番外編~マリア編~「笑顔」
【Extra ep.02】落雷は世界を破滅に導いた
わたくしは侯爵令嬢として生まれ、侯爵令嬢として相応しい教育を受けてきました。それがわたくしの生まれた世界でした。
わたくしは器用な様で、教えられた事をすぐに覚えていきましたわ。それで褒められる事もありましたが、覚えるのが早かったからか気味悪がられたりもしていましたの。
言われた通りの事をして、教えられたことを覚えて、それで正しいのかわたくしには判りませんでした。
いつしかメイドたちへ向ける笑顔は作り物の顔になっていました。それで少しでもわたくしへ向けるものがなくなるのなら、偽りでも構わないと思ったのです。
わたくしが10歳になった頃、この国のご子息様との婚約の事を伝えられました。
お相手の名前は、ルイ・アルデンヌ様。
とても立派な方だと最初は思っていましたが、わたくしの事を気に入ったルイはしつこくわたくしに付き纏ったり、よくわたくしに会いに来ました。わたくしがルイの思い通りにならないと頬を叩かれる様にもなりました。
それでもルイの想いが本物だという事は理解していましたの。
ルイは地位が高く、とてもお綺麗な方です。だから憧れを抱いたり、純粋な好意を向ける方も多かったのです。
わたくしとルイの様子を見たメイドたちはわたくしが一方的にルイを嫌っていてルイに悲しい思いをさせているとの噂を広めて行きました。
メイドたちの中でのわたくしは悪女だと思われていたのかもしれません。
ですが、真実を知っているメイドの方もいらっしゃいました。メイド長でわたくしの専属メイドのアンナにはとてもよくしていただきましたわ。
わたしくしよりもわたくしの状況を悲しむアンナになにかして差し上げたかった。でもわたくしにはなにもできなかったのです。
わたくしは定期的にルイのお城に伺っていました。それは家の決まりで、わたくしの意思ではありませんでしたけれども。
今日もいつもと同じで、ルイのお城ではルイはいつもより熱意をもってわたくしに接してきます。わたくしを部屋に呼んで愛を囁いて、でもわたくしはそれに応える事ができません。
わたくしはルイの事を愛する事ができないのです。
それはルイ自身の性格も関係していますが、周りの反応が怖いのです。
いずれ結婚してこのお城に住む事になりますが、わたくしはその日が来るのが怖くて仕方ありません。
世界は簡単には変わりませんの。だからこれからも苦しいのだと、ルイのお城を後にして馬車に乗りながら窓の外をぼんやりと眺めていました。
「……人? 止めてくださいな」
国の入り口が見えてきた所で少女が倒れているのが見えました。
ボロボロになって倒れていて、馬車が止まった瞬間に彼女に駆け寄ります。うつぶせになっていた彼女の顔を少し動かすと今にも死んでしまいそうな顔をしていて、わたくしは慌てて心臓が動いているのか背中に耳を当ててみました。まだ動いている事に安堵して馬車の前にいる騎士に視線を向けて叫びます。
「この方を医務室へ連れて行ってくださいな!」
「マリアンヌ様……ですが、」
「これは命令ですわ。責任はわたくしが取ります」
わたくしの真剣な表情に圧倒された様な素振りを見せながらも、納得いかない様に渋々彼女を馬車に乗せてお城へ入りました。
医務室へ彼女を預けてしばらく待っていると、命に別状はないとの事で、部屋を用意して目が覚めるのを待つ事にしました。
わたくしは日々、侯爵令嬢としてやる事が決まっています。ですので、そばで看病する事が出来ないのが悔やまれますが、アンナが診てくださるとの事で安心してまかせました。
そうして一息ついた頃に様子を見に行ったら、目を覚ましていて、嬉しくて私は彼女に駆け寄っていました。
怯えた様に布団を握りしめていて、わたくしは安心させる様に自己紹介をして笑顔になりました。
その事に自分でも驚きました。
素の笑顔を見せたのはいつ振りだったのか、とても久しぶりに心からの笑顔を浮かべていた事に戸惑いながら、家族と夕食を食べに行きます。同じ部屋で食事をするのは毎日の決まり事です。
そこではいつも通りに、偽りの笑顔しかできませんでした。
*
翌日、彼女の様子を見に行くと彼女は自己紹介をしてくれて、身体はまだ重たいけど元気だと話をしてくれました。
もっとお話ししていたいですが、わたくしの自由時間は少ないのです。
結婚の日まで2ヶ月を切っているので、日々はあっという間に過ぎて行きます。
エマの体調がよくなったら、このお城を出て行く事になります。どうにかエマを迎え入れてくれる家や仕事を探したいと思っていれば、エマは2日で元気になって、ここのメイドとして働く事になっていました。
行動力と決断力、そしてアンナを説得する程の力があるのだと感心しました。
わたくしはお城の中でメイドとして働くエマをよく見かけていて、日々努力するその姿に惹かれて行きました。
どうしてそこまで頑張れるのか。どうしてそんなに楽しそうなのか。わたくしはただエマが自分の足で人生を歩んでいる事に尊敬しました。同時に羨ましいとも思います。
わたくしの人生は生まれた時から決まっているのですから。自分で歩く事がどの様な事なのかわたくしには理解はできません。でも、ずっと自分の人生というものに憧れ続けていました。
そうしてわたくしの18歳の誕生日に、エマはわたくしを攫いました。
わたくしの変わらないと思っていた世界は突然変わって、空から見る世界がこんなにも広い事に感動してしまって。
エマの天使の様な笑顔に、わたくしは恋に落ちたのだと、そう気付くのはまだ先だったのですけれど。
わたくしはエマの笑顔を守りたい。
でもエマはわたくしを守ろうとしました。
それがずっと嫌で、だけれども反論できる程の戦力はわたくしにはなかったのでした。
だからわたくしは、今からでもエマの隣に並べる様に強くなろうと、自分の人生を歩もうと決めて、戦い方を覚えて強くなろうと決めたのです。
エマが心からわたくしに背中を預けていただける様に。
わたくしはエマの隣にいる事がなによりの幸せですの。
-END-
魔法が使えない魔女は、侯爵令嬢に拾われてメイドになりました ~結婚を嫌がるお嬢様を攫って旅に出ます!~ 響城藍 @hibikiai
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