第11話 波瀾の婚姻式①


 過去一度会っただけの、東の隣国=カイザール王国の第三王子オルティスは、もちろん元カレではない。


 新たな“第三王子バカ”のせいで中断する婚姻式。

 ってゆーかさー、大聖堂前には我が家の騎士たちや王宮騎士団も警備に当たっているはずなんだけど、誰か止めろよ!


「公女マリアージェ、そんな身内同士の望まぬ結婚ではなく、どうか俺と結婚してください!」


 バージンロードの中ほどで跪き、赤い薔薇の花束を差し伸べる第三王子バカ

 求婚なら事前にしろや! いや、それ以前に何度も断ってるだろうが!

 手紙に「一目惚れしました」とかアホな事書いていたけど、どんだけ諦め悪いんだ!


「お・こ・と・わ・りっ!! いたしますわ!」


 強めに強調して言ってみたら、何故かショックを受ける第三王子バカ


「そんな……ま、まだ婚姻は成立していないだろう? 公女、その男に脅されているのではないか!? 血も涙もない冷血漢だと評判だ。まだ間に合う! どうか俺の手を取って下さい!!」


 えー、何だか無駄にポジティブだな。

 まあ、ジルが冷血漢だというのは本当だが、こういう自分の思い込みの激しいタイプは、他人の言うことを聞かないからなぁ。

 盛大に、これ見よがしに溜息を吐きたい。


 どう言ったもんか考えていると、すっと前に出てくる人影に気づいた。

 げっ、ジェラルド!


「オルティス殿、このような場で求婚とは、いささか不躾過ぎるのではないかな」


 いささかも何も、非常識だよ。


「しかし、先日まで兄妹として育った者たちが婚姻するには、ずいぶん拙速ではないかと、わたしも疑問に思っている所だ」


 ジェラルドの言い分はわたしだって同意したい。だーけーど! もっともらしくおまえに言われたくない!


「ジェラルド殿」


 味方が出来たとにわかに笑顔を浮かべる第三王子バカ

 わたしの隣では、ジルがふんと鼻で嗤っている。もう隣っていうか、腰を抱かれてるんだけどさー。

 言葉が通じないなら態度で示す作戦か? そんじゃまぁ、わたしもピトリとジルに寄り添い、頭を肩に凭せ掛けてみた。どうよ?


「なななななっ、公女を離せっ! この冷血漢が!!」


 第三王子、王族としての品位ある言い回しは出来ないものか。

 他国の王族に向かって『冷血漢』って二回も言ったぞ。

 オルティス王子って、ジェイソンと同じく金髪碧眼なんだよね。ついあのバカと重ねてしまうわー。

 確か年齢は一つ年下だったかしら。お付きの者たちよ、早くこのバカを止めてくれないものか。おろおろするだけなら子供でも出来るぞ!


 バカの後ろであわあわしている騎士と従僕の不甲斐なさを余所に、ジェラルドが更にわたし達に近づいて右手を高く掲げた。


「大神官! アルステッド王国王太子、ジェラルド=バスク・アルステッドは、この婚儀に異議を唱える!」


 はあ? 今頃か。

 横槍が入るだろうとは思ってたけど、誓いの言葉も済んで、誓いのキスという段階でか?

 通常なら宣誓が終わった後、婚姻誓約書に二人でサインして、誓いのキスへと移るんだよね。あいだが抜けていることに気づいていないんか?


「異議は却下しますぞ、ジェラルド王子」


 老齢の大神官が、気持ち呆れた感を声に乗せているような?

 国教会は独立機関で、王族とは対等な関係にあるから謙るような態度は取らない。


「この二人の婚姻は既に成立されておるのでな。本日は神の御前で宣誓のみの婚儀となっておる」


「「なっ! なにぃ!!」」


 ジェラルドとオルティスの言葉が被ったわ。

 なんだかなー、ジェラルドもアホっぽく見えてきたぞ。

 あれ、もしかして、今まで比較対象がジェイソンの馬鹿だったから、賢く見えていたのかしら。


「し、しかし、準王族の婚姻ならば、国王の承認が「昨日承認した」……え!?」


 ひっそりと佇んでいた王様が言葉をかぶせてきた。

 退位を迫られていたせいなのか、少し窶れて存在感が消えかけていたのにな。

 これを機に自己主張するかと思いきや、後を引き取ったのは大神官様。やっちゃってください!


「昨日付けで、マリアージェ・レネ=リズボーンと、レオナルド・ジル=オルランドとの婚姻は国王の承認と、教会への婚姻誓約書の提出と承認をもって成立しておる。

 個人が神に宣誓する本日の婚儀に異議を唱え、神への誓いを妨害するなど、ジェラルド王子は国教会と敵対するつもりか!?」


 呆気に取られたジェラルドの秀麗な顔が、王様に向けて一瞬怒りを見せたけどすぐ持ち直した。さすが外面良し男。

 大神官に向かって右手を胸に当て、殊勝にも頭を下げる。


「敵対などあり得ません。行き違いがあったようです。大神官様、どうかお許しを」


 対する大神官様は渋ぅい顔を崩さない。


「ジェラルド王子よ。更に物申したい。

 貴殿はまだ神殿にて『立太子の儀』を執り行ってはおらぬ故、『王太子』を名乗るのは時期尚早ではないか」


 立太子しまーす!と神殿で宣誓する儀式を経て、初めて王太子という立場を確立するんだよ。だから貴族議会で決まっただけでは、まだ『王太子候補』なんだな。


 王様に退位を迫っているせいか、オラオラ感を出していたけれど、あらぁ、なんだか顔色が悪いわぁ。

 まあねぇ、『立太子の儀』を前に神殿を敵に回す訳にはいかないのに、大神官様の心証を相当悪くしたもんねぇ。


「気が逸ってしまったようだ。以後、言葉に気をつけよう」


「分かって頂いて何より」


 表面的にはこの問答は終わりのようだ。


 あーあ、第三王子バカががっくり項垂れているよ。「話が違う」とか呟いているわ。あらあら、誰に何を聞かされたのかしらねぇ。

 ジェラルドがちらりと第三王子を一瞥して顔を顰めた。


「オルティス王子よ、我が国の王族の婚儀に乱入した件は、貴国の王に正式に抗議を入れる。

 責任ある立場の王子が、他国の王族の婚姻に口を挟むのは、内政干渉とも取られかねないという事、しかと反省して貰いたいものだ」


 ジェラルドと位置を代わる様にようやく前に出てきた王様が、王様らしく堂々と糾弾してくれた。まあ、これくらいは言ってもらわないとねぇ。


 しょんぼりと項垂れるオルティスは、ちっちゃい声で「申し訳ございません」と謝罪を口にした。が――


「ですが!」


「なんだ?」


 じろりと王様に睨まれて、ひくっと引きつった顔をしながらも尚、言葉を継いだ。


「き……義理とはいえ兄妹で婚姻なんて、非常識を許されるのですか!」


「レオナルドはリズボーン公爵の姉の子であり養子である。そして既にリズボーン家の籍を抜け、オルランド伯爵としてリズボーン公爵家令嬢と婚姻したのだ。それの何を非常識と誹るのか!?」


「え……そうなの?」


 おい、言葉遣い。


「それに、レオナルドは余の第一子である。不用意な発言は慎まれよ」


 うわぁ、言っちゃったよ王様この人


「ええっ!? つまり、ジェラルド殿は第一王子ではない、という事ですか!?」


 純粋に驚いている天然馬鹿オルティスくん。ジェラルドはこれを予期していたかどうか。

 王様は意を得たりと鷹揚に頷いた。


「そうだ。レオナルドこそ「いいえ、ジルは婚外子の為、第一王子には成りえません」


 王様の言葉をぶった切ったのはお父様だった。

 王家以外の参列者たちに視線を送って頷き合っている。


「ジルベルト、だが……」


 ジルベルト・レオ=リズボーン。“第二の王家”と揶揄される筆頭公爵家の当主だが、支持率が低下の一途を辿る現王家よりも発言力が強いとされる。

 本人たちが認めているかどうかは知らないけれど、リズボーン家の当主には二つ名があるのよね。


 ――『影の王』


 準王族であり中立派筆頭として、現王家の失策のフォローをしている為、いつの間にかそう呼ばれていたようだ。ちょっと“厨二病”的。


 お父様がパンパンと手を叩くと、しゅたたたと突如姿を現す黒装束たち。

 忍者みたいだなー。え? 忍者? ってことは、もしかして……『王家の影部隊』?


 黒装束たちに「首尾は?」とお父様が問うと、「完了しました」とリーダー格が答えた。


「おまえたち……まさか……」


 動揺をみせる王様が言葉を紡げない内に、聖堂内に次々と転移魔法陣が複数展開し始める。

 そこから続々と現れる礼服を着用した貴族たち。

 全員の顔を確認は出来ないが、知っている面子を見ただけで『貴族議会議員』だろうと伺わせた。

 つまり、高位貴族家の当主たちだ。


 これから何が起こるのか。

 単にわたしたちの結婚祝いに駆け付けた訳じゃないだろう。


 ちらっとジルを見上げる。

 大変冷ややかーに王様を見てたのが、わたしの視線に気づいてか振り返って微笑んだ。そしてさっと顔を近づけてチュッと唇にキスをした。

 おおいっ、空気読めや!


「誓いのキスがまだだったからな」


 そうだけども!


「レネ、起きる事に冷静に対処するように。いいね」


 わたしの耳元で囁いたついでにこめかみにも口づけを落すと、にこりと微笑むジル。目茶苦茶イチャついてるように見えるよね!

 大神官様のごほんという咳払いに、顔に熱が集まる。

 機嫌が良いのか知らんけど、かつてないほどジルの笑顔が多いので、背筋に寒気が走る。

 何を企んでいるんだ!?


「ところで、何故、お父様が『王家の影』を従えているのですか」


 現状を見つめながら、疑問を隣のジルだけに聞こえるように呟いた。

 我が家にだって、優秀な諜報員と工作員がいるのだ。なのに、王家のみに服従する『影』が、準王族とはいえお父様に従うのか。


「レネ、本当に分からないのか」


 ジルの声には少々呆れた色がある。

 そんなん言われても、知らんから訊いたんだけど!


 お父様の側には側近のキンバリー侯爵がいて、集う配下に指示を飛ばしている。

 うん? リズボーン家の諜報組織を育成・運営しているのがキンバリー侯爵家。その侯爵が影たちにも指示出ししているとかって……えーと?


 ぐるぐる悩んでいるうちにタイムアップしたようだ。

 お父様が集った貴族議会メンバーをぐるりと見回し、高らかに宣言したから。


「臨時貴族議会招集に応じてくれて感謝する。本日の議題は『アルステッド王国国主とジェラルド王子の罪の是非について』である!」


 拍手が沸き起こる。

 突然の招集に王家に関わる案件など、騒動が起こるだろうに誰一人声を上げない。

 ということは、これは予定されたものであり、既に根回し済みだという事だ。


 だがしかし、他国の王族がここにはいるのに――と振り返ったら、既に武装解除され、我が国の騎士たちに取り囲まれてそこにいた。

 顔色の悪いカイザール王国の第三王子と近習たち。巻き込まれ事故だと思っているのかもしれないが、どうやらこれは予定通り。じゃなければ、とっくに大聖堂を退場させられている。

 入ってこられたのはジェラルドの仕業かと思ったけど、こうなるとそれも仕組まれていたのかもね。


「ジルベール! これはいったいどういう事なのだ!? 余は聞いておらんぞ!」


 憤然とする王様に対し、顔を蒼褪めさせたジェラルド。嵌められたことを察したかな。

 リズボーン家の騎士団一小隊と諜報部・工作部隊員に、黒装束の影部隊が王と王子を取り囲む。


「『影』たちよ、ジルベールを捕えよ!」


 国王の命令に誰一人動かない。


「もう命令を聞く『影』はおらぬ。していた者たちは粛清したのでな」


 お父様が王様に謙らない。いっそ上から目線。

 しかし、『隷属』って言った!? それって“奴隷契約”をしてたっていうの!?

 違法だからね! 『隷属契約魔法』自体がこの国や近隣国家では禁忌魔法に指定されてるのよ!


「我がリズボーン家配下、キンバリー侯爵家で養成している『隠密』を、王家の『影』として派遣しているにも関わらず、我らに断りもなく禁忌の『隷属契約魔法』を使用した、これが現王家の罪の一つである!」


 ああ、そういう事かぁ。……て、なんでわたし『王家の影』がウチからの派遣だって知らないの!? ”王家のみに服従する”っていうのも違ってた!? ただの職分に従ってただけ!?

 もしかしたら、意外と知らされていない事ってまだあるのかもしれないわね。


「お嬢様、ベールをお預かりいたします」


 わぁ、びっくりした!

 いつの間にかひっそりとアルマが斜め後ろに立っていた。

 ベールを外し、ティアラの位置を微調整するアルマの後ろには、もう一人、茶髪に三つ編みで眼鏡のメイドがベールを抱えている。


 変装メイドのセシルじゃん!

 わたしの視線に気づいて、パチンとウィンクしたわこのコ。

 ああ、もう、何かあるのね。分かったわよ。さも当然という顔で事態を見守ればいいんでしょー!

 てか、気が逸れている間に、黒装束たちが拘束具で体も口も縛られている『影』三人を議会中央に引き立てていたわ。

 ビチビチ暴れる影たちの側らに何故かいる文官らが居心地悪そうにしている。

 どういう状況? と小首を傾げていたら、お父様の声が響いた。


「ご覧あれ。この者たちの契約紋を」


 結構乱暴に黒装束の胸元が切り裂かれ、肌を露出させられたら、あら本当、隷属魔法の契約紋が心臓の上辺りにしっかり見て取れた。

 ざわつく議会員たち。


「『影』達ばかりではない。こちらに控える文官たちは、ジェラルド王子付きの者だ。彼らにもこの契約紋がある」


「「えっ!?」」


 お父様の告発に、当の文官たち三人中二人が驚いている。

 どうやら一人はその契約紋の意味を知っていたようだ。望んで隷属されるような人間はいない。強張った表情で、じっと床を睨んでいる。


 彼らはジェラルドに取り立てられ、恩義を感じて強い忠誠心を持つ下級貴族。そんな契約などしなくても裏切る真似はしないと思うんだけどなあ。

 王様は『影』たちを隷属した。じゃあこの文官たちは? 彼らの上司はジェラルド王子だから、やっぱりヤツかな。


 驚いていた文官二人は、茫然と促されるまま胸元をはだけさせ、もう一人は自らのろのろと胸元を開いて見せた。


「このように貴族でさえも隷属させるこの王と王子に、このまま国政を預かる資格はないとわたしは断じるが、貴卿らはどのように判じられるか」


 お父様がぐるりと議会員たちに視線を合わせていく中、王様と王子は眉間のシワもきっくりと、憎々し気に睨んでいる。


「待て待て待て! 勝手に話を進めるな! 余が『隷属契約魔法』を使った証拠はあるのか!?」


「わたしもだ!」


 二人とも認められないよねー。

 契約書があれば一発なんだけどなー。

 ここでまた証拠の有無がどうの、いつどうやって契約されたかとか、ごちゃごちゃ言い争いが議会員たちと起きたんだけど……なんでかなー、お父様と目が合ったわー。


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