第6話 裏事情②


 今回の茶番劇は、セシルが書いた小説を元に、ジェラルド殿下がシナリオを練り上げたそうだ。

 セシルは、“お花畑でビッチなあざとカワイイ女”というキャラクターを殿下の命令で演じていたに過ぎない。

 王妃と弟の第二王子、王妃の実家・アサマシィ侯爵家、その派閥をまとめて粛清しようと計画し、利用されたのが貴族学院の卒業パーティだった。



 事の起こりは一冊の本。

 『可愛い小悪魔と四人の貴公子』というタイトルの巷で人気の小説だ。


 光属性魔法を発現した平民の少女が、貴族の養女に迎えられ、貴族の令息令嬢ばかりが通う貴族学園に入学する。

 そこで知り合った王国の第二王子や高位貴族令息たちは、天真爛漫で可愛い彼女の虜となるも、彼らには幼い頃からの婚約者がいたのだ。

 少女をちやほやするばかりで、自分たちに見向きもしなくなった婚約者たちに、令嬢たちは嫉妬に駆られ少女を虐め抜く。

 関係改善されないまま学園の卒業式を迎え、王子と令息たち四人は、婚約者たちの虐めを理由に公の場で愚かな婚約破棄宣言をする。

 意気揚々とした四人の貴公子。激怒する婚約者の令嬢たちとその実家。

 結局愚かな真似をした貴公子たちは、少女への求婚も断られ、身分を失い身を持ち崩す。

 特に第二王子の婚約者は、自身の後ろ盾である公爵家令嬢。彼女を断罪したことで、身分剥奪の上『北の塔』へ幽閉された。

 四人の貴公子たちを手玉に取ったと言われた小悪魔な少女は、罪を贖い神に仕える為神殿に入ることになった。

 ほとぼりが冷めた三年後、王太子になった第一王子と、婚約破棄された公爵令嬢は結婚した。

 そしてヒロインの少女は、還俗して平民に戻り、ずっと好きだった幼馴染の平民の青年と結婚し、片田舎でひっそりと幸せに暮らしましたとさ。



 ――という、どこかで聞いたようなテンプレ内容。



 この小説に出てくる第二王子の容姿と性格、婚約者が公爵令嬢、それに幽閉される『北の塔』という存在。

 ちょっと実在のものと似ているのではないか、王族に対し不敬なる表現ではないか、という難癖をジェラルド殿下に付けられたそうだ。


 全くの空想の産物だと訴えても、王族が黒と言えば黒になる。

 不敬罪に問わない代わりに、やって欲しいことがある――そうジェラルド殿下に依頼されたのが、長期休暇に入った初夏の頃。

 確かにセシルの問題行動が目立ってきたのが、夏季休暇明けだったと思う。

 秘密裏に王宮に連れて行かれて、王子から内密の依頼。断ったら生きて帰れないと思ったのも仕方がないよね。


 起死回生の魔法契約書に思い至ったのは上出来だけど、あれは本気で制約を付けたい場合は、事細かな違反行動、破った場合の罰則、成功した時の解約方法まで記した上で魔力を込めて署名しなければ意味がなくなるのだ。


 そうセシルに説明すると、がっくりと項垂れてしまった。そんなに事細かに設定していなかったそうだ。

 平民は知らない事だよ、ドンマイ!




 *****




 わたしがセシルを見かけるようになったのはいつだったか。


 貴族学院の三学年に進級してまもなく、二年生に元平民が編入して来たけれど、その男爵家令嬢のマナーが悪いと噂で聞くのみだった。

 接点がないので顔さえ知らなかったわね。

 それが夏季休暇明け、しばらくしてから、どういう訳かわたしの周りをちょろちょろするようになったのよ。

 いきなり走って来ては目の前で転び、「申し訳ございません」と涙目で謝って去っていくこと数回。大体一緒にいるオリビア様も首を捻っていた。

 その内、セシルが令嬢たちにイジメられているという噂と共に、婚約者がいる令息に不躾に近づいているという噂も聞こえてきた。

 そして三か月ほど前、四馬鹿次男ズとセシルが一緒にいるのを見かけるようになって、ノーキングとナルシスの婚約者が相談に来た辺りから、何だかこれって“悪役令嬢モノ”のラノベみたいだわねって思いついたのよ。



 ――そう、わたしは前世の記憶を持つ元日本人。異世界転生者。



 異世界もののラノベやコミックは結構読んでいたわ。

 だけどこの世界が、そういう物語の中だとは全く思っていなかった。

 ちょっと言ってよー!


 テンプレだったら、あのセシルも異世界転生者で、逆ハー狙いのイタイ子という展開なはず。

 そう思って、セシルに我が家の諜報員を張り付かせ、監視カメラの映像も上書きせず残すよう学院にお願いした。

 もちろん我が家からたくさんの【CAMERA】を寄付したわよ。


 人目を憚らず、四馬鹿次男ズといちゃつくセシル。

 本当は放置したい所をわざと注意しに行ったら、「マリアージェ様が怖いですぅ、くすん」と返されて、本気でイラッとしたものだ。


 思い返せばアレが全部演技とかスゲーなセシル。あんた女優の才能あるよ。


 セシルがビッチじゃなく、演じている事に気づいたのは、諜報員から監視カメラがない生け垣の影に、どこかの令息とセシルが消えたと連絡を貰って現場に駆け付けた時。


「気持ち悪いんだよ! 触んなよ、この痴漢野郎がっ!!」


 罵声に驚いて生け垣を覗いてみると、セシルは腕をさすりながらぶるぶる震え、倒れているどこかの令息をげしげし踏んずけていた。

 それだけなら“お花畑ビッチ”を演技していた、したたかな令嬢だと思えたんだけど。


「あーもう! この世界に『痴漢防止法』とか『迷惑行動防止条例』とかあればいいのに! そういえば日本でも『セクハラ』は罪に問えないんだったっけ?」


 おう、このコはまさに転生者じゃないか!


 セシルはまだドスドス痴漢野郎の腹を蹴っていた。

 しかし蹴られ続けているのに痴漢野郎は目を覚まさない。実が出る実が。


「――ちょっと、そこの貴女」


 びくっとちょっと飛び上がり、恐々振り返ったセシルが開口一番――


「げっ、『悪役令嬢』!」


「なんですって!?」


 セシルは咄嗟に両手で口を覆ったけどもう遅い。

 わたし、いつの間にか『悪役令嬢』にされていたの!?


「やっぱりここは物語の世界……」


 セシルは大きな目をこれでもかって位見開いてわたしを凝視した。


「えっ、違くて……ええ~、マリアージェ様、まさか、あなたも……?」


「ええ」


「……うわぁ、同じぃ……」


 じわりと嬉しそうな笑顔を浮かべたセシルは、次いでボロボロ泣き出して焦ったわ。

 色々訊きたいことがあるものの、相手は泣いてるし、あちこちに諜報員やら王家の影が潜んでいる。

 わたしが前世の記憶持ちだと、家族にも教えてないのだ。


「あまり時間がないわ。ソレ、死んでないわよね?」


「ねでるだげでずぅ」


 鼻声で頷くセシルにハンカチを渡し、これからの算段を巡らす。


「そうね。図書館でまた会いましょう。今日の放課後はどう?」


 頷くセシルに笑みを返し、この場は立ち去った。

 ウチの諜報員に聞かれていたから、はっきりとした言葉を使えなかった。

 この件をどう誤魔化すか悩ましかったけど、諜報員は情報を集めるだけで自分の意見を言ったりしない。むしろ情報を得た父か兄に対しての言い訳が必要だ。


 放課後、「マナーの勉強をしなさい」と言って、セシルに『マナー教本』を差し出した。

 間には暗号【日本語】で書いたメモを挟んで。

 セシルが日本語を覚えているか心配だったけど杞憂に終わった。

 それからも時々、書籍交換をして探った所、「やんごとない第一の方から脅されて、仕方なく第二の方や高位令息たちに接触している」という事情が分かった。


 時折セシルが令息と二人で密室に籠る事があるが、ビッチというイメージを持たせる為であって、決して体を触らせてはいなかったという。

 密室に籠る→相手に催眠魔法を掛ける→ほどほどの時間に起こしていかにもな言葉を掛けて誤解させる――という手順を繰り返していたそうだ。


 だよねー。痴漢野郎ってげしげし踏んずけて震えていたもんね。

 なのに貞操の危機を潜り抜け、役柄を全うしている頑張り屋さん。


 なのにねぇ、セシルに渡されたシナリオの元となった、『可愛い小悪魔と四人の貴公子』という小説を読んでみて首を傾げてしまった。

 ビッチいないじゃん。


 小説のヒロインをビッチ仕様にする意味って何?

 第一王子ジェラルドの趣味……なーんてね。

 考えられることは、用済みになったセシルが死んでも、それが当然で惜しむ人などいない状況を作る為じゃないかと疑っている。

 増々嫌いになったわ。

 

 ジェラルド殿下は文武両道。王族の特徴が色濃いが柔和で親しみやすく、身分問わず能力の在る者を取り立てる事で人気者。

 なんだけど、同じ年のお兄様への敵愾心メラメラなのに、それを押し隠して、「頼りにしている」とか、「レオナルドはすごいなぁ」とか褒めたりしている。

 嘘くさいのバレバレ。

 本当は警戒心が強く、誰も信用していないし、平気で嘘を付けるひねくれ者。

 それは王族ならば必要な用心深さと言えなくもないから、許容範囲。


 わたしの癇に障るのは、策略家気取りな所だ。

 策謀を巡らし、それに巻き込まれた末端の人間など気にもしない。

 自分に有用な人間か、不要な人間かで判別している節がある。

 下級貴族で取り立てられて忠誠を誓っている人がいるけれど、不要になれば簡単に切り捨てる奴だからな! と忠告してあげたいけれど、信じないだろう。

 本当に表面上、うまく人格者を演じている。


 このまま行けば奴が国王だもんなー。やだなー。

 お兄様が国王になれば……なーんてな、玉座に興味ないんだもんなー。


 それもあって、わたしは学院卒業後、他国に行くことにしたのだ。

 セシル親子と一緒に。


 王家の企みと、セシルの事と、今後の自分の事を、まずはお父様に相談した。

 お父様やお兄様からは、初めてセシルと交わした怪しげな会話について追及されなかったけど、その後の秘密裏に接触していた件は問いただそうと思っていたらしい。

 お父様は既にジェラルド殿下の企みを知っていた。さすがである。


 深い紫色の髪に、ちらほらと白いものが混じり始めて、整った顔にも浅く皺が刻まれている。ステキなイケオジに進化中だ。

 『冷徹なる人』と言われていても、わたしにとっては我が家で一番優しい人なのだ。


「レネはそのセシルという娘を助けたいのかい?」


 家族はミドルネームで呼び合ってるの。


「はい。文化や芸術に明るい南の隣国で、執筆活動が出来るよう支援したいと思っています。

 まだまだ小説のネタがあるというのに、もうこの国で活動は無理でしょうから」


 セシルの件と、わたしが卒業後、しばらく南国で療養生活を送りたいという事は了承してもらえたけれど、他国で社交して結婚相手を探したいというのは却下された。


「とりあえず結婚の事は考えずに、しばらく別荘でのんびり過ごしなさい。

 ウォルター医師から胃薬の服用頻度が上がったと報告された。おまえは優しいから、元々貴族社会で生きるのは向いてなかったんだろうな」


 お父様の優しさが染みる。


「ただ、、例え不調であっても為さねばならない事もある。レネなら分かるだろう?」


 うん、優しいだけじゃないのよね。

 優しくて厳しく、仕事は冷徹なお父様。好きだ。


 ちょっとほっこり気分で自分の部屋に下がったら、お兄様に捕まった。

 貴婦人たちをうっとりさせるという艶然とした微笑みを浮かべて、わたしの部屋のソファに腰かけて待ち受けていた。

 ガクブルである。


「レーネ、これは何か、説明してもらおうか」


 お兄様の指先には、わたしとセシルが秘密裏にやり取りしている、暗号文のメモがひらひらと揺れていた。

 どうやらセシルが書いたものだが、それを読まないと返事が書けない。

 それでなくても少しづつしか情報をやり取り出来てないっていうのに!


 お父様なら、わたしが話すまで待ってくれただろう。でもお兄様は、絶対、必ず、どんな手段を用いようと、洗いざらい白状させる。

 抵抗? 無理! わたしがお兄様に勝てる所なんて一個もない!


「諜報員が拾ってきた物だが、どこの国の言語か皆目見当もつかないと泣きつかれたぞ。

 複雑怪奇な文字とも模様ともとれる代物だが、おまえならともかく、あの平民出が作り出せるとは思えん」


 何故かお兄様の膝の上に座らされ、腰回りを片腕でがっちり拘束してくるお兄様が耳元で囁く。息がかかる。近い近い近い!


「レネ、素直に吐いた方が早く楽になれるぞ?」


 今までにない手法に目眩と動悸がしてきて、呆気なく白旗を上げた。

 話したところで信じるか信じないかは別だもんね。




 こうして一応家族を味方につけたわたしは、学院では相変わらずジェラルド殿下の企みなど知りませーんという顔でやり過ごした。

 セシルを助ける為に。


 父と兄はジェラルド殿下の王妃派閥粛清に、積極的ではないものの反対はしない、という姿勢で王様と歩調を合わせていたようだ。


 その後、取り巻き次男ズの婚約者三人の婚約解消の相談に乗り、水面下で根回しをしたりして、彼女たちの実家を説得。

 婚約解消後、新たな縁談を探すのが大変だったわ。

 なんでわたしが『お見合いババ』みたいなことをやってるのかしらぁ、と途中で投げ出したくなったのは内緒だ。


 結局縁談は母を頼った。何しろ元王女様だし人脈が広い。

 とにかく、貴族家の縁談は一門とか派閥とかが関係してくるので、ほんっとうに面倒くさい。

 貴族学院最上位者(バカはノーカウント)として、下位の者に助けを求められたら応えない訳にはいかなかったから仕方がないとはいえ、もうやらないぞ!

 

 他人様の縁は取り持ったのに、自分の縁談はさっぱりだったから、卒業パーティはお兄様にエスコートしてもらうことになった。

 思い返せば、第二王子バカと仮婚約していた時でさえ、ほぼお兄様にエスコートされていたなぁ。


 わたしは仮婚約していた時期があったけど、お兄様にはずーっと婚約者がいなかったな。

 思えばおかしな話なんだよねぇ。


 その理由をもう少し未来さきのわたしが知った時にはもう、雁字搦めに逃げ出せないよう、包囲網が完成していたのだった。



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