18 お化けは怖いぞ

 なんだこいつら……。

 俺の前には、我が物顔で家に踏み入る四人組がいた。

 

 咄嗟に身体の視覚化を解除する。

 

 高校生か大学生だろうか?

 男は二人。

 一人は茶髪鼻ピアスで気性が荒そう。こいつは何がおかしいのか、落ちているエロ本を指でつまんでは、床に唾を吐き笑っている。

 

 もう一人は格闘技でもやってそうな体格のいい短髪男。こちらはこちらで笑いながら壁を蹴ったり殴ったりしている。

 

 なにしとんじゃ。

 ころすぞ。

 

 おっといかんいかん、あまりの悪行に殺意が迸ってしまった。

 

 まだ昼時にもなっていない時刻なので室内はそれなりに明るい。

 とはいえここまで好き勝手やられるとは思わなかった。

 傍若無人な男たちとは裏腹に、女の子二人はやや引き気味だ。

 

「もう満足したでしょ? いい加減帰るよ」


 苛立たしそうに言うのは典型的なギャルだ。

 化粧が濃いものの顔立ちは素直に可愛い。肩までの金髪をサイドで小さく括っており、釣り気味の目と合わせて勝ち気な印象を受ける。

 

 露出と装飾が多いのがいかにもな感じだった。

 ミア友の前でこの格好はできそうにない。

 

「そうだよー、もう帰ろうよー……」


 最後の一人は、ギャルの腕にしがみついていて帰りたいオーラを全開にさせていた。

 眼鏡をかけた地味目な女の子だが、こちらも顔立ちは悪くない。

 

 俺は暫定的に、四人をそれぞれ、ピアス、マッチョ、ギャル、眼鏡っ子と名付けた。

 

「なんだよ麗美、ビビってんのか?」


 ピアスがギャルを揶揄するように笑う。

 実に底意地が悪そうな顔だ。

 そんなことじゃ女の子に嫌われちゃうぞ。

 

「そんなんじゃないって。ただ、ここは何かやばい気がするっていうか……」

「お化けでも出るってのか? そりゃ楽しみだ。おーい、いるなら出てこいよー!」

「ちょっと、バカ! やめなって!」


 察するに、男二人が嫌がる女二人を、無理やり肝試しに引っ張ってきた構図だろうか。


 壁を何度も蹴りながらピアスが叫ぶ。

 老朽化もあってか、一部が嫌な音を立てて破損した。

 ギャルは止めようとしているようだが、その反応が面白いのか、更に調子に乗るという悪循環だ。

 

 この野郎。

 人様の家を壊しやがって。

 いくら温厚な俺でも我慢の限界があるぞ。

 

 どうしてくれようかと思案しつつ、俺は四人組の側まで近付いていった。

 

「……っ!?」


 ん? なんだ?

 一瞬ギャルがこちらに視線をやって硬直したような?

 

 背後を振り返る。

 当然俺以外には誰もいない。

 あるいは猫でもいたのかと思ったが、そういうことでもないらしい。

 

 まさか視覚化を解除できていなかったのかと、男連中の前で手を振ってみるが、まるで反応はない。

 やっぱり見えてないな。

 気のせいだろうか。

 

 そうこうする間にも、ピアスとマッチョによる暴虐は行われている。

 

「な? 幽霊なんていねーから。お前らがビビるからわざわざ昼間に来てやったけど、夜来たって何も変わりゃしねぇよ」


 まあ変わらないね。

 朝も夜も俺いるし。

 

「い、いいから! 帰るよ! あんた達が帰らないなら私たちだけで帰るから!」

「ま、待ってよ麗美ちゃん!」


 やや焦ったように、ギャルが玄関口へ向けて歩いていく。

 眼鏡っ子が慌てて追いかけるが……。

 

 逃がさないよ。

 

 人の家でこれだけ好き勝手して、素直に帰れると思ってもらっては困る。

 俺はポルターガイストを発動し、玄関を動かないように固定した。

 

「え、あ、あれ? 嘘!? 開かない!?」

「え、れ、麗美ちゃん、嘘、貸して! あ、なんで!? なんで開かないの!?」


 退路を塞がれたことに気付いて騒ぎ出す二人。

 ポルターガイストも当初に比べると幾分強化している。

 女の子二人程度の力ではどうすることもできまい。

 

 正直、この二人はさほど悪いことをしていないので、見逃してあげても良かったのだが、何事もなく帰ってまた来られても困る。

 男連中を止められなかった罰も込みで、少しだけ怖い目にあってもらおう。

 

「おいおい、何やってんだ? ダッセーな。そんなビビることあったか?」

「まあそう言うな明、女の子だし怖がるのは仕方ないだろ。お前ら落ち着け。俺が開けてやるから」


 男連中はやや呆れたように近付いていくと、玄関扉に手を掛け。

 

「ぬ? う、うん? 開かないな」

「貸してみろ。ぐ、がががが、なんだこりゃ固え!」


 そのあまりの固さに驚いているようだ、


 さすがに男連中に全力を出されると少しキツイ。

 俺も頑張ってポルターガイストに力を込める。

 

 ふぬぐぐぐ、こんなところじゃ絶対に帰さないぞ。

 我が家を破壊した報いを受けさせてやるんだ。

 

「ダメだこりゃ、建て付けが悪いのか?」

「だから言ったじゃん! どうすんの!? 帰れないじゃん!? どうすんのよ!?」

「れ、麗美ちゃん?」

「お、落ち着けよ。窓はあるんだから適当にそこから出ればいいだろ」


 ギャルが半狂乱で騒ぎ立てている。

 怖いのが苦手なのかな?

 周囲の人間はやや引き気味だ。

 

 とはいえ、窓から出ようとされると非常に困る。

 そちらもポルターガイストで固定するのは簡単だが、最悪割られてしまうだろう。

 

 注意が玄関から逸れたので、俺は思い浮かんでいたお仕置き計画を発動することにした。

 

 四人が移動しようと廊下に進み出た瞬間を狙う。

 

 再度ポルターガイストを発動した。

 対象は、母親が趣味で居間に飾っていた市松人形だ。

 家が荒れているせいで地面に転がっていたが、特に経年劣化以外の損傷は無さそうだ。

 

 市松人形を宙に浮かせ……あっ。

 力を指定した位置が悪かったのか、市松人形を浮かせようとしたのに、その首だけが引っこ抜けて浮かび上がった。

 

 まあもうこれでいいや。

 俺は人形の首をそのまま一行の眼前に持って行った。

 

「え……」


 ピアスが息を呑む声が聞こえる。

 意外とかわいい反応するやんけ。


 そういえば可視化の応用で声だけ聴こえるようにするってできるのかな?

 

 意識していなかったが、可視化することで会話も可能になるのだから、できると考えるべきだろう。

 

 試しに聞こえるように意識してクスクス笑ってみる。

 

 全員の顔がみるみる青ざめていく。

 

 今度は右手だけを可視化して、そっとピアスの手に重ねる。


「つかまえた……」


 囁くように。

 

「一緒に逝こう……?」

「うおおおおおぉぉおおお!!?」

「わあぁぁあぁああ!!?」


 ピアスとマッチョが揃って駆け出した。

 人間こんなに機敏に動けるのかと思うほど全力の猛ダッシュ。

 

「どけぇっ!!」

「邪魔だ!」


 そして二人は、後方にいた女の子二人を突き飛ばし、転げるようにして玄関へ向かう。

 うわあ……。

 自分で追い込んでおいて何だが、絵にかいたようなクズっぷりだった。

 

 玄関にかけていたポルターガイストの力は既に解消した。

 おかげで、男二人は無事に外に脱出することができたようだ。

 

 まあ、あいつらにいつまでも居座ってほしくなんかないしね。

 こんなもんでいいだろう。

 これに懲りたら廃墟荒らしなんてやめたほうがいいよ。


 次いで、逃げ出せることに気付いた眼鏡っ子が、慌てて駆け出していく。


「ま、待って!? あたしを置いていかないでよお!?」


 後に残されたのはギャルが一人。

 腰が抜けたのか、どうやら起き上がることができない模様。


「あ、あ……」


 去り行く友人の背に手を伸ばし、絶望の声を上げるギャル。


 う、うーん、なんだか気の毒なことになってしまった。

 もうここに来たくないと思ってくれるだけで良かったのだが、まさか友情破壊に繋がってしまうとは……。

 

 どうしたものかと考えながら近付いていく。

 そんな時、ギャルが俺のほうを見ながら震えていることに気づいた。

 

 うん?

 

 試しに左に移動してみる。

 ギャルの目線も追ってくる。

 

 あれ?

 やっぱりこれ見えてる?

 

 ギャルの目の前で手を振ってみる。

 それが怖かったのか、ギュッと目を瞑ってしまった。

 

 もう見えているのは確定と思って良さそうだ。

 う、うーん、あんまり過剰な恐怖を与えるのは本意ではないし、見える人ということであれば話も変わってくる。

 

 正直、霊感のある人とは初めて会ったので、少しお話ししてみたい。

 

「大丈夫?」


 声をかけてみるが、反応がない。

 声は聞こえないのかな?


 見えるだけの人なのかも知れない。

 とりあえず、俺は能力を発動して、自分の姿を可視化した。

 声だけ聞かせても良かったが、まだ慣れていないので、こっちのほうが手っ取り早いと思ったのだ。

 

「驚かせてごめんね。でもそんなに怖がらなくても何もしないよ」


 努めて優しく声をかける。


「え……女の子?」


 ギャルは目を丸くしてこちらを見ていた。

 その姿は、まるで予想外のものに出会ったとでもいうかのようで。


 え……。

 見えてたんじゃないの?


 

 ◯



「本当に配信してるんだ……幽霊なのに……」


 あの後、簡単に自己紹介をし、まだ配信の途中だったことに気付き、慌てて部屋に戻って配信を終了させた。

 

『おつみゃー』『おつみゃー!』『DQNみたかったわw』『意地悪なミアちゃん……良いと思います』『ミアちゃんに取り憑かれたい』『おつみゃー』


 ミア友には事の経緯をざっと説明した。

 かなり早足で枠を閉じたので、みんなには申し訳なく思う。

 後でツミッターで謝っておこう。

 

「もう入って良いよー」


 配信に映るといけないので、部屋の外で待機してもらっていたギャル子さんを呼び寄せる。

 

 ギャルだと親しみが持てないので、少し可愛くギャル子さんと呼ぶことにした。

 なお心の中だけの話で了解はとっていない。

 

「わっ!? 何これ!?」


 当のギャル子さんはというと、部屋に入ってきて早々、隅にいる口だけさんを見て驚きの声を上げていた。


「あー、口だけさんは生身の人間には害がないから大丈夫だよ」

「口だけさん? 口だけのお化けってこと?」


 どうも話を聞いたところ、ギャル子さんは幽霊を漠然と感じることができるだけで、正確に形を捉えるのは無理みたいだ。 

 なんとなく、こう、いるなーっていうのがわかるだけ、とは本人の弁である。

 

 だから俺が少女であることも、特に悪意がないことも察することができなかったのだとか。

 

 まあ悪意というか、怒りの鉄槌を下す気は満々だったけどね。

 特にピアスとマッチョに対してだけど。

 

 あいつらお行儀が悪すぎる。

 

「ぼんやりと輪郭くらいは見えるんだけどねー。ハッキリとはわかんないや」


 ということらしい。

 しかし、それでも初めて会った幽霊が見える人間には違いない。

 

「ギャル子さんはいつから幽霊が見えるの?」

「ギャル子さん?」

「あ……」


 やべ。

 つい渾名で呼んでしまった。

 ええと、この人の名前なんだっけ?

 

 俺が困っているのを察したのか、ギャル子さんは苦笑した。

 

「まあいいけどね、ギャル子で。そのかわり、あたしはミアっちって呼ぶし」


 見かけによらず優しい。

 薄々思っていたけど、実はかなり良い人なんじゃないだろうか。

 

 幽霊が見えるという土台があったとはいえ、俺をあっさり受け入れてくれているのもすごい。

 

「ギャル子さんは私が怖くないの?」

「ん? え、えーと、まあ若干まだ怖いけど、自分より小さな女の子だしね。仲良くしたいって言われたらビビってばっかりもいられないっていうか……」


 そう言って頭を掻き、ぎこちなく笑った。


「あたしも幽霊とちゃんと話したことないから、友好的いけるならいきたいし……幽霊の友達とかできたらすごいじゃん? ミアっちみたいな可愛い子なら……まあ見た目は怖くないしそのうち慣れると思う」

「ありがとうございます」

「いやいや、こっちの台詞。あたしがビビってるのわかって優しくしてくれたんっしょ? ありがとね。えっと、それで、いつから幽霊見えるのかだっけ? 物心ついた頃にはもう見えてたなー」


 ギャル子さんが言うには、昔は漠然と何か怖いものがいると感じていたらしい。

 なるべく避けるようにしていたが、自分以外には見えてないことを知って余計に恐怖の対象になったとか。


「これが幽霊だって思うようになったのは小学生の頃かな。一回友達に話したら死ぬほどバカにされたから、それからは誰にも言わなくなったけど」


 やっぱり色々苦労はあるらしい。


「ミアっちはずっとここにいるの?」


 おっと、困る質問が。

 

「え、えっと、ここは昔住んでいた家というか、私死んだのはごく最近だから、昔の家が気になって見に来たというか」

「あー……死んだの最近なんだね、ごめん、無神経なこと聞いた」

「い、いや、別に気にしてないから大丈夫」


 さすがに前世のことは話せないのでややボカシた言い方になってしまった。

 嘘はついてないので許してもらいたい。

 

「でも昔の家なら思い入れもあるか。ごめん、勝手に入り込んだ挙句、馬鹿がバカやって」


 この通り! と頭を下げるギャル子さん。

 

「本当だよ。さすがに男連中には腹が立ったから驚かせてやった」

「あー、やっぱり怒ってたんだ? そりゃそうだよね。ごめんね?」

「ギャル子さんは悪いこと何もしてなかったしいいよ。ピアスとマッチョは許さないけど」

「ピアスとマッチョっ」


 俺のつけたあだ名がツボに入ったのか、口元を押さえて笑い出した。

 ひとしきり笑った後「まあ、あいつら馬鹿なだけだから許してあげてよ、もう来させないから」と拝まれた。

 

 もう二度と来ないなら許してもいいけどっ。


 とはいえ、やっぱりギャル子さんは心が広い。

 自分を置いて逃げた人たちを庇うなんて。

 それについては、俺にも責任があるので、こちらからも誠心誠意謝罪させていただいた。


 ごめんね。

 友情を壊すつもりは無かったんだよ。

 

 ギャル子さんは「いいよいいよ、あたしらが悪いんだし。あいつらには後で説教しとくから」と笑っていた。

 

 それから小一時間ほど二人で話した。

 ギャル子さんは快活で話しやすい人だったので、ついつい長話してしまった。

 

 最後に、また来てもいい? と尋ねられたので、いいと答えると喜んでいた。

 友達が増えたみたいで俺も嬉しい。

 そして、家を出て見送りをしていた時。

 

「そういえば多分天井裏だと思うけどすごいのいるよね?」


 と言って上を指した。

 

 え? なにそれ?

 

「まあミアっちの家だから変なものじゃないんだろうけど、あんまり大きな気配なんで最初ビビっちゃったんだよね。あれだったら今度紹介してよ」


 そう言って、こちらに手を振るとギャル子さんは颯爽と去って行った。

 あまりにも特大な爆弾を残して。

 

 ……天井裏?

 え?

 何かいるの?

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