第13話 波瀾の婚姻式③


「ジェラルド王子に質問です。貴方は元王妃の実子ではない事を知っていましたか?」


 ジェラルドは無表情のまま、「知っていた」と答えた。檻は無反応。


「実母が元王妃に殺された事は知っていましたか?」


「知っている。あの女がわざわざ教えてくれたからな」


 あの元王妃は、王と縁づいたせいで性格が破綻したのか、元々底意地が悪かったのかは分からない。でも、おまえの母親を殺したのは自分だと、カミングアウトしたのは懺悔ではないだろうな。あのひと、自己顕示欲強かったから。


「王妃派閥とアサマシィ侯爵家を陥れ、粛清したのは復讐の為ですか?」


「違う。国の為だ」


 バチバチっ


「王家の為」


 バチバチっ


 ジェラルドは苦痛に呻いた後、嘲笑うかのように顎を上げた。


「邪魔だったからだ」


 檻は無反応。


「それはあなたが王位に就く為には邪魔だった、という事ですか」


「そうだ」


「国王が見て見ぬふりをしたおかげで王妃派の貴族たちが専横を極め、それが為罪に問われるのは自明の理。

 証拠も証言もあり、貴族議会でも承認された事案ではありますが、粛清計画に貴族学院卒業パーティを利用し、元男爵家令嬢セシルを利用する必要はあったのですか?」


「必要だった。馬鹿どもを釣るには丁度いい茶番だったろう?」


「元第二王子ジェイソンと側近令息三人が愚行を犯しているのに是正を行わなかったのは、粛清計画に都合が良かったからですか」


「諫めたが聞き入れらなかったんだ」


 バチバチっ


「あの馬鹿どもでも使い道があったんだ。ただ捨てるより役立てた方が合理的だろう?」


 イケメンとか言われている顔も醜く歪んで台無しだ。


「マリアージェ、おまえだって諫めきれなかっただろう?」


「そうですわね。それでも出来る限りを致しました。

 本人たちにはもちろん何度も注意喚起し、忠告もしました。聞き入れられなかったので、学院の教師や学院長を通してもらい、それで駄目だったので各家のご当主やご夫人方に手紙を出し、再教育をお願いもしました。

 改善が見られなかった時には祖父母まで範囲を広げ、わたくしからではなく父から通達してもらった時もありますわ。

 それなのに、各家の事情に無遠慮に踏み込んだと、苦情を言われたりも致しました。

 そして結果はあの有様で、全て徒労に終わりましたわ。

 それで? ジェラルド王子、あなたはそこまで致しましたか?」


 こうして言ってみると、我ながらよくやったわ。


 全くさぁ、自分ちの子供の躾をちゃんとしろよって話だよ!

 問題起こしたから除籍して追い出して、自分も責任取って辞任でお終いじゃねぇんだよ! その前の段階で何とかしろよ!

 再教育っていうなら改善するまで閉じ込めて置くくらいの気概を見せろ!

 それもしないで注意喚起したこっちを逆恨みする親子ともどもくそったれが!!


「は? おまえ、ジェイソンはともかく、他は赤の他人だろう?」


「貴族学院では、上位者が問題を解決する手を差し伸べる事――そういうルールがございましてよ? ご存じでしょう?」


 貴族学院には『生徒会』ってないんだよ。


「それで逆恨みされるとか。は? バカじゃないのか」


 おーまーえーにぃ、言われたくない!!!

 つい言い返したくなるのをぐっと堪える。ジルがぎゅっと手を握って来たから。


「わたくしの事はどうでもよろしい。今はあなたの罪を問うているのです。

 改めて問います。セシルを脅迫して計画に巻き込み、ジェイソンと側近三人を篭絡させて愚行を唆したのはあなたの計画ですね?」


「ふん、脅迫などしていない!」


 バチバチっ


「平民出の男爵の娘が夢を見て勝手に行動したんだ!」


 バチバチっ


「あのアバズレは死んだ! 今更なんだって言うんだ!?」


 バチバチバチっ


 あら、セシルは死んだと信じてたんだ。グッジョブ、工作員!

 

「時間切れです。正しく答えられないあなたの為に証拠を提示しましょう」


 さっき、ベールを取り去った時、アルマに手渡された【CAMERA】。「セシルが脅迫された証拠映像です」、と言われた時はいつ使うかなーと悩んだけどね。


「皆様に見て頂きたい映像があります。魔導師団技術研究所の偽造防止の刻印がされた、証拠たる映像です」


 学院卒業パーティの再現か。空中に投影された映像には、少し薄暗い室内に三人の男女が映し出されている。

 男はジェラルドと近侍一人。女はセシル。


 ジェラルドがセシルの小説に言いがかりをつけて、不敬罪に問われたくなければ協力しろと言っている。

 極めつきは、「母親は大事にしたいだろう」、という脅迫だ。

 その後、役割と連絡方法、謝礼として国外に親子で移住出来るよう取り計らうと約束し、契約書を交わしている所で映像は終了した。


「何故だ、あの部屋に【CAMERA】などなかった……!」


「語るに落ちるとは」


 ジルがくつりと嗤うと、目を吊り上げてジェラルドが睨みつける。


 それにしてもずいぶん都合良い映像が録画されてるなぁ。

 こういう事があると事前に知らないと取れない映像だよ。

 もしかしたら、ずいぶん前から王家の行動は監視対象だったのかも。ジェラルドが平民を呼び出したってんで、映像を残したのかもね。結果的にグッジョブだ。


「更に証人を呼びましょう」


 壁際に控えていた変装メイドは、促されて静々と場内中央へと進み出た。


「元ライアー男爵家令嬢セシルは、貴族学院卒業パーティでふしだらな悪女を演じた後、騎士に捕縛され連行されましたが、途中で抵抗して逃げ出した為騎士に斬られ亡くなってしまった。遺体はその騎士が処分したと、予定通りの報告を受けていたのでしょう?

 ですが、わたくしたちが保護していたのです!」


 変装メイドがわたしの視線を受けて、眼鏡とイヤリングの変装魔導具を取り去った。

 とたんに茶髪は金髪に、茶色の目は青色に変わり、三つ編みをほどいて頭を一振りすると、証拠映像と同じ小動物系美少女が現れた。

 セシルは淑女の礼を披露する。特訓の成果があり及第点だ。

 頭を上げ、ピンと伸ばした背筋に、意志の籠った強い瞳。何処に出しても恥ずかしくない令嬢然としているわね。


「元ライアー男爵家の養女、現在は平民のセシルと申します。

 過日、第一王子殿下に召喚され、母とわたくしの命を盾に、第二王子殿下と側近のご令息たちを篭絡し、マリアージェ公女殿下に嫌がらせをされていると冤罪を掛けるよう命じられた事を、ここに証言いたします」


「貴様っ、よくもぬけぬけと!」


 セシルを見て愕然とした後、唾を飛ばす勢いで食って掛かろうと檻を飛び出そうとしてバチバチと電撃を食らうジェラルド。


「酷いですわ、殿下。わたくしは命じられた通り仕事をしましたのに。

 不特定多数の令息たちとも、親密になったように見せかけろと命令され、嫌々ながらも二人きりで密室に籠るなどして、本当に襲われそうになったことが何度もございました。……辛かったです、うう」


 ナーイス、セシル。やっぱ女優よねぇ。 

 ほろりと涙を零し、両手で顔を覆って俯くさまは、男性諸氏の庇護欲爆上がりだと思うの。


「ジェラルド王子に問います。証拠映像の内容とセシルの証言は事実でしょうか」


「平民の言うことなど信用に値せぬ!」


 バチバチっ


 あらぁ、身分を問わず能力で取り立てる、という美談の建前が崩れる発言ね!

 ちらりと隷属から解き放たれた文官たちの姿を探す。目的の人物は目を覚ましていた。


「そこの文官のあなた」


 手の平で指示すと、黒装束が該当の文官を連れて来てくれた。

 もう、黒装束たちは”黒子”にしか見えなくなったわ。


「先ほどの証拠映像で、ジェラルド王子の背後にいた方ね。あなたはあの映像の内容が事実であったか証言できますか? 

 あなたを縛り付ける枷はもうありません。真実の証言の場です、不敬にも問われません」


「……オスカー」


 命令とも懇願とも取れそうなジェラルドの声に振り向きもせず、まっすぐ貴族議会員たちに視線を固定したオスカーと呼ばれた文官は、恭しく礼を取る。


「ギリエム子爵家三男オスカーでございます。第一王子ジェラルド殿下付きの文官を拝命しております。

 先ほどの映像の現場にわたくしは同席しておりました。故にあの映像が事実であると、ここに証言いたします」


「オスカー! 貴様、裏切るのか!?」


 何度も檻を突破しようとしてバチバチと電撃を食らうジェラルドって、実は撃たれ強いのかしら。かなり痛いと思うんだけどなー。

 対してオスカーさんは眉間に皺を寄せても、ジェラルドに目を向けない。頑なに見るまいとしているかのようで、ぎゅっと握りしめられている両手の拳は微かに震えていた。


「更に申し上げます。セシル嬢への連絡役はわたくしでした。

 学院卒業パーティ会場から退場させた後、牢獄に収監せず途中で殺す手はずであったのも事実です。

 わたくしがジェラルド殿下に命令されて差配しました。……口封じの為、という理由でした」


「違う違う違う!!」


 ジェラルド、バチバチバチバチうるせーから突進するの止めてくんない?

 手なのか、焼け焦げている匂いもしてきたわよ。


「ジェラルド王子に問います。ギリエム子爵令息の証言は事実ですか?」


「違う!!」


 バチバチっ


 ジェラルドは時間切れになるまで認めなかった。


 ここでジルが耳打ちしてきたんだけど、その内容に驚いて振り向いたら、顎をしゃくって言えと促されてしまった。

 ええ~、マジでぇ?


「ジェラルド王子……あなたはミカエラ公爵家令嬢サーシャ様との婚約を破棄する為、求婚してきた西の国のナジェンダ王女を誘導し、サーシャ様を毒殺しようとしましたか」


 驚愕! 何でバレた!? と言わんばかりに目をかっぴらいているジェラルド。

 こっちがびっくりしたわ。


「ち、違うっ! あれはあの王女が勝手にやったことだ!」


 バチバチっ


 これにはミカエラ前公爵と現公爵夫妻が、眼光鋭くジェラルドを睨みつけた。

 車椅子に座っているサーシャ様も、唇を引き結んで眉を顰めている。毒の後遺症で体が思うように動かなくなっているんだって。

 後で治療するから待っててねぇ。


 ジェラルドはしぶとく違うと訴えては電撃を食らってる。頑丈だわね。

 ジルが更に耳打ちしてきた。え?


「……質問を変えましょう。サーシャ様と婚約破棄した後……わたくしと、婚約するつもりでしたか?」


「…………」


 婚姻の誓いを邪魔して来たしなぁ。マジで、小説になぞらえて求婚しようとしてたの?


「レオナルドは兄だろう? 兄としてしか見ていなかったはずだ。なんで求婚を受けたんだ」


 なんでって言われてもねぇ。質問しているのはこっちなんですけど。


「レネとは幼い頃から、将来は夫婦となる方向で家族・親族とで内々に決まっていた。それに横槍を入れたのはバスク家だ」


 わたしの代わりにジルが答えた。

 へー、そうなんだー。わたしは知らなかったなー。


 わたしなりに考えたんだけど、前世の家族・兄妹と、今世の家族・兄妹の距離感が全然違うのよね。

 前世の兄妹はとっても近くて、わちゃわちゃ一緒くたになって育った。

 今世はってぇと、友人より遠い距離感でしか接触してないのよね。

 よく似ているし、兄だと言われて育ったからそう認識していたに過ぎないような?

 だから、急に関係が変わっても嫌悪感が湧かなかったんじゃないだろうか。


 厳しくて怖い人ではあるけど、嫌いじゃなかったし。

 分かり難いけど、根底に優しさがあったし。

 今はなんか溺愛してくるし?


 そんな事をつらつら想い耽っていたら、ジェラルドは時間切れとなっていた。焦げ臭い。


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