25 一万人記念配信をするぞ(後)

 慎重に、蛇口から水滴を出すような力加減で、市子さんに力を流す。

 それに比例するように、おカッパだった市子さんの髪がグングン伸びて、ロングというのも烏滸がましい量になっていく。

 

『ひえっ』『市子さんwww』『怖すぎわろた』『これは悪霊ですね……』『草』『なんかよくわからんけど成長してるのはわかる』『大丈夫なのかこれww』


 市子さんから歓喜の感情が伝わってくる。

 どうやら喜んでくれているようだ。

 問題はこの後だが……。


 ある程度力を流したところで、一旦供給を停止する。

 市子さんから不満の感情が伝わるが、ちょっと様子見タイムだ。

 

 流した量としては、ポイントにして二百いくかどうかという微々たるものだが、どうだろうか。

 試しに話しかけてみる。


「市子さんどう? 何かできそう?」


 ここで襲いかかってくるようなら残念だが討伐しなければならない。

 

 数秒の停滞の後、市子さんの体がフワリと浮いた。

 

『浮いたww』『マジかよ……』『やべえ』『怖い怖い怖い』『本当に生きてるの?』『うちの市松人形にも魂があるかと思うと震える』


 注意深く様子を窺う。

 浮いたということは、俺の持つポルターガイスト系の能力を発現したのだろうか。

 だとするなら、突然不可視の攻撃がくることも考えられる。

 

 あるいはただの浮遊能力?

 その場合はまた別種の能力を備えている可能性を警戒すべきか。

 

 果たして、市子さんの髪がザワザワと動いたかと思うと、床の上に文字を作った。

 

『もっとくれ』


『草』『催促で草』『図々しいぞww』『美味しかったのかなw』『器用で草』『ちょっとかわいく見えてきた』


 ええと、これはどう解釈すればいいのか。

 何とも判断に困る。

 

「あげてもいいけど、今後私の言うこと聞ける?」

『聞ける』

「じゃあもうちょっとあげようかな」


 追加で三百ほどあげてみる。

 力を注ぐにつれ、市子さんの肌艶が増し、薄汚れていた姿が新品のように輝いて見えてきた。


「オ"」


 市子さんが喋った!?

 

「オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"!!」


 歓喜の雄叫び? を上げ、ガタガタ震える市子さん。

 

 怖い怖い怖い。

 大丈夫かこいつ。

 急に爆発したりしないよな?

 

『怖すぎわろた』『どんな反応なのこれw』『ヤバすぎわろち』『ミアちゃんは何を生み出したんだ?』『もう退治しよう(提案』


 市子さんはひとしきり吠えていたが、ふと俺の後方に視線をやると、急に大人しくなった。

 かと思うと、隠れるように俺の影へと移動する。

 

「ん? どうした市子さん? あ」


 そこで初めて、口だけさんがすぐ側まで来ていたことに気付いた。

 その意識は完全に市子さんへと向いているようで。

 

 市子さんが別の意味でガタガタ震え始める。

 どうやら口だけさんが怖いようだ。

 そりゃ怖いよな、こんな化け物。

 

 ジッと市子さんを見つめて立ち尽くす姿は、さながら草むらから獲物を狙うハンターのようだ。

 なんなら舌舐めずりしそうな雰囲気すらある。

 

 現在の市子さんは、霊になった初期の俺よりも力は上のはずだが、それでもあれからずっと成長してきた口だけさんには敵わない。

 

 仕方なく、俺は二人の間に割って入ることにした。

 

「口だけさん、ダメだぞ。市子さんは仲間なんだから」


 新人を虐めるなんてとんでもない話だ。

 少なくとも市子さんには与えた力の分は活躍してもらいたい。

 口だけさんの栄養にさせるために育てたわけじゃないのだ。

 

 しばらくはこちらの様子を窺っていたが、俺が譲る気がないことを悟ると、口だけさんは定位置へと戻っていった。

 

 心なしが市子さんの視線が熱い。

 力をくれるわ、怖い怪物から守ってくれるわで、俺の株がストップ高なのかも知れない。

 

 市子さんの髪が動き、文字を作っていく。

 

『ありがとうお母さん』


 どうやら俺は一児の母になってしまったらしい。

 

『草』『子供ヅラしてて草』『ガタッ』『ママは小学生だと!?』『認知してあげて』『誰がお母さんじゃいww』『俺の子かな?』


 ミア友も大盛り上がりだ。

 

「せめてお姉ちゃんにして……」


 俺は頬を引き攣らせながら、そう言うのが精一杯だった。

 取り敢えず敵意を持たれなかったのは良いことだけどね。




 ◯




「というわけで、市子さんも無事に仲間になったことだし、特別企画は終了します! みんなありがとう!」


『888888』『面白かったわ』『いい企画だった』『市子さんの今後に期待』『予想以上に良い結果だった』『お母さんはわろた』


「お母さんじゃなくてお姉ちゃんだから」


 譲れない点なので訂正しておく。

 とにかく、企画は好評だったようで、俺も嬉しい。

 

「さて、じゃあ最後はみんなとゲーム対戦をしたいと思う。なんと、真夜さんととまるんのおかげで、スミッチをやる環境が整ったからです! 二人ともありがとう!」


『ありがとー!』『やったー!』『うちのミアちゃんがお世話になってます』『ついにきたか』『ミアちゃんが嬉しそうで俺も嬉しい』『ミア虐助かる(素振り』


 そう、今からは待望のミア友とのゲーム対戦である。

 みんなにとってはどうか知らないが、俺にとってはむしろここからが本番と言っていい。


 購入したソフトは事前に予告した通り、ポコモンと大激闘スラッシュブラザーズ。

 

 とはいえ、ポコモンのほうはまだストーリーを攻略している段階であり、育成までは進んでいない。

 必然、今日やるのは大激闘スラッシュブラザーズということになる。

 

 既に、真夜さん、とまるん監修の元、配信環境は万全に整っている。

 何から何までお世話になって、あの二人には本当に頭が上がらない。

 今度改めてお礼をしなければ。

 

 さて、そんなわけで準備はできた。

 待たせたなミア友!

 ボコボコにしてやるぜ!

 

 俺は鼻息荒く意気込んだ。


「じゃあ早速部屋作るから、ちょっと待ってね」


『わくわく』『待機中』『ミアちゃんはどのキャラ使うんだろう?』『ひゃっはー! スラブラだー!』『楽しみだ』


 大激闘スラッシュブラザーズは、複数人でワチャワチャ対戦できる格闘ゲームだ。

 攻撃を被弾するごとに吹っ飛び率が上がる仕様で、先に相手を画面外に吹っ飛ばしたり、ステージ外に落とせば勝ちになる。

 

 一応、全キャラではないが、事前に多くのキャラは解放してある。

 特に俺が好んで使うのはピンクの悪魔だ。

 可愛いし使いやすいし最高だと思う。

 

「よし、部屋できたよー! パスワードは下に表示してっと」


 配信画面下部に、383838と書いて貼り出す。


『パスワード適当で草』『乗り込めー!』『ミアミアミアかw』『これだとミヤちゃんじゃんww』『いくぞー!』『うおおおお!』


 続々と対戦希望者が入室してくる。

 腕が鳴るぜ。


「ルールとしては、アイテム有り、ステージはランダム、残機二で一対一ね。対戦終わったら抜けて次の人に譲ってあげて。連コはダメだよ。ただ順番待ちの人がいなければ同じ人が二回入ってもいいからその時は言うね』


『はーい』『了解』『ミアちゃんピンクの悪魔か』『対戦よろしくお願いします』『盛り上がってきた』


 それから、俺たちはスラブラ対戦をして楽しんだ。

 内容としてはほぼ勝てなかったけど、楽しい時間を過ごせたので良かったと思う。

 

 というかミア友強すぎぃ!?

 なんでそんな的確にコンボを決めてくるのか理解できない。

 日頃の鍛錬の賜物だろうか。

 俺も精進しないと。

 

 何はともあれ楽しい一時だった。

 ゲーム対戦枠は、これからも定期的に取っていきたい。

 

「じゃあ、そんなわけで来てくれたみんな、ありがとうでした! ばいみゃー!」


『ばいみゃー!』『楽しかった』『ばいみゃあああ』『おつー』『応援してるで』『いつもありがとう』



 ◯




【不細工な顔】幽霊配信者ミアちゃん応援スレpart8【近付けんなよ】

 

 851 視聴者の名無しさん ID:

 市子さんわろた

 ずるいわあんなの


 852 視聴者の名無しさん ID:

 >>851

 最初怖かったけど後半可愛く見えてきたw

 

 853 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃんの娘ってことは俺の娘みたいなもんだしな


 854 視聴者の名無しさん ID:

 >>853

 俺のやぞ


 855 視聴者の名無しさん ID:

 ミア友で市子さんを取り合ってると思うと笑う


 856 視聴者の名無しさん ID:

 市子……罪な女だな


 857 視聴者の名無しさん ID:

 女でいいのか?w


 858 視聴者の名無しさん ID:

 しかしもう三万人か

 一気に伸びたなあ


 859 視聴者の名無しさん ID:

 一万人やぞ


 860 視聴者の名無しさん ID:

 一万人(三万人)

 

 861 視聴者の名無しさん ID:

 スラブラも楽しかったな


 862 視聴者の名無しさん ID:

 スラブラ良かった


 863 視聴者の名無しさん ID:

 くそっ

 入室競争に負けた

 ミアちゃんと対戦したかったのに……


 864 視聴者の名無しさん ID:

 >>863

 またやるって言ってたからまだチャンスあるよ


 865 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃん「ピンクの悪魔は浮けるから落ちないんだよ!」

 からの即落ちは笑った


 866 視聴者の名無しさん ID:

 今度三連勝するまで終われない配信したいって言ってたけどさ

 今日ほぼ全敗じゃね?ww


 867 視聴者の名無しさん ID:

 ゲームに関しては妙に自信持ってるから……


 868 視聴者の名無しさん ID:

 お前ら手加減してやれよw

 相手JSやぞw


 869 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃんは手加減したら怒るタイプじゃね?


 870 視聴者の名無しさん ID:

 舐めプしてたのはいたけどなw


 871 視聴者の名無しさん ID:

 挑発連打ゴリラはクソ笑ったわ


 872 視聴者の名無しさん ID:

 おい、おい

 テレビ見ろ


 873 視聴者の名無しさん ID:

 マジか


 874 視聴者の名無しさん ID:

 どした?


 875 視聴者の名無しさん ID:

 これミアちゃんのことだよな?


 876 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃんテレビ出てるw


 877 視聴者の名無しさん ID:

 まじだ

 幽霊は実在したのかっておまっ


 878 視聴者の名無しさん ID:

 ん?

 どこだ?

 ないぞそんなの


 879 視聴者の名無しさん ID:

 みんなどこのこと言ってる?


 880 視聴者の名無しさん ID:

 ローカルだから見れないやついるかもな

 しかし深夜とはいえこれ許可取ってんのか?


 881 視聴者の名無しさん ID:

 今日の配信で何も言ってなかったからミアちゃん知らないだろ


 882 視聴者の名無しさん ID:

 一応顔も名前も伏せてるが、幽霊、配信とかで検索すればすぐにミアちゃん出るしな

 公開してるようなもん


 883 視聴者の名無しさん ID:

 宣伝としてはいいのか……?


 884 視聴者の名無しさん ID:

 観たいのに観れん(´;ω;`)


 885 視聴者の名無しさん ID:

 誰か録画してうpしてくれ


 886 視聴者の名無しさん ID:

 取り敢えず抗議文送ったわ

 許可取ってないなら許されんだろ


 887 視聴者の名無しさん ID:

 どうなるんやこれ

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る