魔を退ける少女4
「式神将来:
低い声で阿頼耶が言うと、彼の周囲に黒い穴のようなものが次々と出現し、その中から人の姿によく似ているが非常に大柄で、頭に角が生えていて鋭い牙を持つ化け物が現れた。
その数およそ三十体。
「これだけの数の鬼を、よく従えることができましたね」
ローファーの爪先でアスファルトの地面を軽く叩き、その場で小さくとんとんと前後に動きながらステップを踏む。
「百鬼夜行を真似ようとしてできた、出来損ないの烏合の衆だ。まずは小手調べと行こう。さあ、どのように出る」
「では、このようにしましょう」
途端に、華奈樹がぐっと体勢を低くして、両の手に黒とも深い青とも取れる炎のような何かを纏い、人外の速度で踏み出す。
ローファーの底で地面を削るように制動をかけ、弓を引くように引き絞った左腕を一気に打ち出す。
彼女の前に立っていた鬼に拳が当たると、殴られた箇所から真っ黒な血を噴き出しながら吹っ飛ばされる。
その一撃を皮切りに他の鬼が迫ってくるが、ゆるりと姿勢を高くして華奈樹は取り囲んでいる鬼を一瞥すると、左後ろにいる鬼に急接近する。
左腕で腹を殴り、ほぼ垂直に右足を振り上げて顎を蹴り飛ばし、その巨体が浮いたところで華奈樹自身も飛び上がって空中で体を回転させ、右足で鈍く大きな打撃音を鳴らして蹴り飛ばして右足で着地する。
「『捻れ潰れろ』!」
着地したところを狙って飛びかかってきた鬼に向かって叫ぶと、その言葉通りに鬼が雑巾を絞るように捻れてから潰される。
真っ黒な血のようなものを撒き散らし、鬼だったものの残骸に成り果てたそれは、ぼろぼろと崩れていく。
惨たらしく鬼が一体殺されたが、そんなこと知ったことかと残っている鬼が華奈樹を取り囲む。
掴み掛かろうとして腕をへし折られ、噛みつこうとしたら左足の蹴り上げで頭が千切れ飛び、言葉一つで潰れて千切れて捻じ切られる。
そんな光景を見て、悠一はなんて無力なんだと歯噛みする。
体格に恵まれているし、背が高いばかりで細いと見掛け倒しだと思われるのが嫌だからと鍛えているし、運動は得意だ。
ただそれは人間の尺度での話であって、華奈樹と阿頼耶の繰り広げる戦いの前ではなんの役にも立たないただの飾りだ。
どうして言葉一つで、その内容がそのまま現実になっているのか。彼女が両手、時には足に纏わせているあの炎のようなものがなんなのか。そもそもどうして、人の域を遥かに超えた速度で移動し、一撃で鬼の体を破壊するような力を出しているのか、全く分からない。
ただ言えることは、自分よりも頭一つ背の低い少女が、自分よりも強い力を持って化け物と戦って自分を守っているということだ。
「……流石、と言うべきだろう。刀崎家は刀を持った時こそ真価を発揮すると思っていたが、無手でここまで戦えるとは思いもしなかった」
正面から掴み掛かろうとした鬼を背負い投げて地面に叩きつけ右手の手刀で胴体を両断し、後ろから襲いかかってきた鬼を回転の勢いを加えた右ストレートで阿頼耶の方に殴り飛ばして壁に激突させると、阿頼耶が唇を動かす。
「こんな日中に本物の刀を持ち出せませんからね。こういう時でも祓えるように、こうした戦い方は極めています」
「刀崎家の一人娘は武の天才と聞いたが、まさにその通りだな。その年齢でここまで武術を使えるのは、私としても想定外だ」
「天才って、便利な言葉ですよね。人の努力を、たった二文字で簡単に否定できるんですから」
「しかし、事実だろう。呪力を持たねば、呪いの込められた道具である呪具を使わなければ怪異は祓えない。呪具を持たねば、素手で戦うしかない。貴様は呪具を持っていないが呪力を持つが故に、本来の刀崎家では到底できない祓魔をやってのけている」
何か指示を出したのか、鬼達が華奈樹から少し離れた位置で伺っている。
「この程度の怪異どもで貴様を倒せるとは思ってはいなかったが、想定以上だ。呪言もさることながら、その体術とその膨大な呪力。ここで貴様を倒せたら楽だが、それもできなさそうだ」
阿頼耶がすっと左腕を掲げて軽い動作で下げると、鬼達が影に吸い込まれるように消えていく。
「このまま戦っても、こちらの手駒が減るだけだ。ここは一度撤退し、次の戦いのために備えるとしよう」
「逃がすとでも? 『捻じれろ』!」
逃がすまいと呪いの言葉を飛ばすが、阿頼耶の右足が嫌な音を立てて一回転して、それで止まった。
「う、ゲホッ……!?」
さっきまでは普通に、言葉の内容がそのまま実現していたのにそれが無くなったことに困惑していると、華奈樹がいきなり膝を突いて咳き込む。
「ふむ。私の体の破壊に関する呪言は、反動があるようだな。当然だ。退魔師としては一流だが、呪術師としては私に及ばない。無理に呪言を使えば、喉が潰れるぞ」
激しく咳き込む華奈樹のそばに駆け寄ろうと一歩踏み出すが、彼女は振り向かずに右手を伸ばして静止する。
「そんなこと、分かっています。私は退魔師であって呪術師ではありませんから。こんな膨大な呪力を持っていても、まともに使える汎式呪術は呪言だけですから宝の持ち腐れですし。けど、それが何だって言うんですか」
左手で細い喉を押さえながら立ち上がり、少し掠れた声で言う。
「あなたは必ず倒さねばならない、最悪の呪詛師です。なら、ここで喉が潰れて一生話すことができなくなってでも、止めなければいけない」
彼女の声からは、明確な意思が伝わってくる。
呪術師とか呪詛師とか、悠一からすればどっちも不吉なイメージしか持たないものだが、華奈樹からすれば呪詛師と呼ばれている阿頼耶は悠一が想像している以上に、危険なのだろう。
喉が潰れる。そのリスクを背負ってでも、必ず阿頼耶をここで倒す。それが声と小さな背中から感じられる。
「ふむ。貴様一人なら、その身を顧みずに呪言を使い、私をここで仕留めることもあるいはできただろう。だが、今ここにいるのか貴様だけではないぞ、刀崎の娘よ」
「どわぁ!?」
阿頼耶が左腕を悠一に向かって伸ばすと、周りに三つの黒い穴が出現してそこから鬼とは別の化け物が三体出てくる。
さっきまで華奈樹が戦っていた鬼と違って極端な恐ろしさを感じないが、見た目が不気味なので鬼でなくても怖い。
「っ、狂谷敷阿頼耶!」
強い怒りの感情の乗った声が悠一の鼓膜を震わせるが、今はそれどころではない。
気持ち悪い化け物がいきなり現れて、悠一にのしかかろうとしてくる。昨日の芋虫の化け物より小さいが、三体とも悠一よりも大きく幅が広い。
もしあんなのにのしかかられたら、即死はしないだろうがかなり酷い怪我を負うだろう。
逃げようにも三角形を描くように囲まれていることと体が思うように動かないため逃げあぐねていると、数メートル正面にいた華奈樹が疾風のような速さで接近して、自分よりも頭一つ大きな悠一を肩に担ぐようにして化け物の包囲から外れる。
ローファーの底を削りながら停止し、少し乱暴に地面に降ろされる。
「『爆ぜろ』!」
三体の化け物が気味の悪い声をあげて追いかけてきたが、それは華奈樹のその一言で爆散して肉片となり、ぼろぼろと崩れて消滅する。
「ゲホッ……! 逃げましたか」
一度咳き込んで細い首に手を当てている華奈樹は、悔しそうな表情をしながら正面を向いている。
彼女の視線の方を見ると、さっきまでそこにいたはずの阿頼耶が姿を消していた。残っていたのは、華奈樹と阿頼耶が呼び出した化け物との戦闘跡と、悠一が来る前に殺されていたであろう人だった残骸だけだった。
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