異伝 救助人ミアちゃん②

 ある日、急に何か引っ張られるような力を感じた。

 

 う、うん?

 

 そこまで強力ではない。

 しかし油断すると引きずられてしまいそうだ。

 

「なんだ?」


 発生源らしき場所を見ると、部屋の中央上方に、何やら薄く光る渦のようなものが発生していた。

 それが、俺を吸い込まんと口を開けている。

 

 突然のことで驚いたが、吸い込む力自体は十分抵抗できるし、どうにかすること自体は難しくなさそうだ。

 なんならペネトレイトで破壊してもいい。

 

 しかし、渦の中に人影が見えた瞬間、俺は考え込んでしまった。

 

 小学校高学年くらいの大人しそうな女の子だ。

 長い濡れ羽色の髪をお下げに括っている。

 なかなかの美人さんだが、何だか幸薄そうというか、陰気なオーラを放っている。

 

 そんな俺と同年代くらいの女の子が、ぬいぐるみの多い可愛らしい部屋の真ん中で、本を開いて何事か呟いていた。

 

 すぐに当たりはついた。

 降霊術か。

 

 彼女の持っている本は、ものすごく古めかしく、今にも崩れ落ちそうなほどボロボロだ。

 だというのに、油断ならない力を感じる。

 

 どこで手に入れたか知らないが、それなりに由緒ある魔術書なのではないだろうか。

 それを両手に広げ、唱える呪文は、ぎこちないながらも確かな魔力を内包していた。

 

 どうやら俺はこの子に霊として召喚されているようだ。

 おそらく何らかの事情があるのだろう。

 

 とはいえ、相手は見も知らぬ女の子。

 行き先がどこかもわからないし、わざわざ素直にお呼ばれされる必要もない。

 俺はいっそ一気に渦を吹き飛ばすかと考え。

 

 あ、この子ミア友だ。

 

 ふと、縁が繋がっている感覚からそう気付いた。

 

 なるほど、それで俺が選ばれたのかも知れない。

 本来なら降霊術で俺が呼ばれる確率なんて、狙いでもしない限りでは天文学的なものだろう。


 いや、もしかして狙ったのか?

 

 一瞬そう思い、すぐに首を横に振った。


 彼女の行っている術はおそらく本の記述そのままだ。

 小学生女子に、俺を狙い撃つような改変ができるとも思えない。

 たまたま降霊術を行ったら、縁を頼りに俺に繋がったと考えるべきか。

 

「あ、いけない」


 しかし相手がミア友とはいえ、呼ばれたら行くかと言われると、そんなことはない。

 向こうがどういう状況かもわからないし、迂闊なことをするのは……と、そこまで考え、彼女の部屋に複数の悪霊の気配を感じた。


 え、いや、これは。

 

 もしかしたら、降霊をするのは初めてじゃないのか!?

 もしくは、一度に複数の霊を召喚するタイプの術なのか。

 

 彼女は気付いていないようだが、中にはかなり強めの気配もあり、このままでは早晩、何らかの悪影響が出る可能性もある。

 

「ええい、くそ! なるようになれ!」


 さすがにミア友の、それも自分と同い年近い女の子を見捨てるのは気が引ける。

 俺は意を決して渦の中に飛び込んだ。

 

 果たして、身を投じた先には四体の悪霊がいた。

 

 三体は大したことはない。

 今の俺なら片手間に腕を振るだけで瞬殺できるだろう。

 

 しかし、一体は違う。

 パッと見は瘦身矮躯、しかしその両腕と頭は、まるでハサミのように怜悧な刃物で構成されていた。

 

 よく見れば、室内に滞在していると思われた弱い三体の悪霊も様子がおかしい。

 地面から生えたハサミの片刃に、お尻から頭までを串刺しにされ、ビクビクと震えていた。

 

 まるで百舌鳥の早贄だ。

 目の前のハサミ野郎がやったであろうことは間違いない。

 

 ここはこいつの餌場なのだろう。

 召喚される霊を待ち構え、甚振り、己の糧としているに違いない。

 

「悪趣味だな……」


 俺の呟きに、ハサミ野郎が警戒したのがわかった。

 どうやら彼我の実力差は感じ取れるのか、ギチギチと刃を鳴らし、威嚇している。

 

 確かになかなか強そうな悪霊だ。

 幽霊になりたての頃の俺なら一瞬でやられていたかも知れない。

 

 でも、今は俺のほうが強い。

 

「ペネトレイト」


 ガントレットを顕現、変形させる。


 同時にハサミ野郎が動いた。

 四方八方から、刃物の欠片が出現、俺目掛けて襲いかかってくる。

 

「穿て」


 俺は、あえてその全てを無視した。

 拳を強く握り込む。

 力は特に装填しない。

 その必要もないだろうという判断だ。

 

 刃物のいくつかが、俺の身体に到達する。

 しかし、それは守る表皮ガードスキンに阻まれ、ダメージを与えてくるには至らない。

 

 俺は、ハサミ野郎に照準を合わせると、一息に拳を振り切った。

 

 

 ◯

 

 

 ハサミ野郎が消失する。

 同時に、どういう繋がりか、囚われていた残りの三体の悪霊も消滅していった。

 

 ふう、ちょっとだけ肝が冷えた。

 手数が多いタイプみたいだから、下手に逃げ回るより一気に決めたほうが消耗は少ないと踏んだのだが。

 

 予想以上に攻撃力があったようだ。

 守る表皮が五分の一ほど削れている。

 見た目通り、攻撃力に特化した悪霊だったのかも知れない。

 

 やっぱり迂闊に攻撃を受けるのは良くないなと反省しつつ。

 

 力が流れ込んでくる。一部穢れたものはしっかり宝石に吸い込まれているようで、俺は満足して一度頷いた。


 ふと横を見ると、例の女の子が、懲りずにまだ降霊術を続けていた。

 今しがたの戦闘は見えていないので仕方ないのかも知れないが、ちょっとだけ腹が立つ。


 人の苦労を何だと思ってるんだ。


 俺は近場にあったぬいぐるみをポルターガイストで浮かせ、ぶつけた。

 

「あいたっ? えっ、なになに?」


 頭を押さえて周囲を見回す女の子。

 俺は、ため息一つ、己の姿を可視化した。

 

「こら、危ないことはやめろ」

「あ、え、う、嘘!? ミアちゃん!?」


 さすがにミア友だけあって、俺のことは知っているようだ。

 

「え、本物? 私ミアちゃん呼び出しちゃったの!? すごいすごい!」


 嬉しそうにはしゃぐ女の子。

 その姿は微笑ましくはあるのだが、やったことの危険性を考えると、甘やかすわけにもいかない。

 

 俺は、再度ぬいぐるみを顔面にぶつけた。

 

「わぷっ!? み、ミアちゃん?」

「ダメだろ、こんな危ないことしちゃ。そこに正座して」

「え、で、でも?」

「でもじゃないの。いいから正座」


 ここは大人としてしっかりと言い聞かせねばなるまい。

 俺は女の子を正座させると、彼女のやっていたことがいかに危険か、俺が来なければどうなっていたかを懇々と話し、説教した。


 結果として、女の子はポロポロと泣き出してしまった。

 

 え、ええ……?

 予想しなかった展開に動揺してしまう。

 

「だっ、だって、そんなことになるなんて、思わなくて、わ、私はただ……、う、うわーん! ミアちゃんのバカー! どうしてそんな意地悪するの!?」

「いや、意地悪とかじゃなくてね……」

「うわあああん! あああああん! びゃあああああ!」


 泣く子と地頭には勝てぬとはこのことか。

 泣き喚く女の子を前に、俺はただ狼狽えるしかできなかった。

 

 その後、何とか宥めすかし、機嫌を取る。

 そうして、落ち着かせることしばらく。ようやく泣き止んだ女の子、宮田愛莉というらしい少女は、事の経緯を教えてくれた。

 

 なんでも、彼女は今通っている小学校でイジメを受けているようだ。

 内容を聞くと、無視されたり、教科書を隠されたり、悪口を言われたりと、身体を害するようなものではないが、女子小学生が心に傷を負うには十分だろう。

 特に、とある女子三人組からのあたりが強いらしく、段々とエルカレートしつつあるらしい。

 

「だから、霊を呼び出してやっつけてもらおうと思って……」


 何でも、彼女の祖父は魔術オタクで、その書斎には古今東西様々な蔵書があるようだ。

 その中でも特に、祖父がすごいと自慢してきた古い装丁の本を、愛莉ちゃんは黙って持ってきたらしい。


 普段から俺の配信を観ていたことで、霊の存在を疑っていなかったこともあり、アッサリとその考えに行き着いたようだ。

 間の悪いことに、祖父の研究成果なのか、呪文などを訳したメモが本に挟んであったようで、彼女にも簡単に読むことができたそうな。


 う、うーん、そんなことがあるのか。

 というか、こんな危ないものを孫に自慢しないでほしいと、内心でお祖父さんを責める。

 とにかく、愛莉ちゃんがイタズラ半分で降霊術に手を出したわけじゃないことはわかった。

 

「でも、霊は本当に危険なんだ。もう金輪際こんなことしちゃいけないよ」

「うう……わ、わかりました」


 どこか納得いかない様子で俯く愛莉ちゃん。

 まあ仕方ないことなのだろう。

 仮に降霊術をやめたとして、彼女の抱える問題が解決するわけではないのだから。

 

 仕方ない、乗り掛かった船だ。

 俺はもう一歩踏み込んで協力することに決めた。

 

「その代わり、いじめっ子は私が何とかしてあげるから」

「え、ほ、ほんと!?」


 喜ぶ愛莉ちゃん。

 相手も小学生であることを思えば若干気乗りしないけど、イジメなんてしてたらロクな大人になれないからね。

 その子たちのためにも、多少痛い目にあったほうがいいだろう。

 


 ◯



 話を聞くと、実はこの後も呼び出されているとのことなので、俺は姿を消してついていくことにした。

 

 そうして、愛莉ちゃんと一緒に近くにあるカラオケボックスにやってきたわけだが。

 

 え、カラオケ?

 今時の小学生って親の同伴なしにカラオケできるの?

 

 少しだけビックリしてしまう。

 

 それとも親も一緒にいるのかな。

 そうなると少しやりにくくはなってしまうが。

 

 こっそり愛莉ちゃんに聞いてみると、どうやら電話で保護者の許可が取れれば子どもだけでも利用できるらしい。

 いじめっ子グループはよくここを利用するとのことなので、もう常連みたいだ。

 

 呼び出されたという部屋番号を探して、俺たちは中へ入った。

 

「遅かったわね、何してたのグズ」


 偉そうに足を組んで言い放つのは、メッシュの入った髪を、左右で小さく括った可愛らしい女の子だった。

 気の強そうな顔立ちをしており、愛莉ちゃんを苛立たしそうに睨みつけている。

 

 愛莉ちゃんが身体を震わせる。

 いじめっ子が怖いのかも知れない。


 しかし、俺からすれば所詮は女子小学生。

 威嚇されたところで特に思うこともない。

 

 うーん、それになんだろう。

 そこまで悪い子には見えないんだけど。

 

 というか、今わかったが、この子もミア友だ。

 そりゃ悪い子に思えないはずである。

 

 なんだろう。

 ミア友同士で虐め虐められをしているかと思うと悲しくなってくるな。

 

 ボックス内には他に人はいないようだ。

 どこかに行っているのか、元々一対一のつもりで呼び出したのか。

 

 なんにせよどうするかと俺が悩んでいたところ。


「り、凛ちゃん、もう私をイジメるのはやめて!」


 予定通り、愛莉ちゃんが相手の子、凛ちゃんというらしい、に食ってかかった。


「はあ? 何アンタ。私がいつアンタを虐めたっていうのよ?」

「わ、私の教科書隠したの凛ちゃんだって知ってるんだから! 他にも、私の陰口言って笑ったり!」

「ふん、自意識過剰なんじゃない? 私がアンタの教科書隠したって証拠でもあんの?」


 ぐっ、と愛莉ちゃんが口を噤む。

 残念ながら証拠なんてものは無いらしい。

 

 ううーん、引き受けたこととはいえ相手もミア友なんて思わなかったから倍つらい。

 なんなら、強硬策なんかに出なくても、俺が姿を現して説得すれば何とかならないだろうか。

 

「ならこっちにも考えがあるんだから!」


 俺が考え込んでいる間に、愛莉ちゃんは次のステップに進んでしまった。

 

 高々と右手を上に掲げて、やっちゃっての合図を出す。

 

 え、ええと、仕方ないか。

 

 俺は、ポルターガイストを使って部屋の電気をつけたり消したりした。

 

「え、な、何?」


 次いで、こっそりマイクの電源を入れると。

 

『あえ……あ……いぃぃいぃぃ』


 自分でも怖いんじゃないかと思う声を出す。

 

「な、なに、なに、なんなの!?」


 凛ちゃんはかなりビビっている。

 まあ怖いよね。

 ごめんね。


 というか、愛莉ちゃんまで若干引いてないだろうか。

 やらせておいて酷い。

 

「わ、私、実は霊を呼び出せるんだから!」

「は、はあ!? 何言って……」

「だから、凛ちゃんのこと呪ってもらうことにしたの! 私にしたこと謝ってくれないと怖いんだから!」


 そこで、俺は変身能力を発動。

 見た目を、某映画の霊みたいに、長い黒髪で顔を隠して白地服にする。

 そのまま部屋の隅に移動し。

 姿を可視化した。

 

「「ひっ!?」」


 俺に気付いた二人が、同時に悲鳴を上げる。

 だから何で愛莉ちゃんまで驚くんだ。

 

『あ……あ……』


 ゆっくりゆっくり、一歩ずつ近づいて行く。

 

「や、やだ、来ないで! やめて! 愛莉、やめさせてよ!」

「あ、え、ええと、え? 本物じゃないよね? ミ、ミアちゃんだよね?」


 何故か、二人で抱き合って俺から距離を取る。

 

「そうだミアちゃん! ミアちゃん助けて! 悪霊に襲われる! ミアちゃん助けて!」


 凛ちゃんが半狂乱で叫び出す。

 

 まさかここで自分に助けを求められるとは。

 

 さすがに可哀想になってきたので、俺は変身能力を解くことにした。


「もうこの辺でいいかな、愛莉ちゃん?」

「え……?」

「あ、ミ、ミアちゃん」


 俺が姿を現したことで、愛莉ちゃんはどこかホッとし、凛ちゃんは目を丸くして驚いていた。

 

「ミアちゃん? なんでミアちゃんがここに……?」


 まだ呆然としている凛ちゃんに、事の経緯を説明する。

 愛莉ちゃんが凛ちゃんに嫌がらせを受けていたこと。

 そんな凛ちゃんに復讐するために悪霊を呼び出そうとしていたこと。

 ミア友としての縁から俺が呼び出されたこと。

 凛ちゃんを懲らしめるためにこうしてやってきたことなど。

 

 一通り話し終えて、「だからもう人がされて嫌なことは……」と俺が言いかけた時。

 

「うわああああん! あああああん! ああああああん!」

 

 凛ちゃんが大声を上げて泣き始めた。

 予想外の展開に、今度は俺と愛莉ちゃんが目を白黒させる。

 

「だって愛莉ちゃんが悪いんじゃん! 私悪くないもん! わああああぁぁん!」


 え、ええ?

 

 思わず愛莉ちゃんのほうを見る。

 心当たりはないと言わんばかりに首を横に振られて、混乱する。

 

 ひとまず話を聞いてみることにすると、泣きながら凛ちゃんは語ってくれた。

 

 何でも、元々凛ちゃんと愛莉ちゃんは仲が良かったらしい。

 同じミア友ということで意気投合し、よく一緒に遊んでいたそうだ。


 しかし、ある日、愛莉ちゃんは凛ちゃんとの約束をすっぽかして他の子と遊びに行ってしまった。

 これに怒った凛ちゃんは、愛莉ちゃんが謝りにくるのをずっと待っていたという。

 

「でも、全然謝りに来ないから! だから愛莉ちゃんが悪いの! すぐに謝ってくれれば許してあげようと思ってたのに!」


 なんでも、今日一対一で会ったのも、愛莉ちゃんに謝る最後のチャンスをあげるつもりだったのだとか。

 

 う、うーん。

 実際それだけ聞くと、愛莉ちゃんにも非があるように聞こえる。

 かと言ってイジメのようなことは良くないが、小学生同士の些細なすれ違いといったところだろうか。

 

「愛莉ちゃん、そうなの?」

「え、あ、え、ああー! そういえば、凛ちゃんと一緒にミアちゃんのアーカイブを観る約束をしてたような……? すっかり忘れてた……」


 愛莉ちゃん、それは……。

 

 どうやら、凛ちゃんが一方的に悪いという話でも無さそうだ。

 

 二人ともミア友なんだから仲良くしてほしい。

 

 俺は、ため息を一つつくと、二人に話し合うように勧めた。

 

「ごめんね、凛ちゃん」

「ううん、私こそ嫌がらせしてごめん」


 最終的には、お互いに謝罪し合い、何とか和解してくれたようで一安心だ。


 それから、途端に仲良くなって騒ぎ始めた二人は、ミア友ということもあって、俺にあれこれ質問してきて大変だった。

 

 まあそれで二人がわだかまりなく話せるならと、しばらくお喋りに興じる。

 そして、三人でカラオケで盛り上がり、また会う約束をしてその日は解散した。

 

 なんだかんだあって疲れたけど、最後笑顔で帰っていく二人の姿をみると、力になれて良かったと思う。

 

 ちなみに、現在地がどこか調べてみると、なんと九州だったので、俺は慌てて新幹線に飛び乗って帰る羽目になった。

 

 もう絶対召喚なんかには応じないぞ!

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