13話
箭原ノノコは今、犯人と相対している。
場所は、決してフォーゲットの殺人が行われた場所。廃業したホテルの一室。この街の建物は、複雑に干渉しあっており、おいそれと取り壊すことも困難だった。
客室のひとつ。経年劣化と不法侵入者によってほとんどの家具がスナックみたいに破壊された部屋だった。箭原は壊れたベッドの上に座った。犯人は、倒壊寸前の椅子に腰掛けていた。
箭原は挨拶も早々に口を開く。
「あなたが決してフォーゲットと繋がってるって本当? なら呼び出して欲しいんだけど」
犯人は首を振る。そうして逆に質問をする。どうして、自分が犯人だとわかったんだ、と。
「なら説明してあげる。これはお礼だよ。後で、決してフォーゲットと会わせてくれるんでしょ?」箭原は勝手な笑顔を浮かべた。「ひとつひとつ除外していくよ、あなたがわかりやすいように。まず、犯人が決してフォーゲットじゃない理由。それは書き文字の位置が不自然だったから。死体の側にないと、決してフォーゲットの意味はない。死体を置けたのに、文字をその場に残さないのはおかしい。文字を残す以前に被害者は、あなたによって殺されていた」
箭原は義手の指を弄んだ。
「本当の殺人時刻は、施錠の前。0時じゃない。これについてはあとで説明するけど、施錠は二十一時。つまり、二十時五十分ごろにアリバイがある人間に、犯行は不可能ってこと。それを踏まえると、私は違う。対崎と一緒にいたし、それを目撃した内ヶ島もいる。この三人は除外。そして星田はストリップに出ていた。放課後から現地入りしていたのが目撃されている。彼女も違う。次に志鷹。彼女はあの部屋でずっと作業をしていた。だから、人が入ってきたことも知ってるし、それが嘘じゃないことも、櫛谷の死体が証明してる。同様に櫛谷も違う。櫛谷は、もっと別のことをしていたから。吉利は、あなたに協力を申し出ただけ」
残るはふたり。箭原は指を二本立てる。
「大岩根は放課後になると早々に帰った。何処に行っていたのかわからない。多川は学校にいたが目撃証言はない。大岩根は人格としておかしい。医者にかかるレベルの人間嫌い潔癖症男が、わざわざ死体を動かすとは思えないし、二人は交際関係にあった。真っ先に疑われる人間が、わざわざ自分たちに関係の深い学校で殺すとは思えない。大岩根は除外。すると残ったのは……あなただけってことになるんだよね」
…………。
「多川。理解した?」
箭原と対面している男――多川がそれでも納得できないように首を振った。
「意味がわからないよ。だって、協会の調べじゃ、諏訪は0時までは生きていた。どういう根拠なのかは知らないけど、それが覆るような材料について、説明してよ」
「諏訪はストリップに出演していた。あの劇場に来ていたことは他の演者にも目撃されている。でも……不自然な点があった。マスクをしていたし、星田に普段はしない挨拶をしていた。これがどういうことかわかる?」
「マスクは、そういう趣味の人に合わせたり、あまり顔を出したくなかったり、色々理由があるよ。星田への挨拶は、何がおかしいのかわからないな」
「あそこで働いてることが学校にバレちゃだめなんだよ。だから、あの二人、お互いは認識していたけど、それまで挨拶は交わさなかった。二人の暗黙の了解だったんだよ。学校に言うなよっていう。知り合いだってバレたら、周囲にも面倒だ。なのに、どうしてあの日の諏訪は挨拶をしたんだと思う?」
「知らない」
「あれは諏訪じゃなかった」
――。
「じゃあ、誰なんだよ。そんな、マスクしてたからって、別人だったら……」
「あそこは照明が演者ごとに違う。専用の色を用いてるんだよ。マスクしてたって、普段通っている人間からすれば、まさか違う人間が出ているなんて、疑う余地はない」
「…………」
「あれこそが、内ケ島たちの教室で死んでいた、櫛谷だったんだよ。背格好も似ている」
多川は、数秒の沈黙を保ってから、舌打ちを漏らした。
「そんな証拠あるの」
「そう考えれば全てのピースが当てはまるから」箭原は言う。「あなたが諏訪を殺したのは学内でしょう。二十時台だと思うけど、それから吉利に隠蔽の協力を頼んだ時、当然櫛谷も側にいた。そして、吉利が考えた方法っていうのは、まず私達の部屋に死体を持ち込んで、私達のせいにすること。そして、多川から疑いの目をそらすこと。そのために必要なのは、アリバイ工作。死んだと思われた時間がずれれば、あなたを疑う人はいない。だから急遽、吉利は櫛谷にストリップに出演するように頼んだ。諏訪のフリをしてね。劇場に関してはズブの素人だった櫛谷は、だから劇場で、わざわざ星田なんかに挨拶を交わしてしまった」
「ステージはどうするんだよ」
「公演の様子は、ツインガレネットにアップされているよ。かなり深くに潜らないと見つけられないけど、吉利なら知ってる。それを参考にして諏訪の代わりをやれと言われても、三時間ほどの時間的な余裕もあるし、最悪、脱いでいれば誰も文句はない。それから櫛谷は学校に戻り、今回の犯行……いえ、吉利が行ったと思われる過去の決してフォーゲット事件の罪を自分に被せるために、志鷹のいる教室に入って、壁に絆と書いて、タンスの奥で自殺した。吉利の名前を借りれば、毒薬の使用許可も下りる。まあ、罪を被るところまで吉利が頼んだのかはわからないけど」
「……凶器は」
「あれは、他に置く場所がなかったから。教室は既に施錠されていたから朝まで開かない。ずっと持っていて、朝になってから、リハーサルの時に置いた」
「どうして櫛谷が志鷹の教室が開いているって知っているんだ」
「さあ。でも鍵にテープが貼ってあったのを見たんでしょ。それで使えると思っただけよ。何もなければ、自分で貼っていたでしょうね。志鷹のせいでややこしくなってるだけだよ」
多川は急に立ち上がって、懐に手を入れる。
取り出したものは、オーパーツ。ナイフ状の物体だが、その切れ味はレベルが違った。
それを箭原に、向けたところで、箭原の義手は彼の側頭部を殴り倒していた。
ナイフが転がる。箭原はそれを、拾って投げ捨てた。
「ぐあ……」多川は激痛にうめいた。鼻血が出ていた。意識もはっきりしなくなっていた。「お前…………」
「ねえ。なんで諏訪先生を殺したの?」
「…………ストリップを、見に行った。趣味なんだ。知らなかったが……たまたまそこにいたのが、諏訪だったってことに気づいて……あの日はそれを種に脅そうとした。そうしたら、叫ばれそうになったから、とっさに、近くにあった包丁で刺した…………」
「なんで脅したの」
「大岩根が…………諏訪のせいで狂ったと思って……大嫌いだった。あの女と付き合ってから、僕の大岩根が、おかしくなったんだよ……」
「わかった。早く決してフォーゲットを呼んで」
「呼べるか! これ以上……迷惑をかけられない。あの人は、吉利さんは、もう限界なんだ、相棒が死んで……決してフォーゲットなんてやらされて。もう、頼りたくないんだ。犯人だなんて、バレたくない。箭原、言わないでくれ、世間に……協会に……僕は……探偵になりたいんだ。大岩根と、最強の探偵コンビに……」
「黙れよ、人殺し」箭原は多川を踏んだ。「良いから呼んで。あなたの夢なんかどうでもいい」
「嫌だ!」
「じゃあ、私の気が済むまで痛めつける」
「待て!」
そこへ現れる、人。多川の友人、大岩根だった。
「多川を開放しろ」
大岩根の背後には、探偵が複数人。オーパーツなのか、変なもので武装していた。
囲まれていた。どうやら、多川を捕まえに来た探偵ではない。箭原を、取り押さえるために大岩根が連れてきた連中だった。
「……大岩根」多川が声を絞り出す。
「ごめんな、多川……お前に、こんな思いをさせてしまって……諏訪を殺すほど、追い詰めてしまったのはきっと俺なんだ」
「下らない茶番はよして」箭原は内心で焦っていた。逃げ場はない。奥の探偵に向かって、話しかける。「吉利を呼んで。あの人が決してフォーゲットで、諏訪殺害事件の協力者。この多川が犯人。証言は、全部こいつから」
「……箭原」探偵が言う。「それはこの区じゃ、禁句なんだ」
「は? 禁句もなにも」
「逮捕しろ」
探偵たちの後ろに、名探偵、吉利一与が見える。怯えているのか、小さくなっていた。
「吉利!」箭原が叫ぶ。「あなたが決してフォーゲットだっていうなら、私を殺して。私は、それ以外の望みなんてもう無い。姉さんと同じように死にたいんだよ」
「……あなたの姉さんっていうのは?」吉利は返事をした。
「あなたが、三年前にここで殴り殺した女だよ」
「……やっぱり、箭原なんて、そうそうある名字じゃないか」吉利は呟く。「連行して」
「吉利!」
あれから街中を探したけれど、私の話を聞いてから逃げた人間は、どこにもいなかった。その後姿や身長に覚えはあったが、候補が多すぎた。もうよくわからない。はっきりと見ていなかった私の落ち度だった。
家に帰ると、祖母に文句を言われた。今月の稼ぎが少ないだとか、そんな話だった。いつもは鵜呑みにして、はいはいと受け流していたが、今日は癇に障って、五回ほど殴った。殴るたびに、優しかった祖母の思い出が、吐瀉物になっていくような気がした。抵抗してきたので、刺殺されないように自室に逃げ帰った。
自室には仏壇がある。私の両親が供えてあった。そこには私が子供の頃に描いた絵も飾っていた。
「しあわせになりたい」
子供ながら、そんな現実的かつ漠然とした夢を抱えていた。
何もない。箭原も失った。推理能力も失った、探偵としての地位も、きっとこれから消える。
それから、窓から抜け出して、例の空が見える場所に行った。
全然綺麗じゃない。排泄物みたいに曇っていた。
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