第三章 魔族の魔力に関する話

 魔族──


 ガルディノは人間やそれ以外の種族の住まう領域〈人界領〉の西の端にある。

 だから、ほとんど神殿から外に出ることのなかった私も存在自体は知っている。


 「聞いた事は……あります。今から何十年も前の、大陸中で起こった種族間の戦争……。強大な魔力と残忍な性格で、戦禍を広めた魔の種族……」

 「残忍な性格かどうかは、それぞれの物の見方だろうが」


 ジャンヌ様──自らを魔族と名乗った黒髪の女性は不服そうに眉をしかめる。

 「人間だって、数と繁殖力に任せて、他の獣人種や精霊種の数を……」

 言いかけて、ジャンヌ様は我に返った様子でかぶりを振る。

 「すまん。それは今、ラクシャラには何の責任もない話だ」


 そう言うとジャンヌ様は改めて長机から立ち上がり、暖炉の前へと歩み寄る。

 「あの……なんで、〈魔族領〉の方がガルディノの、私……ラクシャラの巫女が追い出されて、殺されるのを……どうして助けてくれたかってことで……」

 「ラクシャラは、そういう認識か」

 私がぽつぽつと話すのをジャンヌ様が振り返り、目を細める。

 

 「あっ、すみませ……」

 「別にいい。それならそれで面倒はないから。好きに考えろ」

 突き放すような物言いだが、ジャンヌ様はそれ以上追及する素振りもなかった。


 すると、改めてジャンヌ様は暖炉の上から何か紙を手に取って、それを長机の上に広げてみせた。


 「〈魔族領〉の地図だ。ガルディノ領も描かれてるから、土地勘は分かるだろ?」

 私が近づいて肩越しに地図を覗き込むと、確かにガルディノらしい土地と、そこから西に大きく湾曲しながら突き出た半島が描かれていた。

 「この半島が〈西方魔族領〉。この大陸にいくつかある〈魔族領〉の内の一つだ」

 そして、ジャンヌ様は半島の付け根を指差した。

 「ガルディノと隣り合うこの場所が、私の、アスタルテ家の領土だ」


 そう言って、ジャンヌ様は腕を組み、悩ましげに息を吐く。

 「〈人界領〉と隣り合うこの土地は、どこも特殊な立地だ。〈人界領〉との交渉の矢面に立ったり、他の魔族に絶対奪われてはならないし……とかく気苦労が多い」

 「それは……」

 「ま、それはただの愚痴だ。私だけが特別、苦労を負ってるわけじゃない」


 ジャンヌ様は苦笑まじりにかぶりを振ると、改めて私を見詰めた。

 「ここからが一番大事な話だ。魔族の話──そして魔族の魔力の話だ」


 〇


 「この世界には魔力が存在し、それを扱うことで魔法が使える」


 ジャンヌ様は、静かにそして丁寧に魔力に関する話を始めた。

 少しだけ、先代ラクシャラの姿と重なる。

 

 「。それは精霊種と、ごく一部の人間に限り扱うことができる。……要は世界のありようから自分へと流れ込む力を制御するのが精霊種たちの魔法だ」

 「えっと……それって」

 「心配しなくとも、もう少し分かりやすく例を挙げてやる」

 首をかしげる私を顧みて、ジャンヌ様が改めて口を開く。


 「〈土精霊ノーム〉は地中の魔力を自らの栽培する草木に宿らせる術を本能的に心得ている。だから彼らの育てる薬草は人間の薬師が処方する物より効果があって重宝される」

 〈土精霊〉は人間の小さな村でも普通に見かける精霊種だ。

 もちろん、神殿があった私の村にもいた。何かあれば、必ず頼りにされる薬師だったけれど──詳しく説明されるとそういう理由があったのだ。


 「〈鉱精霊ドワーフ〉は同じ地中の魔力ではあるが、こちらはより深い地中の鉱物を察知する術に優れ、その魔力の含んだ鉱物の扱いにも優れる。〈木精霊エルフ〉は森の古木や巨木に宿る魔力を利用し、森と共生する」

 それだけしゃべって、ジャンヌ様は一つ息を吐いて私を見た。


 「つまり、のが精霊種たちの扱う魔法だ」


 「じゃあ、それじゃあ、魔族の魔力は……」


 私が答えを求めて首を捻ると、ジャンヌ様は意味ありげな含み笑いをした。

 「ふふん、そいつは論ずるよりも証拠を見せた方が、早いだろうな」

 そして、ジャンヌ様は長机の上の鈴を鳴らして、食堂へ新たな人物を招き入れた。

 「ゲルデ!おい、聞いてただろ!入ってこい!」


 ジャンヌ様の声に、食堂の扉が開いて新たな人物が入ってくる。

 それは、私がこの〈魔族領〉を訪れて、主であるジャンヌ様以外に初めて見た相手だったが──


 「お嬢様──ジャンヌ様、わたくし、こういう芝居がかった上にもったいぶった演出は逆効果だと思うのですが……」

 「馬鹿野郎。このためにお前以外人払いをして、隠しておいたんだろう」


 主であるジャンヌ様と言い合いをして、困った風に頭を掻く。

 そして、私に眼を向けて恭しく頭を垂れたその人物は、人間ではなかった。


 「ジャンヌ様の御父上の代からお仕えしております、ゲルデでございます」


 そう丁重に名乗ったのは〈小鬼ゴブリン〉。


 大陸の荒地で徒党を組み、旅人や集落を襲撃する人ならざる種族だった。


 〇


 「どうだ。こうして〈小鬼〉の姿をしげしげ見るのも滅多にないことだろ」

 得意げに腕を組むジャンヌ様の声にはっとなって、私は我に返る。


 「あっ、いえ、失礼しました。ゲルデさん、私ったら不躾な……」

 「……ジャンヌ様よりよほど良識ある方のようで、ほっとしましたよ」


 あてつけるようなゲルデさんの小言にジャンヌ様が露骨に不機嫌になる。

 だが、すぐに気を取り直した様子で咳払いをした。


 「〈小鬼〉のような魔力の影響を受けやすい種族もこの大陸にいる。戦禍で荒廃した土地の魔力は、そういった種族を凶暴化させて人に仇なす存在にする。だから、大陸の多くの土地を徘徊する彼らは凶暴で、そういうイメージをもたれている」

 「じゃあ、此処にいるゲルデさんが正気を保っていられるのは……」


 「私だ」


 胸を張って、断言して、ジャンヌ様は不敵に微笑んだ。


 「私の魔力がこの土地に住まう者達に影響している。魔力の影響を受けやすい種族や獣に至るまで、私の魔力の影響下にある。魔族の魔力とは……」


 ジャンヌ様の不敵な眼差しは、私を捕らえて放さない。


 「魔族の魔力とは、だ」

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