14 依頼を受けるぞ

 ゲームを買うお金が欲しい。

 切実に欲しい。


 久しぶりにゲームに触れたことで、俺の中でミア友とゲームをして遊びたい欲が高まってしまっていた。


 かといって、ミア友に貢がせるようなことはしたくない。

 なにか良い方法はないものか。


 そんなわけで、ビデオ通話で真夜さんに、お金を稼ぐ良い方法がないかどうか聞いてみた。


『うーん、収益化が出来れば一番だと思うけど、ミアミアは幽霊だからねえ』

「そうなんですよねぇ」


 そもそも小学生は収益化どころかアカウントの作成すらできない仕様だ。

 今あるアカウントはあくまで生前にお父さんが作ってくれたものに過ぎない。


 逆に言えばお父さんが申請してくれれば収益化も通る可能性はあるが、俺は自分からはそれを頼むつもりはなかった。


『いっそ除霊活動してみるとか』

「勘弁してください……」


 実際、真夜さんの件があってからというもの、ツミッターやマシュマロなんかで心霊現象の解決を依頼されることが増えてきていた。


 俺としては自衛するための力は手に入れたいものの、積極的に悪霊に絡みたいわけではない。

 前回は友達である真夜さんが関係していたから動いただけで、下手したら命の危険がある除霊を生業にしたいとは思わないのだ。


『うーん、そっかー、そうだよねー。ミアミアがその気ならと思ったんだけど……』

「えっと?」


 話を聞いてみると、どうも真夜さんの配信仲間が俺の評判を聞いて会えないかと尋ねてきたらしい。


 何でも頼みたいことがあるらしく、謝礼も払うのでお願いできないかとのこと。

 別に何がなんでもということではなく、可能であれば程度の話らしいが、俺の気が乗らないようならお断りしてもいいらしい。


「なるほど……」


 とはいえ、先ほども言ったように、俺は除霊活動をメインに行うつもりはない。


 銃を持ってるからといって怪物と戦う稼業に就きたい人がどれほどいるだろうか。

 あくまで戦うのは自衛のためで、逆にそう限定しておかないと、いつか俺は悪霊にやられて消滅してしまうんじゃないだろうか。


 今回は縁が無かったとお断りしようとしたところで。

 

『夢音とまれって人なんだけど』

「とまるん!?」


 予想外の名前が出てきて驚愕する。


 夢音とまれ。

 登録者は確か十万人を超えていたはず。


 配信内容は主に料理、ほのぼのゲーム実況、AMSRなどを行う癒し系配信者で、おっとりとした性格と全てを包み込むような優しさから、大天使トマリエルなどと呼ばれてもいる。


 何を隠そうミアとしての最後、入院中にもっとも再生していた配信者だった。


 あの時は二度目の死を目前にして荒んでいたので、癒しを求めてたどり着いたのが配信者、夢音とまれのチャンネルだったのだ。


 今にして思えば、幽霊になって配信をしようと思いついたのも、無意識にとまるんのことが頭にあったからかも知れない。

 控えめに言って大ファンだった。

 

『あ、とまちゃんのこと知ってるんだ?』

「とまちゃん!?」


 なんだその親そうな呼び名!?

 

『う、うん、とまちゃんとはデビューしたのがほぼ同時期で、年齢も近かったのもあって仲良くしてるんだよ。だから出来ればお願いを聞いてあげたくはあるんだけど、ミアミアに無理させるわけにもいかないから……』

「む、無理ってこともないような……」


 とまるんからのお願い。思わず心が揺れそうになる。


 生前、入院中の俺を精神的に支えてくれた彼女には恩もある。しかし、だからといってどんな凶悪な悪霊が絡んでいるともわからない依頼を受けるのは。


 やっぱりこの話はキッパリと断るべきじゃないだろうか。

 しかし、とまるんが困っているのに?

 

『あ、そういえばとまちゃん、確かゲーム機のスミッチ二台持ってたはず。一台買った後に抽選で当たったとかで。もしかしたら頼めばくれるかも』

「真夜さんのお友達からの頼みじゃ断れませんね。話を聞くだけ聞いてみようと思います」


 とまるんからの頼みに加え、念願のゲーム機が手に入るかも知れないと聞いて俺は折れた。


 現金と言うならば言え。

 幽霊になった俺にとってスミッチを手に入れる機会など最早ないかも知れないのだ。


 欲しいものは欲しいんだ!


『ほ、本当に!? 無理してない?』

「無理なんてしてません。もちろん話を聞いて危険だと思えばお断りさせていただきますから」

「う、うん、それでも助かるよ! じゃあ早速呼んでもいいかな?」


 え? 今から呼ぶの?

 心の準備ができてないんだけど?

 

「わ、わかりました、どうぞ」


 内心の動揺を悟られないように、俺は努めてクールに切り返した。

 果たして、

 

『もしもし?』


 真夜さんが映ってる画面の横に、ゆるふわウェーブの美人さんが登場した。


 あびゃびゃびゃびゃびゃ!?

 ほ、本物のとまるんだああああ!?

 俺は発狂した。

 

『やっほー、とまちゃん、ミアミアが話聞いてくれるってさ!』

『初めましてミアさん、この度は私のためにお時間を取ってくださり、ありがとうございます』

「こ、こちらこそありがとうございます。本当にもう、ありがとうございます」


 まずい、感動のあまりろくに言葉が出てこない。

 

『なんでミアミアがお礼を言うの?』

「それはその……生まれてきてくれた感謝というか、その存在全てを肯定せざるを得ないというか」

『どういうこと!?』

『あ、ありがとうございます?』


 いかん、とまるんを動揺させてしまった。

 今はとにかく自我を捨て、一幽霊として対応しよう。

 

「えっと、幽霊配信者のミアです。とまれさんの配信は以前から見させていただいてます」

『そうなのですか? ふふふ、なんだか嬉しいです。ありがとうございます』


 ほわー? なにこれ笑い声ちょー可愛い。天使かな?

 

『えー、なんかミアミア対応おかしくない? 私の時はもっとドライだったのにー』


 真夜さんシャラップ。

 真夜さんのことは好きだが、さすがにとまるんと比べると分が悪い。

 世界に人類は数多くいれど、とまるんは一人しかいないのだ。

 

「あの、その、それで、あの、お話が、ある、とか?」


 言葉が上手く出てこず、モジモジしてしまう。

 我ながらキモい。

 完全に限界化している。


 何とか気持ちを切り替えないと、とまるんにおかしな子だと思われてしまう。

 それは避けなければならない。


『はい、ちょっともう私だとどうしようもなくて……初対面のミアさんにこんなことを頼むのは良くないとわかっているのですが、恥を承知でお願いします……』


 そう言ってとまるんは頭を下げた。

 どうやら思ったより深刻な話のようだ。


 浮ついていた心が平静を取り戻す。

 断ってもいいということだったので、切羽詰まってはいないと考えていたのだが。


『数日前のことです……』


 話を聞くと、数日前に祖母の飼っていた猫、ドラゴンファングちゃん雌20歳が亡くなったらしい。


 ドラゴンファングって。

 雌なのにすごく強そうな名前だ。しかも20歳。かなり長生きしたほうなんじゃないだろうか。


『祖母はファンちゃん、あ、すいません、猫のことです。ファンちゃんを溺愛していまして……』


 ドラゴンファングでは長いので、ファンちゃんと呼んでいたらしい。可愛いね。


 さて、そんなファンちゃんが亡くなったことで、祖母はそれはもう大変なショックを受けたらしい。

 ペットロスどころの話ではなく、自分も後を追って死ぬのだと一切の食事を摂らなくなったそうだ。


 家族総出で説得し、何とか水は飲ませたものの、食事は口にしても吐き戻してしまう。

 日に日にやつれていく祖母の姿に、とまるんは心を痛め、なんとかできないかと考えたらしい。

 

『そんな時、真夜ちゃんの件からミアさんのことを知って、これならと思いました。図々しいお願いだとわかっているのですが、他に方法も思いつかなくて』


 そう言ってとまるんは泣き出してしまった。

 お願いの内容はというと、つまり死んだ猫が幽霊として存在しているのなら、俺のカメラを通してその姿を祖母に見せることができないかというものだ。


 確かにカメラ師匠なら幽霊を映すことができる。どこにでも移動できるから、とまるんのお婆ちゃんの家に行って猫を映すことも可能かも知れない。

 ただそれには当然いくつかの問題がある。

 

「根本的な話として、ドラゴンファングちゃんの幽霊がいるかどうかは行ってみないとわからないですけど……」


 そう、それが問題だ。

 というか、いない確率のほうが高いのではないだろうか。


 幽霊自体はどこにでもいるというか、少し街を歩けば数人程度は簡単に出会うことができる。

 動物霊もごく稀だが見かけるので、存在しないということはないんだろうが。

 しかし、それでも俺の所感としては数が少ない。


 全ての人間や動物が死んで幽霊になるのなら、世界はもっと幽霊で溢れていなければおかしい。

 つまり、何らかの要因で幽霊は制限されているのではないだろうか。


 それは例えば成仏かも知れないし、最初の俺のように転生したのかも知れない。

 口だけさんのような悪霊に食われるということもあるだろう。


 厳密にはよくわかっていないが、少なくとも全ての存在が死後幽霊として存在しているとは思えない。


『はい、それは理解してます……いなければミアさんには無駄足を踏ませることになってしまいますが……』

「いえ、それはいいんですけど」


 正直、この時点で俺はもう、依頼を受けることを決めていた。


 元々とまるんの頼みであることと、ゲームが貰えるかも知れないということで、乗り気ではあったのだ。

 それが人ひとりの命までかかっているとなれば否やはない。


 内容的にも猫を撮るだけだし、特に危険も無さそうだ。

 成功確率はそれほど高くないように思えるが、とまるんが藁にもすがる思いなのもわかる。


『ただ、祖母が言うには、ファンちゃんが家の中にいるのを感じるそうです。私もふとした拍子にファンちゃんがそこにいるような気がして……だからきっと居てくれると思います』

「なるほど……」


 う、うーん、どうなんだろうか。

 気のせいである可能性も高そうだが。

 いや、意外と家族の第六感はバカにできないのだろうか?


 まあ何はともあれ行ってみないと始まらない。

 俺は今回の依頼を受けることを伝えた。

 

『本当ですか!? ありがとうございます!』


 とまるんは涙を拭って満面の笑顔を見せてくれた。


 守りたい、この笑顔。


 正直猫の幽霊はいない確率も高いので、その時にこの顔が曇るのかと思うと気が重い。


 しかし、受けたからには精一杯やれることをやらないと。

 頼むぞドラゴンファングと心の中で念じつつ。

 

『あ、それと報酬の話なのですが……おいくらほど』

『あ、それなんだけどね、とまちゃん。ミアミア今欲しいものがあるみたいで』


 今まで黙って成り行きを見守っていた真夜さんが、ここは自分の役目とばかりに俺の希望を伝えてくれた。


 とまるんは、ゲーム機については元々使っていないものだからと譲渡を快諾。さらに、余り物を渡すだけでは申し訳ないので、配信用のキャプチャーボードを買ってプレゼントしてくれるという話になった。


 俺は恐縮したが。

 

『ミアさんの配信、観させていただきましたけど、とっても可愛くて素敵でした。私もミアさんのファンになっちゃったので、ミアさんにプレゼントできるなら嬉しいです。良いのかなって思っちゃうくらい』


 そう言って上品に笑うとまるん。

 ああー、浄化されるー。


『じゃ、じゃあ私も何かプレゼントする! えっと、何がいいかな、やっぱりお線香とか!?』


 何故か対抗して真夜さんがプレゼントを申し出てくるが、線香は丁重にお断りさせていただいた。 


 いらんわそんなもん!

 真夜さんは俺を成仏させたいのか!


 とはいえそれで引き下がる真夜さんでもなく、結果、ゲーム機に使うSDカードと、ゲームを二本引き換えられるカタログチケットをいただくことになってしまった。


 いいのかなと思うが、真夜さんいわく、先日のお礼ができてなかったからちょうどいいとのこと。

 なので、ありがたくいただくことにした。


 ふふふ、着々とゲーム配信環境が整っていくな。ミア友のみんな喜んでくれるかな。

 ミア友とゲーム対戦する自分を思い浮かべつつ、真夜さんととまるんに感謝する。


 さて、となると俺もやることをやらないとな!

 とまるんに祖母の家の場所を教えてもらい、翌日伺うことを伝える。


 とまるんは当然として、何故か真夜さんも一緒に来るらしいが、まあそれはいいとして。


「お前もついてくるんだよな?」


 口だけさんのほうを振り返る。

 今回は特に危険も無さそうだし、家に居てくれてもいいのだが。


 とはいえ何があるのかわからないのが幽霊案件だ。

 慢心は良くないとも言える。


 まあどのみち何を言おうがついてくるのだから考えるだけ無駄なのだが。

 

「何も起きないといいけど」


 にわかに嫌な予感がし始め、一人背筋を震わせる。


 どう考えても危険はない、空振りに終わる確率のほうがよほど高い案件だ。

 そう自分を納得させながら、今日の配信では何を話そうかと思案する俺だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る