27 ギスギスするぞ

 早まったかも知れない。

 そう思ったのは、何度目かの幽霊退治が終わった後だった。

 

 あれから、なんとか無害そうな霊を避け、人に害なす悪霊、その中でもなるべく簡単に勝てそうなやつとだけ接触していったのだが。

 

 口だけさんと市子さんの争いがすごい。

 

 霊を発見するや否や殴りかかる口だけさん。

 しかし、スピードとしては市子さんの念力のほうが早く、一体目の悪霊は瞬く間に絞られ消滅していった。

 

 当然口だけさんは面白くないだろう。

 なんなら俺がいなければ襲いかかっていたに違いない。


 そして二体目の悪霊に遭遇した時、突然口だけさんが市子さんを殴りつけたのだ。

 

 吹っ飛ぶ市子さん。

 その隙にとばかりに口だけさんは悪霊に接近、あっという間に平らげてしまう。


 呆れた力技だった。

 

 霊体の口だけさんが実体の市子さんを攻撃できるのかと思ったが、気配察知には市子さんの存在も引っかかっているので、分類上は霊なのかも知れない。

 それとも、肉体ではなく魂を殴っている感覚なんだろうか?

 でも人間相手にはそんなことできないだろう。できたら口だけさんのことだから大量虐殺していそうだし、よくわからない。


 幸い市子さんに怪我は無かったようだが、内心で怒りが渦巻いているのがわかった。

 一応口だけさんは叱っておいた。

 

 そして三体目。

 再度市子さんに殴り掛かる口だけさん。

 それを躱し、的確に悪霊を捻じ切る市子さん。

 軍配は市子さんに上がった。

 しかし、場の空気はこの上なく澱んでいる。

 

 そもそも、グロ画像による垢BANを恐れる俺としては、捩じ切るだの貪り食うだのをミア友にお見せできるわけもなく。

 二人が見敵即殺するせいで、悪霊を見るや否や、カメラ師匠を手で隠す羽目になっている。

 

 結果として、ミア友には面白いところを見せられない形になるわけで。

 当然不満の声があがり、企画自体に穴があったことを認めざるを得なくなる。


「二人とも、もう少し上品に戦えない……?」


 ダメ元で声をかけるが、聞いてくれる様子はまるでない。

 ただ、ピリピリとした緊張感が伝わるだけである。

 

 こいつら連れて来なきゃ良かった……。

 配信との相性が悪すぎる。

 このままでは企画倒れになり、ただ散歩配信をしただけということでミア友に怒られてしまう。

 

 俺は意を決して禁止カードを切ることにした。

 そう、それなりに強い悪霊との戦闘である。

 

 正直、能面野郎に想定外に手こずったことで、若干ビビっている自分がいるのも確かだ。

 強い相手は可能な限り避けたい。

 しかし、その心理が過剰に出てしまって、今日やり合ったのは雑魚ばかりだ。

 

 おかげで、口だけさんと市子さんの瞬殺祭りである。

 さすがに、難易度調整をミスっている。

 

「ここまでちょっと弱い相手ばっかりだったから、少し強そうなやつのところに行くぞ」


 ミア友から心配の声が上がるが、大丈夫だと笑ってみせる。

 実際、難易度を上げるといってもそこまで劇的に変えるわけじゃない。

 

 あくまで今までに比べればというだけで、現在の俺たちなら余裕で勝てるはずである。

 

 そんなわけで、俺たちはとある廃病院へとやってきていた。

 病院といっても、二階建てのこじんまりとした建物だ。

 個人医院だろう。

 今では閉院しており、玄関にはこれ見よがしに板が打ちつけてある。

 

 窓がほとんど割れているので、そちらから入り放題ではあるのだが。

 少しだけ自分の家の惨状を思い出して悲しくなる。


 取り敢えず壁抜けをして中に侵入する。

 光源がなく真っ暗だったので、変身能力を発動して少しだけ発光しておいた。

 

『ミアちゃん光ってる』『ピカー』『草』『便利だな』『どうだ明るくなったろう』


「暗かったから明るくしてみた、眩しかったらごめんね。後、今更だけどアーカイブのことも考えて可視化もしておこうと思う」


 建物の中なら見咎められる可能性も低い。

 さすがに延々市子さんしか映らず移動するだけの動画は申し訳ないので、申し訳程度だが俺も参加して、少しでも記録に残しておこう。

 

 さて、院内の様子はまさに廃墟といった風情だ。

 掃除する前の俺の家と同レベル、いや、壁にスプレーで落書きなどがされている分、こちらのほうが酷いかも知れない。


 もし、この中にいる霊が良性で、穏やかに挨拶の一つでも出来るなら謝罪して帰るつもりだったのだが。

 

「おぼええええええぇぁ!? あぐらぼろらあぁぁあ!! どぼずれだごあなあぁああ!?」


 白衣を着た人物が、診察室らしい場所で激しく上半身を振り回していた。

 その頬はこけ、容貌はまるで某名画のムンクのようだ。

 

『草』『怖い怖い』『激しすぎるw』『ちょっと落ち着け』『これ実際に近くにいたら怖いだろうな』『踊ってみた動画作れそう』


 ミア友もビックリしているみたいだ。

 

「なぜなぜなぜなぜだあぁあぁ!? タエコおおぉお!! タエコタエコタエコおおぉ!? ころころころ、ころすすすすす!? タエコって誰だっけえええ!? マサオオオオオ!!?」


 なんだかボケ老人のようなことを言っているが、撒き散らす怨念はまさしく悪霊のものだ。

 

 とりあえず退治しよう。

 俺は両手に力を込め、ガントレットを顕現させる。

 

 すると、当然黙って見ていられない二人が先に動いた。

 

 市子さんが不可視の力を放つ。

 同時に口だけさんが白衣男目掛けて走り出す。

 

「なんだああああ!? お前らぷぎょ!?」

 

 市子さんの念動力によって、身体を捻られる白衣男。

 しかし、パワーが足りないのか、拘束するだけで致命傷は与えられない模様。

 

 そこに口だけさんが走り込んだ。

 既にお決まりになった巨大な口を左右に顕現し、三方向から食らいつく。


「ぬおおおおん!? ぬおおおおん!?」


 しかし、相手もさるものか。

 捻れた身体で、まるでウナギが手から抜け出るようにぬるりと、口だけさんの噛みつきから上部へと逃れた。

 

 チャンスだ。

 

 下手をすれば今回も見ているだけで終わってしまうかと危惧していたが、白衣男が天井付近まで飛び上がったことで、射線が通るようになった。

 

 メキメキと音を立ててガントレットが変形していく。

 今回、大量に増えたポイント全部を索敵に使ったわけではない。

 むしろその大部分は、現在持っている能力の強化に費やしている。

 

 その成果の一つが、シャープに尖ったガントレットだ。

 白銀の輝きはそのままに、造形だけ見れば悪魔の腕と言われても違和感ないかも知れない。

 

 ペネトレイトと名付けたそれは、ただ貫通力のみを追求した、攻撃的な形態だ。

 特性としては、俺の中にあるポイントを弾として、本来の攻撃力に上乗せして放つこと。

 

 使い捨てになるので勿体なくないか、という意見もあるかも知れないが、上乗せはあくまで俺の任意であり、余程の強敵相手ではないと大量に使うつもりはなかった。

 

 とはいえ少量でも力は力。使いすぎないようにしなければいけないが。

 ある意味、格上との戦闘を想定した、切り札の一つになるだろう。

 取り敢えず今回は試射ということで、力を十ポイントほど込めてみる。 

 

「穿て」


 そして、右腕を振り抜くと同時に、力の奔流が走った。

 

「おぽょ……!?」


 それは、数メートル先にいる白衣男の体を打ち抜き、

 

『つえええ』『ミアちゃんまじか』『ょぅじょ強い』『強くなりすぎじゃない?』『ヤバすぎわろた』


 その首から上を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

 ……おおう。

 自分でも予想外の威力だ。

 

 どうやら無事倒せたようで、残った白衣男の体も空気中に溶けるように消えていく。

 同時に体内に白衣男のものらしい力が流れ込んできた。


 うえええ、やっぱり気持ち悪い。

 特にあの男の力だと思うとかなり嫌だ。

 

 まあ仕方ない。慣れるしかないなと割り切る。

 やっぱりあった汚い部分を千切っては捨て、千切っては捨て。

 最終的に吸収できた力は能面野郎と同じくらいだろうか。

 

 今となってはそこまで多くないが、ちりも積もれば山となる。

 コツコツと集めていくのも大事だろう。

 

 簡単に勝てたことに安堵しつつ、俺はミア友に勝利報告をしようとして。

 

 口だけさんと市子さんがこちらを見ていることに気付いた。

 

「う、な、なんだよ」


 その視線に非難的なものを感じ、思わずたじろいでしまう。

 まるで俺が獲物を横取りしたかのような態度だ。

 

 いや、確かに美味しいところを持って行った感は否めないけど、そもそもが早い者勝ちの状況だったはずだろう?

 これまでの悪霊は二人に譲ってきたわけだし、たまには俺が倒したっていいじゃないか!

 

 という主張をしたかったが、真顔でこちらを見続ける二人が怖くなって、そっと視線を逸らした。

 

 ミア友のみんなは、俺が悪くないって分かってくれるよね?


 助けを求めて目を彷徨わせる。


 ふと視界に引っかかるものがあり、モニターくんを見た。

 そこには、知り合いからの連絡を示す通知が届いている。

 どうやら、戦闘に夢中で気づかなかったらしい。


 誰だろう、真夜さんかな?

 今は配信中なので、軽く確認だけするつもりで通知を開く。

 すると、真っ先に目に飛び込んできたのは、『ミアさん、メイド喫茶に興味はありませんか?』という一文だった。


 こうして、散歩配信企画はかろうじて成功か? という形で幕を閉じた。


 ◯

 

 

【テレビ】幽霊配信者ミアちゃん応援スレpart9 【五万人】

 

 474 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃん強すぎぃ!


 475 視聴者の名無しさん ID:

 医者の霊吹っ飛んだw


 476 視聴者の名無しさん ID:

 短期間で強くなりすぎだろ

 完全にインフレ漫画


 477 視聴者の名無しさん ID:

 最終的には地球割りそう


 478 視聴者の名無しさん ID:

 俺も穿てって言ったら手から光線出せるようになりたい


 476 視聴者の名無しさん ID:

 カッコ良すぎてわろた

 厨二病入っててすこ


 477 視聴者の名無しさん ID:

 小学生やぞ


 478 視聴者の名無しさん ID:

 小二病入っててすこ


 479 視聴者の名無しさん ID:

 >>478

 言い直すなw


 480 視聴者の名無しさん ID:

 グロ映像に気を使うといいながら、医者の首を吹っ飛ばす幼女がいるらしい


 481 視聴者の名無しさん ID:

 綺麗な消え方したから……


 482 視聴者の名無しさん ID:

 アーカイブに残らないから……


 483 視聴者の名無しさん ID:

 実際、記録には幽霊の姿は残らないわけだし、運営の判断的にはどうなん?


 484 視聴者の名無しさん ID:

 アーカイブだけ見ると小学生が夜に廃病院に侵入して穿てって言ってるだけだからな


 485 視聴者の名無しさん ID:

 >>484

 補導対象でわろた


 486 視聴者の名無しさん ID:

 >>484

 薄く光って半透明で無ければただの拗らせたガキやなw


 487 視聴者の名無しさん ID:

 おい、おい

 ミアちゃんツミッターで呟いてる


 488 視聴者の名無しさん ID:

 メイド……だと……


 489 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃん!?


 490 視聴者の名無しさん ID:

 朗報

 一週間後、ミアちゃん一日だけメイド喫茶のお手伝いをする


 491 視聴者の名無しさん ID:

 え?

 どういうこと?

 ミアちゃんがメイドになるの?


 492 視聴者の名無しさん ID:

 は?

 まじで?

 は?


 493 視聴者の名無しさん ID:

 メイド服を着るんですか!?


 494 視聴者の名無しさん ID:

 萌え萌えキュンしてくれるの?

 行くわ


 495 視聴者の名無しさん ID:

 メイドになるのはいいんだけど一日だけとか大丈夫か?

 その店って座席いくつあるんだ?


 496 視聴者の名無しさん ID:

 50〜60くらいか?

 相席無しだともっと少なそうだが


 497 視聴者の名無しさん ID:

 少なすぎてわろた

 戦争やん


 498 視聴者の名無しさん ID:

 お前ら容赦せんぞ


 499 視聴者の名無しさん ID:

 ミア友戦争始まってて草


 500 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃんと写真を撮る権利は絶対に譲らん


 501 視聴者の名無しさん ID:

 仕事で行けねえよ……


 502 視聴者の名無しさん ID:

 >>501

 ライバル一人減ったな


 503 視聴者の名無しさん ID:

 >>501

 お前の分までミアちゃんとイチャイチャしてくるわ


 504 視聴者の名無しさん ID:

 ど畜生で草


 505 視聴者の名無しさん ID:

 ミア友はミアちゃんの友ではあるけどミア友の友じゃないからね

 仕方ないね


 506 視聴者の名無しさん ID:

 救いはないんですか!?


 507 視聴者の名無しさん ID:

 メイド喫茶とか一生行くことないと思ってたわ

 特攻する


 508 視聴者の名無しさん ID:

 メイド喫茶に行く服がない


 509 視聴者の名無しさん ID:

 お前らは指咥えて見てろ

 俺は全裸でも行く


 510 視聴者の名無しさん ID:

 >>509

 せめてネクタイはしていけよ


 511 視聴者の名無しさん ID:

 >>510

 変質者やんけww


 512 視聴者の名無しさん ID:

 当日が楽しみすぎる

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