21 ぷち心霊スポット巡りするぞ(後)

 目的地はまだ先である。

 だから、これは俺の意図した遭遇ではなかった。

 

 おーい、おーいと声を上げながら駆けてくるモノ。

 遠目に見ても、明らかに異形とわかる容貌をしている。

 

 まず胴体がない。

 一メートルはあろうかという髪のない巨大な頭部が、口端を吊り上げ笑っている。

 

 足はある。

 しかし顔から直接生えたそれは、まるで幼児のように短く太い。

 反面、こちらも顔から直接生えている腕は、筋肉質でとても長かった。

 

 その腕をブンブン振り回し、おーいおーいとこちらに向けて駆けてくる。

 

 俺たちを認識しているのは確実だった。

 問題はアレが良いものか悪いものかだが。

 

 どう見ても善良な存在ではないだろう。

 いや、見た目で決めつけるのは良くないかも知れないが、そうとしか思えない。

 

『なんだあれ』『キモい』『ひええ』『夜中にあんなのに出くわしたらちびる』『こっち来んな』


 ミア友からも大不評だ。

 

「えっと、予定になかった展開だから、どうしたらいいかちょっと迷ってるんだけど……」


 どうしよう? と悩んでいる間に、口だけさんが動いた。

 謎の顔男に向けて全力で駆け出していく。

 

 普段は困ったちゃんだが、こういう時は実に頼もしい。


 数秒程度で二体の化け物は接触した。

 相変わらず、問答無用とばかりにパンチを繰り出す口だけさん。

 その拳が顔男の顔面を捉えた。

 

 顔男がのけ反る。

 しかし、さすがに一撃では終わらなかった。

 接近した際、敵の長い腕が口だけさんの身体を掴んだのだ。

 

 捕まったか、と思ったのも束の間。


 接触した部分がグニャリと歪む。

 そこから現れたのは口だ。

 まるで口だけさんを小さくしたような牙持つ口が出現したかと思うと、そのまま顔男の腕を食いちぎった。

 

 きぃあぁあぁあああ!!?

 

 金切り声を上げる顔男。

 

 えええ。

 なにそれ、新技?

 

 もし身体のあらゆる部分を今のように変化させることができるなら、これからは迂闊に殴ることもできなくなる。

 なんて厄介な進化をしているんだ。

 

 ふと嫌な可能性が頭を過ぎる。

 口だけさんの進化が早すぎないだろうか、と。


 俺は漠然と登録者を増やすことで力を得ようと考えていたが、そもそもその元となったのは、人々に認識されることで存在強度が高まるという推測だったはずだ。

 だとしたら、口だけさんも俺と同じように、知名度が上がることで強化されていると考えられないだろうか?

 

 もしそうだとしたら、こいつが俺についてくる理由になるのではないだろうか。


 ひょっとして、最初に何らかの理由で、配信と強化の関係に気付いた?

 だから俺につきまとって、日々進化を続けてるのか?

 

 実際のところはわからない。

 しかしそう大きく的は外していない気がした。


 というか、その考えが正しいなら、配信で映す霊全てが強化の対象になりかねないわけだけど……。

 嫌な想像に冷や汗が流れる気持ちになる。

 

 俺今日何体霊を映したっけ……?


 ま、まあちょっとの間だけだし、劇的な変化はしていないはずだと信じよう。


 とはいえ、今後は少し考えないといけない。

 最後に行く予定の霊は……。

 今更やっぱり無しとは言いづらいし、速攻で倒せば大丈夫か?


 色々と悩む俺の心とは裏腹に、戦闘はあっという間に決着がついた。

 腕を失った顔男は、哀れ口だけさんに丸ごと食われた。

 

『つえー』『相変わらずグロい』『咀嚼音グロい』『口だけさんの勝ちか』『悪霊バトル面白かったわ』


 あ、ああ!?

 グロ映像はダメー!?

 

 俺は慌ててカメラ師匠に動いてもらった。

 

 のんびり戦闘を眺めてる場合じゃなかった!

 垢BANが怖すぎる。

 強化疑惑もあるし、やっぱり口だけさんは極力配信に出したくない。


 戦闘に関しては頼もしいんだけどね……。

 

 何はともあれ脅威は去った。

 予定外のことではあったが、こちらの被害は特にないため、当初の目的地を目指すことにする。


 配信すると相手が強化されてしまう可能性については……取り敢えず様子を見つつ対応しよう。

 感覚的にも、多少の力を得たからといってすぐに使いこなせるわけではないはずだ。

 俺自身、力を形にするのに試行錯誤しつつ、馴染ませてきたのだから。

 まして戦闘中、そんな余裕与えなければいい。

 とはいえ、懸念点であることは事実なので、頭には入れておこう。

 

「ここからはちょっと浮いていこうか」


 俺は口だけさん達にそう声をかけ、フワリと宙に浮き上がった。


『飛んだ!?』『飛べるの!?』『そういえば浮けるんだった』『幽霊って便利だな』『飛べるの忘れてた』『何故今まで歩いてたし』


 仕方ないだろ。

 無意識に歩くものだと思ってたんだよ。


 残念ながら飛ぶというイメージほどの速度は出ない。

 精々が走るのと同じくらいだ。

 だが、障害物を無視できる分、空を行く方が早いだろう、

 

 眼下、住宅街の明かりを見下ろしながら進んでいく。

 やっぱりこのほうが早いな。

 次から移動は浮いて行くことにしよう。

 

 そしてそれ以後は特に問題もなく、アッサリと次の目的地に到着した。

 カンカンと踏切警報機の音がする。

 

 そう、このぷち心霊スポット巡り最後の場所は、とある踏切だ。

 幽霊を探して街を歩いていた際、見つけたのだが。

 

『もう怖い』『なんかいる?』『遮断機の奥に何かない?』『暗くて怖い』『なんかヤバそう』『鳥肌たってきた』


 見たままを言えば、それは緑の布を被せた人間大の箱のようだった。

 高さは成人男性ほど。長方形をしており、中に一人用のロッカーでも隠していると思えばちょうどいい大きさかも知れない。

 それが、線路の只中、遮断機に挟まれた中央に鎮座している。

 

 どう考えてもあんな場所にあっていいものではない。

 列車が通れば大事故に繋がりかねないからだ。

 しかし、そうはならないことを俺は知っている。

 

 列車が通過する。

 まるでその存在を無視するように。

 ガタンガタンと音を立て、列車が通過した後、緑の物体は何一つ変わらず佇んでいた。

 

 幽体なのだから当然だろう。

 通常の人には見えず、触れず、気付くこともできない。

 しかし、それは確かにそこにあるのだ。


 遮断機が上がる。

 そして、緑の物体の表面が波打った。

 

「おや? おやおやおや?」


 現れたのは顔だ。

 まるで能面のように真っ白な顔が、湖面から浮かび上がるように出現する。

 

 その目は真っ直ぐに俺たちを捉えていた。

 

「会いにきて? 愛して? あなたが? わたしのことを? そんなそんな」


 意味不明な言動は、確実にこちらに向けられている。

 白い顔が九十度横に曲がる。

 合わせて、側面から無数の腕が出現する。

 半透明のそれらは、風になびく稲穂のように揺れていた。

 

『喋った』『ヤバいヤバい』『怖すぎわろえない』『手がいっぱい出てきた』『何こいつ』『こええええええ』『鳥肌ヤバい』『逃げろ』


 一目で良くないものだとわかった。

 悪霊の類なのは間違いないだろう。

 影の少女やヘルメット男ほどの力は感じないものの、それでもそこいらの霊とは一線を画す手合いに違いない。

 

 本当は手を出すべきか迷った。

 言うまでもなく危険だからだ。

 しかし、強くなりたいという俺の欲と、幽霊を見たいというミア友の希望、そして何より、こいつを放置していたら犠牲者が出るかも知れないという予感が俺を動かした。

 

 昼間、こいつを初めて見かけた際、ここには多少の人通りがあった。

 遮断機が上がるのを待って移動を開始する人々。

 

 こいつは、そんな通行人一人一人に対して手を伸ばしていた。

 まるで何かを触るように。撫でるように。引っかけるように。

 

 目的はわからない。

 実際、その手は人々をすり抜けていたし、特に異変を感じているような人もいなかった。

 

 しかし、とても嫌な予感がした。

 こいつは生きている人間に対して干渉しようとしている。

 仮に今は大事になっていなくても、将来的にはきっと何か致命的なことを起こすに違いない。

 

 俺はこいつの討伐を決めた。

 

 とはいえギリギリまで迷っていたのも事実だ。

 見も知らない他人のために命を張れるほど、俺は立派な人間じゃない。

 一人なら決して手を出そうとしなかっただろう。

 

 でも今は違う。

 ミア友が見ている。

 ミア友が俺の勝利を信じてくれているからこそ、情けない姿を見せずに立ち向かっていけるのだ。

 

「捧げて? わたしのことを想ってくださっているなら? あなたと一つに。善哉善哉」

「口だけさん、行くよ」


 両手に力を込める。

 顕現するのは白銀のガントレット。

 霊を打ち払うことに特化した俺専用の武器。

 名前をつけておけば良かったな、などと思いつつ。

 

 口だけさんが動く気配を感じ、同時に俺は駆けた。


「ああ? ああ? 悲しい。繰り返す運命。悲恋とは。柘榴のように砕ける。涙なり」


 無数の手がこちらに向けて振るわれる。

 数こそ多いが、狙い自体は大雑把だ。

 接近してくる一つ一つを、丁寧にガントレットで弾く。

 

 対霊効果はしっかり出ているようだ。

 ただ触れただけで、多少のダメージが通っているのか、敵の手がシュウシュウと音を立てて引いていく。


 さすがに数が多いので、ガントレットで捌けない部分はポルターガイストも使って逸らしていく。

 

 一方、口だけさんのほうは明快だ。

 例の巨大な牙持つ口を左右に顕現させ、向かってくる腕を片っ端から食べている。

 

 虫の時も思ったが、複数相手だと口だけさんの殲滅力は頼りになるな。

 少なくとも、ただ殴るしかできない俺よりは、敵にとって脅威だろう。

 

 能面野郎との距離が詰まる。

 あの身体だ。相手は動けないのか、動く気がないのか。逃げる様子もなく、迎撃を手のみに頼っている。

 

 いける。

 あの顔面に拳を叩きつけてやる。

 

 俺と口だけさんが同時に敵に迫る。

 あと一歩で射程距離に入るというところで。

 

『怨』


 今までとは違う、壊滅的な言葉が脳に染み込んできた。

 

「ごえぇ!?」


 唐突に気分が悪くなり、口を押さえる。

 

 なんだこれは。

 まるでいきなり耳から指を突っ込まれ、脳を掻き回されるような不快感。

 

 なにをされた?

 なにが起こった?

 

 気付けば、俺の顔に能面野郎の手が添えられていた。

 

「寂しさにかまけて? 沈みゆく夢。あなたにあげる? わたしにちょうだい?」


 視界の半分が白に染まっていく。

 これは……面か?

 やつと同じような質感のモノが、俺の顔半分を覆っていく。

 

 あは。

 

 笑えてきた。

 

 あははははは。

 そんな笑顔が? たれのみる明日? あなたとであれば。うみのそこらりえかきいねことうれはさごのかきえとふりすくれとこまわりや。

 

 ふざけるな。

 

 意識が飛ぶ一瞬前に、俺はガントレットで自分の顔面を殴りつけた。


「おぉぉおぉぉおぉ……」


 能面野郎の悲痛な声と共に、顔を覆っていたものが剥がれ落ちていく。

 まだ頭が痛む。痛むが、目を見開くと敵はもう目の前だった。

 

「不細工な顔近付けんなよ」


 俺は拳を振り被ると、全力で能面野郎の顔に叩き込んだ。



 〇



「ぉお……おぉぉお……」


 俺の一撃で面が割れたことが原因か、能面野郎の体がボロボロと崩れていく。

 打たれ強くは無かったのかも知れない。

 あるいは、見たまま顔が弱点だったのか。

 

 何にせよ恐ろしい敵だった。

 正直、今でも何をされたのかわからない。

 わかるのは、下手をしたら俺がやられていたということだけだ。

 

 まるで砂が宙に舞うように、能面野郎の身体は崩れて消えた。

 倒したと思っていいのだろうか。

 辺りに漂っていた、どこか嫌な空気は霧散している。

 おそらくは大丈夫だろうと安堵しかけた時。

 

 何やら、不可思議な力が自分の中に飛び込んできた。

 

「うげえ……!?」


 瞬間、再度の気持ち悪さに襲われる。

 例えるなら、ヘドロを口中に突っ込まれたような不快感。

 

 それは濁った力の塊だった。

 大きさとしては、俺が今までミア友から得たものと大差ないくらいだろうか。

 

 このままでは混ざる。

 

 直感的に悟った俺は、力の塊から忌まわしい部分を千切って捨てる。

 千切って、千切って、千切って、ようやく不快感が薄まってきたころ、力の塊は随分と目減りしていた。

 

 三分の一以下になってしまったのではないだろうか。

 それでも、ようやく無色透明になってくれたことで、俺は安心してそれを自分の中に取り込んだ。

 

 と、ここまでほぼ無意識にやってしまったものだから、慄然とする。

 なんだ今のは。

 能面野郎を倒したと思ったら変な力が体内に入ってきて、それから不快な部分だけを取り除いて吸収した……?

 

 戦闘前に比べると、自身の力が増しているのを感じる。

 そういえば、俺が本当の意味で幽霊を倒したのはこれが初めてだったかも知れない。

 

 いつも止めは口だけさんが刺していたから……。

 

 そこまで考えて、ふとすぐ側に口だけさんが立っていることに気付く。

 

 既に戦闘体制は解いているのか、左右の巨大な口は消えている。

 しかし、どこか不満そうにジッと俺の様子を窺っていた。


 もしかしてトドメを刺せなかったから怒ってるのか?

 

 考えてみたら、口だけさんはいつも率先して霊を食いに行っていた。

 元々口だけの化け物だし、食うことに執着があるのだろうと細かく気にしたことはなかったが。

 それがただの食欲ではなかったとしたら?

 

 口だけさんの注意が俺から逸れる。

 そのままいつものように立ち尽くす口だけさんは、先程までのことなど何も無かったようだ。


 ただ俺の考えが確かなら、不可解な口だけさんの行動は、全て自己の強化に繋がっていたのではないか。

 

 そう考え、ブルリと震える。

 

『ミアちゃんすげええ』『ぅわ幼女っょぃ』『倒したのか?』『ワンパンかよww』『捕まった時やばかった』『大丈夫? なんともない?』


 終わったことを確認したのか、カメラ師匠とモニターさんも近付いてくる。

 ひとまず、口だけさんに対する考察は打ち切ることにした。

 

「みんなありがとう。ちょっと危なかったけど倒すことが出来たよー」


『本当に倒せた?』『どっかに隠れたりとか』『さすミア』『幽霊バトルやばいわ』『これで悪霊が一体消えたか』『油断したところを襲われるのはパターン』


「間違いなく倒したから大丈夫。えっと、なんで言えばいいのかわからないけど、倒した瞬間、力が流れ込んできて……」


 俺は先ほど起きたことを説明する。

 新情報にミア友も大盛り上がりだ。

 

 そんなこんなで、見切り発車で始まったぷち心霊スポット巡りは、何とか終わることができた。

 色々と衝撃的なこともあったけど、今は全員の無事を喜ぼう。

 疲れたぁぁー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る