第9話 人生とは驚きの連続だ①
「……あぁ……」
意味を成す言葉が出なかった。
「恐らくだが、虐げられてきた使用人たちが、ずっと機会を窺っていたのだろう。
元妃やアサマシィ侯爵家に連なる者たちが次々と粛清されて行ったことで、団結して一気に犯行に及んだようだ」
セシルから聞いた話だと、使用人たちは皆表情が死んでいたそうだ。
自身でも母親を人質に取られていた経験上、彼らの家族が人質に取られているか、出身の村や町ごと盾に取られているのではないか。あの下種野郎ならやりかねないと言っていた。
「平民が貴族に牙を剥けば、問答無用で極刑だ。
使用人どもは本懐を遂げたかもしれんが、連座で一族郎党、下手をすれば村ごと処刑だ」
「どうにも……ならない……のですよね?」
息が苦しい。
「法で定められている。それを無視すればアルステッド王国は無法国家と誹られる」
じわりと涙が込み上げてきたけど、根性で耐える。耐えるったら堪える。
そんなわたしをじっと見つめるアメジスト。
「――この数年、ライアー男爵領では、よく人が消えるそうだ。
領主の邸から他国へ売買されてもいたようだが、それ以外にも消息不明な者が年間百人程はいる。
刑を執行する憲兵が赴いた時、ある村では水害に遭った如く家が流され無人となっていた。
またある村では地盤が沈み込んで壊滅状態。避難したのかここも無人だった。
他の村でも自然災害に遭った如く村と人が消えていたそうだ。
ライアー男爵は神の怒りに触れたのだと、街で噂になっている」
――えっ!? ちょっ、待てよ!!
「……まさか……お兄様?」
「避難先も定かではない、散りじりになった村人を探し出すのは骨が折れるだろう。奴隷として売られた領民を追跡するのも難儀であるし、程々の捜索で手打となる見込みだ」
えっとぉ、色々……そう色々と物申したい。
じとっとお兄様を見つめても表情は変わらず。
「王都の男爵邸で犯行に及んだ使用人どもは処罰を免れないが、領地の親族たちは居ない以上どうする事も出来まい。
ライアー男爵家は爵位剥奪、取り潰しになったが、奴らの罪状は分かっているだけで『密輸』、『人身売買』、『国有財産の横領』、『領主の義務違反』、その他まだ捜査中だ。
当主一家が既に亡くなっている為こちらは書類のみの処罰だが、一族も連座で処罰を受ける事になる。
アサマシィ侯爵家の件で、捜査と捕縛に既に人出も時間も取られているのだ。男爵領の方は更に時間がかかるだろうな」
不正に稼いだお金は、貴族派(王妃派)の活動資金へと流れていたから、元々粛清対象だった。
でもこれじゃあ、それがなくても処罰できる事案だったな。
というか、今までよくバレずにいたな。ああ、アサマシィ侯爵家が盾になってたのか。
それから局地的自然災害? 短期間に重なる事なんてないない。ないよね?
じゃあ人為的に起こされたものだとして、それを可能にするのは力の強い魔導師か、錬金術師か。
ちらっとイリヤ氏の顔が浮かんだ。どっちの条件にも当てはまってるのよね。
うーん、でも理由がないか。お父様かお兄様に依頼されでもしない限り。
二人がそんな依頼をするか、と言われたらNOだ。
ましてや、我が家と関係のない、ライアー男爵領の領民を逃してやるなんてねぇ。
あっ、そうだ! リナさんを助けてくれたという『有志の団体』!
彼らの規模は分からないけれど、理由も行動力もあるもんね。
だがしかしお兄様!
相変わらずもったいつけて話してくれやがりまして、本当に意地悪だな!
あたふたするわたしの反応を楽しんでるんでしょ! あ、ちょっと口角が上がったわ。絶対そう! 返せ! わたしの涙。
「――それから、ジェラルド殿下が王に退位を迫って、受け入れる方向で調整している。
王妃の横暴を止めず、王妃派により食い荒らされ、国政と国防が疎かになった責任を取る形だ」
つい、顔が引きつった。そうなるとは思ってたけど。
「譲位に関わってくる事で懸念材料が一つ。ミカエラ公爵家令嬢が毒を盛られ倒れた」
「え?」
「一命は取りとめたんだが、後遺症が残るらしく、ジェラルド殿下との婚約を辞退された。
幸いご令嬢は“王家の秘事”に関わる教育をまだ受けていない。だから婚約解消しても、王家に囚われずに済む」
サーシャ様の控えめな微笑みが脳裏をよぎる。
誰だよ!? あんないいコ(実は一歳年上)を殺そうとした奴は!
しかし何が幸いするか分かんないね。
まだ王太子妃教育が始まっていなかったし、あの元王妃じゃ、“王家の秘事”を知らない可能性もあったしね。
「誰が毒を盛ったのか、調べは付いたのでしょうか」
「ああ、西の国の第一王女だ」
「はぁ?」
いけない。つい間抜けな声が出てしまった。
「わたしとの縁談がまとまらず業を煮やしたのか、ジェラルド殿下に縁談を持ち掛けた。
もちろん婚約者がいるから断られたんだが、生来傲慢で短絡的な性格だからなのか、単なる愚か者なのか、婚約者がいなくなればいいと思ったそうだ。
あの王女は王妃になりたく、玉座を継ぐ者との婚姻が必要だった訳だ」
この周辺の国で、適齢期の独身の王位継承者は少ない。
我が国ではジェラルド殿下とお兄様。東の国では、例の第三王子。この三人だけ。
北と南では全員婚姻しているし、その子供たちは適齢期に達していない。
お兄様は玉座に興味がなく、それでなくても国内の安寧の為断っている。
東の第三王子では玉座に遠い。
婚約者はいても、王太子候補のジェラルド殿下は理想的という訳ね。
「ミカエラ公爵家令嬢は解毒の魔導具を身に着けて、第一王女との茶会に臨んだ為命拾いをした。
その茶会のガゼボには、予め【CAMERA】を設置していたそうで、王女付きの侍女がご令嬢のティーカップに毒を仕込む様子が映っていた。
更に、王女が宿泊している客室の映像に、侍女に毒を盛る事を命令している様子も残されていた」
監視カメラ大活躍!
本来なら、他国の王族が宿泊する部屋に【CAMERA】を設置するのは、かなりリスキーだ。外交問題に発展しかねない。
例え、「防犯の為」と言い訳しても、事前に知らせないなら『盗撮』って事になるしね。
「王女は強制送還された。他国の、王族の祖父を持つ未来の王太子妃を殺害しようとした件で、西の国へ賠償責任を追及している。
まあこれはいいんだ。この件はミカエラ公爵が推し進めているから、任せておけばいい。
問題なのは、ジェラルド殿下の婚約者枠が空いた事だ。
今、王都では未婚の令嬢たちが、一つの席を巡って熾烈な戦いを繰り広げている。
だが、ジェラルド殿下はおまえに求婚するのではないかと思う」
「えぇ~?」
なんでやねん!
全くもう、エセ関西弁が出てしまうやろがっ!
クスリとお兄様が笑った。
「嫌そうだな」
「当り前ですわ。ご存じかと思いますが、わたくしはあの方が嫌いです」
普段ならこんなどストレートには言わない。
でもお兄様に取り繕ったところでバレバレだし、人払いされているし、ここしばらくの別荘暮らしでちょっと自由に振舞っていたから、ついつい。
母にバレたら叱責ものだ。
「例の茶番劇のシナリオ、それの原作を覚えているか?」
「ええ」
「あの小説の最後では、王太子になった第一王子が、第二王子に婚約破棄された公爵家令嬢と結婚した――そう綴られていたな?
それを実行しようとしている疑いがある」
マジか?
疑いがあるっていう事は確定ではないって話だけど、お兄様がそう言うんなら確率が高いんじゃない?
眉間に皺が寄っちゃったよ。
「お断り、して下さいますよね?」
ちょっと上目遣いでおねだりしてみた。
「レネが自分で断っていいんだぞ」
チっ。
「目の前で跪かれても断固お断りしますよ!
でも、お父様とお兄様からも断って下さいね!」
「もちろんだ」
すっと顔が近づいて来て、お兄様から額とほっぺにキスを贈られた。
これ、ホント、兄妹の距離感じゃないよね!?
*****
全く持って急な話だけど、翌日にはロンダール王国の王妃殿下に謁見した。
衣装などはお兄様が持参して来ていたっていうね。
言ってよー!
久しぶりの公の場に緊張しながらも、何とか無事に済ませて帰宅。
そしたら撤収の準備が整っていた。
は? わたしの自由時間終わり?
聞いてないよー!
あれ、セシルとリナさんは残るの? え、イリヤ氏も?
やる事が残っていると。そうですか。では、いずれまた。
『長距離転移魔法陣』の到着先は、王都の邸ではなく、領地の城だった。
お兄様に連れられて、家族用の居間に行くと、両親に出迎えられた。
母はわたしを見るなり渋い顔をする。あ、髪型ね。
父は眼差しを和らげて、軽くハグしてくれる。
「レネ、体調はどうだ? 大丈夫なら、これから少し大事な話をしようと思う」
改まって何だろうと、ちょっとそわそわする。
テーブルを挟んで、向かいのソファに両親が、わたしの隣にお兄様が座る。
お茶の用意がされ、側仕えたちが全員退室。まずはお茶を一口啜ってから、唐突にお父様が発言した。
「レネ、ジルは我々の息子ではない」
爆弾発言きたー!!
「え!?」
「どうもおまえがジルと実の兄妹だと勘違いしていると……その、ジルが言うんでな。その様子だと本当に知らなかったようだな」
話したと思っていたんだが、とか。
わたくしもそう思っておりました、とか。
我が両親の、言った言わないの水掛け論勃発。
だから【CAMERA】が必要なんだよ。
てゆーか、改まってそんな説明受けた覚えはない!
要するに、お父様の亡くなった姉上がお兄様の実母。父親はなんと国王陛下。
お二人の間に生まれた婚外子。本来ならお兄様が第一王子!?
わたしから見た関係性は従兄。
うっそぉ~ん、わたしたち、外見がよく似た、誰から見ても兄妹って思ってたのに。
ああ、だからお兄様の婚約はなかなか調わなかったんだ。
立場が難しいもの。
「姉は病弱が理由で、当時の王太子、現在の王と婚約出来なかったが、二人は恋愛関係にあった。
姉は自分の寿命が少ないことを実感していたと思う。
だから、想い人との間に子供を設けたいと、自分の生きていた証を残したいと熱望した。
そして、その思いは叶ったのだが、出産後儚くなってしまった。
それでジルをわたし達夫婦の養子にしたのだが、この件は王家側とミカエラ公爵は知っている」
立場上たまに王様に会うけど、お兄様に対してなんか物言いたげな様子を見せていたのは……親子の名乗りを上げられないっていう、そういう事か。
「それで……以前からそのつもりではあったんだが、おまえとジルを婚約させた。外野が口を差し挟む前に来週婚姻式を執り行う」
「え?……はいぃ!?」
気まずそうなお父様に爆弾発言投下され、気持ちが追いつかない内に、あれよあれよという間にお兄様と二人、夜着に着替えて寝室のベッドに腰掛けていたんだけど、え? 何この状況。
「最近貴族家での婚姻は、身分差や貞操感など緩和される傾向にあるが、未だに王族は古い慣習を守り、特に王家の花嫁には純潔が求められる」
いきなり何言ってんの?
「本気で嫌なら全力で抗え」
「え? んむぅ……」
抱き締められ、唇が重なる。
項と腰をがっちり拘束されているから、全く逃げられないんですけどー!!
ぬるりと舌が侵入してきて絡め取られると、自分のものではない魔力まで侵入してきた。
舌と唾液が吸われた時、何かが体から抜けていく感覚があった。それがわたしの魔力だと気づいた時には、頭がくらくらとして体が熱くなっていた。
あー、これ、お酒飲んで酔ってるみたいな感じだ。
体液込みの魔力交換って、くらくらっとしてふわふわって……ちょっと気持ちいいかも?
唇を離したお兄様が、うっとりしたように頬を上気させて、ぺろりと唾液を舐め取る。
こんな色気のある妖艶な顔、初めて見た。
「魔力の相性が良いと、これほどまで甘美なのか」
溜息混じりに呟くお兄様のアメジストの瞳が熱に蕩けているみたい。
もう頭がくらんくらん、魔力がグルグル巡って体に力が入らず、ベッドに倒れこんじゃった。
本格的にやばい状況だぞわたし!
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