28 メイドになるぞ(前)
届いた連絡はとまるんからのものだった。
詳しい話はビデオ通話でということで繋いだのだが、初めてのとまるんとの一対一の通話に初めは狼狽しまくってしまった。
聞いてみると仲介の連絡だという。
「お手伝い?」
『はい、ミアさんが良ければの話なのですが』
なんでも、とまるんの叔父さんが秋葉原でメイド喫茶をやっているらしいのだが、ひょんなことから俺の評判を聞きつけて、是非一日ウェイトレスをやって欲しいと頼み込んできたらしい。
「こんなお話をミアさんにするのはどうかと思ったのですが、叔父さんには色々とお世話になっているので断れなくて……」
なんでも、とまるんは元々機械類に疎く、配信を始めるにあたって色々と教えてくれたのが叔父さんなのだそうだ。
今でもトラブルの時などは頼ってしまうらしく、頼まれると弱いのだと言う。
「もちろんミアさんが嫌なら断ってくれても大丈夫です。話を通すだけ通してほしいと言われたもので……」
ごめんなさい、と謝罪するとまるん。
「いやいやいや、そんなとまるんが謝ることは何もないよ。嫌なら断わればいいだけなんだし。でもむしろ私なんかでいいのかな?」
登録者数五万を超えたとはいえ、俺の知名度など有名どころに比べればまだまだだろう。
叔父さんが乗り気な理由がわからない。
「ええと、その、ミアさんのことを知らない人でも、本物の幽霊ってだけで集客が見込めるんだとか。すみません……」
叔父さんの物言いが恥ずかしかったのか、とまるんは赤くなって俯いてしまった。可愛いね。
まあ詳しく聞いてみると、元々叔父さんは猫のドラゴンファングちゃんの件をとまるんから聞いて、俺に興味は持っていたらしい。
それが今回、深夜帯とはいえテレビに出て、登録者も五万人を超えたということで、一気にゴーサインが出たとかなんとか。
うーん、しかしメイド喫茶か。
一日だけでいいとのことだが、正直メイド服を着るのはなあ……。
男としてのプライドが引っかかる。
女の子として接客する自信もないし、今回はお断りさせていただいたほうがいいかも知れない。
とまるんの頼みだし受けてあげたくはあるのだが。
「ちなみに、謝礼のことなのですが、すいません、ミアさんの場合一応小学生ということになるので、バイトではなくお手伝いという形にさせてもらって、お礼にゲーム六枚分のプリペイドカードをお渡ししたいとのことです。希望すれば現金でも良いとのことですが、ミアさんにはこちらのほうがいいかなと……」
「やります」
俺は即答した。
そうだった、そういえば俺はスミッチを手に入れたはいいものの、ソフトの入手手段についてはロクに当ても無いんだった。
なるほど、確かに俺は小学生。
働かせるのは労働基準法違反だろう。
幽霊であることを考えれば法律適用外な気もするが、できればお店に迷惑はかけたくない。
問題は、今回の俺のケースが労働者に当たるかどうかだが。
まあ配信者もタレントみたいなものと考えれば、イベントに参加するくらいの気持ちでいいのかな?
実際、小学生でも芸能人は労働者扱いではないと聞いたことがある。
色々と要件はあるようだが、店側も当然その辺は考えているだろうし、心配しなくていいのかも知れない。
まあ先も言ったように俺は幽霊。最悪は間違っていても何とかなるだろう。
何よりゲーム六本はでかい。
でかすぎる。
なんなら、配信には向かないけど個人的にはやってみたかったソフトなんかも買えてしまう。
幽霊の身であることを考えれば、こんなビッグチャンスが次はいつ来るか。
乗るしかない、このビッグウェーブに。
「仕方ない。とまるんがそこまで言うなら引き受けましょう! メイド喫茶のウェイトレス!」
「本当ですか!?」
恥をかくといっても一日我慢すればいいだけのことだ。
それでゲームが六本と考えれば十分耐えられる。
俺なんかの需要がどこまであるかわからないが、勤めてみせようじゃないか。
待ってろよメイド喫茶!
「あ、あの、本当によろしいのですか? ご迷惑じゃ……」
「大丈夫、とまるん」
「は、はい」
「頑張るね」
「あ、ありがとうございます?」
動揺するとまるんを尻目に、俺は一人気炎を上げたのだった。
◯
なんでも宣伝に少し時間をかけるということで、俺の出動は一週間後となった。
一応ホームページをチェックしてみると、『本物の幽霊!? あの配信者ミアちゃんがやってくる!』と大々的にキャッチコピーが載せられていた。
なんかちょっと恥ずかしいんだけど。
俺のほうも、ツミッターや配信でミア友に宣伝しておいた。
知人の親戚のお店を、あくまで一日だけ手伝うと説明したのだが。
『うおおおおお!』『絶っっっ対行く!!』『ミアちゃんがメイド服だと!?』『飯食ってる場合じゃねえ!』『地方住み俺氏、絶望する』『ミアちゃんに会えるのかと思うと震える』
予想以上の盛り上がりを見せ、少しだけ引いてしまった。
大丈夫かな。
ミア友が来てくれるのは嬉しいけど、俺ちゃんと対応できるかな。
とにかく妙な熱気を感じながら、あっという間に一週間が経過した。
そして当日。
俺は秋葉原でとまるんと真夜さんと合流していた。
何故真夜さんが?
「水臭いよ、ミアミア! ミアミアととまちゃんがメイドになるなら、私もメイド戦士として働くよ!」
なんでも、とまるんから話を聞きつけて、自らウェイトレスに立候補したらしい。
俺を誘った手前、とまるんもメイドとして店に入る予定であることは知っていたが、まさか真夜さんもだとは。
真夜さんがスマホの画面を見せてくれる。
そこには店のホームページが表示されていて、確かに、あの配信者の夢音とまれ、真宵真夜もやってくる! と煽りの文が追加されていた。
叔父さん商売人だな。
ミア友だけならともかく、この二人のファンも押し掛けるとなると、かなりの混雑が予想されるのではないだろうか。
俺はゴクリと喉を鳴らした。
ちなみに、道中ビデオ通話の必要性から、カメラ師匠にはついてきて貰っている。
しかし口だけさんは置いてきた。
そもそも、最近口だけさんは以前ほど俺に付き纏わなくなった。
一応帰ってはくるし、悪霊退治についてきたりはするのだが、明らかに距離が開いている。
思い当たることと言えば、配信による強化を制限したことか。
配信に映っても力が思うように増えないことを実感したのかも知れない。
……少しだけ嫌な予感がしなくもないが、だからといって対策を解除するわけにもいかない。
基本は好きにさせておく。
市子さんも留守番させておいた。
最初は渋っていたが、力を百ほど上げると了承した。
現金な人形である。
正直、バイト中はゴタつくだろうし、トラブルメーカーの二人に構っている余裕は無いと判断した。
働くだけだし戦闘要因も必要ない。
一応、強い悪霊が周囲にいないかだけ警戒しておけば大丈夫だろう。
そんなわけで、俺たち一行は全員で、メイド喫茶に移動した。
「やあやあ、いらっしゃい。静流、久しぶりだな!」
出迎えてくれたのは、やや小太りの三十代前後くらいの男の人だった。
とまるんの叔父さんだ。
「叔父さん、三日前に会ったばっかりだよ」
とまるんがクスクス笑う。
「ありゃ? まあ三日も会わなければ久しぶりでいいだろう。それで、こっちは真夜ちゃんだね?」
「はい、初めましてとまちゃんの叔父さん! 真宵真夜です! 今日はよろしくお願いします!」
「うん、こちらこそよろしくね。あんまりバイト代が出せなくて申し訳ないけど。で、ちなみにミアちゃんは今いるのかい? 姿が見えないけど」
叔父さんが周囲を探すように目を走らせる。
俺は今可視化していないので、当然見えないわけだが。
驚かせないように、一度わざとらしく発光してから姿を現す。
「うお!?」
それでも多少驚かせたようだ。
なんかすいません。
「初めまして、とまるんの叔父さん。幽霊のミアです」
「本当に透明だ……今まで間違いなくいなかったのに……」
こりゃ本物だ、と口元を押さえて呻く叔父さん。
「よく来てくれたね。今日は無理を言って申し訳ない。ささ、入ってくれ」
そうして、とまるんの叔父さん改め、店長さんに迎え入れられ店内へと足を踏み入れた。
煌びやかな内装に目を見張る。
そこはまさに別世界だった。
ピンクと白を基調として作られたファンシーな空間。
まるで本の世界を形にしたような幻想的な光景が、メイド喫茶に来てしまった、という俺の焦りを刺激する。
「こちらにどうぞ」
店長さんの案内に従って更に奥、控え室へと通される。
表向きの華やかな装いが鳴りをひそめ、少しだけホッとする。
ふと、控え室の片隅に、女性の幽霊の存在を認めた。
気配察知でいるのはわかっていたが、かなり弱々しい感じだったので放っておいたのだ。
実際、今にも消えそうなほど薄い気配しか纏っていない。
メイド服を着ている、歳の頃は二十歳前後くらいの、ボサボサの黒髪をした女性だった。
店の関係者だろうか。
ブツブツと何か呟いているが、意味のある言葉には聞こえない。
気配の醜悪さから、力を増せば悪霊になっていたかも知れないが、この弱り具合では……残念ながら後は消えゆくのみだろう。
「ミアさん、どうしましたか?」
とまるんが声をかけてきたので、何でもないと答えて意識を幽霊から逸らす。
もしかしたら、とまるんや店長さんの知り合いの可能性もあるが、相手は死者だ。それももう、ろくに意識も残っていない、消滅するだけの存在。
知り合いであれば、あえて会わせるほうが残酷かも知れない。
俺は、努めて見なかったことにした。
その後、店長さんから今日一日の段取りを聞く。
いくつか覚えないといけないルールはあったが、俺は一日店員なので、ある程度自由にやっていいとのこと。
あんまり型に嵌めすぎても、配信者らしさが無くなるので、ファンサービスとしてはよろしくないそうだ。
なるほど。
逆にいくつか要望も伝え、快諾いただいたことで準備は整ったといえる。
普段働いているメイドさん達とも挨拶させていただいたが、みんなとても良い人で、更に想像以上に可愛くてビックリした。
生前は勿論、前世時代もメイド喫茶に来たことは無かったからなあ。
女になってから体験することになるとは、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
こんな可愛いメイドさん達と色々なゲームができるかと思うと、ちょっと興味がわいてしまうというものだ。
まあ、今は俺がゲームを主導する側なんですけども。
他人がやる分には可愛いで済むけど、自分がやると考えると途端に恥ずかしい。
今更ながら、萌え萌えキュン! とかやるの?
つらすぎない?
ゲームソフトに目が眩んだとはいえ、あまりにも過酷な世界に身を投じてしまったのでは?
ミア友、萌え萌えにしてやるぜ! と開き直れたらどんなにいいだろう。
ええい、しかしこういうのは恥ずかしがるほうが恥ずかしいのだ!
ミア友来るなら来い!
萌え萌えにしてやるぜ!
キュン死にさせてやる!
そう意気込む俺の心は、しかし自分がメイド服を着る段になって、途端に意気消沈する羽目になった。
本物は着れないので、変身能力で服装をメイド服に変えるだけなのだが。
なんだこのヒラヒラの服は。
色々と頼りないにも程があるだろう。
防具としては使えないのではないか。
そんな意味のない思考がグルグル回る。
そもそも、スカート丈が短いのではないだろうか。
メイド服といえば足首まで隠れるくらいの野暮ったさが基本だと思うのだが、膝ギリギリくらいの長さである。
それにガーターベルトって……。
俺元男なのに……。
つらい……つらくない?
真夜さんととまるんが、可愛い可愛いと俺を褒めそやす中、ただ服の裾を握って羞恥に震えるしかできなかった。
可愛いのはお前らだろ!
いい加減にしろ!
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