19 見なかったことにするぞ

 天井裏。

 正直言って盲点だった。

 

 そりゃあるのだろうというのはわかっていた。

 ただ、天井裏を部屋として使えるようにはしていないから、見に行くという発想も無かっただけで。

 

 去り際に爆弾発言をしていったギャル子さん。

 あのタイミングで嘘をつく理由もないので、何かはあるのだろう。

 

 今の俺なら見に行くこと自体は簡単だ。

 幽体にはホコリもつかないから、汚い場所でも忌避する理由にはならない。

 普通に壁をすり抜けていけばいい。

 

 そんなわけで、俺は天井裏目指して浮いている最中だった。

 微速なのは本当に何かいたらどうしよう、行きたくないという俺の心の弱さだ。

 

 しかし、この家は俺にとって大事な場所だ。

 何かいるとわかった以上確認しないという選択肢はない。

 

 ええい、男は度胸だ!

 俺は意を決して天井裏に頭を突っ込んだ。

 

 果たして、そこには想像以上に広い空間が広がっていた。

 見渡す限りでは、ドーム球場くらいあるのではないだろうか。

 

 明らかに間取りがおかしい。

 どう考えても家より大きい天井裏ってどういうことだ?

 

 更に言えば、樹々が生い茂り、苔と蔦で樹海化している。

 

 ……こんなことある?

 

 いくら長いこと放置していたとはいえ、ここまで緑化しているのは予想外だ。

 というか、あり得ないだろう。

 隙間から差し込む光も神々しく、聖域にでも迷い込んだ心地になってくる。

 

 実際、先ほどから視界の端をウロチョロしている動物が気になって仕方ない。

 猫がいればリスもいる。

 鳥がいれば蛇もいる。

 鹿までいるぞ。

 

 俺の家の天井裏はいつから森林に?

 あまりの意味不明さに眩暈がしそうだ。

 

 そんな俺の様子をどう見たのか、謎の生き物が一匹近付いてきた。

 

 サッカーボールくらいの大きさの、非常に愛らしい生物だ。

 狸から頭と胴体の境目を無くし、最高にモフモフにしたらこんな生き物になるのかも知れない。

 

 それが、どうぞ、と言わんばかりにドングリを差し出してきた。

 

 ありがとう、と言いたいが俺は霊体だから受け取れないのだ。

 ごめんよ。

 

 というか、こいつ俺のことが見えてるのか?

 確かに生前は見たことのないような謎生物だが、あの世に属する存在なのだろうか。

 

 なんにせよ、こんなところにいて良い生物ではない。

 

 そして、それに輪をかけて看過できないものがいる。

 決して無視できぬ存在感を放つもの。

 樹海の最奥、遠目にもわかるほど巨大な、壁一面に跨る蜘蛛。

 

 全長はおそらく数十メートルはあるのではないだろうか。

 外見的特徴からアシダカグモ系に見えるが、全体的に丸っこく、毛でフサフサしているので違う種かも知れない。

 なんにせよ、ちょっとした大怪獣だ。

 離れて見ていても、異様な迫力が伝わってくる。


 実体ではない。

 一目でわかる。

 あれは幽世かくりよ側の存在だ。

 

 ただ、そこいらの霊とは位階からして違うだろう。

 

 神、という言葉が頭を過ぎる。

 

 古来から日本には八百万の神々がいるという。

 この蜘蛛はそんな超常の存在だろうか?

 いわゆる山神の一種ではないかという何の根拠もない考えが浮かんだ。


 なんでこんなのが俺の家の天井裏に?


 そもそも、俺だって薄らとではあるが、幽霊を感じることはできるはずなのだ。

 なのに、同じ家に居ながら、今の今まで何も気付けなかったなんて。


 相手の力が大きすぎるから?

 しかしギャル子さんは感知していた。

 ではいったい何故?


 答えの出ない問いが、頭の中をグルグル回る。

 

 蜘蛛は動かない。

 こちらを認識しているのかすらわからない。

 大樹が地に根ざすように、ただそこに在れというかのように。

 

 見ているだけで跪きたくなる。

 

 これ以上はまずい。

 俺は渦に飲まれる木の葉のような自分を連想し、慌てて頭を振った。

 

 謎の狸が可愛く首を傾げていたが、構う余裕がない。

 ごめんな。

 

 何はともあれ、俺は逃げるようにして屋根裏を後にした。

 なんとか自室に戻り、気持ち出ていそうな額の汗を拭う。

 

「いやいやいや、おかしいだろ」

 

 どう考えてもおかしい。

 何が起こっているのかまるでわからないが、尋常でないことはわかる。

 

 あの蜘蛛は悪いものという感じはしない。どちらかといえば神聖な……しかし純粋すぎて取り込まれれば戻れなくなるような危険性を秘めている。

 

 ヤバさだけでいうなら今まででトップだ。

 影の少女やヘルメット男は戦っても勝てない絶対的な力の差を感じたが、この蜘蛛に至っては最早戦うとかそういう次元にいない。

 天に唾するとかそういう感じだ。

 

 あれがいるから屋根裏がジャングル化しているのか?

 

 なんにせよ、幽霊になって初めてわかる世界の深淵。

 世の中というのは本当に広い。

 

「ん?」


 不意に、口だけさんがこちらの様子を窺っている気がして振り返る。

 

 そういえば、こいつはあの惨状のことを知っていたのだろうか?

 口だけさんなら蜘蛛に殴りかかってもおかしくはないと思いつつ、さすがにそこまで無謀なことはしないかと思い直す。

 

「口だけさん、天井裏のこと知ってる?」


 ものは試しと声を掛けるが、口だけさんは微動だにしない。

 聞こえているのかいないのか。いや、この距離で聞こえないはずはないから、単純に反応する気がないのだろう。

 

「まあ口だけさんが答えるわけないか」


 まだ頭が混乱しているのかも知れない。

 

 カメラ師匠がひょっこり顔を出し、俺の周囲を慰めるようにクルクル回る。

 少し癒された。

 

「ありがとうカメラ師匠」


 相変わらず優しい。

 これでカメラ師匠まで襲いかかってきたら俺は全てを信じられなくなりそうだ。

 そんなことは無いと信じるが。

 無いよね?

 

「とにかく、害のあるものじゃ無さそうだし、あの蜘蛛のことは放っておこう」


 そもそもどうにも出来ないが。

 まあ、あの蜘蛛が何か仕掛けてくるとも思えない。

 あれはそういうものじゃない。

 

 言うなら自然そのもの。

 荒れた時は対策が必要かも知れないが、普段から警戒して生きるようなものじゃないのだ。

 

 見なかったことにしよう。

 少しだけ落ち着かない心を抑えながら、俺は自分に言い聞かせるように二度三度と頷いた。


「そういえば、ミア友と可視化しない状態で配信するって約束したんだった。ちょっとツミッターに予告しとこうかな」

 

 

 ◯

 


【ミア友】幽霊配信者ミアちゃん応援スレpart6【募集中】

 

 21 視聴者の名無しさん ID:

 >>1乙

 ミア友になる権利をやろう


 22 視聴者の名無しさん ID:

 ミア友になったら宝くじが当たりました


 23 視聴者の名無しさん ID:

 ミア友になったら彼女が出来ました


 24 視聴者の名無しさん ID:

 友達にミアちゃん布教してみた

 ガキに興味ないとか言いつつアーカイブ全部見たらしい


 25 視聴者の名無しさん ID:

 >>24

 わろた

 もうミア友じゃん


 26 視聴者の名無しさん ID:

 >>24

 ツンデレで草


 27 視聴者の名無しさん ID:

 登録者増やす方向でいくのかー

 今のまったりした雰囲気が好きだったから少し残念だわ


 28 視聴者の名無しさん ID:

 登録者増やすことイコール幽霊界での強さに直結するみたいだからな

 仕方ない


 29 視聴者の名無しさん ID:

 命かかってれば必死にもなるわな


 30 視聴者の名無しさん ID:

 必死になるけど登録者増えないで涙目になるミアちゃんまで想像した


 31 視聴者の名無しさん ID:

 慰め役は俺に任せろ


 32 視聴者の名無しさん ID:

 人増やすだけなら特別なことしなくてもいいと思うんだけどなあ

 ミアちゃん可愛いからほっといても人気出るよ


 33 視聴者の名無しさん ID:

 怖い目にあって焦る気持ちはわかる


 34 視聴者の名無しさん ID:

 僕はミアちゃんが廃墟荒らしを撃退するところが見たかったです


 35 視聴者の名無しさん ID:

 >>34

 それなw

 意気揚々と乗り込んできたDQNがミアちゃんにビビるところ見たかったわw


 36 視聴者の名無しさん ID:

 DQNっていえばさ

 ギャル子さんと仲良くなったって呟いてるけど、どういうこと?

 廃墟荒らしと友達になったの?


 37 視聴者の名無しさん ID:

 ギャルと殴り合って友情芽生えるところを想像してわろた


 38 視聴者の名無しさん ID:

 ギャル子さんって言うからにはギャルなんだよな?

 ミアちゃんが影響受けないかちょっと心配なんだけど


 39 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃんがコギャル(死語)になるのか


 40 視聴者の名無しさん ID:

 >>39

 ちょっと見てみたい気もするw


 41 視聴者の名無しさん ID:

 ダメだ! お義父さんは許しませんよ!


 42 視聴者の名無しさん ID:

 俺も許さないぞ!


 43 視聴者の名無しさん ID:

 誰だよお前らww


 44 視聴者の名無しさん ID:

 蜘蛛?


 45 視聴者の名無しさん ID:

 天井裏に超巨大蜘蛛ってどういうことwww


 46 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃんツミッターで呟いてる


 47 視聴者の名無しさん ID:

 蜘蛛の神様か

 そんなのが屋根裏に居るってすごいな


 48 視聴者の名無しさん ID:

 悪い感じはしなかったってことだから守り神的な存在だったり?


 49 視聴者の名無しさん ID:

 写真とか無いのかな?

 見てみたいわ


 50 視聴者の名無しさん ID:

 >>49

 幽体なら写真には映らないんじゃね?

 今度の配信で見せてほしいが


 51 視聴者の名無しさん ID:

 ツミッターで見せろって騒いでるやついるね


 52 視聴者の名無しさん ID:

 お前らあんまりミアちゃん困らせるなよ


 53 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃん「どんな影響があるかわからないから見ないほうがいいと思う」


 54 視聴者の名無しさん ID:

 はい嘘松

 普通に考えて家にそんなのいるわけない


 55 視聴者の名無しさん ID:

 俺はミアちゃんを信じるよ

 神様なんて人間が直視していいものじゃないだろうし


 56 視聴者の名無しさん ID:

 見てみたいが体に悪影響が出るのも怖いジレンマ


 57 視聴者の名無しさん ID:

 ミアちゃん「代わりにこいつの写真あげる」


 58 視聴者の名無しさん ID:

 なにこの狸

 可愛すぎひん?


 59 視聴者の名無しさん ID:

 くっそかわいい

 持って帰りたい


 60 視聴者の名無しさん ID:

 なにこれ妖怪?


 61 視聴者の名無しさん ID:

 ちょwww

 こんなのが天井裏にいるとか羨ましいww


 62 視聴者の名無しさん ID:

 可愛くてわろた

 丸すぎだろ


 63 視聴者の名無しさん ID:

 どうやって撮ったんだこの写真


 64 視聴者の名無しさん ID:

 >>63

 カメラ師匠に天井裏まで行ってもらってスクショしたのかな?

 

 65 視聴者の名無しさん ID:

 みんな蜘蛛とかどうでもよくなっててわろた

 

 66 視聴者の名無しさん ID:

 かわいいは正義か


 67 視聴者の名無しさん ID:

 噂をすればアーカイブに残らない(物理)配信予告きたー!


 68 視聴者の名無しさん ID:

 あの恐怖を再び味わえるのか

 胸が熱くなるな


 69 視聴者の名無しさん ID:

 明日か……

 幽霊の存在疑ってるやつはごめんなさいの準備しとけよ


 70 視聴者の名無しさん ID:

 アーカイブ残らないから生で見ないとか

 明日有給取れるかな


 71 視聴者の名無しさん ID:

 19時からだからお前らちゃんと準備しとけよ


 72 視聴者の名無しさん ID:

 明日は残業しない

 しない(素振り


 73 視聴者の名無しさん ID:

 振りにしか見えんww


 74 視聴者の名無しさん ID:

 無茶しやがって……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る