20 ぷち心霊スポット巡りするぞ(前)


「さて、そんなわけでミア友のみんな見えてるかなー? 配信はっじっめっるよー!」


『きちゃあああ!』『うおおおおお!』『ミアちゃーん!』『初見』『アーカイブに残らないと聞いて』


 時刻は十九時。外はもう真っ暗だ。


「あ、初見の人いらっしゃい。今日は予告した通り、可視化を解除した状態で配信していこうと思うよー。アーカイブは残すけど残らないだろうからよろしくね」


『禅問答かな?』『残すけど残らない草』『マジでモニター越しに写真撮っても写ってなくて震える』『ていうかここどこ?』『いつもの廃墟じゃないね』『公園?』


 そう、実は今俺がいるのは家じゃないのだ。

 というのも、


「ええと、実は先日蜘蛛の神様っぽいのに遭ったってツミッターに書いたんだけど、予想以上に見たいって反応が多くて……ただアレは本当に危険って言うか……私も精神を持っていかれそうになったからミア友のみんなにはとても見せられないと思って」


『そんなヤバいのか』『怖い』『大丈夫?』『無理しないでいいよ』『代わりに狸みたいな生き物あげてたね』『あの狸なに?w』


「ありがと。狸みたいなのは適当に居たの撮ったんだ。可愛いよね。でも蜘蛛も見たいっていうみんなの気持ちもわかるからね。ってことで、今日は急遽ぷち心霊スポット巡りをすることにしました!」


『うおおおお!』『ついに霊が見れるのか!』『狸適当ww』『ぷち?』『ぷちってなんぞ』『さすがミアちゃん!』『怖いので声だけ聞いてますね』


 そう、蜘蛛神様が見せられないなら他に問題ないやつを見せればいいじゃない作戦だ!

 言われてみれば確かに、俺の配信で幽霊を映した機会はあまりなかった。

 

 カメラ師匠は自分が撮影する側だから当然映らない。

 となると本当に口だけさんと浮遊霊くらいになってしまう。

 これじゃ不満に思う人が出ても仕方ないということで、今回思い切って幽霊を撮りに行くことにした。

 

 おそらくは幽霊を撮ったとしても、アーカイブにはその姿が残らないだろう。

 後で見返した人にはよくわからないものになるはず。

 ならいっそ、俺も映らない今回の配信で試しにやってみようと考えたのだ。

 

 ちなみに、外に出るとコメントを見られないという問題が発生するが、それは意外な方法で解決した。

 カメラ師匠に相談すると、それに追随するようにモニターまで浮かび上がってついてきたのだ。

 

 ええ? そんなのあり?

 と最初にこそ思ったものの、よく考えたらカメラ師匠だけでなく、マウスやキーボードなど、パソコン一式が幽霊仕様。

 であればおかしいことではないのかも知れない。


 いや、やっぱり大分おかしいな。

 ありがたいけど。


 どういう仕組みなのかよくわからないが、モニターくんはカメラ師匠と同じく、浮いた状態だと生者からは見えなくなるようなので、安心して連れ回すこともできる。

 至れり尽くせりだ。


 俺は深く考えるのを止めた。


「有名な心霊スポットはヤバいのが出てきそうだから避けた。ぷちの理由として、無名だけど都内を歩いてて幽霊がいたスポットを巡って行こうと思う」


『草』『危険は避けないとね』『下見しててえらい』『都内在住なの?』『すげえ、本当にカメラに映らん』『わくわくする』


 ちなみに、特別危険そうな幽霊がいないのも確認済みだ。

 最大限警戒はするつもりだし、危ないことはないと思いたい。


「そんなわけで、早速第一の無名スポット、なんか住宅街の中にあった公園に来てみました!」


『雑で草』『どこにでもありそうな公園だなあ』『暗くてよく見えん』『ブランコに何かいる?』『特定されそう』


「こっちはゲストの口だけさんです」


 カメラ師匠に動いてもらって、画面外にいた口だけさんを映してもらう。

 幽霊と会う企画なので連れてきたくなかったけど、当たり前のような顔をしてついてきたのだ。

 

 一応行く先々の幽霊を襲わないようによく言い聞かせたが、どこまで理解しているかはわからない。

 というか絶対にわかっていないので最悪は力づくで止めねばなるまい。

 

 無害な幽霊が襲われるのも可哀想だし、ミア友にグロ映像を見せるわけにもいかないからね。

 

 なお、下見に際しては、たまにある口だけさんがどこかに行っている時間を利用した。

 こいつがついてくると幽霊探しどころじゃないからね、仕方ないね。

 帰ってきた後は若干機嫌が悪そうに見えたが、まあ気のせいだろう。


『化け物じゃん』『こえええ』『きゃー口だけさーん!』『なにこれ!!?』『相変わらず何考えてるかわからなくて草』『え、こんなのがガチでいるの?』『震えが止まらん』『被り物?』


 初見さんも結構多いのかな?

 口だけさんへの初々しい反応が散見される。

 

「口だけさんのことは説明しなくてもわかるかな? 一応言うと、謎の化け物の居候です。まあこいつのことはいいとして」


『草』『この扱いよw』『犬だからなw』『大丈夫なん?』『この化け物レギュラーなのかよww』


 俺はカメラ師匠を連れてブランコのほうに移動した。

 さっき鋭い人は気付いていたけど、第一弾の目当てはここにいる。

 

 公園内は薄暗いが、街灯があるので全く見えないというほどじゃない。

 僅かな灯りに照らされるようにして、ブランコを揺らしている人物が浮かび上がる。

 

 それは当然子ども……ではなく、頭頂部が寂しくなった、どこか哀愁が漂うスーツ姿の中年だった。

 力なくブランコに座り込み、僅かにキコキコと振動させる。

 

 彼に何があったのか。

 知りたいような知りたくないような、とにかく見るものを居た堪れない空気にさせるような、そんな寂しい姿だった。


「ええと、はい、そんなわけで幽霊第一弾、公園でブランコを漕ぐおじさんです……」

 

『これは……』『草』『悲しそう』『これ幽霊かよwww』『彼は死んでまでここで何をしているんだろう』『悲哀を感じる』『つらい』


 コメントも別の意味で盛り上がっていた。

 

 正直、昨日今日の散策の結果、思ったほど固定の幽霊を見つけることができなかったため、彼も候補にいれたが……。

 そっとしておいてあげるべきだったかも知れない。

 見ているだけで罪悪感が刺激される。

 

 案の定、口だけさんが駆け出そうとしたので腕で遮ってやった。

 次いで視線で黙らせる。

 

 やめろ。

 彼をこれ以上追い詰めるんじゃない。

 

 自分でやっておいてなんだが心が痛む。


「え、ええと、じゃ、じゃあ次に行きましょうか!」


 何とか大人しくなった口だけさんを引っ張り、俺は足早にその場を後にした。

 


 〇



 配信の都合上、移動にそこまで時間をかけるわけにはいかない。

 必然、ある程度近場に幽霊が複数いる場所をチョイスした。

 その甲斐あって、次の場所にはすぐに辿り着いた。

 

「はい、ここが第二弾のスポットです」


『自販機?』『自販機やね』『何もいなくない?』『ただの自販機に見える』『喉乾いた』


 闇世の中、ボンヤリと自己主張する赤い自販機。

 一見なんてことのない普通の自販機であるのだが、俺の目は誤魔化せない。

 

「カメラ師匠こっちこっち」


 その場に蹲って自販機の下を覗き込む。

 カメラ師匠も意図を察してか、隙間を映し込むように移動してくれた。

 するとそこには。

 

『ひえっ』『こっわ』『うわああああ』『びびった』『これはヤバい』


 目だ。

 影に溶け込むように、ただ二つの瞳がギョロギョロとこちらを睨みつけていた。

 

 俺の存在に気付くと、慌てるように奥へと姿を隠してしまう。


「はい、そんなわけで第二弾、自販機から睨みつける目の人です」


 見つけたのは偶然だった。

 幽霊を探して歩いていた時、たまたまここで小銭を自販機の下に落としてしまった人がいたのだ。

 

 その人が同じように隙間を覗き込み、何やら驚いていたので試しに俺も覗いてみると、こいつがいたと言うわけだ。

 ちなみに、小銭を落とした人は、その後何度か同じ動作を繰り返しては不思議そうにしていた。

 

 以上のことから、多分こいつは一瞬だけ見えるタイプの幽霊なんじゃないかと予想する。

 そんなものがいるのかと思うが、よくある目撃談だと意外に類例は多い。

 

 気のせいだったのか? いやでもいたような? と確信を持てないまま終わるやつである。

 

「ちなみにこうすると」


 ポルターガイストで、お釣りが出る部分の蓋を開け閉めしてやる。


『目だ』『うわあ……』『キモい』『よく見つけたな』『こっち見んな』


 自販機の側面に巨大な二つの目が現れた。

 

 言わずとも察して全体を映してくれるカメラ師匠はさすがである。

 

 両の眼は、動揺するようにギョロギョロと揺れ動く。

 

 実は結構小心なやつなんじゃないかと思う。

 あんまり驚かしても悪いので早めに切り上げることにした。

 

「じゃあ次に行こうか。サクサク行こう」


 ちなみに、何故か口だけさんは無反応だった。

 お気に召さなかったのだろうか。

 手がかからないなら、それに越したことはないのだが。



 ◯



 それから第三弾として、池に浮かぶ化けガエルの霊を紹介した。


 手の平くらいの大きさのカエルが、文字通り池の上に浮いているのである。

 僅かに発光してるので、暗い中でも目立っていて実にわかりやすい。

 

 何をしているのかわからないが、ほぼ一日動かないこともあって、見つけるのは難しくなかった。

 

『かわいい』『でかい』『はっきり見えるな』『なんか期待したのと違う』『常識がひっくり返る、カエルだけに』『微動だにしないな』


 一見何も考えてなさそうな蛙だが、実のところ薄らと警戒されている気配がある。

 おそらくはこれ以上近付くと逃げてしまうだろう。

 

 口だけさんはまたしても動かない。

 先ほどの静止が効いたのだろうか?

 そんなタマじゃないと思いつつも、悪さをしないでいてくれるなら助かるのも事実。


「じゃあ次に行こうか。一応次で最後なんだけど」


『もう終わり?』『あっという間だな』『最後期待』『本当にプチって感じのラインナップだった』


 ミア友のみんなも薄々気付いているだろうが、実のところ、これまでは全く危険が無さそうな対象ばかり選んでいた。

 だからこそ、

 

『なんかショボい』『すごいはすごいけど思ってたのと違う』『幽霊ってこんなもん?』


 こうした反応が出るのも予想できていた。


 幽霊の与える影響については、俺自身よくわかっていないところが大きい。

 だから万が一にもミア友に霊障など起こらないよう、ヤバそうな相手は避けていたのだが。

 

 エンターテイメントとして見たなら、つまらないと言う意見も頷ける。

 今後も幽霊絡みの配信を続けるなら、ある程度の目安は必要だ。致命的なことになる前に、それなりの相手で最低限の確認はしておきたい。

 その中で、もし少しでも危険があるとわかれば、改めて幽霊の配信を止めればいい。

 ミア友のみんなもわかってくれるだろう。

 

 ゆえに、少しだけリスクを負うことにする。

 

「実は最後のやつはちょっと危ない感じがするんだ。だから、もし怖い人がいたらここで画面を閉じてほしい。大丈夫だとは思うけど、見るだけで霊障受けたりする可能性もゼロじゃないし」


 十中八九ミア友に影響は無いだろうという目星はつけているし、何かあった際はすぐに配信を切るようにカメラ師匠にも伝えてあるが、それでも絶対ではないのだ。

 事前に警告はしておきたい。


『マジか』『そんなヤバいの?』『期待』『ごめん、さすがに怖いので落ちる』『ミアちゃんが心配』『無理しないで』


「心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫、多分口だけさんと二人なら問題ないと思う。むしろみんなに影響が無いかだけが心配だから、怖い人は遠慮しないで落ちてね。ばいみゃーでした」


『ばいみゃー』『ごめんミアちゃん、ばいみゃー!』『俺は見るぜ』『ミアちゃんについてく!』『正直迷っている俺ガイル』『怖いのは嫌だけどミアちゃんは見たい』


「本当に無理しないでね。ここまで見てくれただけで十分嬉しいから」


 口だけさんとカメラ師匠、モニターくんと四人で夜の住宅街を進んでいく。

 たまに通行人とすれ違うが、今の俺は可視化してないので向こうからは何もいないように見えているだろう。

 

 移動中もミア友を退屈させないように、雑談は欠かせない。

 話のレパートリーが多いわけではないので、話題が尽きる前に早く目的地につかないかなと考えながら歩いていたのだが。

 

 よく考えたら飛んでいけばよくない?

 

 何故か歩かないといけないという頭があったが、俺達はみんな幽霊だ。

 特に今は可視化していないため、宙に浮いても見咎められることもない。

 

 何故そんなことに気付かなかったのか。

 やはり生きていた頃の習慣に引っ張られているのか。

 

「口だけさん、カメラ師匠」


 ここからは空を行こう、と声をかけようとしたその時。

 

 おーい、おーい、と。

 どこかからこちらを呼ぶような声がした。

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