35 温泉旅行に行くぞ(後)

 卓球勝負が白熱した後、俺たちは近場にあったアーケードゲームで少し遊んだ。

 周囲に人がいたため、俺は透明になって真夜さんのプレイを眺めていようと思ったのだが。


「ミアミアもできるやつがいいよね。これにしようよ」


 真夜さんがクイズゲームを選んでくれたので、声だけ出して一緒にプレイすることになった。


 懐かしいな。

 昔よくゲームセンターでやったよこれ。

 

 クイズの答えに合わせて、画面上の動物が進化していくやつだ。


「ミアミア、日本の国鳥って鳩だっけ?」

「もう真夜さん、全然違うよ。トキだよトキ」

「そっか! ミアミア頭いいね! じゃあトキを選んでっと!」


 答えはキジだった。


 そんなバカな。トキの学名はニッポニア・ニッポンなのに。


 真夜さんの視線が痛くて、顔を逸らす。


 俺と真夜さんは、それからもあーでもない、こーでもないと話し合いながら、先を進めて行く。


 なんだかんだで、この手のゲームは結構難易度が高い。

 奮闘の甲斐なく、何度かゲームオーバーになったところで終了した。

 

 その後は旅館のお土産屋さんで物色をする。

 俺はお金がないので、買うのは専ら真夜さんだ。

 とまるんとギャル子さんにお土産を買っていこうという話になり、お互い良さそうなものを選ぶことになった。


「じゃん、私のはこれ! 写真立て! 私とミアミアの楽しい旅行写真をとまちゃんにプレゼントしよう!」


 やめて差し上げろ。

 ただでさえ仲間外れを嫌がってたのに、とまるん泣いちゃうぞ。


「真夜さんそれはちょっと……」


 流石にやめるように進言すると、店の隅に置いてある物を指差した。


「それより、お土産の定番といえば木刀かなって!」


 真夜さんに気付いてもらえるよう、木刀をポルターガイストでカタカタ揺らす。

 旅行のお土産といえば木刀か木彫りの熊と相場は決まっている。

 タペストリーでもいいが、この旅館には木刀以外が置いていないようなので、消去法で選んだ。


「ミアミア、女の子に木刀はちょっとないんじゃ?」


 この子大丈夫かなという目で見られたので、俺は木刀を揺らすのをやめた。解せぬ。


 結局、話し合いの結果、無難に消え物を選んだほうがいいということになり、温泉饅頭を買って帰ることになった。


 面白味はないが、まあこういうのは奇をてらっても良いことはないだろう。

 無難が一番だ。

 

 そして、部屋に戻って少し休んだ後は夕食の時間だ。

 山の幸をふんだんに使った料理が実に美味しそうだ。

 

 幽霊になってからというもの、空腹といった感覚とは無縁になり、食欲自体は無くなったといっていい。

 しかし、それでも美味しいものを食べたいと思ってしまうのは人の性か。

 少しだけ物寂しい気分で料理を眺める。

 

「はい、ミアミア」


 そんな俺をどう思ったのか、真夜さんが料理の膳を差し出してくる。

 

「真夜さん?」

「食べる前にミアミアにお供え。これくらいしか出来なくて申し訳ないけど……」

「そんな」


 どうやら気を遣わせてしまったらしい。

 嬉しくも申し訳ない気分になり、俺は一言「ありがとう」と言って料理に手を伸ばした。

 

 おままごとでもすることに意味があると悟ったばかりだ。

 何でも楽しんでやる心を忘れなければ良い思い出になる。

 

 そう思い、微笑みながら伸ばした俺の手が……川魚に触れた。

 

「え」


 するりと、魚から透明なものが取り出せた。

 それは、目の前にあるものと全く同じ料理に見える。

 魚料理の幽霊だと言われれば納得するほどそのままである。

 

「どしたのミアミア?」


 どうやら真夜さんには見えていないようだ。

 

「え、ええと、ちょっと待って」


 まさか、そんなと思いつつ、魚を口に放り込む。

 果たして、そこには懐かしくも愛おしい味が広がっていた。

 

 ……ひょっとして、お供え物であれば食べることが出来るのか?

 

 そう推測しつつ、俺の頬からは涙が流れる。

 

 そうなるともう止まらなかった。

 はしたないとは思いつつ、手掴みで料理を次から次へと食べていく。

 

 実物は減っていない。

 しかし、俺は確実に今食事をすることができていた。


 ひとしきり食べ終わった後、俺は我を忘れていたことに気付いて恐縮した。

 目の前を見ると、真夜さんが何か微笑ましいものでも見るように俺を眺めている。

 

 途端に恥ずかしくなって、俺は顔を赤くして下を向いた。

 

「ご、ごめん、真夜さん、夢中になっちゃって」

「食べれたの?」

「う、うん、お供え物だったら食べられるみたいで」


 正確なところは検証してみないとわからないが、昔、幽霊になりたての頃、家にあったパンで試した時はダメだった。

 おそらくは俺に供えられたものではなかったからだと推測が立つ。

 

「じゃあ、これからは一杯ミアミアにお供えしないとね! 何がいいかな!? やっぱりお菓子!?」

「ま、真夜さん、そんな悪いから」

「いいの、いいの、私がやりたくてやるんだから。今の食べっぷりが見られるならむしろ役得だよね!」

「うう……ちょ、ちょっと久しぶりだったからはしゃぎすぎた」


 弄られ、俯く俺を見て真夜さんが笑う。

 そして、今度は真夜さんが美味しそうに料理に手をつけ、和やかに食事の時間は過ぎていった。

 

 

 ◯

 

 

 そして深夜。一通り配信用の撮影も終わって就寝時間である。

 寝る前にたくさん話したい、旅行の定番だと騒いでいた真夜さんにつられて、俺たちは枕を並べてお話をすることになった。


 話の内容は、主に配信について、それもお互いのリスナーのことが多かった。

 お互い配信者だからなのか、嬉しかったことや悩ましかったことなど、共感できる部分が多く、話は弾む。


 どれだけお喋りを続けただろう。

 そろそろ話題も尽きてきたかな、と思い始めた頃、真夜さんがポツリと呟いた。


「ありがとね、ミアミア」

「え?」


 真夜さん?


「私さ、割と空気読めないから、友達少なくて。最初はミアミアのことも幽霊だから友達になれたら嬉しいなって思ってたくらいだったけど。今じゃ、あの時勇気出して声かけて良かったなって本気で思ってる」


 天井を見ながら、真夜さんは語る。


「なんかさ、ミアミアって不思議だよね。年下なのにそうは思えないっていうか。変な包容力があるっていうか。普段は可愛いけど、幽霊絡みの時は頼りになるし」


 だからさ、とこちらを向いて、はにかんだ笑顔を見せてくれた。


「私はミアミアのことが大好きって話なのだ! えへへ、おやすみ!」


 そして、照れくさかったのか、真夜さんは布団の中に潜ってしまった。


 呆気に取られつつも、言われた言葉が染み込んでくるにつれ、嬉しくて頬が緩んでしまう。


 まさか真夜さんがそんな風に思ってくれていたなんて。

 日頃からお世話になりっぱなしで感謝しているのはこっちのほうなのに。

 

 ちょっとだけ泣きそうになって、慌てて目を擦った。


「私も真夜さんのことが大好きだよ。あの時コラボに誘ってくれてありがとう」


 それでもこれだけは言っておかないとと思い、気持ちを伝える。

 果たして、真夜さんは聞こえるか聞こえないかくらいの声量で返事をしてくれた。


「これからもいっぱい遊ぼうね」



 ◯

 


 そして、真夜さんも寝静まり、俺一人の時間は過ぎていく。

 幽霊は寝る必要がない。

 俺としては、今夜一晩は警戒を続けるつもりでいた。


 何か起こってからでは遅い。

 杞憂で済むならそれでいい。


 なんにせよ、夜が明けて午前中には宿を立つ予定だ。

 そこまで何もなければそれでいいと気を引き締める。

 

 そうしてどれだけの時間が経ったことだろう。

 時刻は明け方近くなっていた。


 俺は改めて気配察知に意識を向ける。

 裏山の気配は動く様子がない。

 やはり考え過ぎだったのだろうかと首を捻る。

 

 このまま何事もなければいいと願う。

 しかし、そんな俺の心とは裏腹に、それは起こった。

 

「なっ!?」


 ゴポリと。

 植物特有の臭気を発しながら、それは出現した。

 

 畳の隙間から溢れるように、みるみると盛り上がる緑の液体。

 ヘドロの塊のようなそれは、二メートルほどの高さになると、顔のようなものを浮かばせて言った。

 

『女は死ぬ』


 俺は慄然としていた。

 まるで気配を感じなかった。

 突如として現れたとしか言いようがない。

 

 慌てて気配察知を確認する。

 動く様子のなかった裏山の存在が、忽然と消えている。

 そして、今目の前にいる緑の化け物こそが、探している存在だと知り、肌が粟立った。

 

 瞬間移動?

 こっちの認識を誤魔化した?

 目的は?

 何のためにここまで?

 今何と言った?

 

 疑問が頭の中を回る。

 

『女は死ぬ』


 緑の化け物は再度同じことを口にすると、ゲラゲラと笑った。

 

『女は死ぬ! 女は死ぬ! 女は死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!』

「口だけさん!」


 このまま放っておくのはまずい気がして、俺はガントレットを顕現、走り出した。

 視線の端で、口だけさんも動き出したことを確認する。


 手加減はしない。

 最初から全力でいく。

 

 元々が格上の相手だ。

 出し惜しみしている余裕などない。

 俺はガントレットをペネトレイト形態に変化させ、力を装填しようとして。

 

 と、俺たちが攻撃に移るよりも早く、それは来た時と逆再生するかのように畳の隙間へと消えていく。

 

 慌てて追い縋るが、一瞬の後には、既にそこには何もいなかった。

 

 気配察知を発動する。

 裏山にある確かな存在感。

 どうやら元にいた場所に戻ったようだ。

 

 何だったんだ?

 

 あれがマシラ様だろうか。

 悪霊ではなかった。

 信じ難いことに、あれほど醜悪な姿を晒しておきながら、悪霊特有の感覚はなかったのだ。


 しかし、その言葉は不穏そのもの。

 まさか、という予感に、俺は慌てて真夜さんのほうを振り返った。

 

「はぁ……はぁ……」


 そこには、顔を真っ赤にして荒く息を吐く友人の姿があった。

 

「真夜さん!」


 慌てて駆け寄る。

 しかし、意識がないようで呼びかけに反応しない。

 

 何かをされたのだと気付くのに時間はかからなかった。


 詳細まではわからない。

 しかし、真夜さんの体を、何か呪いのようなものが取り巻いていることはわかる。

 嫌な気配とでもいえばいいのか、黒っぽい瘴気のようなものが周囲を漂っているのだ。

 

 あいつは何と言っていた?

 女は死ぬ?

 まさか、真夜さんが死ぬってことか?

 

 悩む俺の耳に、小さな笑い声が飛び込んできた。

 見ると、先日会った子どもの幽霊が、おかしそうに口元を押さえている。

 

 どうやら、相手が弱い霊ということもあり、動転していて接近に気付かなかったらしい。

 

『成功した。贄だ。久しぶりだ。良かった』


 なんだと?

 

「どういうことだ? お前、マシラ様は何もしないから安心しろって言ってたじゃないか!」


 怒りの声を上げるが、男の子は嬉しそうに笑うだけだ。

 

 騙されたのか。

 

 思えば、相手が悪霊じゃないからと無意識に信用してしまっていなかったか?

 ただの霊だとしても、そこに意識がある以上、嘘をつくことは十分あり得る。

 

 悪霊でなければ全て善性などと、そんな極端な割り切りができるはずもないのに。

 

「ふざけるな! 真夜さんに何をした!」


 掴み掛かろうとするが、まるで先ほどのマシラ様と同じように、男の子の霊も忽然と姿を消してしまった。

 

 後に残るのは俺たち幽霊組と、苦しそうに荒い息を発する真夜さんだけだ。

 

 くそっ!

 

 両手を痛いほど握りしめ、俺は怒りに身を震わせる。

 

 正直関わるつもりはなかった。

 相手は強大で、今の俺の全てを賭けても太刀打ちできるかわからないからだ。

 

 しかし、俺は怒ったぞ。

 

 真夜さんは友人だ。

 それも、今となっては一番の親友と言ってもいい。

 そんな彼女に手を出されて、黙って引くなど絶対にあり得ない。

 

「居場所はわかってるんだ。覚悟しろよ」


 絶対にこの落とし前はつけてもらう。

 

「口だけさん」


 ガントレットを打ち鳴らす。

 怯みそうになる心を無理やり叱咤して、俺は決然と言い放った。

 

「マシラを狩るぞ」


 部屋を出る際に真夜さんを見る。

 一時的とはいえ苦しむ彼女を置いていくことに罪悪感を覚えるが。


「お客様!? 大丈夫ですか、お客様!?」


 念のために旅館側に内線で一報を入れておいたので、後のことは任せるしかない。

 

 俺は一刻も早く敵を打ち倒すべく、壁を抜けて全力で駆け出した。

 

 

 ◯

 

 

 宙を駆け、最短距離を進む。


 眼下に広がるのは深い森。

 その最奥にマシラはいる。

 

 真夜さんが何をされたのかはわからない。

 しかし、放っておけば恐らくは最悪の事態に至ることは間違いない。

 

 助ける方法は?

 マシラを倒せばいいのか?

 残された時間は?

 

 あらゆる疑問を飲み下し、ただマシラの元へ。

 幸い、直線距離を行けば彼我の距離はそれほどでもない。

 

 すぐに捉える。

 そして真夜さんを解放させる!

 

 背後を振り返る。

 口だけさん、カメラ師匠、市子さんはしっかりとついてきてくれている。

 唯一、モニターくんは置いてきた。

 戦闘能力がまるで無いからだ。

 

 本音を言えばカメラ師匠と市子さんも宿で待っていて欲しかった。

 何せ相手は今までで戦ってきた中で一番だと思われる怪物だ。

 非戦闘要員のカメラ師匠と、まだそれほど育っていない市子さんでは万が一がある。

 

 しかし、問答している時間はなかった。

 俺は一言、戻っても良いと声をかけるが、聞く気はないようだ。

 

 どうなっても知らないぞ。

 

 不意に、カメラ師匠が何かをした気がした。

 それが何かを確認する前に。

 

「は?」


 マシラへと向かう進行方向に、膨大な数の気配が、突如として出現した。

 

 肉眼でも確認できる、空を埋め尽くす霊の群れ。

 一体一体は大したことがないだろう。

 しかし、そのあまりの数に目眩がする。

 

 歪な形の霊体たち。

 鳥のような、蝶のような、蜻蛉のような、蚊のような、ハエのような、様々な種類の霊が、空を黒く埋め尽くすさんばかりにこちらに向けて飛んでくる。

 

 そして、それは眼下、樹々の間も同じだ。

 熊のような、鹿のような、猿のような、蛇のような、栗鼠のような、ありとあらゆる森の奇形が、俺たちを殺意を込めた目で見ていた。

 

「ふざけるなよ……」


 どこに隠れていた、などと考える余裕もない。


 羽虫たちが蠢いている。

 接敵までもういくらもない。

 

「口だけさん! ここからは好きにしていい!」


 俺は叫んだ。

 同時に、カメラ師匠と市子さんを引っ掴み、懐へと隠そうとして。

 まだ自分が浴衣姿だったことに気付き、慌てて内ポケットがあるジャンパーに衣装チェンジした。

 改めて二人を懐に放り込む。

 

「離れるなよ!」


 両手に力を込める。

 顕現するのは白き輝き。

 同時に既に変形を始めるガントレット。

 

「穿てぇぇええぇぇ!!」


 力を乗せて拳を放つ。

 膨大な量の霊たちが次々に消し飛び、ゴッソリと群れに穴を開けた。

 しかし、それはまだほんの一部。

 空にいる相手だけ見ても、全体の九割近くは健在だろう。


「ぐっ」


 流れ込んでくる濁った力に歯噛みする。

 雑魚ばかりとはいえ、数を倒すと流れてくる力もそれなりにはなる。

 それも細かく数が多い分、汚れた部分の除去が結構な手間だ。


「こんのっ!」


 一瞬の隙をついて、敵が群がってくる。

 俺は再度ペネトレイトに力を込めると、正面に向けて撃ち放った。


 こうして、俺たちとマシラの開戦の狼煙が上がった。

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