死にたがりの君へ

 この手紙を読んでいるということは、もう私はこの世にはいないのでしょう。


 こんな書き出しも、実はもう七回目になります。(成功する確率が低い手術を六回も生き残ってきたのです! すごいでしょ?)その都度、しぶとく生き残ったので、今回も大丈夫なんじゃないかなと高をくくったりもしているのですが。まあ、人生何が起こるかわからないからね。念には念を入れておきましょう。


 今までは、両親にあてたりして書いてたけど、今回は、まだ出会って二か月ばかりの、そんな君に向けて手紙を書きます。



 これが君へ贈る私の最期の言葉です。



 君がたまたま暇を持て余して、病室を散歩しているころに私達は出会いましたね。


 いつもベッドに寝たきりで、看護師さんとたまの両親の通話以外、話し相手もいない私に君はたくさん話しかけてくれました。


 君はどう想っていたかはわからないけど、私はこの二か月とてもとても楽しかったのですよ。入院するようになって、こんなに楽しいことはなかったって想うくらい。


 君はいつも私のベッドでごろごろと転がっていましたね。ネコを飼ったらこんな風なのかななんて、いつもいつも想っていました。


 君はいつも私が食べきれないお土産のお菓子を、もりもりと食べていましたね。いつも食べきれなくて、結局誰かにあげるか捨ててしまうから、目の前で美味しそうに食べてくれてお菓子たちも報われていたことでしょう。高いお菓子なのは知っていたけど、君があんまりに美味しそうに食べるから、私もなんだかいつもより美味しく感じたくらいです。


 君はいつも、私にあれが欲しいこれが欲しいと甘えてきましたね。残念ながら、ほとんど叶えてあげることはできませんでしたけど、妹が出来たみたいで新鮮でした。私、こんな身体だから、人を頼ることは星の数ほどあっても、頼られることなんてほとんどなくて。バカみたいだけど、そんな些細なことがとてもとても嬉しかったのです。描いて欲しいとせがまれた絵だって、あれ夜中までかけて一生懸命描いて、君に見せる時には心臓が破裂しそうなほど緊張していたりするのですよ。


 君との二か月は、私にとって、それはそれは夢のような、本当に素敵な時間でした。




 ただ、私は君に、結局本当に欲しい物はあげることはできませんでしたね。



 

 ごめんね、裕福な家庭も、整った顔も(自分で書くの恥ずかしいな)、綺麗な声も(本当に思ってる?)、物怖じしない心も(これに関しては君の方がよっぽど持っていると想いますが)あげられなくて。


 そして、そう、何より。



 



 ごめんね。



 君がどうしてこの病院にいるか、実は私は知っていたのです。



 夜中に看護師さんたちが話しているところを、偶然、一度、聞いてしまったから。



 君がこの病院に入院しているか。



 どんな病気を抱えて、この病院にいるのかを。



 君が私のことを羨ましいって言っていたのは、裕福とかそういうのももちろんあったのかもしれないけど。



 本当は、この私の死にゆく身体をそのものを羨ましがっていたんじゃないかな。



 違ってたら恥ずかしいね、その時はこのまま手紙を破いて捨てちゃってね。面と向かって確認する勇気が出なかったのです。ごめんね。







 ……じゃあ、ここから先は、君が本当は死んでしまいたかったっていう、私の想い込みで手紙の続きを書いていきます。


 想像すると、少しだけ怖いです。君はどんな想いで、私が死にゆく話を聞いていたのかな。どんな心で、私のことを羨ましいって言っていたのかな。


 君がそこまで死んでしまいたいって想うまでに、どんなに辛いことがあったのかな。


 やっぱり面と向かって聞いておけばよかったと想うのだけど、きっと私にその勇気は出ないから、うまく聞けないままこの手紙を書いています。


 想像するだけで、ただでさえ痛い胸が余計に苦しくなって、手術なんかまたなくても、胸に切れ目が開いて私の全てがそこから漏れだしてしまいそう。


 でもきっと、そんな想像すら生ぬるいほど、君の心は苦しくて泣きたかったんじゃないのかな。


 君はいつも手に付けている水色のリストバンドの下を頑なに見せてはくれませんでしたね。そこに一体、どれくらいの身体の傷と、心の傷を隠していたんだろう。


 代わってあげられなくて、ほんとにごめんね、私ももし叶うならそうしてあげたかったけど。


 そんな君に、どんな言葉を遺せばいいか、その事実を知ってからずっとずっと考えていました。


 死にたくて死にたくて仕方のない君に、死なないでなんて言っても辛い気持ちにさせるだけなのでしょうね。


 根拠のない希望の言葉も、きっと君は聞き飽きていて、それでも今まで救われてこなかったのなら、希望も重荷になるだけでしょう。


 じゃあ、私は君に何を遺せるのか。



 考えて、考えて。



 夜も、昼も、この数週間、ずっとずっと考えて。



 ようやく一つの答えをここに書きます。



 きっと君は死んでしまいたいのでしょう。



 死なないでなんて、言葉もきっと呪いにしかならないでしょう。




 だからあえて、私はその言葉を―――




 死ぬことは、許しません。




 ずっとずっと、私よりもずっと永く生きなさい。




 どれだけ苦しい時も、どれだけ辛い時も、どれだけ孤独な時も。




 自分の命を投げ出すことだけは、私は絶対に許しません。




 自分を殺してしまいたいと想った時は、何度も何度も、何度でも、私の言葉を想いだしなさい。



 

 これは私が君にかける呪いです。




 たくさんたくさん、辛くて苦しくても生きなさい。



 たくさんの人と出会いなさい。別れて、出会って、それでもこの言葉をずっと胸の中に遺しなさい。



 どこまでもどこまでも、私が生きれなかった代わりを君が生きなさい。



 そしたら、いつか。



 いつか、笑える日が来るのかもしれません。



 素敵な出会いが、きっとどこかで待っているかもしれません。



 君の顔立ちを素敵だと褒めてくれる人が、君の声を綺麗だと言ってくれる人ときっとどこかで出会えるに違いないのです。だって、私はずっと君の顔が好きだったし、君の声も好きだったんだから。


 

 長く長く歩いて居たら、きっといつか歩いて居てよかったと想える日がきっと来るから。



 だからどうか生きてください。



 私の代わりなんて、おこがましいことはいいません。君の人生なのですから、君の想う様に生きてください。君のことをとやかく言う人が出てくるかもしれませんが、その時は私の呪いを盾にしてやっつけちゃえばいいのです。



 そすれば、君はいつか。



 私なんかよりきっときっと、幸せに生きていけるから。



 ただし、私より幸せになるのは、なかなかに難しいでしょう。



 だって私は裕福な家に生まれ、両親に愛されて育ち、友達もそこそこにいて、病院ばかりだけど結構な想い出があり、あと顔もよくて、声もよくて、心もよくて!



 そして何より、



 この幸せはちょっとよそっとじゃ越せませんよ! 何十年も、ずっとずっと永い間幸せを感じていないと越えることなんて、できません。私の幸せはきっと常人の十倍くらいあるのです! 君もたっぷり幸せにならないと越えることなんてできませんからね!



 だから、それまでこっちにきちゃ、だめですよ?



 本当にただの私のわがままだけど、たくさんたくさん生きてくださいね?




 そうしていつか、向こう側で出会えたら。




 私が羨むような話を、たくさんたくさん聞かせてください。




 だからどうか死なないで。




 これが、私の最期に送る、あなたへの呪いの言葉です。




 どうか、あなたが幸いに生きれますように。




 きっと向こう側で、あなたの命が続く限りずっとずっと、祈っています。




 さようなら。

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