30 メイドになるぞ(後)
そして、長かった一日が終了する。
「終わったー!」
「さすがに疲れましたね」
「倒れそう……」
真夜さん、とまるん、俺の三人は、控え室でぐったりとしていた。
前半は目が回るような忙しさだったが、後半は先輩メイドさん達目当ての常連客も多く来店したため、多少はスケジュールが楽になった。
とはいえ、やっぱり大部分は俺たちのファンなわけで。
結果、楽しくも慌ただしい時間が過ぎていった。
「皆さん、おつかれさま! 今日は本当にありがとう!」
店長さんも上機嫌だ。
少しはお店に貢献できたなら良かった。
真夜さん達は店長さんから直々に出演料を受け取っている。
金額としては俺の提示されたものと同額らしい。
これについて、とまるんは「私が無理を言って頼んだことなので……」と、自分の分までこちらに渡そうと考えていたようだが、それは断らせてもらった。
俺は最初に提示された条件で受けたわけだし、報酬はとまるんが頑張ったことへの対価だからね。
何より、ミア友のみんなが喜んでくれたから、俺は今回の依頼を受けてよかったと思っているのだ。
話を持ってきてくれたとまるんには感謝こそすれ、迷惑だなんて思ってはいない。
とはいえ、俺も貰うものは貰う契約だ。
店長さんが「ミアちゃんもありがとう。おかげで大成功だったよ。これ約束のものだけど」と言って、四枚のプリペイドカードを渡してくれた。
金額としてはちょうどゲームが六本買えるくらいのものになっている。
思わず疲れも忘れてニッコリしてしまう。
ふへへへ。
これであのゲームとこのゲームも買えちゃうぞ。
夢と妄想が広がっていく。
「ありがとう店長さん!」
カードを受け取ろうと飛びついたはいいものの、悲しいかなそこは幽霊。
物体には触れないのですり抜けてしまった。
たまにやるんだよなこのミス。
さて、どうしようかと思案していたところ、真夜さんが一旦預かると申し出てくれた。
プリペイドカードは番号さえわかれば使えるので、ビデオ通話を通して教えてくれるのだとか。
実際、ポルターガイストを使えば運べないことはないが、帰り道で不審がられてしまう。
ここはお言葉に甘えることにしよう。
本当に真夜さんにはお世話になりっぱなしで申し訳ない。
俺はお礼を言うと、プリペイドカードを預けた。
もし何か俺にできることがあるなら言って欲しいと言い添えて。
「ほんと? なんでもいいの?」
真夜さんが瞳を輝かせていたので、顔を背けた。
何でもいいとは言ってないからね。
限界はあるよ。
「ええとね、今度私、一人で旅行に行くことになってて……ミアミアがついてきてくれると嬉しいなーって……」
話を聞いてみると、何でも俺と出会う前に、幽霊が出ると噂の旅館に一泊するという企画を立てていたそうで、その予約日が近いのだとか。
「ええと、その、予約した当時はミアミアと知り合う前だったから、幽霊いるならむしろ出て来い! って思ってたんだけど、ミアミアと会って本物のお化けがいるって知っちゃったから、一人だと少し怖くて」
「キャンセルしたらいいんじゃ?」
「うん、それも考えたんだけど……。でもまよラーの人たちと約束したことだから出来れば行きたいなって……」
チラチラとこちらを伺いながら、ダメかな? と呟く真夜さんは普段の活発さはどこへやら。
不安げな様子が実に愛らしい。
まあ日頃からお世話になっているし、旅行について行くぐらいは問題ない。
懸念点は旅館にいるという幽霊の存在だが……。
気配察知でヤバそうな相手だと思えば逃げればいいのだ。
むしろ真夜さん一人で行かせるほうが心配である。
「わかった、じゃあ一緒に行こっか」
「やったー! ミアミア大好き! 愛してる!」
真夜さんが飛びついてくるが、すり抜ける。
それさっき俺がやったからね。
まあどうしても忘れちゃうよね。
「えっと、旅行のご相談ですか?」
とまるんが何だか仲間に入れてほしそうにやってきた。
しかし、真夜さんが内容を説明すると、非常に悩んでいた。
実はとまるん、お化けが怖いのだとか。
可愛いね。
普通の旅行なら是非行きたかったそうだが、心霊スポットとなると話が変わるそうだ。
「いえ、でも、みなさんと旅行行きたいですし、私頑張ります!」
気合いを入れるとまるん。
思わず拍手する俺だが、そこに真夜さんから待ったがかかった。
「ご、ごめんとまちゃん。盛り上がってるところ申し訳ないけど、旅館は予約制だから、幽霊で消えることのできるミアミアはともかく、とまちゃんの飛び入りは無理だと思う」
なんでも、真夜さんが行く予定の旅館は結構な人気で、半年前から準備しないと予約が取れないのだそうだ。
それは……ちょっとどうしようもない。
何せ、真夜さんが指定してきた日まで後一週間しかないのだ。
飛び入りも飛び入り、さすがに今からでは難しいだろう。
「そ、そうですか……それなら仕方ないですね……無理を言ってごめんなさい……」
とまるんがとても悲しそうに言うので、俺たちは慌てて慰め、今回の旅行が終わったら改めて三人でどこかに行こうと話し合った。
そんなわけで、真っ白だった俺のスケジュールに、一週間後に真夜さんと旅行、それが終わったら真夜さんととまるんと三人でどこか良さげなところを見繕って行く予定が加わった。
友達と旅行なんて前世も今世でもほぼ記憶にないことである。
なんだかんだで楽しみだと、俺は一人笑みをこぼした。
ふと、そういえばミア友から三人のコラボが観たいと言われていたことを思い出した。
ついでとばかりに誘ってみる。
突然の申し出にも関わらず、二人とも快諾してくれた。
良かった。
これなら近いうちにコラボ配信できそうだ。
そんなこんなで、新たな予定も加わりつつ、俺たちのメイド喫茶でのお仕事は終了した。
また遊びに来てね、と先輩メイド達から温かい言葉をもらう。
……ふと、控え室の片隅に目を向ける。
今朝までは確かにそこにいた霊は、今は影も形も見えなかった。
おそらくは消えたのだろう。
それを成仏と言っていいのかわからないが、己の存在を保てなくなり、霧がいつの間にか晴れるようにいなくなったに違いない。
少しだけ悲しい気分になる。
「ミアちゃん?」
店長さんが声をかけてきた。
「もしかして、何かいるのかい?」
その顔は、どこか緊張を帯びているようにも見えて。
「店長さん?」
「あ、いや、ごめん、急にこんなこと言われても困るよね……」
苦笑いしつつ、頭を掻く店長さん。
「ええと、ミアちゃん、実はこの店のメイドで一人亡くなった人がいるんだ」
こちらの疑問を察したのか、ゆっくりと口を開いた。
「サヤちゃんって言って、美人で明るくて、人気のある子だった。ちょっとだけ変わったところもあったけど、いつもみんなを引っ張っていくような、そんなエネルギーに満ちた子で……去年の今頃に通り魔に刺されて死んじゃったんだけどね……」
ここでのバイトの帰り道だった、と悲しそうに店長さんは言った。
犯人はすぐに逮捕されたものの、当時、店は大騒ぎになったらしい。
サヤさんという人は随分と人気があったようで、泣いて辞めるメイドが続出。問い合わせの電話やテレビの取材に手を取られ営業はまともに出来ず、果ては店がサヤさんを守らないからだと苦情を言いに来た客もいるらしい。
一時期は店を畳もうかと本気で悩んだこともあったという。
「でも、サヤちゃんはこの店のことが大好きだったからね。ご主人様の嬉しそうな姿を見るのが何より幸せだってよく言ってた。だからサヤちゃんのことが原因で店を閉めるようなことはしたくなかったんだ」
一年が経ち、メイドの顔触れもほぼ入れ替わり、サヤさんのことを口にする客も少なくなった。
店長さん自身もサヤさんを思い出す回数が減り、日常が戻ってきたのだと言う。
「ただ、ふと思うんだ。サヤちゃん自身はそんな僕たちのことをどう思ってるんだろうって。サヤちゃんを忘れて日常に戻っていく僕たちのことを、喜んでいるのか、悲しんでいるのか。そんな時静流からミアちゃんの話を聞いてね。もしかしたらと思わなかったと言えば嘘になるよ」
店長さんは苦笑して「あ、もちろん、今回誘ったのはそのことが理由じゃないからね。ちゃんと君の実力を見込んでのことさ」と言って頭を掻いた。
「だから本当は聞くつもりも無かったんだ。ただ、君が何かを見ている様子なのが気になってね……なあ、もしかして……サヤちゃんがいるのかい?」
俺が視線を向けていた場所に目を向ける店長さん。
……少しだけ迷った。
本当のことを言うべきか否か。
正直に言うならば、サヤさんかどうかはわからないが女の幽霊はいた。
しかし、それももう消えてしまった。
仮にサヤさんだったとするならば、一年もの間、ここで霊として存在していたことになる。
もはや意識もなく、半悪霊化していたが、今日まで消えなかっただけでも驚きだ。
あるいは、俺が力を分け与えていれば自我を取り戻し存続することもできたのだろうか。
いや、無理だっただろうと内心で結論付ける。
彼女は何かを恨んでいた。
恨んで恨んで恨み抜いて、悪霊と化していったのだ。
対象が何かはわからない。自分を殺した犯人かも知れないし、彼女を忘れていく周囲の人間かも知れない。あるいは、理不尽な現実そのものということもあるかも知れない。
もはや知る術もないが、とにかくサヤさんらしき霊は恨みを溜め込み、悪霊となった。
しかし、気持ちだけでは自身の存在を維持できなかったのだ。
俺が力を与えたところで、既に彼女の自我はそこになく、むしろ怨念を撒き散らすだけの災厄と化しただろう。
出会うのが遅すぎた。
事件の直後ならあるいはとも思うが、その頃は俺自身まだ存命だ。
どのみち彼女を助ける道はなかった。
俺は改めて店長さんを見る。
不安そうな、どことなく期待するような色を目に浮かべていた。
真実を伝えることは誰のためにもならない。
俺はそう判断して、首を横に振った。
「いえ、残念ですけど、今店内に私以外の幽霊はいません」
「……そ、そうか、そっか、そうだよな。ははは、もしサヤちゃんの幽霊がいたとしても、わざわざ店になんか来ないよな」
店長さんは明らかに空元気と思われる笑いをこぼし、額を抑えた。
その瞳に、薄らと光るものが見えた気がした。
「ミアちゃん」
「はい」
「ありがとう」
そう言って、店長さんは部屋を出て行った。
もしかしたら、店長さんとサヤさんは、ただの雇い雇われの関係ではなかったのかも知れない。
あるいは、もっと深い……いや、これ以上はゲスの勘繰りだな。
俺は、後ろで事の成り行きを見守っていた真夜さんととまるんに声をかける。
「二人ともお待たせ。じゃあ帰ろっか」
「う、うん、ミアミア、おつかれさま!」
「ミアさん、お疲れ様でした。それと、叔父さんのこと……ありがとうございます」
……うん。
世の中本当にままならないものだ。
何故か無性にミア友たちと話したくなった。
ちょっと遅くなるかも知れないが、帰って配信しようかな。
俺は二人の近くによると、その間に収まるようにして歩き出した。
◯
【萌え萌え】幽霊配信者ミアちゃん応援スレpart10【メイド】
667 視聴者の名無しさん ID:
メイド最高!
668 視聴者の名無しさん ID:
メイド喫茶初体験だったけどクソ楽しかったわ
ミアちゃんも可愛かったし言うことなしだな
669 視聴者の名無しさん ID:
ミア友でメイド喫茶行かなかったやついる?
いねえよなぁ!?
670 視聴者の名無しさん ID:
うるせえ殺すぞ
671 視聴者の名無しさん ID:
>>670
草
672 視聴者の名無しさん ID:
>>670
あれれ?
まさかそんな?
嘘ですよね?
673 視聴者の名無しさん ID:
>>670
わかるよ
俺も目の前で整理券配り終わって絶望したわ
辛いよな
674 視聴者の名無しさん ID:
俺以外にも行けなかったやついて安心した
675 視聴者の名無しさん ID:
嫉妬で気が狂いそう
ミアちゃんは可愛かったのか?
676 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃんメイド服着なれてない感じでモジモジしててクソ可愛かったぞ
677 視聴者の名無しさん ID:
オムライスに魔法かける時も照れてたよなw
キュンキュンしたわw
678 視聴者の名無しさん ID:
ああああああああああ!!!!
うんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこ!!!!
俺もキュンキュンしてえええよおおお!!!!!
679 視聴者の名無しさん ID:
発狂しててわろた
680 視聴者の名無しさん ID:
素直な本音で草
681 視聴者の名無しさん ID:
そりゃミア友にとって初めての一大イベントだもんな
行けなかったやつとは「差」がついちまうよ
682 視聴者の名無しさん ID:
>>681
上級ミア友が生まれた瞬間か
683 視聴者の名無しさん ID:
安心しろお前ら
ミアちゃんに好きな言葉を言ってもらえる権利については、読み上げは後日配信でだぞ
684 視聴者の名無しさん ID:
お前ら何希望した?
俺はシンプルにお兄ちゃん大好きにした
685 視聴者の名無しさん ID:
エッチなのがダメって言われたからな
エッチなのにしたわ
686 視聴者の名無しさん ID:
>>685
なんでだよwww
687 視聴者の名無しさん ID:
>>685
草
勇者かよww
688 視聴者の名無しさん ID:
朝だよ、起きて、お仕事だよって書いたわ
毎朝ミアちゃんの声聞いて仕事行くんだ……
689 視聴者の名無しさん ID:
>>688
いいね
お前らちゃんとみんなに恩恵があるやつ書いただろうな?
690 視聴者の名無しさん ID:
個人名書いてるやつ多そう
691 視聴者の名無しさん ID:
ミアちゃんとのツーショット写真は家宝にします
692 視聴者の名無しさん ID:
>>691
ころしてでもうばいとる
693 視聴者の名無しさん ID:
落ち着け
横に写ってるの別の男だぞ
694 視聴者の名無しさん ID:
写真見る度に脳が破壊されそうで草
695 視聴者の名無しさん ID:
せめて配信はメイド服でお願いします……
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