第12話 波瀾の婚姻式②


「――レネ、この契約魔法、解除してもらえるか」


 くっ、言われてしまった。

 でも、今の状態では出来かねるわ――と思ってたら、腰に回っていたジルの右手が肩を抱いてきて引き寄せられる。そして耳元に唇を寄せてきた!



「『封印解除』」



 ジルの言葉と共に心臓がドクンと大きく跳ね、奥底に閉じ込められていた魔力が解放され、身の内を暴れまわった。

 ちょっと予告してよー!!

 くっそぉ、魔力が馴染むまでしんどいんだから!


 わたし、普段はある属性とか多すぎる魔力を封印しているのよ。後天的に発現したものだから教会には内緒にしてた。


 全国民が、生まれた時に教会で調べる『適正検査』は、確かにこの両親の子供だと証明するのと、基本属性と魔力があるかどうかを調べるもの。

 貴族は改めて五歳時に『属性検査』を受ける。これはその名の通り、どんな属性魔法を扱えるかを調べるもの。

 教会で調べているから記録が残る。住民基本台帳みたいなものに情報がまとめられているの。

 ただ、後発で新たな魔法属性を発現する人もいて、それらの申告は義務付けられていない。

 わたしがそう。


 わたしは産まれてから二度の検査で、王族なら大抵持っているはずの『光属性』が発現しなかった。持っていたのは『火』と『風』。

 元王女の母の失望は大きくて、五歳の『属性検査』以降、教育が格段に厳しくなったのよね。

 なんだけど、六歳の頃、命の危険に晒された時、を無意識に使ったの。つまり、『光属性』が発現した訳よ。


 教会じゃなくても道具があれば属性と魔力量は調べられるから、秘密裏に確認したら本当に『光属性』に反応があって、更に魔力量も爆上がりしてたのよー!

 これなら別に秘密にする必要はなかったんだけど、なんとここしばらく誰も持っていなかった『聖属性』をも発現してしまったのだ。

 やべぇ、教会に知られたら監禁されるかもしれないってんで秘密に。


 だいたいさぁ、この世界には魔王や魔物はいないんだ。魔素溜まりに悪影響された魔獣はいるけど、騎士が討伐してくれるし、光属性の回復魔法と水属性の治癒魔法で治療は出来るし、ポーションだってあるのよ。

 『聖属性』の出番ってないと思わない?

 実際使い道は思いつかず、古い文献とか引っ張り出して、どういうことが出来るか魔導師と研究してるくらいだったわ。


 とにかく多すぎる魔力は幼い身体には毒だからと、『聖属性』と共に封印された。

 その封印の魔導具が左耳に付けているイヤーカフ。

 成長と共に何度か作り替えられているこの魔導具、ちっちゃいのに魔石が付いてて、実に繊細で見た目も美しい逸品。

 自分では封印を解除出来なくて、ジルが魔導具に触れて呪文を唱える仕様に設定されたの。ジルの依頼で!

 子供の時は耳にキスされるような方法でも微笑ましかったのに。大人になってから、イヤーカフに口づけしながら、魅惑の低音ボイスで呪文を囁かれる身にもなってみろ!

 鳥肌が立つわ、このエロ鬼畜め!!


 はぁぁ、そろそろ落ち着いてきたのでやりますか。

 聖堂に集う面々をぐるりと見回すと、驚愕の表情と共に、ちょっと身を引かれた。

 え、なんかドン引きされてる? まぁちょっとばかり魔力が多くて威圧感あるかもだけれど。

 気を取り直してジルを伴い、中央に進んで淑女の礼をする。


「大神官様ならびに貴族議会員の皆様、わたくし、マリアージェ・レネ=リズボーンがこれから『隷属契約魔法』を強制解除いたします。第三者に強制解除された魔法は、契約主に返ります事をご承知くださいませ」


 まずはまだビチビチしている『影』の三人に対して、「『完全解除オールクリア』」と唱える。

 『影』たちの全身が光に包まれ胸の契約紋が消えると、がっくりと脱力する。途端に胸を押さえて蹲る王様。


「――どうやら契約主は国王陛下のようですわね」


 その隣で蒼褪めるジェラルドは、じりじりと後退するも、背後にいる黒装束たちに捕まった。


「離せ! 無礼もの!!」


 ジェラルドの抗議なんて全員スルー。

 わたしは戸惑う文官たちに近づき、再び「『完全解除オールクリア』」と唱えると、先ほどと同じ現象が起き、今度はジェラルドが胸を押さえ込み、ぐぅと呻いた。


「ご覧の通り、文官たちの契約主はジェラルド王子ですわ。第三者に強制的に返された魔法は、契約主の身を苛むと言われておりますもの」


 王と王子、二人が脂汗を浮かべ、呻きながら床に蹲っている様は、裁かれた罪人のようね。

 どうせならこの機会に、洗いざらいぶちまけてもらいましょうか。


「『審判の檻・改』」


 王と王子のいる床に魔法陣が展開され、一人ずつ円柱状の光に囲まれる。

 光属性と聖属性の合わせ技で、罪人の罪を暴くこの魔法は、聖属性を持つ王族がいた頃の古~い文献に載ってたから再現してみたら出来ちゃったのよね。

 お父様に頼まれて実行したのは、これで何度目だったかなぁ。

 ――て今回は頼まれる前にやってるけど、目が合うと頷かれたので問題ない、というか多分思惑通りなんでしょう。


「『審判の檻』とは! 聖属性を持つ者しか扱えない最上位魔法ではないか!」


 大神官様、黙っててごめんねぇ。


「後天的に発現しましたの」


 にこりと微笑んで多くは語らず。おほほほ。

 感激したみたいに祈りの聖印を胸の前で切っている神官さんたち。

 久々に表に出てきた聖属性持ちだからね。こんなことがなければ、わたしだってまだ秘密にしていたと思う。


「『審判の檻』とは、罪を問う魔法。別名『真実の檻』。檻に囚われた者へ問い、囚われ人は答えなければならない。虚偽を申告すればその身に罰が下る。

 国教会の大聖堂、大神官様の立会いの下、『審判』を行うのにこれ以上の場があるでしょうか。

 さあ、国王陛下、ジェラルド王子、まずはあなた方のフルネームを答えてもらいましょう」


「くっ……マリアージェ! こんなことをして、おまえ……っっっ!!」


 顔を歪めたジェラルドがわたしに食って掛かろうとしたけれど、バチンと小さな電撃に見舞われ、せっかく立ちあがったのにまた蹲った。

 だから言ったのに。ねぇ?


「問に正しく答えなければ罰が下る、そう申し上げましたが?」


 息子のざまを見て、王様は素直になった。顔色は悪いけどね。


「余の名はジェイミー=バスク・アルステッド」


「…………ジェラルド=バスク・アルステッド」


 反応のない檻に、王と王子はほっとしたようだ。


「このように問いに正しく答えれば罰は発動しませんわ。今後の質問にも正しく答えて下さいませ。

 それでは次の問です。あなた方二人は、禁忌とされる『隷属契約魔法』を人間相手に使用しましたか」


 ははは、これは進退窮まる質問だよ。

 否、と答えれば電撃を食らうし、是、と答えればそれで罪が確定。国内法に違反するだけでなく、国際法違反にもなる。周辺国から避難され、国として色んなペナルティを受ける。

 やだぁ、とばっちりよぉ。


「し、知らん!」


 バチバチっ


「問に正しく答えなければ罰が下る、先ほどもそう申し上げました。つまり、陛下は虚偽を申告しているのですわ」


 よっぽど痛いんでしょうねぇ。蹲った王様が顔を上げた時、ちょっと涙目になってるわ。

 ジェラルドなんか、口を引き結んで答えを拒否する姿勢。

 ふふふ、そういう事も想定して時間制限を付け加えたの。元々の魔法にはなかったからねぇ。


「三分以内に正しい答えがなければ自動的に罰が発動しますので、お気をつけて」


 ぎょっとした二人にすんごい睨まれた!


「隷属などしていない!」


 バチバチっ


「使ってない!!」


 バチバチっ


 言葉を変えて否と答えてるけど、それ、意味ないよね。バカが。


「時間切れですわね」


 バチバチバチっ


 あらあら、気のせいか、体から煙が立ち上っているみたい。どこか焦げたのね。

 聖堂内がとっても静かになったわ。


「さきほど魔法解除した時、返されましたでしょう? 既に明らかになっている問に、無駄にあがくと余計に苦しみますわ。では、新たな問いを致しましょう」


「やめろっ!!」


 ジェラルドが叫んでるけど聞く訳ないし。


「国王陛下への質問です。貴方は元王妃が公金横領、権限無しの人事異動など、数々の不正を行っていた事を知っていたにも拘らず、それを正そうとせず放置しましたね?」


 のろのろと顔を上げた王様の目が恨めしそうに見てくる。知らん。


「…………そうだ」


 無反応の檻。


「国王陛下に次の質問です。元第二王子ジェイソンが、陛下の実子ではない事を以前から知っていましたか?」


 全く王家の色も属性も持っていなかったジェイソン。ちょっとくらい疑ってもおかしくないんじゃないかなーって。


「……知っていた」


 無反応の檻。ざわつく観衆。

 次の質問を繰り出そうとした時、お父様から待ったがかかった。そして質問内容を耳打ちされる。

 えー、ここからわたしはオウムになります。


「国王陛下に質問です。第一王子ジェラルドの実母は、元王妃ではありませんね?」


 この問いには貴族たちの反応が半々だった。驚きに目を瞠る者と、顔を顰める者とで。

 当の本人は無表情。て、あれ? 知ってるの?


「そうだ」


 檻が無反応ということで、ざわめきが大きくなる。


「元王妃と婚約関係にあった王太子時代、ある男爵家令嬢と深い仲になり子を設けた。それがジェラルド王子ですか?」


「……そうだ」


「生まれた王子を元王妃が産んだ事として隠蔽工作をしましたね?」


 じろりと睨まれた。でもわたしじゃなくて、隣のお父様の方。


「そうだ。その通りだ! おまえに頼んだんだジルベルト! だが、おまえは断った! 前リズボーン公爵にも断られた。だから『影』に処理させようとしたのに、あ奴らも公爵の承諾がなければ出来ぬとほざいたのだ! だから隷属させたのだ!!」


 檻は無反応だから、真実を話している。

 ざわめきは大きくなる一方で騒がしいのに、隣からギリっと歯ぎしりの音が微かに聞こえた。

 お父様が王様側の檻の間近に迫る。


「王太子時代、我が姉と恋人関係にあったな。病弱な姉は未来の王妃には不適格とされたが、あの時期は実に仲睦まじい様子だった。

 姉が一生の願いだと貴様との子を熱望し、不承不承ながらもそれを承諾しただろう。もし、子が産まれたなら、我がリズボーン家の者として育てると契約もした。

 だが、実際妊娠が発覚したとたん、貴様は一切姉に会おうとせず、連絡も絶った。政略とはいえ婚約が調ったばかりだからとこちらは矛を収めたのに、貴様はあろうことか他の女に現を抜かしていたのだ!

 姉はずっと貴様が会いに来てくれるのを、最期まで待っていたんだぞ!」


 げっ、三股かよ!? とんだ下種野郎だ!

 王子たちと違って、王様はちょっとは常識人だと思ったんだけどなぁ。あーあ、わたし、人を見る目がないわぁ。


 離れた場所にいるお祖父様とお祖母様は憤怒の表情だ。

 お父様の顔は見えないけれど、声に怒りが込められているから似たような顔をしていることだろう。


 ――彼らは復讐者だったのだ。


 大切な娘を、姉を蔑ろにされ、失意のまま死なせてしまった後悔と怒り。

 二十数年間、恨みを隠し、水面下で打倒バスク家を掲げて根回しをしていたんだろう。


「姉を捨て、アサマシィ侯爵家令嬢と婚姻した時には、男爵家令嬢は懐妊していた。

 レオナルドが産まれた半年後、ジェラルド王子が誕生したが、王子を産んだその男爵家令嬢と王太子妃は、ずっと同じ離宮に閉じ込められていたと聞いた。出産偽装の為とはいえ、納得できる訳がない。

 元王妃が王座簒奪を企てたのは、貴様の心無い仕打ちが遠因となったのではないか!?」


 うわっ、サイテー!

 妻と愛人を同居させるとかありえない!!

 しかも元恋人と愛人は夫の子を産んでるんだもの、嫉妬が過ぎて憎悪してても不思議じゃないわよね。

 でもさ、その愛人だって貴族令嬢でしょ? 側室妃には身分が足りない(※伯爵位以上)けど、愛妾に据えて置くとかしなかったのかな? しなかったんだよね。存在知らないもん。


「――国王陛下に質問です。おと、いえ、リズボーン公爵が今述べたことは事実ですか?」


「レネ……」


 振り返ったお父様は不満顔。まだ言い足りてない? ごめんなさい。でも、わたしが質問しないと檻が反応しないんだもん。

 王様の答えはなく、三分後電撃が走った。


「質問を変えましょう。ジェラルド王子の実母である男爵家令嬢は死んだのですか?」


「……そうだ」


「産褥死ですか」


「違う」


「病死ですか」


「違う」


「……殺したのですか」


「余ではないない! エミリアが殺したのだ!!」


 エミリア――元王妃の名前。

 王の整った顔はもはや見る影もなく歪んでいる。

 対してジェラルドが未だに無表情なのが不気味だわ。


 檻は無反応だった。


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