36 マシラと戦うぞ(前)

 気付けば、舞台は地上戦へと移っていた。

 倒しても倒しても際限なく現れる敵。

 

 さすがに数の差は厳しく、空にいては防戦一方だと、俺は遮蔽物のある森林に場を移した。


 もちろん相手は幽体だ。

 木々は障害にならない。

 しかし、少なくとも一瞬身を隠すことくらいはできる。


 こちらは気配察知で敵の接近を把握できる分、空にいるよりはマシと判断したのだが。


 ギチギチギチ。

 

 牙を持った飛魚のような生き物が襲ってくる。

 ガントレットで殴りつける。


 同時に、上と左右からそれぞれ、カラス、蛇、巨大バッタが迫ってくる。

 

「市子さん!」


 俺が叫ぶと同時に、懐にいる市子さんの念力が蛇を引き裂く。

 だが、それだけでは足りない。

 俺は眼前の巨大バッタを蹴り付け、その反動で後方に飛んだ。

 

 一瞬前まで俺がいた場所を、カラスの爪が通過する。

 

「ふっ!」


 バッタとカラス、二体が直線上に重なった瞬間を狙い、ペネトレイトを放つ。

 正面から衝撃を受け、二体は爆散した。

 

 しかし、息つく暇などない。

 

 掌大の蚊のような生き物が、何十匹と群れて向かってくる。

 

 蚊柱か!?

 

「ポルターガイスト!」


 俺は相手をまとめて指定、その動きを停止させる。

 

「穿てぇえ!」


 もう何度目かわからないエネルギーを放ち、虫の群れを粉砕した。

 

 そして、次から次へと流れ込んでくる霊を倒した際の不快な力。

 

 普段ならば問題なく捌き切れる量だが、こと戦闘中となるとそうもいかない。

 

「ぐうぅ……」


 放置すれば混ざる。

 なので、強制的に流れ込んでくるそれらに対処しなければならない。

 しかし、そんな暇を与えてはくれないのが物量だ。

 

 蟷螂の斧が俺の首を跳ね飛ばさんと振るわれる。

 ネズミの牙が肉を抉らんと迫ってくる。

 

 俺は、敵を倒す度に流れ込んでくる不快さを処理しながら、気分の悪さを飲み下し、迫り来る敵に対処し続けていた。

 

 最早何匹倒したかなど覚えていない。

 わかるのは、まだ戦えるということ。

 

 引くという選択肢はない。

 例え無限に思える敵が相手だろうと、真夜さんの命がかかっている。

 

 これらの霊がマシラ側の手駒であることは疑いがない。

 でなければあまりにもタイミングが良すぎる。

 つまり、こいつらを突破しなければマシラには会うことすらできないのだ。

 

 飛び込んできたゲンゴロウのような霊を蹴り飛ばす。

 

 幸いと言っていいのか。

 ペネトレイトで使うポイントは消費した端から補充できている。

 

 なんならと、試しに汚い不要な部分をまとめて装填してみたら上手いこと放出することができた。

 かなり大雑把なので必要な部分も捨てている気がしたが、混ざるよりはマシだ。

 

 敵を倒し、流れ込んでくるエネルギーの大部分をそのまま装填、周囲にばら撒く。

 

 幸い、市子さんが要所要所で良い働きをしてくれている。

 嬉しい誤算というやつだが、おかげで何とか攻勢を凌げていた。

 

 幽霊には肉体的疲労という概念はない。

 この調子でいけば、敵を殲滅することはできるはずだが……。

 

 と、思った瞬間だった。

 気配察知に引っかかる巨大な気配。

 

「……っ!?」


 咄嗟に、頭を下げる。

 ほぼ同時に、頭上を丸太のように太い腕が通過していった。

 

「なんだこいつ!?」


 バックステップで距離を取る。

 

 突如として場に出現したのは、三メートルはあろうかという巨躯の猿だった。

 四つの目と、縦に並ぶ二つの口を持つ白毛の猿。

 明らかに他の雑魚霊とは一線を画す膨大な霊気を感じる。

 

 もしやこいつがマシラか? と一瞬思うが、旅館で見た緑の化け物とは一致しない。

 何より、マシラのものらしい気配はまだ森の奥に残っているのだ。

 

 である以上、こいつは別の存在。

 言うなれば幹部か何かだろうか?


 四つ目猿がこちらを見る。

 

 その瞳は戦意に溢れ、俺を必ずここで殺すのだという意思を感じさせた。

 

 周囲には、さらに多くの動物霊や虫霊が集まってきている。

 

「くそっ」


 思わず歯噛みする。

 ここに来てからどれほどの時間が経っただろう。

 真夜さんはまだ大丈夫なのか?

 

 このまま戦闘を続ければいずれ殲滅はできるかも知れない。

 しかし、それでは時間がかかりすぎる。

 

 更にそこへ来ての四つ目猿。

 こいつに至っては全力を出さないと勝てないかも知れないレベルだ。

 少なくとも、雑魚霊を処理しながらとなると、最早どう転ぶかわからない。

 

 真夜さんはまだ大丈夫なのか。

 急がないとという気持ちばかりが先行する。

 

 四つ目猿が身を屈める。

 思考をする余裕もない。

 来る、と思った瞬間。

 

 接近してくるもう一つの膨大な気配。

 よく馴染みのあるそれは、共にこの戦場で戦っている口だけさんのものだった。

 

 ウオオオオオオッ!!

 

 四つ目猿が吠えた。

 そこに、飛来した巨大な二つの口が衝突する。

 

「口だけさん!」


 樹々の隙間から、立ち塞がる霊を噛み砕きながら口だけさんがやってきた。

 着込んでいるスーツはいささか草臥れているが、特に怪我をしている様子もない。

 

 そして、その周囲に浮かぶのは七つの巨大な牙持つ口だ。

 

 か、数が増えてる。

 

 四つ目猿に向かった二つを入れれば合計九つ。

 それらが、縦横無尽に飛び回り、片っ端から周囲の霊を平らげていく。

 

 相変わらずどころか、前にも増して凄まじい殲滅力だ。

 今回のことを思えば、俺も対集団用の能力を作成しておいたほうがいいのかもしれない。


 というか、いっそ今作るか?

 

 口だけさんが稼いでくれた時間を活かし、右手のペネトレイトはそのままに、左手に集中、力を注ぎ込む。

 

 左腕のガントレットが音を立てて変形していく。

 シャープな印象の右手とは裏腹に、太く、ゴツい、無骨な形状。

 

 ペネトレイトと同じくポイントを上乗せして放つ仕様は変わらない。

 ただし、貫通力に特化し、一対一を追求したペネトレイトとは違い、対複数を想定した殲滅仕様。

 

 デシメイトとでも名付けようか。

 

 俺は、早速顕現させたばかりのデシメイトにポイントを装填すると、まだ大量にいる敵に向けて横薙ぎに振った。

 

「薙げ」


 瞬間、扇状に広がる衝撃波。

 それは、力無きものを一息に呑み込み、消滅させていく。

 

 まだまだ敵の数は多い。

 残念ながら絶滅させるには至らない。

 しかし、確実に目の前の道は開けた。

 

「口だけさん、ここ任せていいかな?」


 少し先から、怒り心頭の四つ目猿が駆けてくる。

 最初のように瞬間移動をしてこないところを見ると、何度も使える能力ではないのか?

 

 なんにせよ好都合。

 俺は一刻も早くマシラの元に向かわなければならない。

 

 口だけさんからの返事はない。

 しかし、そこに拒絶を感じなかった俺は、四つ目猿の相手を任せることにして浮かび上がった。

 

「薙げ」


 中空にいる霊をまとめて消し飛ばし、空を駆ける。

 眼下では、俺を追うべきか迷う四つ目猿と、それに襲いかかる口だけさんの姿が見えた。

 

 体内に流れ込んでくる穢れた力をそのままデシメイトに乗せ、放つ。

 もはや、一定の力を持たない霊などは行く手を阻む障害にならない。

 

 待ってろ、マシラ。

 絶対にぶっ飛ばしてやるからな!

 

 俺は焦る心を原動力に変え、一直線に進んで行った。

 

 

 ◯

 


 唯一の懸念点は、例の謎の瞬間移動能力を使って逃げ回られることだったが、幸い、マシラは動く様子はなさそうだった。

 俺相手なら逃げるまでもないということなのか。

 

 何度もデシメイトによる広範囲攻撃を行い、ようやく敵の数が目に見えて減った頃、俺はマシラの元に辿り着いた。

 

 目に見える範囲には何もいない。

 しかし、気配察知は確かにその存在を捉えている。

 

 俺は、マシラがいると思われる場所に降下していった。

 

 そして、大地に降り立つと同時に。

 

『愚かな』


 旅館で聞いた声が響いてきた。

 そして、眼前の木の幹から、緑の顔が浮かび上がる。

 

『何故逆らう。何故抗う。我が安定こそが平穏。我が肯定こそが繁栄だというのに』

「お前がマシラか?」

『愚か。愚か。愚か。小さき者よ。頭を垂れよ。我こそはマシラ。我こそが理なるぞ』


 なんだか盛り上がっているようだが、こいつも会話ができないタイプなのだろうか。

 とはいえ、聞くべきことは聞かなければ。

 

「なんで真夜さんを狙う? 彼女が倒れたのはお前の仕業だろう? どうしたら元に戻る?」

『川が上から下に流れるように、樹々が繁っては枯れゆくように、全ては自然な流れ。それを止めようと思うことすら愚者の所業。委ねよ。流れよ。さすれば繁栄は約束される』

「真夜さんから手を引けって言ってるんだ!」


 はぐらかすような、要領を得ない言葉の羅列に苛立ってしまう。

 

 要約すれば、こいつは俺に諦めろと言っているのか?

 あり得ない。

 真夜さんが狙われた理由も、今どうなっているのかも、マシラが何を考えているのかすらも、一切合切わからないことだらけだ。

 

 しかし、一つだけハッキリしていることがある。

 

 俺が真夜さんを諦めることだけは絶対にない。

 マシラ側の理由なんて知ったことか。

 彼女に手を出した時点で俺の敵であり、引かないというなら戦うだけだ。

 

「もう一度だけ言うぞ。真夜さんから手を引け。争いたいわけじゃないんだ」

『愚か。愚か。愚か。天に唾する大罪。愚者に出来るのは己を戒め跪くのみ』

「引く気はないんだな……」


 拳を握りしめる。

 こうして対峙するとわかる。

 マシラは間違いなく化け物だ。

 濃密な死と膨大な気を撒き散らし、まるで恐竜が蟻を品定めするように、こちらを見ている。

 

 間違いなく、俺の戦闘経験の中で最強の存在、死力を尽くしてさえ届かないのではと思わせる高い山。

 

 勝てるか? という弱気が思考に混ざる。

 震えそうになる足を前に踏み出すことで黙らせる。

 

 真夜さんは友達だ。

 幽霊の俺を、優しく受け入れてくれた大事な大事な友達なんだ。

 

「ぶっ飛ばしてやる」

『愚かな』


 戦闘が始まる。

 

 

 ◯

 


 先手を取ったのは俺だった。

 ペネトレイトに僅かなポイントを装填し、撃ち放つ。

 

 初手から全力でいかなかったのは、相手の力が未知数であったこと、そして、おそらくは無駄に終わるのではという予感があったからだ。

 

 果たして、俺の一撃は予想に反して、マシラの顔を木もろとも折り砕いた。

 

 霊的な攻撃で木が折れる、という事態に少しだけ動揺するが、マシラが宿っていたことを考えれば、既に幽霊側の存在になっていたのかも知れない。

 

 いや、そんなことよりもマシラだ。

 まさかこれで終わりということはないだろうが。

 

 油断しないよう、注意深く倒れた木を見やる。

 

『愚か』


 ふと、背後から聞こえた声に振り返る。

 そこには、先程とはまた別の木に浮かぶマシラの顔。

 

『愚か』


 それが、一つ増え。

 

『愚か』『愚か』『愚か』『愚か』『愚か』『愚か』『愚か』『愚か』


 瞬く間に、周囲の木々全てに顔が出現した。

 

「なっ!?」


 同時に、視界をピンクの霧のようなものが覆い始める。

 

「これは……」


 サラサラと、俺の顔の表皮の一部が崩れ出した。


 敵の攻撃。

 どういう性質かはわからないが、それを受けたことで俺の能力が発動したらしい。

 

 そう、表皮が崩れるのはマシラの仕業ではない。

 能面野郎と戦った直後に作った、俺の能力の一つだ。

 

 状態異常含む、霊的攻撃からの防御の必要性を痛感した俺は、自動であらゆる霊的エネルギーを無効化する鎧を纏うことを思いついた。

 

 しかし、不意の攻撃に備えるためには、常日頃から纏わないといけない点がネックだった。

 さすがに、無骨な鎧を常に身につけて配信をするわけにはいかない。

 かと言って、配信中は無防備というのもそれはそれでよろしくない。

 

 そこで思いついたのが、透明な膜のようなもので自身を覆ってしまえばいいのではないかということだった。

 

 守る表皮ガードスキンと名付けたそれは、常に俺の周囲に張り巡らされている。

 直接攻撃だろうが、状態異常だろうが、とにかく俺自身に向けられた霊的エネルギーを一定量まで無効化することができる。

 

 もちろん限界はある。

 いわゆる鎧の耐久値的なものだと思ってもらえばいい。

 相手の攻撃が強力であればあるほど、守る表皮の消耗は激しく、長くは持たない。

 

 ポイントを注ぎ込んで耐久限界を上げることは勿論できる。というか、最近増えたポイントは割と最優先で注ぎ込んできた。

 更に言えば、ポイントを別で消費することにより、消耗した耐久値の回復もできる仕様だ。

 

 しかし、それが今、かなりのスピードで削られている。

 

「この霧か!?」


 霊的エネルギーは俺の身に届く前に防がれる。

 そのため、その性質まではわからないのが欠点だ。最悪、何ら害のないエネルギーをばら撒かれるだけで消耗してしまう。

 

 とはいえ、さすがにこの局面でそんな無駄なことをしているとは考え難い。

 何かしらの攻撃を受けているのは間違いないが……。

 

「……っ! カメラ師匠、市子さん!」


 咄嗟に懐を庇う。

 守る表皮の範囲を広げ、二人を対象に含めるように発展させる。

 

 様子を見ると、致命的なことにはなっていないようだ。

 ひとまずは安心する。

 

 そもそも、本来ならば直接攻撃も防ぐ仕様上、他の幽霊が触れるだけで守る表皮は発動する。

 それでは困るので、現在カメラ師匠と市子さんは発動対象から外していたのだが。

 それが上手く作用し、懐にいたことで奇跡的に二人へのダメージを減らしたのかも知れない。


 何にせよ、完全に保護に含めたので防御が破られない限りは安全だろう。

 

 とはいえ、落ち着けるような状況ではない。

 当然、守るべき対象が増えたためか、耐久値の減少も早くなる。

 

 このままではマズイと判断し、俺は左腕を振り抜いた。

 

「薙げ!」


 発生する広範囲の衝撃波。

 それは周囲の木々をまとめて叩き、根こそぎ破壊していく。

 

 しかし。

 

『屈せよ』


 ぬるりと。

 地面から出てきた手に足を取られた。

 

 同時に、そのままの勢いで地中に引き摺り込まれた。

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