第8話 別荘での療養生活②
一通りやる事が済むとまた暇で、それならと、セシルの第一作目の小説を読ませてもらった。
「異世界転生して魔法があるんだし『オレTueee!』的な事をしたかったのに自分じゃ出来なくて、だから小説にしたんです。でもぉ……まだこの世界で『異世界』が受け入れられないみたいで……」
売れなかったと。
わたしは普通に面白く読めた。これは下地に、前世日本でいわゆる『異世界転生モノ』ジャンルに馴染んでいたからかもね。
「貴女の色んな作品がもっとたくさん世に出てから、改めて再版してみてはどうかしら。
貴女がお世話になっている出版社で無理だったら、わたくしが持っている出版社からでもいいわ」
わたしがオーナーをしている出版社からは、ファッション雑誌を季刊誌として販売している。
季節ごとの流行を捉え、ドレスや小物、それを着用している女性の姿をイラストにして載せているのが主なもの。
“今更聞けないマナーの事”を連載し、他にファッションリーダー的なご婦人のインタビュー記事も掲載していて、「次はわたくしを取材して」と依頼されてもいる。
雑誌のターゲットは若い世代のご令嬢なんだけど、幅広い年代の貴婦人に売れていた。
「そうだわ! 雑誌にあなたの小説を連載形式で載せるのはどう? あちらの世界ではファッション誌にコラムや小説が連載されていたもの。
女性向けだから、『悪役令嬢モノ』もいいけど、『平凡なヒロインがスパダリに溺愛される』という物語がいいかもしれないわ」
ぽけらっとしたセシルは何故か顔を俯けた。
「やっぱり身分と資金力がないと無双出来ないんですよね。既に実業家とか、マリアージェ様、『チート』じゃん」
ううん、自分と比較して落ち込んでるのか、僻んでるのか、両方か。
「自分で言うのもなんですけれど、確かに魔力は国のトップレベルですし、複数の属性魔法が使えますわ。でもそれは、そういう血筋に生まれたからです。
わたくしの兄なんて、まさに『チート』ですわ。前世の知識という底上げがあってさえ、彼には何一つ敵わないんですから」
そのかわり、ヤツは血の色みどりの冷血漢だけどな!
まだぐちぐち呟いているセシルに言ってやる。
「身分が高い生まれだと、危険な目に遭いやすいですし、刺客も送られてきます。普段の生活でも油断していると、命を落しかねないのです。
貴族に理不尽に踏みにじられる平民と比べるものではありませんが、それぞれにメリットデメリットがあると思いますの。
だいたいにして、わたくし小説は書けませんし、治癒魔法も使えませんわ。
貴女のおかげでずっと患っていた胃痛が治りました。感謝感激です!」
「……うん」
「資金力と言ってましたが、わたくしがスポンサーになります。
それに、この国でも貴女の小説を売り込みたいの。良いペンネームを考えておいてね。
それからここにいる間、しっかりマナーを身に着けてもらいますからね?」
「げっ」
「言葉遣い」
「かしこまりました」
「よろしい。美しい所作は他人に信頼を与えます。覚えて損はありませんわ。
わたくし、ここでは暇なので、毎日二時間ほど、貴女にマナーとロンダール王国語の授業をしようと思います」
「うう……宜しくお願い致します」
セシルの気持ちがこれで納得するかと言えば違うだろうけど、とにかく色々やらせて気を紛らわそう。
わたしもやる事が出来て暇つぶ……げふん、有意義に過ごせそうだわ。
ホントに今まで自由時間がなさ過ぎた。
無駄な妃教育がなくなったら、別の事に時間が割り振られただけ。
あーあ、わたしって何になりたかったんだろう。『職業選択の自由』はないからなぁ。
雑誌を作ったのは、学友たちの話を聞いて思いついて、なければ作ればいいじゃん精神で突っ走ってしまっただけで、それなりに手応えはあったけど、メインの活動は編集長に移っているし。
やりたいこと……かぁ。
――と、いうことで。
ばっさり髪を切ってしまった! わははは。
少なくともアルステッド王国では、女性は髪が長いものとされている。髪が短いのは出家した修道女くらい。だからアルマが泣いている。
「お嬢様ぁ」
顎のラインで切り揃えられたボブカット。前髪もぱっつんしてやったわ。
直毛なので頭を振ると、しゃらしゃらと揺れる。ふふふ。
はぁ、頭が軽い。肩が軽い。思わず両腕を上げて思いっきり伸びをした。
「似合わないかしら」
「お似合いですわ。でも……」
「心配しなくても、切った髪は保護魔法を掛けて保存しているし、緊急な場合は魔法で髪を伸ばせるもの」
十数年ぶりに何の予定もない自由時間がある生活で、身も心も軽くなり、胃痛もなくなった。
バンザーイ!
日々、やる事と言ったら、手紙の返事を書く、各出版社への問い合わせ(しかも代理人)、セシルへのマナー講座に、ロンダール王国語の復習を兼ねた授業。
少ないわ。おかげで睡眠時間をたっぷりとれて、お肌の調子も良い。
懸念事項と言えば、一度ロンダールの王妃殿下への表敬訪問しないと筋が通らないから、スケジュールを調整中で、わたし一人ではなくお兄様が来てくれることになっている。
で、やってきました冷血公子。
この別荘に来てから三か月近く経ったけれど、【テレビ電話】で時々連絡を取り合っていたの。相手は両親だったり兄だったり。
全員に髪を切ったことを叱られたわぁ。いいじゃん、伸びるんだから。
転移して来て早々、グイグイ来られた。すっごい眉間に皺を寄せて。
頬に添えられた手が耳から項と移動していく。後頭部を固定されて、逃げようもない。
「本当に、ただの気分転換か?」
え? 再会第一声が髪型の事!?
「そうですわ」
ここにきて、なんでこんなに気にしているのかに気が付いた。
まだ子供だった頃、とある事件で死にかけたついでに髪が無造作に切られてしまい、仕方なく肩口辺りで髪を切り揃えた事があったの。
今と同じようなボブヘア。あれか。あれが兄のトラウマになっていたのか。
「子供の頃と違って、わたくしに危害を加えられる者はそうはおりませんわ」
にっこりと笑顔を見せると、ふぅと溜息を吐いたお兄様は、わたしの頭頂部にチュッと唇を落してから、腰に手を添えてエスコートをする。
いや、立ち位置近いんだけど!
気を取り直して居間に案内し、上座の一人掛けソファに案内したのに、わたしの隣に着席した。近い。なんで。
「まずは例の茶番劇後の顛末を知らせておこう」
【テレビ電話】はまだ長時間通信出来ないから当然だけど、手紙でもそれらの事は詳しく書かれていなかったから、わたしには知られたくないのかと思っていた。
お兄様がまとめて報告ですか。そうですか。合理的ですね。
<ジェイソン元第二王子>
王族籍剥奪後、『北の離宮』に幽閉。
実は王の子ではないことが発覚。しかしそれを表沙汰にするにはリスクが大きいため、元妃と同じく幽閉措置となった。間もなく毒杯を賜る。
罪状:王子費予算の内、婚約者予算など、本来使われるべき所に使わず流用した『公金横領罪』。
第二王子の職分を越えた不当な命令を下した『職権乱用罪』。
王の子ではなく、立太子もされていないにも関わらず、次期国王を僭称し王位簒奪を望んだ『反乱罪』。
「えっ!? ちょっと待ってください! ジェイソンが王の子じゃなかったって……今頃分かったのですか!?」
「レネ、話の腰を折るなというのに。
元妃の実家から連れてきた護衛騎士が父親だった。
その男の髪はブルネットで瞳は紫紺。ジェイソンは元妃と同じく金髪に碧眼。どちらに似るにしても王家の色を全く持っていない。
王族は誕生時に魔力適合検査があるが、その当時の検査官を買収していたらしい」
その護衛騎士は王族を謀った罪で斬首刑に処されたとの事。
どうりで。
ジェイソンは王家の色を一切持っていなくて、容姿も似る所がない。更に光属性もなく、魔力も少なかった。
王の子ではない、王家の血を引いていないと聞いて、すとんと腑に落ちた。
そのジェイソンを玉座に据えようと画策したから、問答無用で元王妃は『北の離宮』に飛ばされたのか。
卒業パーティでは、騎士たちに囲まれて馬車で護送されたと言ったけど、実は王宮の奥深くに『北の離宮』へと繋がる転移魔法陣あり、とっくに送られていたのだ。
馬車は囮で、変装した女性騎士が乗っていたんだって。
「その護衛騎士はどちらにしろアサマシィ侯爵家の一門だ。一族郎党処刑と決まったのだから、ヤツの家族も処刑される。
元妃もジェイソンと同じく毒杯を賜るが、恐らく一族の処刑が済んだ最後になるだろう」
アサマシィ侯爵家は爵位剥奪の上お取り潰し、領地は没収され王領となる。
<バカディ公爵家の元次男シューサイ>
バカディ公爵家からの除籍と貴族籍剥奪で平民となった。
平民でありながら、公女に対し無実の罪を着せた『叛逆罪』、侮辱発言を繰り返した『不敬罪』。
一般牢に収監後、厳しい取調べに遭い身体欠損。魔力封じと断種処置の後、採掘場の労役に着いた。
「……身体欠損?」
話の腰を折るなと言われたけど、つい訊き返した。
だけどお兄様はただうっそりと微笑みを浮かべただけ……コワイ。
<ダイク侯爵家の元次男ノーキング>
ダイク侯爵家からの除籍と貴族籍剥奪で平民となった。
貴族学院と王宮に許可もなく武器を携行、公女に対し刃を向けた『叛逆罪』。
斬首刑に処された。
<アフォネン伯爵家の元次男ナルシス>
アフォネン伯爵家からの除籍と貴族籍剥奪で平民となった。
公の場で公女を侮辱し冤罪を着せた『不敬罪』と『叛逆罪』。
断種処置の後、魔力制御装置を着け、北の国境砦の防御魔法陣に魔力を捧げる労役に着いた。
無駄に多い魔力を有効活用する為の処置である。
「バカディ公爵は宰相を辞任、補佐官をしていた嫡男も辞職。ミカエラ公爵が後任に就くことに決まった。
ダイク侯爵も王宮騎士団長を辞任。ただ、自害しようとしたのを止められ、国境防衛団の一隊長として務めるよう王命が下された。
騎士団も王妃派に浸食されていたからな。処罰を受けた騎士・衛兵・兵士がずいぶん多かった。
後任は中立派の副騎士団長だ」
ノーキングの件はとにかく後味が悪く、どうしても父親であるダイク侯爵に申し訳ない気持ちが湧く。
「アフォネン伯爵も魔導師団長を辞任した。後任はこちらも副師団長が就くが、暫定措置だな。伯爵の嫡男が適任だと言われているが、弟の不祥事と若すぎるという事で、ある程度経験を積んでからの就任になる見込みだ」
少し俯きかけていたら、お兄様の指がわたしの頬をかすめ、髪を耳に掛けて横顔を顕わにされた。
やっぱり近すぎる距離感に身を捩ろうとすると、肩に腕を回され引き寄せられてしまった。
「――っ、お兄様!」
何するねん! と文句を言おうとしたんだけど。
振り返って目が合ったアメジストは、とても強い光が宿っていた。……ような気がするので、口を噤んでしまった。
「おまえは優しすぎる。今回の処分はずいぶん甘い方だぞ」
それは、まあ、分かってる。
「その優しいおまえが同情しているセシルの父親であったライアー男爵の件だが、不本意な結果になった」
「……どうしたのですか」
微かに眉を顰めたお兄様に、この人にも手落ちがあったのかとじっと言葉を待つ。
「男爵一家が、使用人たちに嬲り殺された」
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