6 アーカイブは残らないぞ(後)
「そういえば、みんなアーカイブって言ってたけど何かあった? ちゃんと残ってなかったとか?」
手違いで見れなかったとかなら申し訳ない。
個人的には好きな配信者の配信は全部見たい派なので、消される悲しみはよくわかる。
それを自分の視聴者さんに味わわせたかと思うと……うっ、心が痛い!
『ミアちゃん映ってない』『アーカイブはあるけど中身が無い』『ミアちゃんいないね』『ほのぼの配信が一転恐怖映像になってて草』『幽霊って信じてなかったけどあれ見たら信じざるを得ない』
「え!?」
どういうこと!?
慌ててアーカイブを……口だけさんに殴られる前と後で、短いものと長いもの、二つのアーカイブがある。
取り敢えず長いほうをクリック。
すると、流れるのは延々薄暗い部屋だけの映像。
「うわあ……」
我がことながら軽く引いた。
ガチめの心霊現象じゃないか。
映像は変わらないのに、コメント欄が和気藹々としているのが、逆に怖さを掻き立てる。
鏡や通常のカメラに映らないのは知っていたが、まさかこの謎カメラを使ってさえ記録に残らないとは。
これはちょっとどうしようもないというか。
アーカイブ残せないじゃん……。
『ミアちゃん引いてるww』『やっぱ知らなかったんやなw』『怖い(´;ω;`)』『幽霊も大変だなw』『草』『アーカイブ残らないのは困るな』『反応に笑うw』『どうにかならない?』
「ごめん、ちょっとこれは……どうすればいいかわかんない。これからは早めに予約枠取るから許して……」
正直、過去配信を残せないのはかなり痛い。
好きな配信者が過去どんな配信をしていたのか見たいのは当然の心理だし、それができないとなると見るのを止める層も一定数いると思われるからだ。
別に有名になりたいわけではないが、みんなが自分から離れていったらと思うと顔から血の気が引く。
幽霊になった弊害がこんなところにも出るとは!
嫌だ、もう一人だった頃には戻りたくないよ。
「ぐすっ……早くから予約枠立てて告知するから、うくっ、なんとかみんなに見て貰えるようにするから見捨てないで……」
情けないことに涙が出てきてしまった。
ちくしょう、いい歳して何が見捨てないでだ。
しかし、胸に去来する恐怖だけは拭いようもなく。
くそ、涙が止まらん。
『泣かないで』『ああぁああ』『泣かないで』『見捨てたりしないよ!』『愛してる』『幽霊って泣けるんだな』『こんな可愛い幽霊おる?』『毎日見にきます!』
『俺もうロリコンでいいや』『SNSで告知とかするといいかも』
「ありがどうみんな……あ、ぞ、ぞうだね。ずずっ、SNSばじめよう」
みんな優しくて更に涙が。
しかしそうか、SNSがあったか。
スマホに触れなくなってからというもの、頭の中から除外されていたが、パソコンがある今ならそれも可能だ。
「じゃ、じゃあツミッターでアカウント作るから、ちょっと待ってね」
『はーい』『やったぜ』『うひょー』『どんな呟きするのか楽しみだな』『幽霊の日常?』『即フォロー不可避』
ツミッターは生前もやってたから操作はお手の物だ。
なんなら複数アカウント作ってたというか、他人の呟きを見るために作ったフォロー、フォロワーともにゼロのアカウントがあるので流用できる。
名前の部分だけちょっとイジって……と。
「じゃあツミッター、幽霊ミアで作ったからフォローしてくれる人はよろしく、コメント欄にURL貼っとくね」
『待ってた』『ちゃんとできて偉い』『フォローした』『開始年が2年前で笑う』『生前のアカウント?w』『フォローもフォロワーもゼロなんですが』『ぼっちwww』『ぼっち草』『俺がいるだろ!』
「いや、それ監視用垢だから! ぼっちとかじゃないから! 友達いっぱいいましたー! 大人気でしたー! そりゃ幽霊になっちゃったから、今はいないけど……」
すいません見栄張りました。
実際のところは生前でも友達は少なかった。
別に嫌われていたわけではなく、それなりに人気もあった気がするが、友達と言えるほどの仲となると……。
自分としても中身がいい大人であるため、子ども達のノリについていけない部分があり、友達はほぼいなかったと言っていい。
というか一人しかいなかった。
キサラちゃん元気かな。
思い出したらなんだか悲しくなってきた。
『あっ……』『あっ』『ごめんな』『お前らごめんなさいは?』『ごめん』『じゃあ俺が友達になるよ!』『俺たちずっと友達だもんげ!』『じゃあ俺は恋人になるわ』『俺はパパな』『お前らさあ……』『通報しました』『欲望ダダ漏れなんだよなあ』
「あ、あはは、ありがとう? まあ実際今はみんながいてくれるから寂しくないよ。ありがとう。できればこれからも一緒にいてくれると嬉しい……かな」
『しょうがないにゃあ』『いいですとも!』『可愛い』『俺が、俺たちが友達だ!』『こちらこそありがとう!』『いい話だなー』『守りたいこの笑顔』
しかし、こんな台詞が出てくるあたり、男だった頃に比べてメンタルが弱くなっている気がする。
精神が体に引っ張られるというやつだろうか。
実年齢はそれなり以上なんだから自重しないと、と思い直す。
でも、みんな本当に優しいな、色々あったけど俺は幸せ者だ。
ひっそりと幸福感を噛み締めていると、
『後ろ!』『!?』『ぎゃー!?』『でたああああ』『グロ』『マジかよ』『ひええええ』『うそだろお前』
またか!?
すわ、口だけさんの強襲かと思い振り向く。
するとそこには、全身が焼け爛れた男性の幽霊がいた。
焼死だろうか、見るからに痛ましい。
安定しないその足取りからして、たいして意識を残しているようには見えない。
俯き気味に、アーだのウーだのうめきながらノロノロと移動する様は、見慣れたいつもの幽霊だ。
たまたま通りかかった浮遊霊だろう。
安心して息を一つ吐く。
特に危険は無さそうだと判断して、視聴者さんにも伝えようとしたその時。
「あっ」
口だけさんが動いた。
つい先刻まで隅っこで彫像のように立っていたのに、いつの間にか男性の幽霊の傍に移動してきている。
何だろう、と思う暇もなく。
一撃。
口だけさんが男性の幽霊を殴りつけたかと思うと、そのまま大きく口を開き、頭から丸齧りに……。
「うわあ……」
咀嚼音が響く。
俺は今どんな顔をしているのだろうか。間違いなく引き攣っていることと思うが。
こいつ朝っぱらからなんてものを見せてくれるんだ。
グロ映像ってレベルじゃねえぞ。
視聴者さんも見ちゃったよなこれ。子どもが見ていたら確実にトラウマレベルだ。
というか、ひょっとして昨日俺に襲いかかってきたのは食うためだったのか。
負ければ自分もああなっていたのかと思うと、さすがに顔が青くなる。
『うおえええ』『グロいってレベルじゃねえぞ』『食ってる』『ヤバすぎわろえない』『やっぱり悪霊やんけ!』『これミアちゃん殴られたのもしかして……』『ヤバいヤバいヤバい』『幽霊の世界怖すぎる』
慌ててカメラをズラして見えないようにする。
もはや手遅れな気もするが、やらないよりはいいだろう。
「ご、ごめんみんな! ちょっとハプニングがあったから配信一時停止するね!」
『とんだハプニングですね』『あの、まだ音が聞こえるんですが』『ボリボリ』『ちょっと?』『吐いた』『カメラ戻して』『衝撃映像』『アーカイブ残ったら伝説になれたな』
ああああああ!
慌ててマイクもオフにして、画面を「ちょっと待ってね」画像に切り替える。
もうメチャクチャだよ!
口だけさんのほうを見ると、いつの間にやら食事は終わったようで、男性を襲った位置にそのまま棒立ちしていた。
浮遊霊がいた痕跡など、もう影も形も見当たらない。
きれいサッパリ食い尽くしたらしい。
この野郎。
僕何もしてませんよ、とばかりの立ち姿にイラッとくる。
やっぱり昨日俺に殴りかかってきたのは食うためだったと考えて間違いないだろう。
見た目通りの極悪食。完全な悪霊だ。
腹が立った俺は、半ばヤケクソになって口だけさんの背を押し始めた。
「もういいからあっち行ってて!」
反撃されるのも覚悟の上だったが、意外にも口だけさんは、大人しく押されるがまま部屋から出ていった。
といっても本人は自主的に動かないので、廊下に佇む形になってしまっているが。
何にせよカメラに映らない位置にいてくれるならそれでいい。
「いいか、入ってくるなよ! ここは俺の部屋なんだからな! 次入ってきたら承知しないからな!」
威嚇するように言い放ち、部屋へと戻る。
口だけさんがついてきていないことを確認すると、慌てて配信を再開した。
「ごめん、みんなお待たせ!」
『嫌な事件だったね』『おかえりー』『口だけさんいなくなってる?』『口だけさんどこいった』
「あいつは部屋から追い出した。もう入れない」
『草』『カワイソスw』『下手したら垢BANだし仕方ないね』『また幽霊きたらやりそう』
垢BAN!?
「え、嘘、垢BANとか、え、そんなの、え、されないよね?」
『あー』『大丈夫じゃね?』『泣きそうで草』『一回目だし最悪警告かな?』『そもそも実際は何も映ってないことになってそうだし』
「うー、あいつはもう、ほんと嫌い! 絶対部屋に入れないからな!」
万が一垢BANなんてされてしまったら俺がようやく見つけた安住の地を失うことになってしまう。
それだけは絶対に避けなければ。
とにかく口だけさんは画面に入れないようにしないとと心に誓う。
と、
『草』『言った端からww』「ちょりーすw』『ぬるっと入ってきたなw』
コメントから嫌な予感がして振り返ると、口だけさんが何食わぬ顔で部屋に入ってきていた。
定位置である隅へと移動している。
「こ、こらー! 入ってくるなって言っただろー!」
こいつもう本当にふざけるなよ!
慌てて追い出しにかかる。
今度は配信を停止する暇も無かったため、この後、口だけさん相手に奮闘する姿を見ていた視聴者から揶揄われた。
口だけさんは絶対に許さん。
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