第十四章 齟齬

 「あの、ですからたとえこの村の蓄えが減ったとしても、町ができれば、そこを通じて別の村の蓄えを融通することができるので……」


 私は懸命に目の前の渋い表情をした獣人種の村長に説得を続ける。


 「決して、無理な量はお願いしませんし、一方的にこの村だけに負担を強いる結果には……」

 「……町を造る連中は、元々タルレスの所の工兵なんだろ?」


 岩のような逞しい体躯の熊の獣人種の村長は、露骨に顔をしかめた。

 「そんな連中の食事の面倒を見る為に、村から蓄えを出せなんて、納得できないよ。それにあんただって……」

 「っ、それは……」

 村長の言いたいことは分かる。ゲルデさんが隣にいて色々と助言をしてくれたのだけど、人間の、よそ者の私が交渉に立つのでは、これ以上強く要求はできない。


 「……ジャンヌ様はこれまで、過酷な税の徴収はなさらなかったはずだ」

 ゲルデさんが見かねた様子で、慎重に口を挟んできた。

 「十年分の蓄えが少なくともあるはずだ。それを全て差し出せというのではない。その内のほんの少し、〈魔族領〉の未来の為に使わせてもらえないか?」

 「ゲルデさんに頭を下げられると、困るけど……」


 一瞬、迷った風に視線を泳がせた村長は、しかし深々と溜息を吐いた。

 「でも駄目だよ。やはりこれでは、村の者を納得させられない」

 その言葉に私とゲルデさんは顔を見合わせる。

 半ば予想していた結果だったけど、思った以上に取り付く島がないのに、私はがっくりと肩を落とした。


 〇


 「やっぱり無茶だったんでしょうか、人間の私が、こんな難しい交渉をするのは」


 ゲルデさんとジャンヌ様の古城に戻る帰り、私は正直、打ちひしがれた気分で馬上に揺られていた。なんとか一人でおぼつかないなりに馬に乗れるようになった私の隣を、ゲルデさん自身も馬に乗って歩調を合わせ、渋い顔をする。


 「……ラクシャラ様が悪いわけではない。ただ、ここに住まう者達はみな、〈人界領〉のはみ出し者ですからね。人間に対する警戒心は、どうしても強い」

 「はみ出し者……ですか」

 結局、それは今の私も同じ境遇なのだけど、と苦く噛み締める。


 「これから先、〈魔族領〉の人たちとも難しい交渉を重ねていく必要がある。やっぱり……」

 きっと、〈魔族領〉の人たちの信頼を得るのは、私では力不足なのだ。

 だから──

 「ジャンヌ様に会って、話をしないといけない」


 〇


 古城の、ジャンヌ様の居室に入ろうとするのを、ゲルデさんはいい顔をしなかった。少し前から、ジャンヌ様は部屋にこもって出て来ようとしないのだ。


 「誰も通すなと言われています」

 私が部屋へ向かおうとするとさりげなくしかし確実に私の行く手を遮った。

 「……特に、ラクシャラ様と会うのはいい顔をされないでしょう」

 「どうして……どうして急に、そんな風になってしまったんです?」


 全く心当たりがないことで、ジャンヌ様の気持ちが掴めないのがもどかしい。

 私が詰め寄ると、ゲルデさんも困り切った様子で、頭を掻いた。


 「少しばかり……行き違いがあるのですよ」

 「行き違いって、どんな?」

 問い詰めてみても、ゲルデさんは渋い顔をするばかりで答えようとしない。

 「行き違いがあるなら、話し合って正さないといけない。そうじゃないですか?」

 それでもめげずに言葉を続けると、ゲルデさんの強張った顔が、ふと何かほほえましい物を見るようにほぐれた。


 「……もし、部屋に入ったことを咎められましたら、遠慮なくわたくしの責になさい。実際に、命に反したのはわたくしですからね」

 そう言って、ゲルデさんはジャンヌ様の居室へと私を通してくれた。


 私は頭を下げてから、ジャンヌ様の居室への回廊を走った。


 ジャンヌ様の部屋の鍵は開いていた。

 私はそっと扉を叩いてから、ゆっくりと扉を押し開く。


 そして──


 「ジャンヌ様?」


 ──「っ、うわおばふぶはばっ!?」


 声を掛けた途端に、奇妙な悲鳴が上がって、誰かが椅子の上から転がり落ちる。

 私が驚いて部屋を覗き込むと──ジャンヌ様が泥酔して転がっていた。

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