第7話 別荘での療養生活①
南の隣国ロンダールは、冬が穏やかで、避寒地として北方の国の人々に人気の観光地でもある。
昔の富豪の邸を買い上げ改装した別荘で、わたしは命の洗濯中……ではなく、マジで病気療養に突入した。
張りつめていた気が抜けたのか熱を出したのだ。
否応なくベッドの住人と化し、一週間経ってもまだ微熱が続いている。
熱を出して早々、我が家の指示で女医のオリエ先生が派遣されてきた。
移動はもちろん、わたしたちが利用した『長距離転移魔法陣』でだ。
オリエ先生の診察に沿ってセシルが治癒魔法を使ってくれて、胃痛は快復した。
一番の問題はそこだと思ったんだけどなぁ、なんでか微熱が続いているのよねー。
オリエ先生がいう事には、今までの無理が環境の変化で表に出てきたんだろうって。
つまり、これまでのきつきつスケジュールで気を抜く暇のない生活は、実は体に相当無理を強いていたって事なのだろう。
だから、「今はゆっくりお休みすることがお仕事ですよ」と、オリエ先生に優しく言い含められ、暇を持て余している。
こっちに来たらきたでやりたいことが色々あったのに、事前に父や兄に「面会謝絶。出かけるな」と念を押されてしまってるし、この国の出版社との面談が~と言えば、代理人を用意してくれる始末。
ぼぉ~としてるうちにうつらうつらと眠れたら良かったのに、寝すぎて睡魔も裸足で逃げだした。
それで、なんとなくセシル母娘の件に思いを巡らした。
*****
セシルの母・リナさんは、対面したとたん深々と頭を下げ、謝罪と感謝を何度も口にした。
男爵や王子に人質にされていたけれど、どこかに監禁ではなく、いつも通り食堂で働けていたそうだ。
ただ、複数の監視人が張り付いていて、時々脅されてはいたが。
(男爵家の監視人は、ウチの手の者が成りすまし、危険から守っていたのだ!)
心身とも草臥れているようで、ほっそりとした体に艶のなくなった金茶色の髪をただ後ろで一括りにしただけのやつれた姿なのに、それが返ってえもいわれぬ色気となっていた。
これは男性の庇護欲が掻き立てられそう。
とりあえず暴行とかは受けていないようで、ほっと一安心。
セシルと抱き合い泣き出している母娘の姿に、思わずもらい泣きしそうだったのに、情緒もへったくれもなくお兄様が「時間がない」とぶった切って、『転移魔法陣』が設置されている部屋に連れて行かれた。
冷血公子め!
と内心悪態を吐いたら、ぎゅっと抱きしめられた。
この頃お兄様の距離感がおかしい件。
「時期が来たら迎えに行く。気をつけて行け」
チュッと頭頂部にキスされて動揺している間に、国内南部の別荘へ転移完了していた。翌朝、ここから南の国に旅立つ段取りなのよ。
わたしとお兄様のやり取りにセシルが目をキラキラさせていて、「禁断の愛」とか「応援している」とか何か寝言言ってたわ。
アルステッド王国の別荘から、南のロンダール王国の別荘まで馬車で移動。
その時に時間もあるしで、セシル母娘の事情を聞いたのよ。
ライアー男爵領のとある村で生まれ育ったリナさんは、美人な事が仇となり、女好きの男爵に目を付けられ手折られた。
男爵領ではよくある光景で、時々馬車で領内を巡り、気に入った女性たち既婚未婚関係なく連れ去るんだそうだ。
攫われた女性たちはほぼ無理やり領主家男子の伽の相手をさせられた。
で、避妊が徹底されておらず、時には妊娠してしまう女性もいた。その一人がリナさんだ。
「あのハゲデブエロオヤジ、マジで死ねやっ!!」
セシルがそう叫ぶのも頷ける下種野郎だ。
わたしは直に会ったことはないけれど、資料映像に映っていた男爵は確かに頭頂部の薄い金髪に、不健康そうな白い顔でぶよぶよした体形だったわ。
しかしセシルは口が悪いなぁ。まぁわたしも心の内の呟きは口汚いけど!
リナさんが領主の邸を脱出できたのは、抵抗して酷く殴られて、きれいな顔が台無しになったと男爵に捨てられたから。
邸の周辺では、攫われた女性を救いたいと有志の団体が見張っていて、リナさんは彼らに助けられた。
「追い出されて幸いでした。領主に飽きられた女性たちは、解放されることなく娼婦のような扱いをされ、しばらくすると姿を消してました。奴隷として他国に売られたらしいと聞いてます」
「ハゲデブドスケベ下種の極み女衒野郎っ!! 死ねっっ!!!」
その辺りの事情をセシルも教えてもらってなかったようで、悪態が悪化しているけどわたしも同じような心境だ。
セシルの口の悪さに、「こほんっ」と咳払いで注意していた専属侍女のアルマだけれど、あまりにも酷い話に、口元を片手で覆った。
「全女性の敵ですわね」
全くだ。
「大丈夫。奴らは粛清対象だし、もし逃れたとしても我がリズボーン家が潰すわ」
思わずふっと嗤ってしまったのだけど、悪い顔をしていたらしい。
辛い話をして顔色の悪かったリナさんと、怖気が走っているのか二の腕をさすっていたセシルが、わたしの顔を見て口を閉ざした。あれ?
「……すごい……悪の女王様って感じです! ステキ!」
「それは褒めているのかしら」
「当然です!」
またセシルにキラキラした眼差しで見つめられてしまった。
えーと。とにかくリナさんは村に帰らず、助けてくれた有志の団体の手を借りて王都にやって来た。
仕事先の食堂の主人夫妻が情に厚い人で、リナさんの出産や育児をも助けてくれたという。おかげで母娘二人、どうにかこうにか暮らしてこれたそうだ。
セシルは物心つかないくらいの幼い時に、”前世の記憶”を思い出した。
ある程度成長してからは、リナさんに”前世の記憶”の件を打ち明け、生活を良くしたいと色々案を出したそうだけど、食べるだけで精いっぱいの平民では出来る事はろくになかったという。
やはり何かをするのにも、先立つモノが必要なんだ。
「お待ちを。『前世の記憶』とは、本気ですか!?」
セシルが話始めた時、侍女アルマの存在は気になっていた。
やっぱそこ、引っかかるよねー。うーん。
「稀にだけれど、今の自分ではない、以前別の人間だった頃の記憶を持っている人がいると文献にも残っているの。
信じるかどうかは貴女次第だけれど、今はそういう物だと聞き流してね」
文献の件は本当だ。前にちょっと調べたのよ。
それは公式文書ではなく、民俗学的な民間の書籍だったけど。
わたしたちだけが特別ではなく、昔からちらほら転生者がいたって訳よね。
セシルが目を瞬いている。
「へぇ、
そこ、意味深に呟かない!
気を取り直して続きを聞く。
セシルは十歳位から食堂で給仕の仕事を手伝う内に“看板娘”になり、常連客の出版社社長に趣味で書いていた小説を読んでもらった事が切っ掛けで小説家デビューを果たした。
前世では、ネットに小説を投稿していたんだって。
『可愛い小悪魔と四人の貴公子』は、実は二作目。
思いがけないヒットに、出版社あたふた・ウハウハで、セシルの生活は金銭的に余裕が出来た。
それでも給仕の仕事を辞めなかったのは、また同じように小説が売れるか不安だったから。
一作目は社長の意気込みとは裏腹に、あまり売れなかったそうだ。
だから不確定な未来を当てにせず、堅実に働くことを選んだ。
うん、これは応援したくなるよ!
セシルが男爵家に引き取られた(本人曰く攫われた)のはそんな時。
詳しい経緯は知らないけど、評判の看板娘を見に来たライアー男爵が、気に入って妾にしようと連れ去ろうとしたら、なんと実は自分の娘だと分かって、母親の命を盾にセシルを無理やり養女にしたそうだ。
クソがっ!
男爵家で最低限のマナーを教えられた後、「高位貴族の息子を落としてこい」と有無を言わせず貴族学院に放り込まれたそうだ。この間一か月。
道理で学院で見かけるセシルのマナーが悪いはずだ。
マナーが悪い、教養がないのは当然。そんな貴族の教育を全く受けてなかったんだからね。
「自分の血を引いた娘だっていうのに、アイツ、人の体を舐め回すように見て、ほんと気持ち悪いったら! もげればいいのに!」
何が? とは聞かずにおこう。
腕をさすりながら、小刻みに震えていたセシル。
ライアー男爵は相当やらかしている。
それを単に斬首刑でお終いにしたら、領民の恨みは行き場を失うのではないか――そう思った。
*****
リズボーン家お抱えの魔導具師で、錬金術師のイリヤ氏がやって来た。
イリヤ氏はわたしより一回り年上なんだけど、研究バカで魔導具の事になると寝食を忘れる。
今回は新たな魔導具の実証実験の為、訪れたという。
「凄いですよね~。魔法で【テレビ電話】が出来るなんて!」
わたしが寝ている間に実験は終わっていて、その時部屋に控えていたセシルが、その様子を興奮気味に話している。
監視カメラとして作られた【CAMERA】は、あくまでも録画した映像を見る事しか出来ない。
今現在のライブ映像で状況を確認出来たら、何かあった時の対処も早く出来るのに……とイリヤ氏に言ったら頑張ってくれた。
前世にあった、留守時の子供やペットの様子を確認できる【見守りカメラ】的なイメージで伝えたつもりが、予想を上回って【テレビ電話】になっていた。
まだこの魔導具を持った者同士の双方向通信しか出来ないが、これからきっと進化していくだろう。
なんて丸投げ気分でいたら、何かしらアイデアとか閃きはないかと訊ねてくる。
わたし寝込んでるんだけど?
「お嬢様の何気ない言葉は神秘に包まれ、神の託宣の如く!
この数年の魔導具の発展はお嬢様の功績です!
魔導師団の技研の連中など、『リズボーン家の至宝』とお嬢様を讃えております!」
片膝を付いて熱く語っているけど、淑女の寝室に入って来るなよ!
ついでに言うなら、あんたが天才なだけだぞ? 子供の思い付きと大雑把な説明で道具を完成させるんだから。
アルマと騎士に引きずられてイリヤ氏は退場したけど、あれはまだ居座る気だな。
与えられた客間が工房化する予感しかしないから、好きなようにやらせておいてと許可を出しておいたら、あっという間に道具を運び入れてしまった。
自身で開発した長距離転移魔法陣が大活躍している模様。
でもね、密入国になるんじゃない?
「邸から邸への移動だけで外に出ませんから大丈夫です」
うーん、そういうものかしらねぇ? まぁバレなきゃいっか。(※駄目です)
やっと床上げ出来たら、これまでにお見舞いと称して訪ねてきた人物リストを渡された。おや?
「前に破談になった東の隣国の自称第三王子って……詳しく訊きたいわ」
この別荘での執事シュヴァルツが言うには、先触れなしの突撃訪問だったそうだ。
お忍びの体で、王家の家紋入りのペンダントを見せながら身分を明かしたが、本物であるかどうか、また王子ご本人であるかどうか判断できない事。
お見舞いも面会も全て断っている事。
更に、病に臥せっている未婚の公女殿下の住まいに、未婚の男性が訪問するのは非常識である事。
それらを迂遠に伝えて帰ってもらったそうだ。自称第三王子のお付きの者たちはまだ常識を持っていたらしく、頭を下げて帰って行ったと。
それを既にお父様に報告済みだというから、正式に苦情を入れているだろう。
新たな馬鹿王子登場ってか。自分とこの王族だけでお腹いっぱいだぞ。
破談にはなったけど、どうも諦めていないとかいう噂を聞いたのよね。
西の隣国の王女も諦め悪いしなー。
まさか、ここのロンダール王国の王族まで来ていないだろうな!? と思ってリストを確認したけどなくてほっとした。
なのに――
「ロンダール王国の王妃殿下より、お見舞いの品と書簡を頂いております」
あー、書簡ね。ふつーはそうだよね。
でも、あれぇ? わたしからはここで療養してますーてお手紙書いてないわー。
「旦那様が前もって、お嬢様が来国予定であることを、ロンダール王家に伝えております。ですが――」
「わたくしから王妃殿下にお礼をしなくてはね」
「御意」
例えお見舞いが形式的なものであっても、こちらは礼を尽くさなければならない。それからはもう、お見舞いのお礼状を書いたり品物選んだりで忙しくしていた。
この間にも、あの手この手で接触を図ろうとする者たちがいた事をわたしは知らない。
当主命令でわたしへの面会謝絶。手紙も検閲され、わたしの所にくるのは、身分が高く、身元の確かな方のものに厳選されていた。
護衛騎士も追加投入されて現在十名体制。
邸には元々防御結界が張られている。
わたしに会うのって、めっちゃハードル高い仕様になってるじゃん。
すげーな、何様だよ!?
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