26 気配察知するぞ

 朝、気付けば登録者数が五万を超えていた。

 

 どゆこと?

 

 展開が早いってレベルじゃねえぞ。

 昨晩一万人記念配信したばっかりなのに、もう五万なんて、何をどうしたらそんなことになるんだ?


 突然の事態に脳がついていかず、首を捻った。

 

 とはいえ、ここまで急に増えるには何かしらの訳があるはず。

 困った時の検索機能。

 俺は自分の名前でエゴサーチすることにした。

 

 結果、わかったことは、深夜のローカル番組で俺のことが取り上げられたということだ。

 一応素性は伏せられたようだが、幽霊で配信者をしているという情報が出たため、必然俺に注目が集まったらしい。


 なるほどと思う。

 そりゃ深夜帯のローカル番組とはいえ、テレビに取り上げられたとなれば注目度も上がるだろう。

 

 問題のテレビ局は、幽霊とはいえ小学生を許可なく電波に乗せたということでプチ炎上中のようだ。

 さすがに、心霊写真をただ載せるくらいならともかく、特定個人を、それも小学生を晒すようなことは許されなかったわけである。


 しかし、皮肉というか何というか、その炎上がさらに番組を観てない人間の関心を集めている。

 

 まさに登録者のスパイラル。

 

 なんと言えばいいのか。

 勝手に放送されたことについては釈然としない気持ちもある。

 しかし、一応名前や顔は伏せられている以上、わざわざ自分から出て行ってコメントするのも違う気がする。


 色々考えた結果、今回の事件について、俺はひとまず静観することに決めた。


 とはいえ、それはそれ、これはこれ。

 登録者は劇的に増えているわけで。

 

 それを考えればプラスしかないのか?

 

 力が溢れる! みたいな小芝居をしたくなってしまうほど、力は貯まりに貯まっている。

 ポイント換算すれば、四万は増えたのではないだろうか。

 登録者が一万五千から三万に増えた時の分を合わせれば合計六万ポイントは超えている。

 

 ハッキリと頭がおかしい数字だ。

 能面野郎と戦った時の実力の総額が一万ポイントだとすると、今の総額は九万ポイント。

 およそ九倍である。

 成金かよ。

 

 これ全部使い切れば、口だけさんだって倒せるんじゃないだろうか。

 

 チラリと口だけさんを見る。

 相変わらず何を考えているのかわからない立ち姿だ。

 

 いや、まあやらないけどね。

 口だけさんは色々隠し球を持ってそうで怖いし。

 必要なければ争う意思はない。


 口だけさんと言えば、昨夜は大変だった。

 実は、配信後に浮遊霊が一体迷い込んできたのだが。

 

 案の定、走って攻撃を仕掛ける口だけさん。

 しかし、その拳が霊に届く前に市子さんが動いた。

 

 謎のエネルギーを放ったかと思うと、浮遊霊の体が雑巾でも絞るように捻れる。

 一瞬のことだった。

 ちょっと配信にはのせられない音を立て、浮遊霊はあっという間に身体を捻じ切られ、消滅していった。


 やはりサイコキネシスに近い能力だと思う。

 しかも俺よりかなり攻撃的な進化をしている。

 最早別モノと考えていいだろう。

 

 満足そうに笑う市子さん。

 浮遊霊の力を吸収して、ご満悦そうに震えている。


 納まらないのは獲物を取られた口だけさんだ。

 

 返せとばかりに市子さんに襲いかかる。

 俺の影に隠れる市子さん。

 構わず攻撃を仕掛けてくる口だけさん。

 

 間に挟まれた俺は、不本意ながら口だけさんを拳で説得する羽目になり、ほとほと疲れてしまった。

 

 まあお互い素手のみで、能力は使わなかったので、じゃれ合いのようなものだと思いたい。


 とにかく、この二人は仲が悪そうなので、今後注意しなければいけないだろう。

 

 まあそれは終わったことなので今はいい。

 問題なのは得たポイントをどうするのかということだ。

 

 何かあった時のことを思えば早急に強化に回しておきたい。

 しかし、対応力という面を考えるのであれば、幾らか残しておくべきではないだろうか。

 

 市子さんのほうを見る。

 こいつを強化するというのも一つの案だろう。

 せっかく仲間になったのだ。若干の愛着も感じている。

 弱いままで放置して、すぐにやられてしまうのも悲しい。

 

 結論として、俺は市子さんに二千ポイント分だけ力を譲渡することにした。


 ケチというなかれ。

 無いと思いたいが、力を得た途端、市子さんが反逆してくる可能性も考えると、あまり過剰には渡せなかったのだ。

 

 そして、カメラ師匠に一万。

 こちらは日頃のお礼もあるし、ミア友の保護を万全にしたいという思いもある。

 

 口だけさんが物言いたげだったが、お前に力を渡す勇気は俺にはない。

 そもそもからして理由もないしね。

 敵に塩を送る趣味は俺にはないのだ。

 

 そして、残りを全て自分の強化に使う。

 こうしている間にも、登録者数は少しずつ増え続けている。

 今全て使ってしまったとしても、すぐにある程度は貯まるはずだ。

 

 俺は意を決すると、自身の体に馴染ませるように、力を一気に消費していった。

 

 

 ◯

 

 

「さて、ミア友のみんなこんばんわー! 今日は市子さんのお披露目がてら、お散歩企画をやっていくよ!」


『こんばんみゃー!』『お外?』『ミアちゃーん!』『今日は外か』『お散歩いいね』『市子さん楽しみ』


 そう、今日の企画は題して、駅から駅までお散歩だ。

 内容としては文字通り、某駅から隣駅まで、幽霊を探して歩く見学ツアーである。

 

 そもそもそんなに都合よく幽霊に会えるのか? とか、強すぎる幽霊に遭遇する可能性があるのでは? という疑問が出るかも知れない。

 

 ふふふ、安心してくれ。ちゃんと対策はしている。

 

 最初は、別に幽霊に出会わないなら出会わないで、たまにはのんびりした企画も良いんじゃないかと思った。

 しかし、危険な悪霊に遭遇してしまう可能性がネックだった。

 

 そこで俺は閃いた。

 せっかく大量の力を得たのだから、これを使って危険な存在を避ける能力を得ることはできないだろうかと。

 強くなることばかり考えていたが、逆転の発想だ。

 相手がどんなにヤバくても遭わなければ関係ない。

 

 もちろん、不意の事態というものを考えて、戦闘力のほうも強化している。

 ただ、結果として今回作った新能力にはかなり満足していた。


 名付けて気配察知。

 

 元々、幽霊には幽霊を感じる力がある。

 ただ、他の霊がどうかは知らないが、少なくとも俺にとってその範囲はとても狭く、浅いものだった。

 それでは困るということで、今回、感知能力を大幅に高め、能力と言えるほどに昇華した。

 

 俺の頭の中には、自分を中心とした広範囲に及ぶ幽霊の分布図が浮かんでいる。

 あまり詳細な情報だと色々問題が起こりそうだったため、相手の強さが大雑把にわかる程度だが、それでも非常に重宝しそうだ。

 

 今回の企画も、ある意味安全が保証された出来レースのようなものなのである。

 

 俺はそうミア友に説明した。

 

 本当は隠して盛り上げるのも有りかと思ったけど、本気で心配してくれるミア友がいたら申し訳ないからね。

 騙すようなこともしたくないし、素直に話すのが一番だと思う。

 

『マジか』『すげえ』『もう怖いやつに遭わないで済むのか』『この辺に幽霊ってどれくらいいるの?』『なんで詳細にわかるようにしなかったん?』


「ええとね、この能力を作ってビックリしたんだけど、幽霊自体は予想以上にいるね。ただ大半がそんなに強くない弱い霊みたい。詳細な情報がわかるようにしなかった一番の理由は、相手にもこっちの情報が伝わる可能性があるからだね」


 そう、最初はゲームの解析能力さながらに、遠くにいても敵のスペックが解る能力にしたかったのだ。

 しかし、ふと嫌な予感がした。

 

 実は俺は、自分のことを強く認識している人間一人一人と縁ができている感覚がある。

 力を得ているということは、そこに繋がりがあるということなのだ。

 

 ……正直、今なら辿ろうと思えばミア友一人一人を特定することも可能だろう。

 

 深淵を覗くものは深淵に覗かれているという言葉がある。

 幽霊を認識するものは、幽霊からも認識されているのかも知れない。

 

 もちろん、それが出来るのはある程度以上強力な霊に限られるだろう。

 しかし、むしろ強力な霊にこそ認識される事態を避けたいので、俺は敢えてボンヤリとした、相手の意識がこちらに向くことのない程度の情報しか入手しないことにしたのだ。

 

『ほえー』『色々考えてる』『俺たちミアちゃんに特定されてるの?』『怖っ』『ミアちゃんになら特定されてもいいわ』『僕の家にきてください』

 

「い、いや、やろうと思えばできるってだけで、必要がないとやらないよ。みんなのプライバシーは尊重したいし」


『割と衝撃の事実』『幽霊って怖いんだな』『プライバシーに配慮する幽霊』『ミアちゃんすこ』『ミアちゃんは大丈夫なの? 今まで影女とかヘルメット男に遭ってるけど』


 鋭いミア友がいるなと思った。

 確かに、俺は今まで二体ほど強力な霊に遭っている。

 認識の法則を考えた時、俺の頭にも真っ先にそれが浮かんだ。

 

 とはいえヘルメット男のほうは、たまたますれ違っただけで、俺のほうには興味の欠片もなかったようだ。

 こちらから積極的に意識を向けない限り、今後も何も起こらないだろう。

 

 しかし、影の少女については実は違う。

 このことに気付いた時は愕然としたのだが、あの女との間には薄らと縁が繋がっているのだ。

 

 そこに意識を向けた瞬間、あの不気味な笑い声が聞こえた気がした。

 

 ずっとこの状態だったのか? 身体への影響は? 相手の目的はなんだ? 俺に興味を持っているのか?

 

 答えの出ない思考がグルグル回る。

 

 とはいえ、そんなことをミア友に話しても心配させるだけだ。

 幸い、縁は他者に感染するようなものじゃない。

 配信を通した霊への認識も、カメラ師匠が上手くやってくれるはずである。

 ミア友に悪影響はないだろう。

 俺は誤魔化すことにした。

 

「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。でもまあそんなわけで、幽霊の詳細まではわからないんだ。あくまで大雑把に強弱がわかる程度かな」


『わかるだけ大きい』『なるほど』『強いのを避けられるのは便利だ』『お散歩楽しみになってきた』『強化も効率よくできそう』


「マップに敵の位置が表示されてるようなもんだからね。一応、ある程度近付けば大まかに良いものか悪いものかわかるから、それで倒すかどうか判断しようと思う」


 さすがに強化のためとはいえ、悪霊以外を倒すのは可哀想だからね。

 そこは一線引いておきたい。

 

 口だけさんも市子さんも、その辺を考慮しないだろうから、俺が上手く誘導しないといけないのが悩ましい。

 

「じゃあ前置きが長くなったけど、駅から駅へのお散歩企画始めるよー!」


『おー!』『わくわく』『危険がないとわかると安心して観れるな』『市子さんがんばれ!』『ミアちゃーん!』


 そんなわけで、駅はそれなりに人通りが少なそうで、幽霊が多そうな場所を選んだ。

 気配察知にもある程度の数が引っかかっているし、ミア友を退屈させないで済むといいんだけど。


 ちなみに、俺たち一行の中で市子さんだけが実体であるため、人が通った際は、道路の端で落ちている人形の振りをしてもらった。

 非常に不気味がられていたが、懸念していた持ち帰られたり攻撃されたりといったことは無かった。

 

 市子さんごめんね?

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