29 メイドになるぞ(中)

 そして、いよいよ開店時間がやってくる。

 

 店長さんが興奮した様子で「長蛇の列が出来てたから整理券配ってきたよ!」と教えてくれた。

 震える。

 

 いや大丈夫だ。

 きっとその列の大部分は真夜さんととまるんのファンに違いない。

 ミア友は、全くいなかったら寂しいものがあるが、まあおそらく数人とかそのレベルじゃないかな。

 多分、きっと、おそらく、メイビー。

 

 このメイド喫茶『ファンファン』は、ビルの五階に位置し、幻想世界の貴方のメイド、をコンセプトとしている。

 なんでも、現世と幻想世界とで別れざるを得なかった主従が、再会するための憩いの場だとか。

 

 よくわからないがそういうディテールが重要みたいだ。

 

 幻想世界、つまりお店での滞在可能時間は一人一時間まで。

 長いと取るか短いと取るかは人それぞれだろう。

 一応今日はイベントということで、途中退席は可能だが、一時間経たないと次の客は入れない方針らしい。

 

 つまり、最悪ガラガラの店内で一時間待つ可能性すらあるということ。

 店長さん強気すぎない?

 本当に大丈夫なのか?

 

 姿を消して店内を確認する。

 既に続々と客が来店しており、早くも満席になりそうな勢いだ。

 というか今なった。

 

 キョロキョロしている人が多いのは、内装が珍しいのか、それとも配信者の誰かを探しているのか。

 

 ベテランメイドさん達が「お帰りなさいませご主人様!」と言いながら案内する様は、まさしくプロだった。

 

 俺にあれができるだろうか。

 ごくりと喉が鳴る。 


「さて、じゃあ三人ともお願いできるかな?」


 店長さんの呼びかけに応じて、真夜さんととまるんが一つ頷き、店内へと入っていった。

 

 途端に上がる歓声。

 

 やばい。

 なんだこの盛り上がり。

 変な汗が出てきた。

 

 当初は俺も一緒に、三人並んで入場する予定だったが、せっかくの幽霊だからということで、店長さんから注文が入ったのだ。

 余計なことを思いついてくれる。

 俺も二人と一緒に出たかった。


 とはいえ、雇用者の要望には逆らえない。


「ミアちゃんは?」という声が聞こえる。ミア友だろうか。

 来てくれていたのかと少しだけ安堵する。

 一人もいなかったらどうしようと思っていたから素直に嬉しい。


 待ってろすぐ行くから。

 

 俺は、姿を消したまま空中へ浮かび上がった。

 そして。

 フロア中央の天井付近に辿り着くと、僅かに発光しながら身体を可視化させた。


 途端に起こるどよめき。


 そのまま数秒間ほど宙に浮くと、重力を感じさせない動きで、まるで羽が舞うようにゆっくりと下降。


 スッと。

 音もなくフロアに降り立つ。

 そしてカーテシー。


 幽霊とわかるように、天使のように登場してくれ、という店長さんの無茶振りを何とか形にしようとした結果である。

 俺なりに考えたつもりだが、果たしてどこまで効果があったのかどうか。


 一瞬の間。

 そして。


 爆発的な歓声が上がった。

 

「ミアちゃん!」「ミアちゃーん! 俺だー! 結婚してくれー!」「マジ幽霊かよ!?」「透けてる……ホログラムじゃねえの!?」「ヤバくね!?」


 興奮したお客さんの声が聞こえる。


 澄まし顔で微笑む俺。

 ではあるのだが、内心は頭を抱えて悶えている。


 良かった。

 なんとかうけたようで、ほんとーに良かった。

 

 しかし、くっっっっっそ恥ずかしいんだけど。

 なんだこの演出。

 バカじゃないの。

 

 自分でやっておきながら何だが、明らかに目立ちすぎである。

 羞恥で顔が真っ赤になっているのがわかる。


 もうちょっと大人しいやり方にすれば良かった。

 何あの目立ちたがり屋とか思われてたらどうしよう。

 違うんですみなさん、全部あの店長が悪いんです。俺は被害者なんです。本当です。

 

 内心で転げ回った。

 

 ちなみに、スカートでそんな演出をして大丈夫なのか? と思っているミア友がいるかも知れないが、安心して欲しい。

 メイド服とはいっても、あくまで俺の変身能力である。

 つまり、スカートの中を絶対に見えない暗黒空間にするなど容易いことというわけだ。

 

 実際、覗こうとしてた不埒な輩もいたけど、今回は見逃してやろう。

 こんな演出するほうが悪いからね。

 ほんとバカじゃないの。

 

 おっと、仕事仕事。

 

「いらっしゃいませ、ご主人様!」


 俺は赤面しつつも、満面の笑顔を浮かべて言い放った。


 何故か巻き起こる拍手の雨。

 恥ずかしいからやめて。

 

 そんなわけで、一日メイド業スタートである。


 店長さんが出てきて、今日はイベントで云々かんぬん。

 俺たち三人を軽く紹介してから、いよいよ活動開始である。

 

 入店時点で、ご主人様達が誰のファンなのかは確認してあるらしい。

 割合としては真夜さん三割、とまるん三割、俺四割と綺麗に割れたようだ。

 

 まさかの俺が一番人気である。

 たまたま偏っただけだと思うが、嬉しい反面、それでもプレッシャーがかかるのは間違いない。

 

 一応、まよラーには青のバッジが、赤ちゃんとまるんのファンには赤のバッジが、ミア友には黄色のバッジがそれぞれ渡されている。

 一目で自分のファンがわかるので、接客相手を間違えることはない。

 

 よし、気を引き締めてミア友を持て成すぞ!

 せっかく来てくれたのだ。

 楽しい気分になってもらわなくては!

 

 俺は取り敢えずポルターガイストを発動させ、お冷を各テーブルに配っていった。

 

 一人でにグラスが浮かび上がる様子に、おおーっ! と歓声が上がる。

 その反応に気を良くした俺は、次から次へと水を各テーブルに移動させていく。

 少しだけ自慢げにしていたのだが、気のせいか、なんだかミア友の視線が痛い。

 

「ミアちゃん、それだとちょっと……」


 以前からここに勤めている、先輩メイドから指導が入った。

 曰く、俺が一歩も動かないせいで、ご主人様との距離が縮まっていないそうだ。

 

 ポルターガイストはすごいが、ご主人様達はメイドとの触れ合いを求めているのである。

 自動で商品がテーブルに並べられても嬉しくないのだそうだ。

 

 な、なるほど。

 メイド道は奥が深い。

 

 でもミア友ならあるいは、ポルターガイストのすごさに喜んでいるのでは? と思ったが、残念ながら揃って先輩メイドの言葉に頷いていた。

 解せぬ。

 

 仕方なく、俺は二人組のミア友がいるテーブルへと歩いて行った。

 

「ご、ご主人様、いらっしゃい」


 うわ、なんだかめっちゃ照れる。

 

 目の前にいるのは、眼鏡の大人しそうな男と、ややポッチャリ気味の男の二人だ。

 二人とも黄色バッジをしていることから、ミア友なのだろう。

 

 まさか本当にミア友がいたとは。

 全員AIじゃなかったんだな、とわかって安堵する。

 

 いや、本気で疑ってたわけじゃないけどね。

 もしそうだったら立ち直れないと思っていただけで。


 しかし、こいつらが俺を目当てに来てくれたのかと思うと、嬉しいやら恥ずかしいやら妙な気持ちだ。

 取り敢えず注文を聞くことにしよう。

 

「きょ、今日は来てくれてありがとう。ご注文は?」

「マジでミアちゃんじゃん……」

「実在したのか……AIだったらどうしようかと思ったよ」


 どこかで聞いたような思考を語る二人組。

 配信者と視聴者は思考が似るのか、などと思いつつ。


「あ、ファンです! いつも配信見てます!」

「お、俺も応援してます。頑張ってください!」

「あ、ありがとう。嬉しい、です。はい」


 ストレートに言われると少し照れる。

 思わず敬語になってしまった。

 顔赤くなってないかな。


 でもこう言ってくれるのは本当に嬉しい。

 今までやってきたことが無駄じゃなかったんだと、俺の独りよがりじゃなく、みんなで楽しい時間を共有できていたんだとわかって心が温かくなる。

 思わず頬が緩みそうになるが、接客中であることを思い出して気を引き締めた。

 

「じゃ、じゃあご注文は?」

「あ、そうだ。え、ええと、じゃあこの萌え萌えハートフルフルコースを一つ」

「あ、俺も同じものを」


 え。

 瞬間、俺は固まってしまった。

 

 萌え萌えハートフルフルコース。

 この店で一番高いメニューで、なんと五千円もする。

 

 いくつかのサービスのセットメニューで、内容としては、好きなメイドと写真撮影、オムライスとドリンク、オムライスには希望したメイドからケチャップで任意の絵を描いてもらえる。勿論メイドはその際おいしくなる魔法をかけることが求められる。

 

 他にも一言だけご主人様が考えた言葉をメイドに言わせることができる。これは勿論卑猥なものはNGだ。メイド側にも選択権は当然ある。

 

 更に、推しメイドの特殊ブロマイドがつく。本来なら何種類かあるブロマイドがランダムで当たる形なのだが、この萌え萌えハートフルフルコースに限っては全種類のブロマイドがついてくる。

 

 まだある。

 選ばれたメイドは、ご主人様と萌え萌えジャンケンというわけのわからない催しを行う。

 内容としてはただジャンケンをするだけだが、メイドが勝てばご主人様に一つ何かをおねだりすることができる。

 負ければ逆にお願いをされる。

 これらについては、強制ではないので、相手が嫌がればそれまでだ。

 二回目のお願い権は無いので、相手が受けてくれそうな微妙なラインを選ぶのが面白いのだとか。

 よくわからん。

 

 そして最後には、メイドがステージで歌って踊る。

 

 まさにフルコースだ。


 出来れば頼んでくれるなと願っていた商品でもある。

 なにせ羞恥プレイのオンパレードだ。

 俺の精神が最後まで保つのかわからない。

 

 それが開幕から二つ。

 マジかよ。

 こんな高いものを平然と頼むなんてブルジョアかよお前ら。

 

 とはいえ、店員の身で嫌だなどと言えるわけもなく。

 そもそも期待に満ちたミア友の目を裏切れるわかもない。

 俺は泣く泣く注文を受け、準備があるからと席を離れた。

 

 厨房にご主人様の希望を伝え、次の席へ移動する。

 

 急がなくては。

 何せ、見たところミア友だけで二十名以上いるのだ。

 一人に五分かければ、それだけでもう百分を超える。

 

 ご主人様の滞在時間は一時間しかないわけで。

 いや無理だろ。

 誰だこのスケジュール考えたの。

 店長か? 店長だな?

 どうすんだよこれマジで。

 

 とにかく、俺は急いで各テーブルを回り注文を聞いて回った。

 結果、ミア友全員が萌え萌えハートフルフルコースを注文した。

 なんでやねん。



 ◯



 結果として、いくつかの時間短縮策を取らざるを得なかった。

 俺に言って欲しい台詞は、それぞれ先輩メイドにメモを取ってもらい、後日配信で読み上げることになった。

 

 ジャンケンは一人ずつじゃなく、希望者全員で一斉にやることになったし、ステージでのライブも最後に一度だけと決まった。

 写真撮影もご主人様が帰る際に順番に取っていくことになる。

 ブロマイドは俺が配る必要もないので問題はないが、オムライスに絵と魔法をかけるのは俺の仕事である。

 

「お、美味しくなぁれ、ハートフル、キュン……」


 俺は羞恥に耐えながら、手を組み合わせてハートを作る。

 この際、ハートをご主人様の心臓に向けるのがポイントだそうだ。

 わからん。

 

 目の前いるミア友、もといご主人様が満足したように何度も頷く。ミアちゃんラブと書かれたTシャツを着込み、黄色のハチマキに黒字でミア友と書いてある。

 

「レベル高えな……」


 俺を見ながら呟いているが、レベル高いのはお前じゃい!

 いや、嬉しいけどな。

 ありがとな。

 一生ミア友でいてくれよ。


 ちなみにオムライスには猫の絵を描かせていただいた。

 我ながら可愛くできたと思う。

 時間が無いからと手を抜くような真似はしない。

 こいつらみんな俺のために来てくれているんだと思うと、手抜きなどできるはずもない。


 そして慌ただしく時間は過ぎていく。

 ジャンケン勝負では七人が勝者となった。

 負けたミア友へのお願いとして、俺は一律に「可能な限りミア友でいて欲しい」とお願いした。

 全員が快諾した瞬間、何故か店内に拍手がわき起こった。解せぬ。

 

 七人のミア友からのお願いはそれぞれ、

 

『結婚してほしい』

 丁重にお断りした。小学生やぞ。

 

『膝枕してください』

 無理。幽霊だから出来ないね。ごめんね?


『握手してください』

 無理。幽霊だって言ってるだろ!

 

『結婚してください』

 前のやつを断ったの聞いてなかったのか?

 小学生やぞ。

 

『結婚してください』

 お前ら結託してない?

 天丼やめろ!

 

『ギャル子さんとコラボしてほしい』

 ギャル子さんファンかな?

 ギャル子さんは配信者じゃないから多分無理だろう。

 ごめんね。

 

『あの狸ください』

 可愛いからね。

 ただあの狸は俺のじゃないから無理だね。

 ごめんね。

 

 まさかの、七人全員お断りになってしまった。

 なんだか空気の読めないやつみたいになっているが……。

 えっ? 俺悪くないよね?

 悪いのは無理なこと言ってくるミア友だよね?


 現実というのはどこまでも非情である。

 

 それが終わったらいよいよライブだ。

 既に、真夜さん、とまるんがそれぞれ一曲歌い終わっている。


 俺は緊張でガチガチになりながらも、何とかステージに上がった。

 歌うのは某アニメソングだ。

 曲自体は俺も好きでよく知っているのだが、頭が真っ白で歌詞を忘れてしまいそうだ。

 

 ふと、俺の左右後方に真夜さんととまるんが立った。

 え、なに、と思う暇もなく、音楽が流れ出したので、慌てて歌う。

 

 すると、二人は俺の歌に合わせて踊り出した。

 迷いのない、キレのある動きだ。

 あらかじめ練習していたのか、ピタリと揃っていてカッコいい。

 

 真夜さんと目が合う。

 ウインクを一つされた。

 とまるんのほうを見る。

 少しだけ照れくさそうに微笑んでいた。

 

 な、なにこれ?

 なんだかよくわからないけど、二人が俺のためにやってくれているのはわかる。

 である以上、頑張らないわけにはいかない。

 

 場を盛り上げようとしてくれる二人に応えるように、俺もボルテージを上げていく。


「ミアちゃーん!」「最高ー!」「まよまよー!」「とまるーん!」


 ご主人様たちの歓声が聞こえる。

 なんとかフルで一曲歌い終わった頃には、俺たちは揃って肩で息をしていた。

 

「ナイス! ミアミア! 良い歌だったよ!」

「ミアさん、とっても素敵でした」

「二人こそなんだよそれ、ビックリしちゃったよ」


 三人で笑い合う。

 

 そして、最後に希望者一人ずつと写真を撮って、コースは終了した。

 なかなか充実した良い時間だったと思う。

 思うが、

 

「じゃあ次のご主人様入りまーす!」


 そうか、これまだ最初の一時間だった。

 これを後何回繰り返すのか。

 さすがに変な笑いが出てしまう。

 

 いや、ミア友がせっかく会いに来てくれたんだ。

 全力で応対するけどね!

 精一杯楽しませてやるからな!

 来いやミア友!

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