15 猫に会うぞ
そして次の日。真夜さん、とまるんと合流した俺は、とまるんの祖母宅へとやって来ていた。
もちろん後ろには口だけさんとカメラ師匠も連れている。
とまるんの祖母邸は、なんというか、古くから伝わる由緒ある家柄とでもいうかのように、風情のある広い和風建築だった。
庭に池と鹿威しがある家を初めて見たかも知れない。
とまるんは古いだけですなんて謙遜していたが、実は結構いいところのお嬢様なのだろうか。
「さて、じゃあそろそろいいかな」
道中、注目を避けるため可視化はしないでおいたが、もう大丈夫だろうと思い力を発動。
姿を現す。
「うわあ……」
突然現れた半透明な俺を見て、とまるんが目を丸くして驚いている。
ここまでの道すがら、ビデオ通話を通してやり取りはしていたので、俺が本物の幽霊であることは理解していたはずだが、やはりこうして目にすると実感も湧いてくるのだろう。
……嫌われたらどうしよう。
とまるんに限ってそんなことはないと思うが、もし幽霊ということで避けられたら俺はしばらく立ち直れない。
「本当に透けてるんですね。疑ってたわけじゃないんですけど、幽霊ってやっぱりいるんだあ」
それならファンちゃんもいるかなあと小さく呟いて微笑むとまるん。
天使かな?
いや、やっぱり大天使だったわ。
特に問題もなさそうだったので、全員に確認を取った後、とまるんが家のチャイムを鳴らす。
果たして、僅かに覇気の無い声が聞こえてきた。
『はい』
「お婆様、静流です。お約束の方々を連れて参りました」
『……入りなさい』
静流? という疑問が顔に出たのか、とまるんがこちらを見て穏やかに微笑んだ。
「私、本名は草壁静流っていうんです。配信を本名でやるのは少し怖かったので」
そりゃそうかと思う。
自分がなし崩し的に本名を名乗っていたので、すっかり忘れていたが、普通は偽名なり何なりを使うものだ。
あれ、それならもしかして真夜さんも? と思い視線を向ける。
「私の本名は山田真夜だよー! 真夜はそのままな感じだね! ていうかミアミアは私の家まできてたのに知らなかったの?」
「……あはは、知りませんでした」
……確かに真夜さんの家の表札は真宵ではなかったような。
正直お化けに気を取られててそれどころではなかったのもある。
そっと目を逸らす俺を見て、真夜さんがわざとらしく泣き崩れる。
「わーん! 私はこんなにミアミアを愛してるのにミアミアが冷たいよー! もっと私に興味を持ってよー! ラブミーフォーエバープリーズぅうぅう!」
「え、ええと、それに関してはその、前向きに善処したいといいますか、今後は精進していく所存といいますか……」
「政治家みたいなこと言って誤魔化そうとしてるぅ!?」
しどろもどろになる俺と、泣き真似をやめて笑う真夜さん。
そして、俺たちは広い庭を抜け、玄関まで辿り着いた。
中から出てきたのは、
「よく来てくださいましたお客様、静流の祖母、草壁花と申します」
凛とした姿勢で着物を纏った、とまるんのお婆様だった。
……ええと、何と言えばいいのか。いかつい、いやいや、オブラートに包んで言えば随分と体格のいいご老人だった。
女性としての平均よりは身長もかなり高いのではないだろうか。
盛り上がった筋肉が着物の下から自己主張をしている。
頬が若干コケているように見えなくもないが、そこらの野生動物なら素手でも軽く捻りそうだ。
……弱ってる? これで?
「お婆様、お待たせして申し訳ありません」
とまるんが頭を下げる。
「気にすることはありませんよ静流。あなた達にはわたくしのことで随分と迷惑をかけています。それで、そちらの方が……?」
「はい、幽霊のミア様と、お友達の真夜様です」
「……なるほど」
お婆様の目が驚いたようにこちらを向く。
俺と真夜さんは揃って頭を下げた。
ちなみに俺の後ろには口だけさんとカメラ師匠もいるのだが、当然ながらそちらは可視化できないので見えてはいない。
「本当に透けている……。幽霊、なんて静流が言い出した時は何を馬鹿なことをと思いましたが、不明なのはわたくしのほうだったようです。失礼、いつまでもこんなところで立ち話もなんですね。どうぞ中へお入りください」
「お邪魔します」
すすめに従い、全員で中へ。
すると、玄関から一歩踏み込んだ瞬間、微かに感じるものがあった。
「あ、これは……」
「ん? どしたのミアミア?」
「ミアさん?」
いる。
外からではわからないほど小さな反応だが、確かに幽霊の気配を感じる。
俺は慌てて近くの部屋を覗き込む。
畳の部屋だった。
居間として使われているのだろうか。
15畳ほどの室内に、ローテーブルやテレビ、箪笥などが整然と置かれている。
そうした一角にポツンと置いてある座布団。
その上に半透明の猫が横になっていた。
なかなかにモフモフで愛らしい、毛並みの美しい猫だった。
種類は長毛のサイベリアンだろうか?
銀色の毛並みに顔を埋めたくなる。
ていうか可愛いぃぃ!
なにあれ、すごい気高そう。
モフモフしたい。
撫でくりまわしたくてたまらない。
あれがファンちゃんだろうか。
確かにドラゴンファングの名前に負けない気品は備えている気がする。
しかし、まさか本当にいるとは。
流石にここまできて猫違いということはないと思いたいが。
なんにせよ早くとまるんに知らせなくては。
「ど、どうしましたミアさん?」
幸い、みんな後をついてきてくれていたので声をかける。
「とまるん! スマホ! スマホ見て!」
「え、あ、まさか!?」
とまるんが慌ててスマホをポケットから引っ張り出す。
会うにあたって、とまるんと真夜さん、それぞれのスマホとはビデオ通話を維持してある。
カメラ師匠もすぐそばにいるし、特に問題なく猫の姿を見ることができるはずなのだが。
「あ、ああ、ファンちゃん……」
果たして、スマホを目にしたとまるんは瞳を潤ませた。
「し、静流、私にも見せてちょうだい」
そして、お婆様も横からスマホを覗き込むと、
「ファング、お前やっぱり……。やっぱりいたんだね……」
感極まったというように口元を押さえ、涙を溢した。
そのままフラフラと座布団のほうへと近付いていく。
「ファング、ごめんよ。ばーば見えなくて……ずっといてくれたんだね。寂しかったかい?」
見えてはいないはずのファンちゃんに話しかけて、その体を撫でる動作をする。
ファングは嬉しそうに手に体を寄り添わせ、小さくニャアと鳴いた。
良い光景だなと思った。
正直いきなり死んで幽霊になって、なんで自分がと思ったこともあったけど。
ミア友のみんなと出会って気持ち的には持ち直していたけれど、それでも何か割り切れない感情が心の奥底には燻っていた。
それが少しだけ楽になった気がする。
こうした光景が見られるなら、俺が幽霊になった意味もあるのかも知れない。
今世の両親のことを思い出す。
もし俺が幽霊として存在することがわかれば、二人はどうするのだろうか。
怖がって拒絶するのか、あるいは温かく迎え入れてくれるのか。
……ああして頭を撫でてくれるのだろうか。
柄にもなく感傷的な気分になる。
とにかく、今はただこの再会を見守ろうと意識を周囲に向けた瞬間。
ぞわりと。
背筋が泡立つ感覚を覚えて、咄嗟に動いた。
口だけさんだった。
猫に向けて猛然と突っ込んでいった化け物は、周囲の喜びなど意にも解さぬとばかりに拳を振り上げる。
ファンちゃんが気付いて威嚇の声をあげるが遅い。
生前のほぼ寝たきりだった状態に引きずられているのか、身体は横たわった状態のまま。
とてもではないが回避は間に合わない。
「こんの野郎ぉおぉおお!?」
間一髪、ファンちゃんと口だけさんの間に割り込むことに成功した。
猛然と振るわれた拳を、かろうじて左腕で弾く。
強引に割り込んだため、体勢が崩れて身体が流される。
しくじった。
今までも口だけさんは、霊を見るや否や問答無用で襲いかかっていた。
であるならば、ファンちゃんへと攻撃を仕掛けることも事前に予想はできたはずなのに。
最近大人しいからと油断していた。
どこか自分の味方のように感じていたのかも知れない。
とんでもない話だ。
決して意思疎通が図れたわけでもなく、口だけさんはあくまで悪霊なのだ。
危険を冒してまで決着をつける必要はなくとも、決して油断してはいけなかった。
追撃されるとまずいと思いながら、なんとか上体を起こしたところ。
「……ん?」
結果として、口だけさんは追撃をしてくることは無かった。
その場に棒立ちして、じっとこちらの様子を伺っている。
何故邪魔するんだと言わんばかりの立ち姿に、若干の苛立ちを覚える。
「今何しようとした?」
話しかけるが、口だけさんは答えない。
俺は構わず続ける。
「何を考えてるか知らないけど、ファンちゃんを食うのはダメだ。絶対許さないぞ。今みんなが喜んでたのがわからなかったか?」
なら、そこらの浮遊霊を食うのはいいのかと言われると反応に困るところではあるのだが、とにかく、ようやくとまるん達がファンちゃんと再会することができたのだ。
そのタイミングで口だけさんに貪り食われるなんて絶対にさせるわけにはいかない。
「どうしてもって言うなら俺にも考えがあるぞ」
やりたくはない。
正直口だけさんと再び殺し合うことを考えるだけで体が震えてくる。
ただ俺にだって譲れない一線っていうものがあるのだ。
そこを踏み越えようというなら戦うしかない。
いいから引け、と願う俺の心とは裏腹に、口だけさんが笑った気がした。
そして、
「……っ!!?」
膨れ上がるプレッシャー。
やる気かよ……。
ほんと勘弁してほしいんだけど。
口だけさんの左右の空間からそれぞれ、牙持つ巨大な口が顕現する。
最初から手加減抜きというわけだ。
「この野郎」
そっちがその気なら。
両手に力を集中する。
現れるのは白銀に輝くガントレット。
戦うにあたって、俺には何もかもが足りない。
それは前々から思っていたことだ。
なんとかそれらを補えないかと考えるのは普通のことだろう。
とはいえ、既にポルターガイストと変身という二つの能力を作り出した俺の中には、最早新たな能力を創造するほどの力は残ってなかった。
知名度が上がればまた話は変わってくるだろうが、少なくとも今はこれ以上は無理。
であるならば、できることは今ある能力を磨くことだ。
幸い、最近になって登録者数が五千人を突破したことで、多少力に余裕が生まれた。
その力を注ぎ込み、変身能力を高めたのだ。
白き輝きを宿す両手のガントレット。
本来であればただ見た目を変えるだけの能力を進化させ、見た目に相応しい力を付加できるようになった。
もちろん何でもかんでもというわけにはいかない。
少なくとも現時点での力は全てこのガントレットのためだけに使ってしまった。
対霊に特化し、ありとあらゆる悪を打ち砕く。
……のを理想として創ったものの、残念ながら現段階ではそこまではとても無理だった。
正直なところ、RRG風に言うなら攻撃力5、対霊特攻1.1倍とかそんなところじゃないだろうか。
理想としては攻撃力999の対霊即殺みたいな感じだったのだが、なかなかそこまではいかなかった。仕方ないね。
まあでも、何もないよりは格段にマシと言える。
「来るならこい。ボコボコにしてやる」
覚悟を決め、口だけさんを睨みつける。
横目に、不安そうにしている真夜さんやとまるんの顔が目に入る。
口だけさんは霊体だ。
ここで殴り合ったところで周囲への影響はないはず。
巻き込む心配はないと思いたい。
念のためにどうにかして場所を移すべきかと考えることしばらく。
果たして、永遠にも感じる睨み合いの終焉は……口だけさんがソッポを向くことで終わった。
左右に顕現していた大口も消えていく。
諦めてくれた……?
口だけさんはそのまま部屋の隅に移動して、彫像のように立ち尽くした。
どうやら俺との戦闘は取り止めらしい。
「ふうー……」
安心すると同時に、どっと疲れが押し寄せる。
気を抜いたせいか、ガントレットの変化も解け、俺はその場に座り込んでしまった。
もちろん油断した隙をつかれないよう、口だけさんから目は離さないままだ。
しかし焦った。
正直、真正面から勝負して口だけさんに勝てるかと言われるとかなり怪しい。
思いとどまってくれて助かった。
ただ、不意に思う。
もしかしたら、俺はいつか口だけさんと決着をつけないといけない日が来るのかも知れない。
その時はどちらかが消滅するまでやり合うことになるのではないか。
そんな予感に、小さく身体を震わせた。
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