どうか君へ呪いのような祝福を

キノハタ

それはまるで

 神様は意地悪だ。


 だって誰も彼も、本当に欲しい物と、産まれたときに与えてもらうものがあまりにも違いすぎるから。


 入院中に仲良くなった千冬さんはきっと、健康な身体が欲しかっただろうね。


 一方、私は、働いていなくてもいいような、そんな裕福な家に生まれたかった。あとはかわいい顔立ちと、綺麗な声と、物怖じしない心と、あとはまあ色々と言いだしたらきりがない。


 そんな私の話を聞きながら、くすくすと笑っている千冬さんは、私の欲しい物をすべて持っている。しかも、当の本人はそんなの別に欲しくはなかったよなんて言う始末。


 「ふこーへーだー」


 私がそうやって千冬さんのベッドでごろごろと転がっていた。一応、千冬さんに伸びている点滴のチューブをひっくり返さないように、ほんの少しだけ気にしながら。


 「そーだねー、こんな身体でよければあげたいけど。残念ながら、有効期限がせまってるから、貸してあげられないんだ」


 「有効期限とか気にしませんよ、出来るのなら今すぐプリーズ。あ、おでこごっつんことかします? それか地球に落ちてきそうな彗星でも探します?」


 そんなことを喋りながら、ごろごろと転がるのを停止して、私ははあとため息をついた。何度見ても病室の天井は真っ白で、スマホを取り上げられた中学生は暇を喘ぐくらいしかやることが無い。


 入院生活もはや二か月ほどになるけれど、すでに悟りの境地に至るくらいしか選択肢は残っていない。


 そうして、ぶーたれる私を愉快そうに眺めている千冬さんは、ちょいちょいと犬か何かを引き寄せるように手招きをしてくる。手には千冬さんの親が見舞いに持ってきた高価な洋菓子が握られているから、正しく餌付けをされる予定だろう。


 かくいう私は、人間の尊厳なんてとっくの昔に捨てているので、喜び勇んで四つん這いでよそよそとベッドの上を進行する。そして、ベッドに横になる千冬さんの隣までやってくる。


 「えらいえらい」


 「わふーん」


 「お手」


 「さすがに、そこまではやりませんね」


 「鳴いてる時点で、もはや手遅れだとお姉さん想うけどね」


 なんか正論をぶつけられた気がするけど、これには耳を塞ぐことで対処する。中学生の自尊心はとてもでりけーとなので、丁寧に扱ってもらわないと困るのです。天地無用、悪口正論注意ってね。というわけで、あーあー、なにもきこえなーい。「マドレーヌとおいしいチョコだったらどっちがいい?」「チョコがいいでわん」


 人間の尊厳は投げ捨てたので、動物の本能に従って返事をする。そんな私を見て、千冬さんは心底楽しそうに笑うけど、私は犬なので特に気にしません。無言で口をぱくぱくさせて催促したら、お腹を押さえて笑いながら千冬さんは私の口にチョコをインしてくれた。うん、うまい。たけーチョコは、なんか深みが違うわ、知らんけど。



 なんて仲睦まじい様を演じてはおりますが。



 実は明日、千冬さんの手術の日だったりするのだな。



 「というわけで、私、明日、死ぬかのもしれんのだよ」


 「わー、縁起でもねー」


 「あー、緊張する。まじで変わってくれるんなら、変わって欲しい」


 「とりあえずBGMにラッドでも掛けときましょか」


 「あの映画好きだねえ……」


 なんて、与太話をくっちゃべってこそいるけれど。私の胸の奥はどことなくからっぽみたいな、虚しさに似た何かだけで満たされていた。


 千冬さんは、私の持っていないものをたくさん持っている。


 働かなくてもいい裕福な家庭も、綺麗な髪も、整った顔立ちも、透き通るような声も、人に物怖じしない心だって。私の欲しい物は全部全部持っている。この前描いてもらった絵が上手くて、そんな才能まであるのかよと、若干戦慄したくらい。


 ただまあ、健康な身体ってやつだけは、どうにも持ち合わせがなかったみたい。


 小学生高学年になるころにはもう、入院生活が始まって、今は高校も卒業するころのはずだけど、学校の一つもいけてない。


 このままだと長くはもたないから、次やる手術で心臓に大掛かりな機械を取り付けることになるそうだ。


 手術が上手くいくかは、半々くらい。……っていうのは本人の談だから、実際の所は、もうちょっと成功率は低いんだろうなと私は見てる。だって千冬さんは、私の前だと無理に明るい方向に話題を持っていこうとするところがあるから。


 心臓の手術だから、失敗すれば当然ただじゃ済まないわけで、死ぬかもっていうのも、そう誇張した話じゃない。でも手術を受けないと、そもそも、今年中さえ命があるかどうかわからないらしい。


 何度聞いても、本当に神様は意地悪だと、そう想う。


 全てを与えたものに対しては、理不尽なほど短い命を宿し。私みたいな、なんにももってないぼんくらには、無駄に長いだけの命を渡して。


 酷い話だと、そう想う。


 「ちなみに、明日お母さんとお父さん仕事でこれないから、君が私の家族枠ね。手術室に入る前に声援よろしく!」


 「荷がおもーい、出会って二か月の年下に要求することじゃなーい」


 「そんなこと言わないでよー。私が独り寂しく手術室に泣きながら入ってもいいの?!」


 「まあ、しゃーないのでいってあげましょう。手術室の外から身体チェンジビーム送っといてあげますから」


 「はは、手術中に入れ替わるの? やばすぎでしょ」


 なんて二人して、薄っぺらいやり取りで笑いながら。


 変わってあげられるんなら、本当に変わってあげたいものなんですがね。


 ただまあ、当然、そんな非現実的なことは起こるわけもなく。







 千冬さんの手術は、あっけもないくらい失敗した。







 そろそろ蝉が泣きだすような、暑い夏のことだった。

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