TS転生したと思ったら死んで幽霊になったので配信者になる

犬まみれ

1 幽霊になったぞ

 事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。

 死んで幽霊となった俺は、宙に浮かびながら、眼下で行われている自分の葬式を見ていた。


 そもそもだ。

 元々俺は東京在住の28歳、しがない会社員だった。性別は男。我ながら特にイケメンでもなく、ファッションに気を使うわけでもなく、実に冴えない野郎だったと思う。

 それがある日、急に胸が苦しくなって倒れたと思ったら、気がつけば赤ん坊に生まれ変わっていたのだ。


 輪廻転生というやつだろうか。

 生まれ変わった先は日本ではあったが、両親は日本人では無かった。

 父母ともにイギリス人で、大の日本贔屓でこちらに移り住んで来たらしい。

 日本に生まれたことは安心したが、日本人では無くなったということになんとも複雑な心境になったものだ。


 そして極め付けに絶望したのは、生まれ変わった後の性別が女の子だったことだ。

 前世俺は童貞だった。

 未使用の息子が失われたことは、思いの外大きな衝撃を俺に与えた。


 やったー、女の子だー、この体使ってエロいことするぞー! などという前向きな思考は当時の俺には微塵も無かったと言っていい。

 なにせこちとら赤ちゃんだ。

 エロスもクソもないわ。ぶっ飛ばすぞ。


 思考はち○こ返して一色だったと言っていい。

 せめてもの慰めは、女の子としての自分の外見がこの上なく上質であったことだろうか。


 ミア、と名付けられた俺の身体は、成長するに従って、蕾が花開くようにどんどん美しく育った。

 絹のように和らかく、キラキラと太陽光を反射するストレートのブロンド。誰もが振り返るような整った顔立ちは、将来は絶世の美人になること間違いなしと両親はおろか、会う人会う人に太鼓判を押されまくっていた。


 そうして両親の愛を一身に受け、晴れて12歳になった俺は、ある日病にかかって、半年以上に渡る闘病の末、呆気なくこの世を去った。

 ……美人薄命というか、なんというか。元々生まれ変わった後の身体は丈夫なほうじゃなかったから、仕方ないことではあったのかも知れない。

 激しく運動した後の日なんかは熱を出して寝込むことも多かった。


 チラリと眼下に目をやる。

 葬儀は日本式の火葬で行われることになったらしい。

 今現在、俺の亡骸が入った棺に別れ花が入れられている。

 泣き崩れる両親の姿が痛々しく、とてもではないが見ていられない。

 2度目の人生ではあったが、有り余るほどの愛を持って育ててくれた両親には感謝しかない。


 ゆっくりと地面に降り立つ。

 ちょうど棺を挟んで両親と向かい合わせになるが、当然のようにその目は俺ではなく遺体のほうを向いている。

 それでも関係ない、俺は彼らに感謝と別れを言わなければならないのだ。


「今まで育ててくれてありがとう、お父さん、お母さん……親不孝な娘でごめん……」


 気付けば、俺の目からも涙が溢れていた。幽霊も泣けるのかと漠然と思うが、今はそうした余計なことは考えたくない。

 俺はただ両親と共に泣き続けた。

 


 ○



 その後、数ヶ月、俺は両親と行動を共にした。

 さすがに自分の火葬にまで立ち会うのは微妙な気分だったが、両親の嘆きを見ているとそうした違和感もどこかへと消えていった。


 あるのはただ心配だった。

 特に母親の憔悴っぷりは顕著で、寝込むことが多くなった。それは父の目から見ても危険な域であったらしく、次第に父は俺の話をしなくなり、母を励ますことが多くなった。


 そうして一時は命すら危ぶまれたが、母を心配した父が一頭の犬を買ってきてから状況は少しずつ好転する。

 最初こそ拒絶の素振りを見せていたものの、犬と接することで少しずつ母に笑顔が戻り、やがて母は自ら犬の世話を買って出るほどになった。

 母が立ち直ったことを父も非常に喜び、ようやく我が家に笑顔が戻ってきたのだ。


 そこでやっと俺は少し安心することができた。

 これならばきっと父も母も立ち直れるだろう。

 もちろん傷が完全に癒えたわけではないだろうが、だからといってすぐにどうこうなるといった心配はおそらくもう無い。


 何も出来ずにもどかしい気持ちを抱えていたが、俺の死という出来事はこれで一区切りつき、止まった時計はまた動き出すことだろう。

 寂しい気持ちも少しだけあるが、母が苦しむ姿を見続けるのは辛かったからこれでいい。


 さて、安心したはいいが、ここで疑問が湧いてくる。

 いや、今までも十分不思議に思ってはいたが、両親が心配でそれに費やす時間と余裕が無かったというだけの話だ。

 両親の問題に一区切りついた今、そろそろ根本的な疑問に向き合わなければならないだろう。


 そもそも、俺って何? ということだ。


 幽霊?

 え、どういうこと?

 だって最初に死んだ時はそんなもの無く、ただ生まれ変わっただけだったじゃないか。


 何故今更になって幽霊?

 しかも予想以上に意識が鮮明だ。なんなら病弱な肉体から解き放たれたおかげか、いつになく体調が良く感じるほどだ。


 空も飛べるし壁抜けもできる。

 バク宙だろうがバク転だろうがやり放題だ。

 何故か地面の上には乗れるし歩けるが、通り抜けようと思えば地中に潜ることもできる。


 幽霊ってこんなに自由なものだったのか。

 死んでから現在、49日以上はとっくの昔に過ぎたが、あの世からお迎えがくるような兆候もまるでない。

 ものに触れない、人に認識されないなど、幽霊らしい特徴こそあるが、他は生きてる時より楽なくらいだ。


 幽霊になった影響か俺は鏡には映らなくなった。ただ、手の小ささや声質、髪の長さや色から、今の俺の姿は男だった時の自分ではなく、生まれ変わってからの自分、ミアとしてのものであるように思う。

 そもそも服装が女児のものだ。

 これで外見が男の姿だったら地獄すぎて泣ける。


 前世が男だったプライドから、スカートはあまり履く気にならず、基本はカジュアルなパンツスタイルを好んでいたのだが、現在の俺はというと母好みのガーリーコーデに身を包んでいる。

 死んだ時はパジャマだったはずなので、今のこの姿は出棺時に母が遺体に着せたものが反映されていると思われる。


 どういう理屈なのかは考えてもわからないので放置。

 さて、これからどうしようか。

 まるで突然大海原に放り出されたような不安感が俺を襲った。


 現状はまるで意味不明だ。ただ、前回あった生まれ変わりという現象が今回は起こらなかった。

 そのことが俺の胸に大きな不安を呼んでいた。


 ひょっとして、俺はずっとこのまま幽霊として過ごすのだろうか。

 誰とも触れ合わず、誰にも声を届けられず、ただ家で地縛霊のように両親の今後を見守っていくのか。

 それともある日急に消えるのか?

 わからないことだらけだ。


 実のところ、俺以外の幽霊に会ったことは何度もある。

 当たり前というかなんというか、幽霊になったことで幽霊が見えるようになったようだ。


 突然我が家に見知らぬ幽霊が入ってきて、壁に消えていった時はさすがに驚いたものだ。

 しかも、今まで俺が出会った幽霊は、どいつもこいつも全く会話ができなかった。

 声をかけてもろくに反応せず、何かブツブツ呟いているかと思えば、こちらを迂回するように消えていく。


 もしかしたら幽霊としてはあちらのほうが正常で、俺がおかしいのかと悩みたくもなるというものだ。

 さすがに煌びやかな人間世界を諦め、陰気な幽霊世界で生きていく気は無くなる。

 絶対無理だ。あいつらと仲良くできる気がしない。そもそも、心なしか俺は他の幽霊に避けられている感じすらある。

 俺が近づくと、さり気なく逃げていくような気がするのだ。


 家から出て、隣の家の庭を見る。

 そこには、血みどろの男の子が体育座りをしていた。

 基本ずっとそこにいるから、隣の家の縁者が何かなのだろうか。

 その外傷を負った姿からして、おそらく事故死した子供の霊なのではないかと予想する。


 俺は努めて相手を驚かせないよう、ゆっくりと近付いていく。

 最初こそビビって近寄り難かったが、ある日好奇心に負けて声をかけたことがあったのだ。

 結果は、

 

「やあ、こんにちは! 良い天気だね!」

『…………』


 声を掛けるのと同時に、男の子の身体は体育座りをしたままの姿勢で、少しずつ地面に沈んでいく。

 わずか十秒後には、そこには誰もいなくなった。


 ……ご覧の通り、取り尽く島もない完全な拒絶。

 なんなら脱兎のごとく逃げたと表現しても違和感ない。


 正直、若干ショックだ。

 これでも生きている頃は近所の子供たちから大人気だったのに。

 可愛いというのはそれだけで好かれる要因である。少なくとも完全無欠の美少女である今世の外見は、コミュニケーションにおいては大きなプラス補正を与えてくれていた。


 それが幽霊社会ではかくの如き鼻つまみ者である。

 まあ幽霊同士が会話しているところなんて見たこともないから、これが普通なのかも知れないが。

 それでも俺に、幽霊同士のコミュニティを築くのは無理、と思わせるには十分だった。


「これからどうするかなあ……」


 思わず天を仰ぐ。

 空は憎らしいほどの快晴だ。相変わらず昼間でも動くのに全然支障がないんだなと、幽霊の自由さを噛み締める。

 別に夜に元気になる感覚もないし、時間帯はあまり関係ないのかも知れない。


 改めて自分の家を見る。

 中では、母が犬に話かけながら、昼食の支度をしている最中だった。


 父さんと母さんはもう大丈夫だろう。

 そう思うと同時に、ふと転生前の、男だった時の自分の家が気になった。


 元々俺は丘の上にある一軒家に一人暮らしをしていた。

 利便性は少し悪いが、前世の両親の趣味で少しだけ人里から離れた場所に居を構えることにしたらしい。

 そうした両親も早々と事故で亡くなり、一人っ子だった俺は孤独に寂しく暮らしていたわけだが。


 今あの家はどうなっているのだろうか。

 もしかしたらとっくの昔に解体されているのかも知れない。あるいは誰かが住んでいるとか、そのまま廃屋として放置されている可能性もある。


 ずっと気にはなっていたのだ。

 ただ今生の生活が優先で、前世の家に行く機会も余裕もなかっただけで。

 県外ということもあり、小学生の足でいけるような距離ではなかったこともある。


 見に行ってみようか。

 一度思いつくと、無性にそれが良い案な気がしてきた。


 もしかしたら、前世の両親の霊がまだそこにいるかも知れない。

 少なくとも、ただ途方に暮れて地縛霊をやるより、前向きなのではないだろうか。


 そうと決まればすぐに動こう。


 俺は犬と戯れる母に、聞こえないとわかっていても「行ってきます」とだけ告げ、そのまま近場の駅へと向かった。





 電車から新幹線に乗り換え、更に電車を経由して、俺はようやく前世に住んでいた地の最寄駅へと到着した。


 幽霊が電車や新幹線に乗れるのか? という疑問があったが、やってみると案外すんなりと乗ることができた。

 乗るというよりは、憑くというほうが近いだろうか。


 生前の俺に言ってもサッパリわからない感覚だろうが、電車に憑くことで自然と身体はその進行方向へと進んでいった。

 どういう原理なのか自分でもよくわからないが、まあ都合がいいので気にしないでおこう。


 駅構内は相変わらずで、東京にしては少なめだが、そこそこの人通りと、採算が取れているのかいないのか、よくわからない駅中が電車から出てきた人々を迎えてくれる。

 

「懐かしいなー、最後に来てからもう十年以上経ってるはずだけど、あんまり変わってなさそうかな?」


 ここまで完全に無賃乗車なので、改札を出る際には少し気が咎めたが、残念ながらお金を払う術もないので無視してそのまま進む。


 ふと、改札を出てすぐのこと、耳にカラカラとした不思議な音が聞こえてきた。

 まるで空き缶を複数引きずっているような、あるいは小さな鐘をひたすら鳴らしているかのようなやや不快な音。


 なんだこの音? どこから聞こえているのだろうか?


 生前何度もここを通ったことはあるが、こんな音を聞いたことは一度もなかった。

 個人的にはあまり聴いていたいものでもないので、できれば止めて欲しいのだが、周囲の人達は気にしている様子もない。

 音の発生源を探して、不意に設置されたベンチに目を向ける。


 すると。


 そこに奇妙なものを見つけた。

 最初は何かの影かと思った。しかし、よく見ると明らかに影ではあり得ない存在感が浮かび上がる。


 それは黒い少女だった。

 まるで版画のように白い輪郭と黒い体で構成された、ゴシックロリータ風の女の子。

 顔も全面真っ黒で伺えないが、向こうもこちらの存在に気がついたのか……。


「っ!!?」


 目が合った。

 少女には顔がない。

 目が合うなんてことは普通に考えたらあり得ない。

 それでも、それが確実に自分を認識したことが理解できた。


 ブワリと全身を悪寒が這い回る。

 いつの間にかあれほど煩く聞こえていた音は止まっていた。


 そして気付く。先ほどまで聞こえていた音は目の前の少女の笑い声だったのだと。

 何がおかしいのか、人間とは発声域の違う声でただひたすらに笑い声を響かせていたのだと。

 それが、俺を認識したことで、止まった。


 黒の少女の顔が、不敵に笑みを刻んだ気がした。

 瞬間、俺は全力で逃げ出した。

 構内を駆け、階段を飛び降り、可能な限り全速力で離脱する。


『アハハハ、アハーッハハハッ! アーハッハハハ!!』


 背後から、狂ったような哄笑が聞こえる。

 それは俺の頭の中で響くような、多人数でエコーをかけているような、吐き気がするほどの不快感を伴っていた。


 あれはマズイ。

 あんなものがまさか前世の俺の生活圏に潜んでいるなんて。

 誰も気付かないのだろうか。あんなものが側にいて、何も影響が無いとは思えない。


 明らかにアレはこの世にいてはいけない存在だ。

 そういえば、この駅では何年かに一度くらいの頻度で人身事故が発生していると聞いたことがある。

 東京だしそういうこともあるかと、普段生活する上で気にしたことは無かったが、アレの存在が何か関係している可能性はないだろうか?


 何にせよ、今はとにかくアレから逃げなくては。

 そうして鳴り響く声が聞こえなくなるまで、俺はただがむしゃらに走り続けた。幸い、影の少女が追ってくることはなかった。

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