34 温泉旅行に行くぞ(中)
「うおおー! ミアミア見て、景色がいいよー!」
受付で宿泊の手続きを済ませた俺たちは、和室へと案内された。
窓から外は砂と石で整えられた庭で、その向こうには緑の自然が広がっている。
たまに鹿や狸などが迷い込んでくることもあるそうで、山奥の旅館に来たんだなーという実感がわいてくる。
ちなみに、もちろん俺は幽霊なので宿泊料金などは払っていない。
乗り物もここまで完全に無賃乗車である。
申し訳ない気もするが、幽霊だけどお金払うから泊めてください、などと言うほうが迷惑だろうから仕方ない。
そもそもお金がないというのもある。
周囲からすれば完全に真夜さんの一人旅という認識だろう。
高校生でも親の同意書があれば泊まるのは問題ないらしい。
昼食の時間は過ぎているので、とりあえず夕食までは自由行動である。
仲居さんがいなくなったタイミングを見計らって身体を可視化しておく。
「やっと顔見ながら話せるねーミアミア!」
真夜さんも上機嫌である。
「ちょっと待ってね、準備しちゃうから」
真夜さんは荷物を置き、市子さんを取り出すと早速浴衣に着替え始めた。
あわわ、えらいこっちゃ。
何となくマズい気がして、慌てて目を逸らす。
いや、俺だってもう女になってから十年以上が経過している。
今更女性の裸に欲情するようなことは無いのだが、それはそれ、これはこれ。
元男としてはその事実を隠したまま色々見るのは良くないことだという意識が働くのである。
後、真夜さんは結構胸があるので変に照れるというのもある。
とまるんと比べると小さく見えるので、意識したことは無かったが、少なくとも俺と比べると一目瞭然だ。
思わず自分の胸を見てしまう。
平坦だ。
いや、全く無いわけじゃないんだよ。
確かにクラスの平均からしても小さいほうではあったかも知れないが、それは最近の女子小学生の発育が良過ぎるせいだ。
俺は普通だ。
とはいえ皆無なわけではなく、最近では若干膨らみ掛けてきていたし、数年後にはそれはもうボリューミーなことになっていたに違いないのだ。
残念ながらその前に幽霊になったのでもう成長することは無くなってしまったが……。
まあ胸なんてどうでもいい。
俺は元男だ。
気にしない気にしない。
男に胸があるとかってほうが変じゃん。
無い方が自然というものだ。
全くもって気にならない。
……キサラちゃん大きかったな。同い年なのに。
元気にしてるかな。
なんとなく悲しい気分になって市子さんを見る。
狭い鞄から解放され、歓喜に打ち震えていた。
人形が一人でにガタガタ震えていて軽くホラーである。
「人がいる時は静かにしててね市子さん」
一応声をかけておく。
幸い、部屋周辺に霊の気配は無かった。
旅館内部には所々にいるようだが、そのいずれも然程力を持っていない。
裏山の気配も移動している様子はなく、ひとまずは安心して過ごせそうだ。
「ミアミア、じゃあ早速動画撮影していいかな?」
真夜さんが確認してくるので、オーケーの返事をする。
一応、今回の旅行企画中には配信はしないことになっている。
リアルタイムで状況を伝えてしまうと、ファンの人たちがやってきてしまう可能性があるからだ。
そんなわけで、基本は要所要所を動画で撮影、後で編集してお披露目することになる。
ちなみに、旅館側に確認したところ、他のお客様に迷惑にならない範囲ならという条件で許可は出たらしい。
「じゃあいくよー……って、んん?」
「どうしたの真夜さん」
「いや、ミアミア私服だなーって。せっかくなんだからミアミアも浴衣着ない?」
えっ、俺も?
その発想は無かった。
まあ変身能力を使えば一瞬なので、断る理由はないのだが、なんとなく真夜さんの旅行についてきただけという印象なので、自分がどうこうという考えにならなかったのかも知れない。
能力を発動、真夜さんと似たような和服姿へと変化を遂げる。
……しかし、こうして見ると露骨に胸の差が。
いやいや、もう考えまい。
「着替えました」
「オッケー! じゃあ動画撮っちゃうよー!」
ノートパソコンを取り出し、カメラをセットして真夜さんが微笑んだ。
「はい、そんなわけで日曜日に配信を休んだ理由だけど……以前言ってた◯◯温泉に泊まりに来てみましたー!」
ヒューヒューと盛り上げながら手を叩く真夜さん。
俺も何となく拍手しておく。
「とはいえ流石の私も幽霊が出ると怖いからね。そんなわけでミアミアにもご一緒してもらいました! ミアミアありがとう!」
「ええと、ご紹介に預かりました、幽霊のミアです。今日は真夜さんと旅行に来てます。みんなよろしくお願いします」
うーん、生配信では無いとわかっていても緊張する。
自分以外の枠に出ると言うのはどうも落ち着かない。
真夜さんが俺の枠用の動画も撮っていいと勧めてくれたが、今回は真夜さん発の企画だからと断ったんだよな。
その代わりというわけではないが、延期になった三人コラボについては俺の枠でやらせてもらうことになっている。
「二人で温泉旅行だぞ! どうだお前ら羨ましいか! これから一緒に温泉とか入っちゃうぞ!」
「はい、温泉に……って、え?」
真夜さん?
「私、幽霊だから入れませんよ?」
「ちっちっち、細かいことは気にしたらダメだよミアミア」
全く細かくないと思うが。
「ミアミアは服も脱げれば、裸にだってなれる。そうだろう?」
「そ、それはそうだけど」
「なら何も問題はないね! 大丈夫、全部私に任せておけばいいさ!」
「ま、真夜さん?」
この人は何を企んでいるんだろう。
途端に落ち着かなくなって、室内を見回す。
すると、部屋の隅で立ち尽くしている口だけさんとカメラ師匠が目に入り、妙に恥ずかしくなってしまった。
「こ、こっち見るな馬鹿!」
思わず理不尽な声を上げると、口だけさんもカメラ師匠も律儀に別の方を向いた。
カメラ師匠はともかく、口だけさんは意味などわかってないんだろうな。
ただ俺の言うことを聞くという契約に従っただけで。
市子さんがおかしそうにガタガタ揺れている。
ポルターガイストを発動、座布団をぶつけてやると大人しくなった。
なんならお前も脱がしてやってもいいんだぞ!
「ミアミア、女の子同士なんだから、そんなに恥ずかしがらなくていいんだよ?」
不思議そうに真夜さんが首を傾げる。
いや、そもそも前提として俺は湯には浸かれないわけでですね。
そりゃ服は脱げるが、ただ裸になっても意味なんてないのでは?
「まあその辺は後で話し合おっか」
「うう……」
何だか、メイド喫茶からこっち、辱められてばかりな気がする。
この後に訪れる事態への不安で、俺は小さく呻くのだった。
◯
そして、場所は温泉である。
「うう……」
話し合いの結果、せっかくの温泉旅行なんだから一緒に入りたいという真夜さんの言葉に折れて、俺はバスタオル一枚の姿となっていた。
もちろん、変身能力を使用してである。
何故わざわざ能力を使ってまでそんなことをしなければならないかと疑問に思うが、少なくとも全裸よりはマシだ。
とはいえ、半透明の俺なんかが温泉に行くと他の客の迷惑になりかねない。
そこを唯一の希望として、先客がいた場合は可視化せずに退却することになっていたのだが。
「たまたま誰もいなくてラッキーだったね、ミアミア!」
中途半端な時間だからか、俺たち以外の旅行客の姿はなかった。
現実は非情である。
ちなみに、口だけさんとカメラ師匠については、絶対について来ないように念を押して、部屋でお留守番をしてもらった。
監視役は市子さんである。
まあ俺の裸になんて誰も興味ないと思うが、万が一でも見られたら恥ずかしいからね。仕方ないね。
うう、しかし、この格好ほんとうに落ち着かないな。
バスタオルの頼りなさに、内腿を擦り合わせながら、フヨフヨと浮いて移動する。
とにかく、早く隠れたい一心で、触れもしない湯に飛び込んだ。
これで身体の線は隠れるだろう。
真夜さんしかいないとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「もう、ミアミアは照れ屋なんだから」
真夜さんが苦笑しながら身体を洗っている。
当初真夜さんは一糸纏わぬフルオープンで入浴しようとしていたが、俺が頼み込んでバスタオルを身につけて貰っている。
それこそ女同士とはいえ、もう少し恥じらいを持ってほしいものだ。
「ふうー……いい湯だね、ミアミア」
いや、俺に湯加減はわかりませんけどもね。
何なら、ただバスタオル一枚巻いて座っているだけの羞恥プレイである。
何故俺がこんな目に。
「ごめんねミアミア、無理言って」
ふと、真夜さんがそんなことを言ってきた。
「せっかくの旅行だから、ミアミアと一緒に入りたかったんだ。それで無理言っちゃった。でもミアミアは湯に浸かれないから嫌だったよね? もし本当に迷惑だったら上がってくれていいからね」
「真夜さん……」
少し強引なところはあるが、真夜さんはやっぱり真夜さんだった。
おそらく、幽霊で何もできない俺に、少しでも生前のような楽しい思いを味わってほしいと思っての行動だったのだろう。
若干ズレてる気もするが、こういうのは気持ちだ。
そりゃ中には不快に思う人もいるのだろうが、少なくとも俺は嫌な気はしなかった。
ごっこ遊びでも、遊びは遊び。
むしろ恥ずかしがって逃げ出そうとしている俺のほうが野暮だったのかも知れない。
「ええと、ちょっと恥ずかしいだけで、嫌とかじゃないから」
「そっか、それなら良かった」
真夜さんが嬉しそうに笑う。
全く、敵わないなこの人には。
「じゃあ次は露天風呂とか行っちゃう!? あ、あそこに水風呂もあるね! なんだかんだでサウナも捨て難いし、迷うところですなミアミア」
「順番に行けばいいよ」
のぼせないように気をつけないといけないが、時間はたっぷりある。
焦ることはないのだ。
「じゃあ、ミアミアも楽しめるように景色のいい露天風呂に行こっか!」
タオルをスパッと取り去り、走り出す真夜さん。
「ま、真夜さん、お風呂で走ったらダメだよ!」
慌てて追いかける俺。
そうして、俺たちは露天風呂に突撃した。
◯
そして風呂から上がったら卓球である。
実のところ、あの後少ししてから他の入浴客が来たので、俺だけ一足先に退出したのだ。
その際、透明化してブラブラと周囲を探索していた際に卓球台を見つけたので、真夜さんを誘ってみた次第である。
幸い、奥まった場所にあるため周囲に人影はない。
「んっんっんっ、ぷはー! さて、じゃあ一丁やりますか!」
腰に手を当て、コーヒー牛乳を一気飲みした真夜さんは、ペンホルダーのラケットを構えた。
スタイル的には速攻で強い球を打つスマッシュタイプだろう。
相対する俺が使うのはシェークハンドである。カット式のもので、耐久しながら球にスライスをかけて相手を翻弄するのが目的である。
ふふふ、これでも男時代は卓球部に所属していたこともあるのだ。
負けないぞ。
もちろんラケットには触れないので、ポルターガイストを使用しての勝負になる。
ポルターガイストを使って卓球をするのは初めてだったため、不安はあったが、やってみると案外スムーズに試合は進んだ。
身体の制限がない分、生身よりもやりやすかったくらいだ。
「くらえ! サンダーアタック!」
謎の技名を叫びながら、積極的にスマッシュを放つ真夜さん。
しかし、正確性はあまりないのでミスも目立つ。
「甘い! カットラスショット!」
対する俺は、相手のミスを誘うスタイルであったため、戦況は有利に進んでいく。
結果としては、俺の完全勝利と言っていい内容だった。
「ぐ、ぐぬぬぬ、ミアミアもう一回!」
「ふふふ、いいですよ、何度でもかかってきてください」
なんだかんだでお互い楽しんでいたし、盛り上がったのではないだろうか。
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