第5話 裏事情①


 卒業パーティでの茶番劇が終わり一段落。

 でも、わたしはまだやる事があるので、その段取りを考えながらお兄様にエスコートされ、メイドと従僕が迎える馬車に乗り込んだ。


 我が家の馬車は漆黒に金の装飾で、割とシンプル。

 内装もシックに統一されていて、落ち着いた深紅に金糸の刺繍があしらわれている。

 座面のクッション性能も固すぎず柔らかすぎず、コイルがいい仕事しているわ。

 もちろん車軸には衝撃吸収機能が備わっており、ガタガタ揺れることなく快適走行を実現していた。

 そして、物理・魔法防御魔法が施され、中の話し声が漏れないよう防音もばっちりよ。


 さて、その馬車内に、予期せぬ人物が乗っていた。え?


「どなた?」


 リズボーン家のメイドのお仕着せを着た少女が一人、所在なく座っていた。

 乗り込んできたわたしに気が付いて慌てた様に立ち上がり、腰を直角に折って頭を下げ始める。


「すみませんっすみませんっ、マリアージェ様を見ちゃって本当にすみませんでしたーーー!!!」


 いきなり何言っちゃってるのこの子。つーか、この声知ってるー。

 で、何を謝っているのか察し。


「黙れ」


 低く響くお兄様の一声に、メイドは凍り付いちゃった。

 お兄様付きの侍従シオンが、「まあ、とにかく座って」と声を掛けたら、ギギギと錆付いたブリキのおもちゃみたいに座面に腰掛けた。


 茶色の長い髪を左右で三つ編みにして垂らし、黒縁眼鏡をかけているメイドの左手は、布でぐるぐる巻きにされている。


 何がどうして彼女がここにいるのか。


「詰めが甘いな、レネ」


 このお兄様の言葉で自分の落ち度を察した。ええ、察しましたとも!


「……ご助力、感謝します」


 くぅ。やばかったんだ。

 お兄様が手を回してくれたおかげで、このメイドは生きてここにいるのだ。

 あー、胃がキリキリしてるぅ。


「では、彼女の母親は我が家で保護されているのでしょうか」


 これに答えてくれたのはお兄様ではなく、侍従のシオン。

 『冷血公子』の側仕えとして、彼もまた常に冷静沈着。淡いブルーの瞳が冷たく光る。


「レオナルド様の指示により、予定を変更。リナというご婦人を使用人部屋に匿っています」


 その言葉にメイドがパッと顔を上げた。

 わたしも安心したよ。……していいんだよね?


「そう、ありがとう。良かったわ」


 とは言ったものの、気持ちはダダ下がり。

 天才様は何事もそつなくこなし、妹の不備さえ補完してくれる。

 ほんっと、『四馬鹿次男ズ』の気持ちが分かるんだよ。優秀な長男を間近で見ていると、いかに自分が不出来か否応なく、まざまざと突き付けられるんだから!


 お兄様から顔ごと視線を逸らすと、無情にも顎を掴まれ、グイっと向きを変えられる。グキっていった!


「いっ――」


「なんだ、拗ねているのか?」


 強引に視線を合わせてくれやがりました。


「すね……いえ? 自分の不甲斐なさに少々落ち込んでいましたの」


 あー、うん、確かに拗ねていたかも。

 ちきしょーめ。よく見ていやがるな。てゆーか、顔が近いわっ!


「はぅっ、これ以上はない美の一対! 眼福! 推せる! 課金しますぅ」


 これ言ったのわたしじゃないよ。

 何やらおかしな単語の羅列に発言者を横目で見ると、目をキラキラさせたメイドが、胸の前で両手を組んでいた。


 まあ確かに、兄は“絶世の美貌”と評されるし、わたしもよく似ているから美人ではある。自分で言うのはイタイけどな!

 似た顔立ちの美貌。同じ髪色に同じ色の瞳。すらりとした長身の兄と、これまた女子にしては長身のわたし。

 並び立てば誰もが兄妹だと疑わないでしょう。


 更に今夜のドレスは、長身を生かすエンパイアライン。

 パニエでボリュームを出すドレスが多い中、目立ってたと思うの。

 白から裾にかけて段々と濃くなる紫紺色のグラデーション。薄布が幾重にも重なっている上に、銀糸の刺繍と小さな宝石やビーズが模様を描くように縫い付けられていて、これでダンスを踊ってくるりと回れば、光を受けて星空の如くキラキラと輝く――はずだったのに、踊る事なく帰宅。無念。

 お兄様は紫紺色のテールコートに同色のトラウザーズ。ベストとクラバットは白地に銀糸の刺繍とビーズが縫い付けられてて、襟や袖の刺繍はわたしのドレスと同じ意匠。

 ……気づいたらお揃いだった、というか、お兄様が意図して合わせたんだろう。

 

 お兄様、お揃いコーデは婚約者とやろうよ!


 西の隣国の王女と縁談が持ち上がって早半年。まだ本契約には至ってない。

 それでなくても強い権力を持っているリズボーン家が、他国の王女を嫁にするっていうのは国内のパワーバランスを逸脱する。

 それでわたしの縁談も流れたし、お断りをしているのに、あの国、というより王女様がなかなかしつこいらしい。


 一度顔合わせしたことあるけど、実に王女様らしい人だったよ。悪い意味で。

 高慢ちきが具現化したかのようで、まずまずの美人だけど、何かと派手好き。

 あの人が義理の姉になるのは嫌だなぁと思ってたら、わたし以外の家族にも不評でした。

 そういう訳で、なかなかお兄様の婚約者が決まらない。


「美の一対は分かるが、は何を言ってるんだ?」


 珍獣を見る目でメイドを一瞥するお兄様。


「“コレ”はないでしょうお兄様。“セシル”という名があるのですから。でも、わたくしもよく分かりませんわ」


 言葉じゃなく、テンションが。


「あたしなんて『コレ』でも『アレ』でもいいんです!」


 変装メイド=セシルが表情を改めて、がばりと頭を下げた。


「この度は、助けて頂いてありがとうございました! マリアージェ様にはたくさんお骨折り頂いて感謝しています! 本当に、本当に! ありがとうございました!!」


 頭を下げ続けるセシルに、ようやくお兄様がわたしの顎から手を離し、おもむろに長い脚を組んだ。


「おまえの為にした事ではない。レネが望む事に、少しばかり手を加えただけだ」


 温度のないアメジストの瞳で睥睨し、冷淡に告げる声は、本当にセシルの事などどうでもいいと感じる。多分、本人にもそう伝わっているだろうに。


「それでも事実として救われたのですから、感謝するのは当然です。

 それにしてもマリアージェ様、愛されてますね!」


 いや、なんか知らんけど一言多いわっ! 親指を立てるんじゃない!

 

「こほん。まぁ、感謝の気持ちは受け取っておきますわ。ところでその左手、どうなさったの?」


 布でぐるぐる巻きにされた左手は、よく見ると赤色が滲んでいる。……血?


「あ、これですか。えっと、リズボーン公爵家の騎士らしき人に切られたんです」


「えっ!?」


 さっと血の気が引くわたしに、セシルが焦ったように両手を振る。

 ちょっと、ホントに血が滲んでるわよ!


「違うんです! えー、偽装工作に必要だからって事で。

 あの破廉恥ドレスを破いて、その上にわたしの血糊を散らしたんですよ。

 襲われて怪我をしたかのように見せかける為、念のため本人の血の方がいいだろうって言ってました」


 そういうセシルの顔は、思い出したのか引きつっている。


 当初の計画では、王宮から牢へ連行されて行く途中で、王宮騎士団の制服を着たウチの騎士がどさくさに紛れて連れだし、メイド服に着替えさせ後、質素な馬車でセシルの母親を途中で拾い上げて、すぐさま王都を離れる予定だった。

 今日は我が家の使用人をお手伝いに貸し出している。見慣れないメイドや従僕や騎士が何人いようと、不審に思われることはないから。

 いい考えだと思ったのになぁ。所詮は机上の空論かっ。


 お兄様が溜息混じりに呟く。


「騎士が連行途中に、暴れて逃げ出した罪人を切り殺してしまったとしても罪に問われる事はない」


 そこに思い至れなかったわたしの馬鹿!

 セシルは我が家の裏方担当から、自身の置かれている状況の説明を軽く受けているらしい。


「そうですけど……あたし、第一王子殿下との密約は魔法契約を交わしたんですよ? 成功したら母と一緒に無事に出国させてくれるって」


 首を傾げるセシルに、お兄様は片眉を上げるだけで口を開かないので、わたしが説明した。どうせなら全部説明してくれてもいいだろうにさー。


「ジェラルド殿下がセシルさんに直接違反行動しない限り、魔法契約の罰則は発動しないわ。

 今回の不備は、殿、という事よ。

 殿下は命じてないし、騎士も自分の意志でやった、となれば違反してないでしょう?」


 騙されたと分かったセシルは、怒りのボルテージ急上昇。


「そんな抜け道があったなんて! 

 王族からの内密の依頼に平民に毛が生えた程度のあたしが拒否なんてもってのほかだったからこんな時は契約書だと思って更に踏み込んで魔法契約をして欲しいと言ったあたしでかしたと思ってたのに意味ないなんてとんだ間抜けだったわだからあっさり魔法契約してくれたんだクソがっ!!」


 息継ぎしろ息継ぎ。

 それにだいぶ口が悪いし不敬罪待ったなしの暴言出てるよ!

 わたしがそれをチクる事はないし、恐らくお兄様も無視するだろう。ただ、シオンの眉間に深い皺が寄ってるわ。


「セシルさん、言葉遣いに気をつけて。それで、ジェラルド殿下と交わした魔法契約書はどうしたの?」


「あ、すみません。契約書はいつも肌身離さず持ってたんです。コルセットの中に入れて。

 でもさっき着替える時に出せと言われて……えー、認識阻害と変身と魔力制御の魔導具を付けた後、ドレスと一緒に血糊を掛けたら契約書が燃え上がって無くなりました」


「なるほど。それは契約が無効になったという事よ。上手くすればセシルさんは死んだと思ってくれるかもね」


 ジェラルド殿下のシナリオでは、恐らく用済みになったセシルは殺されていただろう。

 だったら死んだことにすればいい。後はさっさとこの国とおさらばさせる。


 わたしはシオンと席を替わってもらい、セシルの隣を陣取り、傷ついた左手を回復魔法で治療した。


 そういえば第二王子バカがセシルは光魔法を使えるとか言ってたけど、実はセシルは水属性なんだそうだ。

 水属性由来の治癒魔法を使えたことで、何やら勝手に解釈され、いつの間にか光属性だという事になっていたらしい。

 光属性は王族によく発現する。でも第二王子バカは発現しなかった。

 ……まさかだけど、区別がついてなかった……とか?

 ははは、バカ王子ならありえるな。





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