3 初配信をするぞ
『wktk』『まだかー』『おっさんが出てくるに100ペリカ』『早く釣り宣言しろ』
視聴者数の欄には既に10の文字が。
つまるところ、既に10人もの人間が俺の登場を待っているわけで、あ、14人に増えた。
前世で志したことはあれど、実際には生放送はおろか、動画配信すらしたことのない俺だ。
今更になって若干の後悔を覚えて背筋に汗をかく。実際にはかけないので気分だけだが。
なんにせよこの上なくヒヨっている。
『まだかー』『おっさんはよ』『俺は可愛い幼女が出てくるって信じてるよ』『ラーメン食べたい』
いつの間にか視聴の人数が21人に増えていた。
このままグダグダしていたところでもはや後には引けない。
ええい、男は度胸!
俺は勢いに任せて配信開始ボタンを押した。
「ええと……みなさーん、見えますかー?」
『キターーー!!』『幼女キター!』『美少女!』『なんか透けてね?』『くっそ可愛いんだけど』『外人の方ですか?』『予想の50万倍可愛い』『ガチで幽霊?』『部屋暗くて草』
「うわ、本当に見えてる。ええと、声も聞こえる?」
『聞こえるよー』『本当に幽霊なんですか?』『声も可愛いな』『なんで透けてんの?』『どうやってんだこれ』『なんか一瞬画面が乱れて怖い……』
「え、画面の乱れってなにそれ怖い……こっちは特になにもしてないんだけど」
少なくともこちらからは何の問題も見られない。やっぱり幽霊だから謎の波動でも出ているんだろうか?
「ええと、と、とりあえず幽霊JSのミアでーす、よろしくねー?」
画面に向かってピースなんかしてみたりするものの、恥ずかしくなって笑顔が引き攣る。
うわあ、今更ながら幽霊JSって肩書き自体なんか寒いぞ。
しかもミアって本名言っちゃったわけだけど、幽霊だから別にいいのか?
って気付けば見に来てくれている人数が35人を記録していた。
35人!?
ついさっきまで21人だったのに、いつの間にそんな増えたの!?
『可愛い』『照れてるの可愛い』『あへ顔ダブルピースしろ』『待って本当に透けてない? ガチで幽霊?』『浮いてみてくれー』『こんな可愛い子が死んじゃったのか』『光速でチャンネル登録した』
「あ、チャンネル登録ありがとうございます。へへへ、えっと、浮けばいいのかな? よっと」
なんだか現実感がないというか不思議な気分だ。
自分が不特定多数の人に見られて会話できてると思うと、久しぶりに幸福を感じる。
空気に酔っているとでもいうのだろうか?
別段難しいこともないのでその場でフヨフヨと浮く。
一応スカートなので、万が一にも中身がカメラに映らないよう足を横に向けてではあるが。
『どういうトリック?』『浮いてる』『やべえええ』『足こっち向けて』『怖い(´;ω;`)』『なんで幽霊になっちゃったの?』『人間には無理な空中機動してくれ』
「怖かった人ごめん。んー、元々体が弱かったし、病気でポックリって感じかな。気がついたらこんななってた。空中機動は……スカートだからやめとく、また今度ね」
『ちっ』『ちっ』『ちゅっ』『お前らw』『その年で死んじゃったの可哀想』『何か未練でもあるの?』『部屋暗くない?』『まだトリックを疑ってる俺ガイル』
「未練とかは特に無いかなー。勿論もうちょっと生きてはいたかったけど、本当に気がついたら幽霊になってただけだし。部屋はごめん、ものに触れないから電気つけられないんだ」
それ以前にここに電気が通っているのかもわからない。パソコンがついているんだから通っていると考えるのが普通なのかも知れないが、なんかこのパソコン色々おかしい気がするし。
『幽霊だから触れないのか』『あれ、でも配信はできるのか』『どうやって配信してるの?』『スレ立てもしてたよな』『怖い(´;ω;`)』『僕の大事なところも触ってください』
「怖がらせてごめんね。いや、なんか、その辺自分でもよくわからないんだけどさ。ここ廃墟なんだけど幽霊の体でも触れるパソコンが置いてあったから使わせてもらってるんだ」
自分で言ってて余計に意味がわからない。案の定、疑いのコメントが溢れる。
『は?』『幽霊専用のパソコン?』『そこ廃墟なのw』『一気に胡散臭くなった』『そんな都合の良いことある?』『可愛いからなんでもいいや』『その廃墟がマヨヒガとか? もしくはパソコン自体が付喪神化してたらあり得るのかな?』『廃墟に電気きててネットもつながってるってマジ?』
「疑われるのは仕方ないけど本当なんだよなあ。自分もこれが何なのか知りたいくらいだし。マヨヒガって、富をくれる異界の家だっけ? 考えたこと無かったけど付喪神とかはありそうかな?」
マヨヒガは確か遠野物語だったか。迷っている時に生活感のある、しかし人のいない家にたどり着く。その際には一つだけ家の中のものを持ち帰って良い、持ち帰れば金持ちになれる、それは山神からの贈り物であるみたいな話だった気がする。とはいえここは元が俺の家だけにマヨヒガってのは無いと思うが……十年程度放置したくらいで異界化なんてしないだろうし……しないよな?
それを言えばパソコンも付喪神化するには早すぎる気がする。付喪神、長い年月を経た道具が生命を宿すと言われるが、これもたかだか十年。しかも普通に使っていただけのパソコンが命を宿すと言うのも現実感がない。
幽霊自体現実感がないと言われればその通りではあるのだが。
そう考えると本当にこれってなんなんだろうな。
元々俺の家にある普通のパソコンだったのは間違いないが、明らかに超常化している。
何か人ならざるモノの手が入ったと言われても、納得してしまうほどだが。
「でもこのパソコンとカメラがあってくれたおかげでみんなと話せてるから。なにはともあれ感謝かな」
実際あのまま人と触れ合えないままだと、いつか俺は発狂してしまったかも知れない。
だとするならこれらがどんな存在であったとしても恩人……恩パソコンか? には違いない。
「あと、もちろんこうやって相手してくれてるみんなにも感謝してるよ。本当に寂しかったからさ。えへへ、ありがとね」
我ながら柄にもなく素直な気持ちをお伝えする。
少し気恥ずかしくなって笑ってしまう。
顔もちょっとだけ赤くなっているかも。
『可愛い』『可愛い』『惚れた』『こっちこそ配信ありがとう』『結婚してくれ』『寂しかったのか』『幽霊仲間とかいないん?』
「幽霊仲間かー。実はあいつらさー、なんていうか、意思疎通が難しいというか……」
そうして、今まで出会ってきた幽霊の様子をお伝えする。
特に隣の家の体育座り少年なんかは念入りに描写させていただいた。
『嫌われてるww』『幽霊に避けられるの草』『俺が幽霊ならむしろ近付くのに』『草』『ぼっち可哀想』
「ぼ、ぼっちじゃないから! あんな陰気なやつらこっちから願い下げだから! そりゃ幽霊の友達はいないけど……』
でも本当に何で避けられるんだろう?
自分で言うのもなんだが俺は無害なただの小学生だし、特別嫌われる要素もないと思う。
俺だけ意識がハッキリしてる感じなのも気になる。
死者とはそういうものなのかも知れないが、彼等からは一定の知性というか、理性のようなものを感じられないのだ。
一瞬思考の渦に沈みそうになるが、今が配信中であることを思い出して慌てて意識を視聴者のほうへ戻す。
と、その時だった。
不意に、肌が泡立つような、背筋に氷柱をぶち込まれるような悪寒を感じた。
『後ろ!』『後ろー!』『おいおい』『なにこれ』『ヤバい』『後ろ!!』『演出か?』『壁抜けしてきた』『こええ』
「え?」
コメントの騒ぎようから、後ろに何かいると判断して振り返る。
するとそこには、スーツを着た唇のお化けが立っていた。
唇お化け、という形容がしっくりくるだろう。体は普通に成人男性のものだ。やや草臥れたスーツではあるが、どこにでもいるようなサラリーマンを連想させる。
しかし、その顔の部分には、目も鼻もなく、ただ巨大な唇だけがついていた。
先ほどまでは間違いなくいなかったはずだ。
どこから現れたのか、まさに唐突に部屋に出現したように感じる。
「なに」
これ、と言おうとした瞬間、顔に衝撃が走った。
○
殴られた、と気付いたのは廃墟の壁を突き抜け、外に放り出され、なんとか空中で制御を取り戻してからだった。
「なん……だこれ」
頭がグワングワンする。
幽霊になってから初めて味わう痛みだった。
そう、痛い。
思わず涙目で顔面を押さえてしまうほどには痛みを感じている。
殴られた?
直前でこちらに向かってくる拳を見た気がする。
唇お化けが仕掛けてきたのは間違いないだろう。
しかし何故? そもそもアイツは何だ?
痛みと混乱でまとまらない思考が頭を巡る。
とはいえ、この状況をもたらした張本人は悠長に考える時間を与えてくれるつもりはないようだ。
廃墟の壁をすり抜けて、唇お化けが姿を現す。
立ち姿からは何を考えているのかさっぱりわからない。
彼我の距離は20メートルほどだろうか。
一歩一歩気負いのない様子で近付いてくる。
「お前、なんなんだ! いきなり何するんだ!」
声をかけると、唇お化けの歩みが止まった。
こちらの声が聞こえているのか?
なら対話の余地も、と考えた瞬間。
唇お化けがこちらに向けて飛んできた。
文字通り飛んで、今までとは異なるスピードで一息に接近してくる。
「くっ!?」
振り下ろされる拳を紙一重でかわす。
問答無用かよ!?
なんとか距離を取ろうとするものの、今度は右のフックが飛んでくる。
頭を屈めることで辛うじて回避。
バックステップで距離を取ろうとするが、直前、左のストレートが繰り出される。
「ふざけんなよお前え! そっちがその気なら知らないからな!」
カウンターで拳を腹部に叩き込んでやった。
舐めるなよ、こちとら格闘漫画を山ほど読んでるんだ!
なんとなく、こう、そこはかとなく戦える気くらいはするんだからな!
半ばまぐれ当たりのような一撃だったが、それなりに効果はあったようだ。
唇お化けの勢いが止まる。
体格の差は明白だ。成人男性然とした唇お化けに、小学生程度の俺の一撃がどこまで効くのか不透明だったが、効果があるなら戦える。
戦う? 俺が? こんな化け物と?
一瞬怯懦が鎌首をもたげるが、頭を振って振り払う。
向こうから仕掛けてきたんだ。やらなきゃやられる。
逃げるという選択肢もあるが、俺は自分でも驚くほどに目の前の廃墟に執着していた。
俺が人間と交流できる唯一かも知れない場所だ。
ここで逃げたらその場所を失うかも知れない。
そんな根拠のない恐怖が俺を突き動かした。
「ああああああっ!!」
殴る、殴る、殴る。
亀のように防御を固めた唇お化けを、ところ構わず殴りつける。
効いているのかいないのかもよくわからない。
余裕も効率もない。ただひたすらに拳を振るう。
いけるか? と思ったのも束の間。
ふいに、唇お化けの体が揺れた。
それが、腰をひねることで溜めを作ったのだと気が付いた時には、目の前に拳が迫っていた。
ガードが間に合った。
が、防御の上から構わず叩きつけられる拳に、衝撃で首が弾かれ、視界に空が映り込む。
ヤバい。
大勢を立て直さないとと思うのも一瞬。
腹部に唇お化けの拳が突き刺さった。
「うごぇ……」
強烈な痛みと吐き気。
気付けば、俺は地面に倒れ込んでいた。
○
136 風来の名無しさん ID:
うわあああああ
137 風来の名無しさん ID:
やべえええええええ
138 風来の名無しさん ID:
ミアちゃんどうなった?
139 風来の名無しさん ID:
幼女ちゃん顔が唇の化け物に殴られて吹っ飛んでったんだけど
140 風来の名無しさん ID:
これマジ?
やらせだよな?
やらせだと言ってくれ
141 風来の名無しさん ID:
お前ら馬鹿だな
仕込みに決まってんだろうが
だよな?
142 風来の名無しさん ID:
正直あの唇人間を見てから震えが止まらないんだが
143 風来の名無しさん ID:
ガチっぽかったよな
なんというか存在感が違った
144 風来の名無しさん ID:
ミアちゃん大丈夫なのか?
145 風来の名無しさん ID:
今北産業
146 風来の名無しさん ID:
>>145
唇人間
美少女幽霊JSミアちゃん殴られて吹っ飛ぶ
画面暗転
147 風来の名無しさん ID:
怖すぎわろえない
148 風来の名無しさん ID:
>>146
トンクス
ガチでJSだったのか
149 風来の名無しさん ID:
>>148
そこはもはやどうでもいい
150 風来の名無しさん ID:
怖い(´;ω;`)
151 風来の名無しさん ID:
あの化け物壁抜けしてきたよな
つまりミアちゃんと同じでこの世のものじゃない?
152 風来の名無しさん ID:
>>151
見るからにそうだろ
あんなのがこの世のものだったらそっちのほうがビックリだわ
153 風来の名無しさん ID:
俺の嫁が……
154 風来の名無しさん ID:
誰か霊能力者はいないのか
ミアちゃんを助けてくれ
155 風来の名無しさん ID:
>>153
俺のだから
156 風来の名無しさん ID:
お前ら何マジになってんのwww
やらせに決まってんだろwww
157 風来の名無しさん ID:
頼むからやらせであってくれ
158 風来の名無しさん ID:
貴重な美少女JS幽霊が……
159 風来の名無しさん ID:
あの唇野郎許さん
160 風来の名無しさん ID:
JSと聞いてお前らの生き霊がペロペロしに来てしまったのか
161 風来の名無しさん ID:
>>160
あれペロリストかよwww
162 風来の名無しさん ID:
おもくそ殴ってたんですがそれは……
163 風来の名無しさん ID:
お前ら最低だな
164 風来の名無しさん ID:
ミアちゃん頼むから無事でいてくれ
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