2 掲示板に書き込むぞ

 あの気味の悪い笑い声が今でも耳に残っているようで、寒気がする。

 金輪際あの駅に近付くのはやめようと心に決める。


 取り敢えず跡をつけられないように入念に回り道をしながら、路面バスへと乗り込んだ。

 やはり、バスに憑くことで問題なく乗車できる。おそらく車や飛行機でもいけるだろう。少なくとも移動という面では心配することはなくなった。


 とはいえ、幽霊である以上、乗客からは俺のことが見えていないわけで。

 座ってようが立っていようが重なってこられるのはあまり良い気分ではないので、基本は天井に引っ付くように逆さまに座り込んでいた。


 幽霊になったおかげで、酔うことも、無茶な体勢で身体を痛めることもなく、我が家までの道のりは順調に消化できた。


 そして、少し住宅街から離れたバス停で降り、フヨフヨと飛ぶこと十分。

 空が赤み始めた頃、ようやく俺の視界に懐かしの我が家が飛び込んできた。


「うわあ……」


 案の定というか窓ガラスは割れ、壁面に蔦は絡み、庭の草は生えるに任せた見事なまでの廃屋がそこにはあった。


 周囲に人家が無いせいか、夕刻ということも相まって無駄におどろおどろしい雰囲気を醸し出している。

 近所の子供たちにお化け屋敷認定されていてもおかしくないほど、荒れ果てたマイホームの姿に悲しくなる。


「なんかお化けでそうだな……って俺か、ははは」


 少しだけおよび腰になりつつも、俺は癖で玄関のドアを開けようとして……すり抜けたのでそのまま中に入り込んだ。


 中はこれまた予想以上に荒れていた。おそらくだが、俺の死後に誰かが荒らしたのではないだろうか。


 元々地価が安い場所ということもあって、俺の家は割と広めに造られていた。

 豪邸というほどではないが、通常の二階建てに比べると倍くらいの大きさはある。

 周囲に人家が無いというロケーションと相まって、肝試しの学生や廃墟好き、不良やホームレスなどに目をつけられたのかも知れない。


 少なくとも、生前の俺はここまで家の中を散らかしたりはしなかった。

 廊下に見覚えのないエロ本が落ちているのを見た時は、気持ち悪さと共に軽く殺意を覚えた。

 同時に、俺の秘蔵のエロ本も放り出されていて、本気で下手人を呪い殺したくなったわけだが。


 なるほど、そりゃ廃墟探索する輩が祟られるわけだと納得する。

 あいつら人の家に土足で入り込んで滅茶苦茶していくわけだもんな。

 もし家主が幽霊として存在していたなら、怒って当然、場合によっては憑かれても文句は言えないだろう。


 まさか自分が幽霊になることで、我が家を荒らされる辛さが理解できるとは。

 人生本当に何が起こるかわからないものである。


 あ、リビングに黒猫が居やがる。野良が住み着いたのかな?

 生前お気に入りだったソファを占領されていることに思うところはあるが、さすがに動物様は仕方ない部分もあるので、ため息一つ、階段を上る。


 そもそも俺が怒ったところで何ができるわけでもない。

 ただ意識がハッキリしていて浮くことができるだけの無力な存在なのだ。

 人間に触れることもできなければ、ポルターガイスト現象を起こせるわけでもない。


 まあ別にできたとしても、本当に誰かを呪うつもりなんて俺にはないが。

 そういうのは今のところ必要ない。

 特に恨んでいる相手もいないしな。


 階段を上って左手側、奥の方に開け放たれた扉が見えた。

 そこは懐かしい俺の部屋だった。

 色々漁られてたら嫌だなあと思いつつ、恐る恐る中を覗き込む。

 すると。


「おお?」


 僅かに聞こえる駆動音。そして漏れるディスプレイの明かり。

 部屋は綺麗とまではいかないものの、思ったよりは荒れていなかった。それ自体は喜ばしいことだが、部屋に入ってすぐの俺の思考を占めたのは別のことだった。

 以前使っていたパソコン、その電源がついていた。


「え、どういうこと? 電気まだきてんの?」


 試しに照明のスイッチに手を伸ばすが、当然のようにすり抜けた。

 おかげで確認ができない。


「まいったな、誰が電気代払ってるんだろ。叔母さんとか……いや払うわけないよな」


 なんにせよ、今こうして電源が入っているということはそういうことなのだろう。

 こんな廃屋の電気代を払い続けているとは、なんとも物好きな人間がいたものだ。


 いや、ちょっと待てよ。

 よくよく考えると仮に電気が来ていたとして、長時間起動しっぱなしの場合はスリープモードに移行しないとおかしい。

 となるとつい先程まで誰かがここにいて、パソコンを触っていたのではないだろうか?


「まじか」


 あるいはホームレスでも住み着いていて、そいつが電気代を払っているのかも知れない。

 そう考えると、突然言いようのない気持ち悪さが襲ってきた。


 パーソナルスペースに見知らぬ男が無遠慮に踏み込んできたかのような嫌悪感。

 実際には、この家は既に十年以上空き家なわけで。

 そういうことがあっても仕方ないとは思うが、かといって感情が納得するかというと、それはまた別の問題だ。


 なんとなく腹立ちまぎれに、モニターを覗き込む。

 そこに映っているのは生前俺も愛用していた検索サイトだった。

 特別面白いことはないもない、ただの検索バーだけが画面中央に鎮座している。

 なんだつまらない、そう言おうとして、ふと動かした手が何かに当たって音を立てた。


「え?」


 それはマウスだった。

 多ボタン型の、俺が愛用していたマウスそのままだ。

 それが今、俺の腕に当たって、動いた。


「え? え? なんで? どういうこと?」


 恐る恐るマウスに手を伸ばす。

 手に伝わる冷たい感触。

 触れる。

 このマウス触れるぞ!?

 

「いやいやいやいや、おかしい、おかしいだろこれ!?」


 起きている事実が信じられず、マウスを無駄に大きく、円を描くように動かす。

 それに伴い、モニターに映るカーソルも盛大に回転していた。


 パソコンにも繋がってるぅうぅう!?


 当たり前のことであるのだが、俺は混乱の極みに達していた。

 言うまでもなく俺は幽霊だ。それはこの数ヶ月で散々確認している。物には触れず、人からは見えず、声も届かない。それが基本であり、絶対の法則であるはずなのだが。


 もしやと思い、キーボードに指を這わせる。

 カタカタと軽快な音を立て、キーボードは俺の思う通りの文字をモニター状に表示した。


「マジかー……」


 何が起こっているのかまるでわからない。

 実は俺が死んでいたというのは勘違いで、今まで悪夢でも見ていたのだろうか。

 いや、今この瞬間が夢だというほうが納得できるか。


 幽霊が夢を見るものなのかどうかは知らないが、少なくとも今日まで眠気がきたことはない。

 じゃあ目の前の現実はなんなのか。

 

「おおお落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。理由なんて何でもいいじゃないか。とにかく確認しないと」


 どうやらパソコンはしっかりとネットにも接続されているようで、無事に俺が望んだサイトへと飛ぶことができた。


 某巨大掲示板。


 キーボードで文字が打てるということは、幽霊である俺が生きている存在とコンタクトを取れるかも知れないということだ。

 諦めかけていた他人との交流が再びできるかも知れないのだ。


 無いはずの心臓が高鳴る。

 こんなに緊張したのはいつ以来だろうか。

 恐る恐る、俺はサイトへの書き込みを行った。

 


 ○



 このスレが見えるやつちょっとこい


 1 風来の名無しさん ID:

 お前ら俺の打った文字見えてる?!


 2 風来の名無しさん ID:

 しね


 3 風来の名無しさん ID:

 3GETロボだよ

 自動で3GETするすごいロボだよ


 4 風来の名無しさん ID:

 クソスレ立てんなボケ


 5 風来の名無しさん ID:

 ひょっとしてその文字というのは貴方にしか見えないのでは無いでしょうか?

 もしそうなら貴方は統合失調症の可能性があります


 6 風来の名無しさん ID:

 しまった、ここはクソスレだ

 俺が抑えている間に早く逃げるんだ!


 7 風来の名無しさん ID:

 うんこ



 ついたのはクソレスばかりだが、俺は思わずガッツポーズした。レスがつくということは、少なくとも俺が立てたスレが不特定多数に認識されているということだ。

 この数ヶ月で人との関わりに飢えていた俺は、勢い込んでタイピングする。

 

 

 8 風来の名無しさん ID:

 見えてるんだな!?

 やった! 嬉しい! ありがとうお前ら!

 お話しよう!


 9 風来の名無しさん ID:

 は?


 10 風来の名無しさん ID:

 壁に向かってお話してろボケ


 11 風来の名無しさん ID:

 つまり>>1は透明人間か何かか?


 12 風来の名無しさん ID:

 あなた疲れてるのよ


 13 風来の名無しさん ID:

 お薬増やしておきますね


 14 風来の名無しさん ID:

 終わり



 そして書き込みは途絶えた。

 毎秒更新ボタンを押すが、5分経っても10分待っても反応がない。

 いや、いやいやいや。

 そりゃいきなりお話なんて言われても反応に困るかも知れないが、もうちょっと構ってくれてもいいじゃないか!?


 こちとら数か月ぶりの生者とのコミュニケーションである。

 このまま終わってしまうのはあまりにも悲しすぎると慌てて文字を打つ。

 

 ええと、なにか、なにか皆の気を引ける言葉はないかな。

 この際なりふりなんて構っていられない。



 15 風来の名無しさん ID:

 まあそういうなよお前ら!

 こちとらJS女子小学生やぞ!

 お前ら好きだろJS!


 16 風来の名無しさん ID:

 そんな餌に俺が釣られクマー!?


 17 風来の名無しさん ID:

 >>15

 お前のようなJSがいるか


 18 風来の名無しさん ID:

 構わん続けろ


 19 風来の名無しさん ID:

 >>15

 証拠うP


 20 風来の名無しさん ID:

 おっさん暇なの?


 21 風来の名無しさん ID:

 >>15

 おっさん無理すんな


 22 風来の名無しさん ID:

 >>1の人気に嫉妬


 23 風来の名無しさん ID:

 >>15

 ランドセル何色?


 24 風来の名無しさん ID:

 JSはJSって言葉の意味さえ知らんのだわ



 幸いというか、プライドを捨てたカミングアウトのおかげで書き込みは増えた。

 しかし、当たり前だが疑われている。

 写真の1枚でもアップできれば証明できるんだろうが……。



 25 風来の名無しさん ID:

 ごめん、JSなのは本当だけど実は俺幽霊でさ

 カメラどころか鏡にも映らないからうPとかはちょっと無理かも


 26 風来の名無しさん ID:

 解散


 27 風来の名無しさん ID:

 >>25

 そういうのいいから


 28 風来の名無しさん ID:

 幽霊がどうやってスレ立てしてんだよ


 29 風来の名無しさん ID:

 俺には見えるよ

 >>1は30後半のおっさん


 30 風来の名無しさん ID:

 お前らもっと人を信じる心を持てよ

 >>1がほんとにJSの幽霊である可能性だって……いややっぱねぇわ


 31 風来の名無しさん ID:

 それはひょっとしてギャグで言ってるのか?


 32 風来の名無しさん ID:

 以下ラーメンスレ


 33 風来の名無しさん ID:

 とんこつ


 34 風来の名無しさん ID:

 塩


 35 風来の名無しさん ID:

 しょうゆだろ


 36 風来の名無しさん ID:

 >>24

 知ってるやつもいるぞ

 ソースは俺の娘


 37 風来の名無しさん ID:

 釣り宣言まだ?



 いかん、当たり前の話だけど誰も信じてくれない。このままでは俺のスレがクソスレとしてDATの波に飲まれてしまう。

 こういうやり取りができるとわかっただけで収穫ではあるのだが、どうせならもう一歩踏み込んで、俺の存在をみんなに認識してほしい。


 後々考えれば、久しぶりの人との接触に、俺のテンションはおかしくなっていたのだろう。

 普段なら考えられないようなことも平気でやってしまうほどに。

 

「そういえば、このパソコン、外付けのカメラあったような」


 ディスプレイの裏を探してみると、小型のマイク付きカメラが転がっていた。

 恐る恐る手を伸ばし、無事にカメラにも触れることを確認する。


 触れるならひょっとして映るのでは?


 淡い期待とともにカメラを起動、ソフトを立ち上げ映りを確認する。

 実はこれでも昔、一時期配信者を目指して色々勉強した時期があったのだ。

 俺のようなおっさんの需要はないだろうと土壇場で断念したが、環境だけは整えていたというわけだ。


 果たして、カメラには俺の姿がしっかりと映り込んでいた。

 我ながら相変わらずの美少女っぷりだ。

 服装がやや俺好みではなく、些か以上に可愛らしいが、それも人によっては愛らしさを助長する要因だろう。


 いい年したおっさんがこんな可愛らしい洋服を着て人前に出るのかと思うと羞恥に顔が赤くなるが、それでもやっぱり他人に自分を認識してほしいという思いが勝る。

 幸いこの身体は美少女だ。単純におっさんが女装することに比べればウケはいいはず。


 他にも気になることといえば、俺の姿が全体的に半透明なことだろうか。


 端的に行って透けている。


 体の向こうに薄らと背景が見えていて、これ以上ないほどに幽霊感溢れる仕様になっているのはいかがなものだろうか。

 まあ、それもあらかじめ幽霊であることを伝えているので、問題ないと割り切ることにしよう。

 むしろ説明の手間が省けていいかも知れない。


 かってないほど無駄なポジティブさを発揮して、俺は意気揚々と動画サイトを立ち上げた。

 このサイトは本来なら小学生はアカウントを持てないのだが、闘病生活中、お父さんが入院中は退屈だろうとアカウントを作ってくれたのでよく見ていた。

 死後から数ヶ月、さすがにまだ消えていないだろうと思いパスワードを打ち込むと無事にログインすることができた。


 そうなると話は早い。サクッとチャンネルを作成して準備完了である。


「ふぅ……緊張してきた」


 既に人気がなくなりつつある掲示板に、急いで生放送を開始する旨を書き込むことにした。

 


 38 風来の名無しさん ID:

 mytobeで生配信します

 証拠見せてやるぞ


 以下チャンネルURL:ttp://www…………


 39 風来の名無しさん ID:

 マジで!?


 40 風来の名無しさん ID:

 キタ━━━(゚∀゚)━━━!!


 41 風来の名無しさん ID:

 うおおおおおおお


 42 風来の名無しさん ID:

 幽霊JSが見れると聞いて


 43 風来の名無しさん ID:

 ステマ乙


 44 風来の名無しさん ID:

 カメラに映らない設定どこいったんだよwww

 全裸待機するわ


 45 風来の名無しさん ID:

 まだあわあわ慌ててて


 46 風来の名無しさん ID:

 ラーメン食ってる場合じゃねぇ!


 47 風来の名無しさん ID:

 と言いつつどうせおっさんが出てくるんだろ?

 俺は詳しいんだ


 48 風来の名無しさん ID:

 むしろおっさん来い!


 49 風来の名無しさん ID:

 釣りか?


 50 風来の名無しさん ID:

 待て落ち着けお前ら、仮にJSだとしても可愛いとは限らないんだぞ!


 51 風来の名無しさん ID:

 >>50

 JSならなんでもいいわ


 52 風来の名無しさん ID:

 早く寒い



 掲示板は良い感じに温まってきているようだ。

 さて、取り敢えず今は放送だけ開始した後、白紙画面を表示させて時間を稼いでいる。


 いきなりは心の準備がいるからね。仕方ないね。

 後はカメラを切り替えるだけなのだが……。

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