第九章 残された工兵たち
「奴らは、タルレス様の残していった工兵たちです」
ゲルデ様が険しい表情を浮かべて、ジャンヌ様に報告する。
ジャンヌ様が渋い表情を浮かべた。
「やはりか……」
先日、ジャンヌ様に戦を挑んできたタルレス様──
多くの攻城機と工兵を従えた彼との戦は、結局魔族であるジャンヌ様とタルレス様同士の一騎打ちが本質で、タルレス様のつれてきた工兵はにぎやかしに過ぎなかったのだけど──
「言われた通りに攻城機を引っ込めて、陥没した地面を埋めたまではいいが……」
ジャンヌ様は腕組みをして唇を尖らせ、目の前の野営地を見下ろした。
「タルレスの領土に戻らないで一体、何をやっている?」
「さて、どうにもこちらから様子を窺っているだけでは、なんとも彼らの目的は掴めませんな」
緊迫した二人の会話を聞きながら、私も工兵たちの野営地を遠目に眺める。
主に〈
おそらく、戦の後始末を行ってすぐに、こちらへ移ってこの野営地を築いたのだ。
「タルレス様に、何かまだ命じられた作戦でもあるのではないですか?」
それ以外に彼らがジャンヌ様の領土にとどまっている理由が思いつかず、そう口に出してみると、自分でも案外ありそうに思えた。
「それは、まあ、可能性としてはあり得る」
ジャンヌ様はうなずいたけれど、どこか納得していない様子だった。
「その場合は、追い払うのに手荒な手段が必要になるが……」
ちゃり、と長剣の柄を握り締めるジャンヌ様は、さすがに少し憂鬱そうだった。
〇
「ともあれ、ここで我々が話していてもらちは明かなそうだ」
ジャンヌ様はそう結論づけて、意味ありげにゲルデさんを顧みた。
「近くにわたくしの同胞も控えております。包囲して投降を促すなら、すぐに集めますが」
「いや……まあ……そいつは万が一の時の為にとっておいてくれ」
そう言ってジャンヌ様は岩場を、ひょいと軽快に乗り越える。
「……結局、ご自分が動かないと気が済まないのではないですか」
呆れ顔で嘆息するゲルデさんに、ジャンヌ様は振り返る。
「タルレスの奴が噛んでるなら、どのみち私が出張ることになる。その分の手間を省くと思ってラクシャラの面倒だけ見ていてくれ」
そのまま悠然と工兵たちの野営地に近づくジャンヌ様。
彼女の背中に、私は思わず声を掛けた。
「ジャンヌ様!」
ジャンヌ様は振り返らない。心配するな、と言葉もなく告げている。
でも、私は声をかけずにはいられなかった。
「……どうか、怪我をなさらないで!」
ジャンヌ様は相変わらず何も言わなかったが、軽く片手を上げて応じた。
〇
無造作に岩場の荒地に近づくジャンヌ様は、当然のことながら見張り台の上の〈小鬼〉たちに見つかり、屋根から吊り下げられていた角笛を音高く吹き鳴らされた。
ジャンヌ様は虚空に手を翻し、あの漆黒の外套を出現させると、それを身に纏いなおも野営地に歩み寄る。
「おい!お前ら!」
にわかに騒然となる野営地に、ジャンヌ様は大喝して呼びかけた。
「タルレスのバカ野郎の部下だろ、お前らは!」
野営地の工兵たちはなおも浮足立った様子で、柵の向こうからジャンヌ様を油断なくうかがい見ている。いつ、矢を射かけられたりしてもおかしくない状況に、岩陰にいる私の方がひりひりした。
「タルレスのバカはもう引っ込んだはずだろ!?お前らだけが残って、こんな所で何をやっているんだ!?」
そう問いかけた後で、ジャンヌ様は門の前で腕を組み立ち止まる。
「問答無用でぶっとばしに来たわけじゃない。それだけは保証しといてやる」
ジャンヌ様はそう言ってはいるけれど、話が伝わっているかどうか──
タルレス様の影響下にあった工兵たちは、決して理性的とは言えない様子だった。
もしかしたら、このまま問答無用で戦闘が始まるのか、と私もゲルデさんも固唾を飲んで見守っていたが──
「……話があるなら聞いてやる。そう言っている」
やがて、ジャンヌ様が一段、強硬さを抑えた雰囲気で工兵たちに語りかける。
すると野営地の喧騒がいくらか鎮まった。
そして──野営地の、両開きの門が重々しい音を立てて開いた。
──「……我々の話ヲキく準備ガあルというノハ、本当カ?」
のっそり門の奥から出て来た巨体の〈野猪鬼〉が、腕を組み成り行きを見守っていたジャンヌ様を見下ろし、つたない口調でそう問いかけた。
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