37 マシラと戦うぞ(後)

「がぼっ!?」


 まるで泥沼に落とされたような不快感に喘ぐ。

 またしても、守る表皮がすごい勢いで削られていく。

 

 どうやら地中はマシラの領域らしい。

 どういう理屈か知らないが、ただいるだけで致命的な攻撃に晒されていることは間違いない。

 少なくとも、ここに留まっているだけで、俺の命脈は遠からず尽きる。

 

「こっのっ!」


 右腕を振り上げる。

  

『……何故死なぬ?』


 疑問の声を上げるマシラに構わず、ペネトレイトに力を込め、下方に向けて打ち出した。

 貫通力に特化したエネルギーは、俺を掴んでいた腕を砕く。

 

 俺は自由になるや否や、急いで地上へと浮かび上がる。

 しかし、地上は地上で、ピンクの霧が漂い、こちらを害さんと迫ってくる。

 

「ポルターガイスト!」


 俺は、不可視の力を発動させると、霧をまとめて左方向に吹き飛ばした。

 幸い、広範囲指定が可能になっていたため、一時的に周囲が正常な状態に戻る。

 

 元は掃除のためとはいえ、進化させておいて良かった。

 しかし、能力を発動し続けなければ、霧はすぐに辺りを覆うだろう。

 

 更に、

 

『贖え』


 先程まとめて薙ぎ倒したはずの木々が、元に戻り始める。

 まるで録画の逆再生を見るかのように、不自然な挙動で復活して。

 

『悔いよ』


 その全てにマシラの顔が出現。

 こちらに向けて、四方八方から弾丸のような速度で何かを打ち出してきた。

 

「くっ!?」


 ポルターガイストで咄嗟に逸らす。

 更に一部、反応が間に合ったものはガントレットで弾くが、しかし、数が多くてとてもではないが全ては捌ききれない。

 

 守る表皮が削られていく。

 既に耐久値は三分の一を切っている。

 このままではやられる。

 

「薙げ!」


 俺はデシメイトを一振りし、再度木々を薙ぎ倒す。

 そして、その隙に宙に浮かび上がろうとするが。


「くっ!?」


 まるで、足が大地に固定されたように動かない。

 いつの間にか、足首をマシラのものらしき手で掴まれている。

 

 ペネトレイトをぶつけて、と思った瞬間、いつの間にか復活していた木々が、またしても弾丸のようなものを打ち出してくる。


 何かの木の実、いや種か?


 弾く、逸らす、避ける、受ける。

 

 このままだとジリ貧だ。

 例え守る表皮の耐久値を戻したところで、打開策が無ければまた減らされるのみ。

 そもそも耐久値を回復させるにもかなりのポイントが必要なのだ。

 ただでさえ消耗している力をここで使い切ってしまえば、最悪勝ち筋を失うことになりかねない。

 

 俺が意識を向けるべきは我が身を守ることではなく、どうすればマシラを倒せるのかということだ。

 

 その算段がつかなければ何をしたところで意味がない。


「ぐうぅ!」


 飛来する弾のようなものにひたすら対処し続ける。

 

 考えろ。

 木々に浮かんでいる顔は、恐らくは本体ではない。

 少なくとも、まとめて薙ぎ払った際には手応えはまるでなかった。

 

 であるならば、あれはあくまで子機のようなものなのだろう。

 いくら相手をしたところで、本体を叩かなければ意味がない。

 

 しかし、では本体はどこにいるのか?

 

 気配察知に意識を向ける。

 ここだ。

 今戦闘している場所に、確かにマシラはいる。

 

 いるはずなのに。

 正確な場所が特定できない。

 

 地中かとも思ったが、巨大な気配はこの周辺一帯を示している。

 なんなら、俺がいるこの場所さえマシラの気配の中だ。

 

 どういうことなのか、まるでわからない。

 

 守る表皮が削られていく。

 もう間もなく、その守護は失われるだろう。

 

 視界の端で、ピンクの霧が舞っている様子も窺えた。

 最早一刻の猶予もない。

 

 俺が死んでしまえば元も子もないのだ。

 やはり守る表皮を回復させるべきかと考え、苦渋に顔を歪める。

 

 ふと、その瞬間だった。

 まるで天啓のように、俺の頭に閃くものがあった。

 

「あっ……」


 周囲一帯に及ぶマシラの気配。

 霊気の膨大さに圧倒され気付くのが遅れたが、その気配はどこか不自然というか、薄くはないだろうか。

 

 まるで、壁一枚隔てた向こう側にいるように。

 薄いベールの向こうに佇む上位者のように、よくよく感覚を研ぎ澄まさなければわからないレベルで、マシラの存在はこの世界からズレていた。

 

「まさか、そういうことなのか?」


 俺の頭に浮かぶのは、少し前に発見し、内部に侵入したことのある空間の穴だ。

 まるで異空間とこちらを繋ぐように、突如として現れた霊的なヒビ。

 その向こうに広がっていた、現世とは異なる異質な世界。

 そこで小学生の女の子を助けたことは記憶に新しい。

 

 もし、マシラがあのような異空間に入り込めるとしたら?

 

 ここにある気配はあくまで見せかけ。

 実際は別世界から投影した影に過ぎないのだとしたら。

 

 ペネトレイトに力を注ぎ込む。

 体内にある残りのポイントは既に一万を切ろうとしていた。

 何かあった時のためにと、三万は残しておいたはずなのだが、随分と消耗したものだ。

 

 俺は躊躇わず、その全てのポイントを右腕に叩き込んだ。

 

「ぎっ、ぐっ……」


 さすがに、ものすごい力の奔流に意識が飛びそうになる。

 恐らくは、今ペネトレイトに込められる力はこれが上限だろう。

 それ以上となると、反動で俺の体も消し飛んでしまうかも知れない。

 

 しかし、これなら。

 なんとかギリギリ制御できる。

 

「全部くれてやる」


 攻撃の雨に晒されながら、俺は右腕を振りかぶった。

 もう保たない。

 守る表皮を回復させ、持久戦に持ち込んだところで勝ち目はないだろう。

 どのみち、この一撃に賭けるしか、俺に出来ることはないのだ。

 

 幸い、マシラの気配は周囲一帯に広がっている。

 恐らくではあるが、こいつの本体はかなり巨大なのではないだろうか。

 油断している今が、おそらく最後にして最大の好機。

 

『何を』


 マシラの言葉を聞くより早く、俺は異空間を意識して、ペネトレイトを空中に叩き込んだ。

 

 ビシリと、何かが割れる気配がして、右腕が空間の隙間に入り込む。

 

『っ!!?』


 マシラが驚愕する気配。

 だよな。

 予想してなかったろ、こんなの。

 

「穿て」


 暴れるエネルギーを何とか抑え込みつつ一点に集約する。

 右腕が弾け飛びそうになる衝撃を何とか堪え。

 

 閃光が走った。

 

 圧倒的なまでの力が迸り、辺りを白く染めていく。

 俺はというと、衝撃で後方に吹き飛んでしまったほどだ。

 

『ぎゃあああぁあぁぁぁ!!?』


 マシラの叫び声が聞こえる。

 ざまあみやがれ。

 

 前後左右もわからない状態で飛ばされながら、俺はただ祈る。

 

 頼むからこれで終わってくれ。


 全部をぶつけた。

 もう俺に手札はない。

 これ以上の戦闘となると、恐らくは能力なしの肉弾戦になるだろう。

 であるなら、マシラ相手にどれだけやれるか。

 

 果たして衝撃が収まり、俺がようやく体の制御を取り戻し、顔を上げた頃。

 

『おのれええぇぇ!! 許さん!! 許さんぞおおぉぉぉ!』


 マシラの怒りの咆哮が轟いた。

 




 地響きさえ起こしながら立ち上がったマシラは、全身を緑のヘドロで覆われた、小山ほどもある巨大な霊体だった。

 

 イメージ的には生き物というよりはゴーレムのそれに近い。

 

 高層ビルを見上げるような気分になり、その余りのスケールに、小さく笑いが溢れてしまう。

 

「あれが本体か……」


 自身の姿を省みる。

 最早守る表皮も解け、体内のポイントはゼロ。

 一部痛みを感じるのは、最後の一瞬、敵の攻撃をまともに受けてしまったからだろう。

 

「ありがとな、市子さん」


 ギリギリで、守る表皮は破られてしまった。

 本来なら、ペネトレイトの一撃を放つ前に、俺が消滅していた可能性もある。

 それを防いでくれたのが市子さんだった。

 

 敵の攻撃の致命的な部分を念力で逸らしてくれたのだ。

 本当に一瞬のことだったので、おそらくはあれ以上の援護は望めなかっただろう。

 しかし、その僅かな差で俺は命を保っている。

 正直感謝してもし足りない。


 市子さんがカタカタ揺れる。

 それが労いの言葉に感じられ、俺は小さく微笑んだ。

 

 しかし、それもここまでか。

 

『許さんんんんん!! 絶対に許さんぞおおおぉ!! 砕いて! 微塵にして! 叩いて! 擦り潰して! 挽肉にしてやる!!! 後悔せよ!! 我に逆らいしその愚を! 己の身体に刻み込め!!』


 怒り狂うマシラも無傷ではない。

 その胴体中央部から左肩にかけてがまるまる吹き飛び、身体の至る場所がボロボロと崩壊している。


 満身創痍とはこのことだろう。

 恐らくは後一手。

 俺に余力がまだあればトドメを刺すことも可能だったかも知れない。

 それほどに弱っているのを感じる。

 

 しかし、それでも感じる威圧は衰えていない。

 少なくとも、現状の俺を捻り潰すくらいのことはできるはず。

 

「ここまでか……ごめん真夜さん」


 ため息一つ、前に一歩踏み出す。

 もちろん大人しくやられるつもりなんてない。

 俺の肩には真夜さんの命が掛かっているのだ。

 

 今しがたの謝罪は、あくまで俺が帰れなくなるであろう未来を思ってのことだ。

 死ぬのは怖い。既に二回経験したとはいえ全く慣れることはなく、今後こそ消滅してしまうのではと想像するだけで震えてくる。

 

 しかし、所詮そんなことは瑣末なことだ。

 このままだと真夜さんが死んでしまう。

 自分が死ぬのは怖い。怖いが、大切な人を失うほうがもっと怖いのだ。


 例え何の力も残っていなくとも、例え手足が千切れようとも、差し違えてでもこいつはここで倒す。


「いくぞ」


 そして、命を懸けた特攻をしようと前のめりになった時。

 

 ふと、完全に使い切ったと思っていた力が、自分の内にまだあることに気付いた。

 それも、少量ではない。

 現在進行形でドンドン増えているのだ。


 失ったはずのポイントが、すごい勢いで回復していく。

 

「え、あ、何?」


 思わず、周囲を見回してしまう。

 

 何が起こっているのかわからないが、考えられることは一つ。

 存在強度が上がっている?

 

 つまり、俺の認知度が考えられない速度で広がっているということになるのだが。

 

「なんで……」


 思わず、カメラ師匠を見る。

 そこで気付く。

 

 ミア友からの応援の声だ。

 縁を通して、ミア友が俺を支えようとしてくれているのがわかる。


 これは一体……。

 

 まさかカメラ師匠。

 配信していたのか?

 

「ははっ」


 笑えてしまう。

 何が起こっているのか、相変わらず全貌はわからない。

 しかし、ただ一つ理解できることは、俺の中に相応のポイントが貯まっていっていること。

 

「ペネトレイト」


 右腕に力を注ぎ込む。

 

『何を……貴様……』


 マシラの動揺が伝わる。


 俺の様子に、先ほどの破壊を思い出したのだろう。

 心なしか、その顔は恐怖に歪んでいるように見えた。

 

 俺は、流れ込んでくる力を片っ端からペネトレイトに装填していく。


『貴様……やめろ……やめろおおおおお!!!』


 再度巻き起こる集約の嵐。

 そこに絶望的な色を見たのか、マシラが叫ぶ。

 慌てたようにこちらに手を伸ばしてくるが。

 

「知ってるか、マシラ」


 右拳を振りかぶった。

 

「今のネット小説のトレンドは、今更謝ってももう遅い、だ」


 最近読み耽っている小説サイトのことを思い出し、俺は全力で拳を振り抜いた。

 

「穿てぇえぇえぇぇぇ!!!」


 果たして、撃ち放たれた膨大なエネルギーは、正確にマシラの頭部を打ち砕き。

 巨大な爆発と破壊が巻き起こった。

 

 

 ◯



 倒した。

 そう確信した瞬間、巨大な力が流れ込んできた。

 

「ぐうっ!?」


 その余りの勢いに、一瞬意識が暗転する。

 

 このままだとまずい。

 

 俺は半ば無意識で、危険な部分を千切り、捨てていく。

 しかし、力の流入は止まらない。

 まるで、泥の沼を素手で掻き分けていくような徒労感。

 

「ああぁあぁあ!」


 咄嗟に、左右両のガントレットに力を流し、適当に宙に撃ち放つ。

 かなり必死にやったので、恐らくは必要部分も含まれていることと思われるが、今はとにかく、難を逃れることが先決だ。

 

 一部、マシラの記憶が脳裏に浮かぶ。

 どうやら、あいつはこの土地の古い神だったようだ。

 自然信仰から生まれ、かつては毎年生贄を捧げられるほどであった土地神。

 

 しかし、信仰から生まれた神は、その信仰を失ってしまえば凋落するのも早かった。

 今ではいつ消えるともわからないほど弱体化し、その支配する土地も旅館周辺と裏山を残すのみとなる。

 とはいえ、落ちぶれたとはいえ神は神。それでもあれだけの強さだったわけだが。

 

 と、そこまで考え、俺は慌てて首を振った。

 いけない、こんなことがわかるということは、少しずつ混ざり始めているのかも知れない。

 

 慌てて、残りの力も放出していく。

 どれくらいの時間そうしていただろう。

 結果として、俺の体内に残ったのはおよそ十万近いポイントだけだった。

 

 ……かなりの部分を除去したのに、それでも十万残るのか。

 

 改めて、マシラの強大さを知り、震えが走る。

 よく勝てたな本当に。

 

 口だけさん、市子さん、カメラ師匠、そしてミア友。

 誰が欠けても勝利は無かっただろう。

 それほど紙一重の戦いだった。

 願わくば、今後こんな綱渡りの勝負はしたくないと思いつつ。

 

『あーあ、マシラ様死んじゃった……』


 聞こえてきた声に振り返ると、例の顔の歪んだ男の子がいた。

 その体はサラサラと崩壊を始めており、もう余命幾許もないことがわかる。

 

 マシラの記憶を見るに、こいつはかつて生贄に捧げられた人間の一人だったようだ。

 それが何の因果かマシラに気に入られ、最低限の力を分け与えられ眷属となった。

 

 元々がマシラに生かされていたような存在だ。

 主無き今、存在を維持することもできないだろう。

 

「お前らが真夜さんを狙ったのは、条件に合っていたからなのか?」


 記憶を読む限りそういうことになるのだが、一応尋ねてみる。

 

『そうだよ。清らかな乙女で、霊的素養があって、霊との関係も深い。唯一、土地の人間じゃないのが欠点だったけど、それも土地のモノを食べ、土地の水に浸かったことで整った。後少しだったのになあ』


 年々衰退していくマシラ。

 元々自発的に何かをして成り上がった存在ではないマシラは、このままだと数十年後には消滅してしまう可能性すらあった。

 記憶によると、霊を囲い込み、数多くいた己の眷属を食べてまで何とか生き永らえていたらしい。


 しかし、マシラはそこいらの霊とは成り立ちからして違う。

 霊を吸収してもその効率は決して良くなかった。

 精々が消える定めを僅かに延ばすだけ。

 力を取り戻すには、やはり多くの信仰を集めるしかなかったのだ。


 とはいえ、出来ることが限られている現状、失った信仰を取り戻すことは容易ではない。

 そこで目をつけたのが、生贄だ。


 以前は勝手に捧げられていたそれらは、もう長い間供されることは無くなっていた。

 であるならば、自ら生贄を取り、力の回復を図ろうと考えるのはある意味神らしい傲慢さであったのだろう。

 

 だが、向こうから捧げられるならいざ知らず、霊的存在であるマシラが自らとなると、条件はかなり厳しかったようだ。

 

 先程男の子が言ったように、清らかであること、霊能力があること、霊との縁が深いことなどが挙げられる。

 霊能力については、最悪無能力者でもいいようだが、能力が強ければ強いほど上質な餌足り得るようだ。

 力の回復を求めるマシラにとって、少しでも霊的素養の高いモノをと考えるのは自然だろう。

 

 そして、問題なのは霊との縁について。

 霊と縁が深いということは、霊的存在への受け皿がそれだけ大きいということだ。

 つまり、霊側から見れば干渉しやすくなるという利点があるわけで。

 

 もちろん、マシラでさえ自分の息のかかった土地に馴染ませるという手段でもって、ようやく手が出せるようになったのだ。

 真夜さんにどんな霊でも簡単に何かできる、というほど大きな隙があるわけではない。

 とはいえ、手段があるのと無いのとでは大違いなわけで。

 

 まあつまりなんだ。

 これもある意味俺と関わったせいなのか?


 落ち込むが、今はそれより先に真夜さんの状態を確認しなければならない。

 

「じゃあ、俺は行くから」


 男の子の霊に背を向ける。

 敵ではあるが、もう何の力も残っていない子どもの霊だ。

 もう間もなく消えるだろうし、これ以上関わる意味もない。

 

『うん、お姉ちゃん、ごめんね』


 本当にそう思っていたのか、真偽の程は定かではないが、最後に一つ謝罪を残して男の子霊は消えた。

 

 これで、本当にマシラとの戦闘は終わった。


 視界の端で、遠くから歩いてくる口だけさんが見える。


 あいつも勝ったのか。

 負けると思っていたわけではないが、何事もなかったかのような立ち姿に若干呆れる。

 

 一応、こちらが弱っているとみて襲ってこないか警戒していたが、そのつもりは無いようだ。

 そのままこちらに近付いてくると、定位置ともいえる距離感で停止した。

 

 安堵すると同時に、俺は改めてみんなにお礼を言うと、旅館に向けて駆け出した。

 

 あ、そう言えばカメラ師匠ってまだ配信してるのかな!?

 

 先を急ぎつつ確認すると、マシラを倒した辺りでキッチリ切ってくれているようだ。

 さすがです師匠。

 

 ミア友にも今度改めてお礼をしなければならない。

 

 逸る心を宥めつつ、今出せる最高速度で山を下る。

 

 果たして、旅館の前に停まっている救急車が見えてきた。

 

 あれから結構な時間が経っているはずだが、今更? とも思うが、旅館自体がかなり奥まった場所にあるため、到着に時間がかかったのかも知れない。

 

 いや、そんなことは今はいい。

 真夜さんは!?

 

 周囲に人影があるので、俺は姿を消してから、救急車に近付いていった。

 

 すると、そこには。


「あ、いやー、もう大丈夫そうというかー」

「いや、しかしさっきまですごい熱だったんだから一応病院のほうで検査を……」


 救急隊員と何やら話している、元気そうな真夜さんの姿があった。

 

 良かった。

 それを見た瞬間、緊張の糸が切れたのか、思わずへたり込んでしまう俺。

 

 マシラの記憶によると、真夜さんに掛けたのは一種の呪いで、死へと誘い、その死後の魂を自身のものとする強制契約のようなものだった。

 従って、マシラが死んだ今、全てが無効になるとわかってはいたのだが、それでも無事な姿を一目見るまでは安心できなかったのだ。


 思わず涙まで出てきて、袖で目元を拭う。

 すると。

 

「あ、ミアミア! お帰り! どこ行ってたの!?」


 こちらを向いて、真夜さんが手を振ってきた。

 

 え。

 

 と思ったのは、俺と救急隊員さん、両方だっただろう。

 

 というのも、今俺は姿を消しているはずで。

 

 急に何もいない場所に向けて話しかけ始めた真夜さんを、救急の人がギョッとした目で見ている。

 やっぱり他の人には俺の姿は見えていないようだ。

 これは一体……。


 救急の人が、慌てたように真夜さんを掴んだ。

 

「幻覚症状あり。すいません、病院まで運びますので動かないでください」

「え、あ、え? いや、ミアミアが……あ、え? あ、ちょ、ちょっと!?」


 そうして、救急車の中に担ぎ込まれ、運ばれていく真夜さん。

 

「ミ、ミアミア助けてー!?」


 当然幽霊の俺にできることなど何もなく。

 大いなる謎を残したまま、去り行く真夜さんを見送るしかなかった。

 

 いや、まあ追いかけるけど。

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