さんがついてこようとしたので丁重にお断りする。

 

 とまるんは病気で弱ってるんだからホラー要素はいらないんだよ!

 

 カメラ師匠は別についてきても問題ないが、特に配信予定があるわけでもないので、二人の見張りがてら待機してもらうことにした。

 

 久しぶりに俺一人となって、移動を開始する。

 

 ええと、本当は何か買っていけるといいんだけど、幽霊の身ではそれもままならない。

 こういう時は実にもどかしい。

 

 幸い、住所はチャットで送ってくれたので判明している。

 とまるんのお婆様の家からそう離れていない豪邸だ。

 

 やはり、とまるんの家はかなりのお金持ちらしく、広い庭にカメラ付きの門、白を基調とした巨大な建物が遠目からもわかるほど、存在を主張していた。

 

 おかげで迷うことはほとんどなく辿り着くことができたが……。

 

 俺はインターホンを押すべきか迷った。

 

 よく考えたら、その辺のことを何も話さないままここまで来てしまった。

 今からとまるんに連絡を取ろうにも、カメラ師匠もモニターくんも連れてきていない。

 

 困った俺は、しばらく門の前をウロウロしていた。

 しかし、こうしていても仕方ない。

 

 俺は意を決して姿を可視化すると、インターホンを押した。

 

『はい』

「え、ええと、静流さんの友達でミアといいます。お、お見舞いにきまちた」

『あらあら、まあまあまあ』


 聞こえてきた声は、可愛らしい女性のものだ。

 とまるんでは無いが、姉妹か誰かだろうか?


 というか、噛むなよ俺。

 きまちたって何だよ。赤ちゃんかよ。

 いや、俺赤ちゃんとまるんのファンだったわ。


 混乱する頭を何とか落ち着ける。


 すると、自動で門が開き始めた。


『どうぞお入りになって』


 恐縮しつつ、一度頭を下げてから門をくぐる。

 

 半透明な俺を見ても驚く様子を見せないことから、とまるんから話を聞いていたのだろうか。

 ファンちゃんの件もあるので、伝わっていると考えたほうが自然かも知れない。

 

 果たして、玄関先で俺を迎えてくれたのは、とまるんを少し年上にしたような綺麗な女性だった。

 

「まあまあ、貴女がミアちゃん!? 静流から話は聞いてるわ! ほんと可愛らしいお嬢さんね!」

「は、はあ、恐縮です」


 話を聞いてみると、彼女はとまるんのお母様とのこと。

 わ、若い。

 普通に二十代で通用するぞ。

 

 先導され、家の廊下を進んでいく。

 

 やはり俺のことはとまるんやお婆様から聞いているらしく、ファンちゃんの件について、道中改めてお礼を言われた。

 

「あの時は本当に困ってたの。お義母様ったら、本当に頑固で……あら、いけない、もう着いちゃったわね。ここが静流の部屋よ」


 そう言って、お母様はとまるんの部屋をノックした。

 

「静流、ミアちゃんがお見舞いに来てくれたわ。入るわよ?」


 ドアノブを捻って中に入る。

 すると、意外とメカニックな部屋が目に飛び込んできた。

 

 目立つのは、やはり左端にある複数のモニターとPCだ。

 お高そうな巨大なマイクに、何に使うかもわからない機器の数々。

 

 ガチ勢。

 という言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 とまるんの部屋というと、もっと妖精の国のようなフワフワしたものを想像していたが、配信のために全てを捨てて研ぎ澄ませたような職人性を感じる。

 

 確か、とまるんは機械が苦手で店長さんに整えてもらったと言ってなかっただろうか。

 となるとこの場合、職人なのは店長さんか。

 

「静流、起きてたの? 大丈夫?」


 お母様がとまるんに声をかける。

 機材とは逆の右手奥側に大きなベッドが置いてある。

 とまるんはその上で身を起こしていた。

 

 普段の隙のない様子とは違い、髪はボサボサだし、青のパジャマもやや乱れていた。


「あ、はい、お母様……大丈夫です」


 対する返事も、元気がなく、どこか夢現のようだ。

 

 しかし、俺は今それどころではなかった。

 

 とまるんを一目見た瞬間、あまりに予想外な光景が飛び込んできたからだ。

 

 鳩だ。

 

 丸々と太った鳩が、とまるんの頭の上に我が物顔で鎮座している。

 

 ドバトだろうか。

 正式に言うならカワラバトかも知れない。

 首周りが緑で、羽の鱗模様が特徴的な、どこにでもいるような鳩だった。

 

 まるでここが俺の巣だ! と言わんばかりにとまるんの頭を占領している。

 そのあまりに太々しい様子に、思わず呆気に取られてしまった。

 

 何だこいつは。

 とまるんのペットか何かだろうか?

 

 いや、そもそもこの鳩は幽霊だ。

 あんなものを頭に乗せていながら、とまるんには特別なリアクションがない。

 その存在にすら気付いていないのではないだろうか。

 

「ちょ、ちょっとごめん」


 俺は一言断ってからとまるんに近付くと、鳩を両腕で捕まえた。

 

 クルッポ!?

 クルッ! クルルル!

 

 鳩が暴れるが、霊としての力量が違い過ぎる。

 俺の腕から逃れることはできない。

 

「あ、あれ? なんだか少し楽になったような?」


 とまるんが、生気を取り戻したような顔で小首を傾げた。

 

 やっぱり。

 こうして近くで見るとよくわかるが、こいつととまるんの間に霊的なパスが通っている。

 

 おそらくは、鳩はとまるんに憑いているのだ。

 

 離れたことで一時的に繋がりが弱まったようだが、パスを通して僅かだが生命力を吸い取っていたのだろう。

 

 恐らく、普段元気な時ならば然程問題にならない範囲なのだろうが、弱っている最中だったため、いつまでも体調が回復しなかったものと思われる。

 

 思わぬところで熱が下がらない原因を見つけ、俺は大きく息を吐いた。

 それをそのままとまるんとお母様に伝える。

 

「へえー、そんなことがあるのね。静流、心当たりは?」

「あ、えっと、そういえば何日か前に路上で鳩の死骸を見つけたので、可哀想になってお庭に埋めました。その時に色々言ったような……」


 恐らくは、何か受け入れるようなことを言ってしまったのだろう。

 霊的な同意が成され、パスが繋がってしまったと思われる。

 

 鳩が手の中で暴れている。

 

 こいつにも恐らくは悪気があったわけではないだろう。

 悪意のようなものは感じない。

 ただ、自分を受け入れてくれた優しい人間に懐いただけか。

 

 そもそも、とまるんから生命エネルギーの供給が止まればいつ消えてもおかしくない存在だ。

 俺が粉砕するのは簡単だし、そんなことをしなくてもパスを切って放置しておけば自然にいなくなるだろう。

 それも何だか可哀想な気がするが。

 

 どうしたものかと、とまるんに尋ねる。

 

「え、えっと、その子が憑いてるから熱が下がらないってことなんですか?」

「うん。ちょっとずつだけど生気が吸われてるからね。回復するためのエネルギーを持っていかれちゃってるんだと思う」

「そ、そうなんですか」


 とまるんは、悲しそうに顔を伏せた。

 

 迷っているのだろう。

 それはそうだ。

 こいつがいればいつまでも体調は戻らないかも知れない。

 しかし、悪意なく自分を慕っている鳩を見捨てるのも、とまるんの性格上躊躇われるのだろう。

 

 話の流れを見守っていたお母様が、ゆっくりと口を開く。

 

「静流、悲しいけどその子はもう死んじゃってるんでしょう? ならミアちゃんに頼んでそのパスっていうのを切ってもらいましょう?」

「お母様……」

「私は貴女の身体が心配だわ。貴女の優しさは美徳だけれど、自分の身を犠牲にしてまで縁もゆかりもない鳥に尽くす必要はないと思うのよ」

 

 それも最もな話である。

 そもそも、鳩の死骸を放置せず埋めてあげること自体、現代では絶滅危惧レベルの優しさだろう。

 人によっては菌が怖いと眉を顰めるかも知れない。

 

 だというのに、生命エネルギーまでもとなると、お母様が難色を示すのも当然と言える。

 

「で、でも、私、その子にうちの子になれば寂しくないって言っちゃったんです。生まれ変わったらお家に遊びにおいでって。なのに、自分の邪魔になったら追い出すなんて……」


 そんなことできません、ととまるんは俯いてしまった。

 

 う、うーん。

 なかなか難しい問題だ。

 

 とはいえ、一つだけわかっていることは、鳩をこのまま放置は出来ないこと。

 とまるんの生命力が上回り回復する可能性もあるが、逆に衰弱すると万が一もあり得る。

 

 仕方ない。

 こうするか。

 

 とまるんには悲しい顔をしてほしくない。

 俺は意を決してとまるんと鳩の間のパスを引きちぎった。


 唐突な行動に、鳩がびくりと震える。

 同時に、自分と鳩の間にパスを繋いだ。

 

 言い聞かせるように呟く。

 

「わかるだろ? お前に力を分けてやるから、とまるんからこれ以上吸い取るのはやめろ。そんなことしなくても消滅しない程度にはしてやるから」


 そう言って、ゆっくりと五百ポイントほどを流し込む。

 市子さんを強化した時と似たようなものだ。

 今の俺からすれば微々たるものだが、通常これだけあれば早々消えたりはしないはず。

 

 鳩は最初抵抗していたが、何をされているのかわかったのだろう。

 次第に大人しくなっていき、やがて気持ちよさそうに目を細めだした。

 

「え、えっと、ミアさん?」


 とまるんとお母様が不思議そうにしていたので、俺はことの次第を説明した。

 

 俺が力を分けてやったので消滅の心配はないこと。

 とまるんとのパスは切ったので生気を吸われる心配はないことなど。

 

「ミアさん、ありがとうございます……」


 とまるんは感動したように眼を潤ませた。

 ふへへ、とまるんのためだからこれくらいはね。

 

 お母様と一緒に、どう恩返ししたらいいのか、などと言ってくるが、むしろ入院時代の恩返しをしているのは俺のほうだ。

 絶望の淵にいた俺の心を、どれだけ救ってもらったかわからない。

 

 鳩を見る。

 

 力を流し終わったので俺とのパスも切ったが、特に問題はなさそうだ。

 

 霊としての力もそう強くないので、とまるんに迷惑をかけることもおそらくないだろう。

 

 悪意たっぷりの悪霊になれば話も変わるが、元々とまるんに懐いているみたいだしな。

 逆に悪い気から守ってくれるかも知れない。

 

 手を離すと、鳩は慌てたようにベッドに飛び移る。

 そして俺のほうを見ると、口を開いた。

 

『バカ』


 思わず固まってしまった。

 こいつ、今喋ったのか?

 

 鳥は舌の構造によって声を模倣できるかどうかが決まると聞いたことがある。

 カラスが喋るという例は聞いたことがあるが、鳩がというのは聞かない話だ。

 

 いや、幽霊だから関係ないのか?

 霊としての格が上がったことで喋る能力を身につけたのかも知れない。

 

 そもそも、わざわざ力を分けてやった俺に対してバカとは?

 意味がわかって言っているのか?

 

 目を釣り上げる俺を尻目に、鳩はとまるんのほうに飛んでいき、その頭に飛び乗った。

 

 そして、嬉しそうに『しずる』『しずる』とすり寄っている。

 そして、時々俺のほうを向いては『バカ』と言い放つ。

 

 この鳥畜生が。

 やはり強制成仏させるべきだったかも知れないと思いつつ。

 

「あ、あの、ミアさん?」


 不思議そうにしている二人に、現状をそのまま伝えると、おかしそうな笑い声が起きた。

 特にとまるんなんかは、懐かれているのが嬉しいのか「名前をつけないと」とはしゃいでいる。

 

 まあとまるんが喜んでいるなら何でもいいか。

 

 これからは体調も回復に向かうだろう。

 

 とまるんに擦り寄り、これから可愛がられるであろう鳥を少し羨ましく思いながら見る。

 

 俺も撫でて欲しいって言おうかな……。

 

 実際には撫でるフリだが、とまるんにいい子いい子されたい欲求がムクムクと湧いてくる。

 

 そんなこんなで、とまるんは翌日には無事に回復、配信に復帰することができた。

 なんでもその後、時々配信に鳥の羽音や鳴き声が入るようになったということだが……。


 まあ実害はないので大丈夫だろう。

 俺はとまるんの配信を見る度に、我が物顔で頭を占領する鳩に嫉妬心を抱くのだった。

 

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