第十章 契機

 野営地の中の、いかにも急ごしらえではあるが、頑丈な砦の内側に私たちは通された。野営地の外ではゲルデさんの部下の〈小鬼ゴブリン〉たちが包囲して、中の工兵たちの武装を手際よく解除している。


 「……で、タルレスの所へ戻らないで何やってるんだ?お前らは」

 ジャンヌ様は砦の一室に出された獣の革張りのソファに遠慮なく腰を下ろして、目の前の地面剥き出しの床で膝を突く〈野猪鬼オーク〉の工兵を睥睨へいげいしていた。


 私とゲルデさんも彼女の脇に控えて、頭を垂れる工兵たちの長であろうその〈野猪鬼〉を見下ろしたが、先のタルレス様との戦で見た時のような、粗野で野卑な態度はなりを潜め、ひたすら悄然しょうぜんとしていた。


 「……戻りタクナイ。……戻レナイ。おれタチは、モット……形に残ルものヲ、造りタクなった……」

 「どういう意味だ?」

 やがて、ぽつぽつと小さな声で事情を語り始めた工兵長にジャンヌ様が怪訝そうに首を傾げた。私とゲルデさんもその背後で視線を交わす。


 「タルレス殿……主殿ノ命で、俺タチは、物ヲ造ルことヲ覚えた」

 「そうらしいな。実際、あの大馬鹿にしてはちゃんとした物をそろえてきた」

 「それハ大体……主殿ガ集めたカツテの人間とノ戦の記録や、古戦場跡に残ッテいた物ヲ俺たちニ一カラ真似して作ラセタモノだ……」


 ジャンヌ様は呆れたように首をすくめた。

 「あいつも暇人とはいえ……、よくもまあ……」

 「……アンタも、俺たちの造ッタものヲ壊すのか?」

 しかし、ジャンヌ様の呆れた表情を見た工兵長が、不意に表情を険しくする。


 「あ?」

 急激に緊迫する空気に、ジャンヌ様が眉根を寄せて工兵長を見下ろす。


 「あんたハ……俺タチが造ったモノを、容赦なく消シタ。俺タチが何度も主殿ニ気に入ラナイと壊サレテ、ようやく造リあげた、攻城機を俺タチ自身に壊サセタ……」

 「それはあれが私の城を攻める為の兵器だったからだろうが」

 ジャンヌ様は盛大に舌打ちして、苛立たしげに床を蹴った。


 「だから、何か要求があるなら、嫌味を言う前にとっとと……」

 「ジャンヌ様」

 私は見かねて横から、ジャンヌ様を抑えた。

 ジャンヌ様は一瞬、不服そうに私を見たが、すぐにはあ、と短く息を吐いた。


 「……確かに、こうなるまでに紆余曲折はあった。だが、今何か要求があるのだとしたら、決して無下にはしない。……要求次第ではあるがな」

 「俺タチは……」

 一瞬、流れかけた険悪な空気が消えて、再び冷静な話し合いの場が戻る。

 私が胸をなでおろすと、隣でゲルデさんが勇気づけてくれるようにうなずいた。


 そして、工兵長の〈野猪鬼〉は静かに告げた。


 「タルレス殿の下ニいる時ハ、こんな事考えたりしなかった。ここに留マルようになってから、俺タチは……」


 工兵長は顔を上げ、ジャンヌ様に訴えかける眼差しを向けた。


 「武器ヤ兵器でない……形に残ル物を俺たちノ手で造りたい、そう考えるようになった」


 〇


 「……随分とまあ、高尚な悩みを持つようになりやがって」


 しばらく絶句していたジャンヌ様が、膝に肘を突いて嘆息した。

 「タルレスと攻めてきた時は、主と一緒になってウゴウゴ言ってたくせして」

 「……ジャンヌ様」

 困惑する様子のジャンヌ様に、私は密かに耳打ちした。


 「これって、ここの工兵の人達も、ジャンヌ様の魔力の影響を受け始めているってことじゃないんですか?」

 「……信じられないが、どうもそういう事らしい」

 ジャンヌ様は弱り切った風に息を吐く。


 「以前までは単なる人間の真似で武器や攻城機を造ってた連中が、創造性を獲得して、自分達の造った物に愛着を持つようになった、と……」


 自分で言いつつ、半信半疑なのだろう。

 だが、ジャンヌ様は工兵長のうなだれた頭を見下ろしてうなずいた。


 「……とにかく、物騒なことを考えているのでない事は、理解した」

 「俺たちの言イ分を、受け入れテくれるか?」

 「話は分かった。……分かったが、だからといって……」


 ジャンヌ様は困り切った様子で顔をしかめ、煩悶している。

 確かに、話は理解できても、二つ返事で了承できるものではなかった。


 「放ったらかしになっていた各地の城の修復でもやらせるか?いや、しかし、それでこいつらが納得するとも……」

 ジャンヌ様は困り切った様子で腕を組み唸っている。

 それを見ていられなくて、私も私なりに考えてみる。


 残された工兵たちは、自分たちの手で形に残る物を造りたい。

 ジャンヌ様は彼らの要求で、周囲の勢力を刺激したくないと考えている。


 この二つの条件を満たす穏当かつ形に残るものといえば──


 私はこれまで見てきたジャンヌ様の領土を思い起こす。


 土地ばかりが余って、小規模な農村が点在するだけの寂しい領土。

 大陸中の流れ者が入ってくるが、受け皿が十分とはいえない。


 そうか──


 私は思わず、自分の頭に思い浮かんだ物を口に出していた。


 「町」


 「は?」ジャンヌ様が私の声に振り返る。

 私は思わず勢い込んで彼女に話しかける。

 「町ですよ、ジャンヌ様。彼らに造らせてあげればいいんです」


 当然、一筋縄でいかない事だ。でも工兵たちの数は多い。

 なにより──長命な魔族であるジャンヌ様はその何世代にも渡る計画を見届けてくれるはずだ。


 「やってみる価値は、あるはずです」

 私が言うのに、ジャンヌ様の瞳に次第に理解の色が浮かんでいった。

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