12話
それから連絡を入れ、数十分後に探偵協会からの応援が到着した。
そこには、呼び出されたのか内ヶ島と星田もいた。事情を聞いた二人は狼狽えた。内ヶ島は、そんな話は聞いていないとして。星田は実行犯の一人として。
私は事情聴取に混ぜてもらった。襲われた当事者としての権利でもあったし、なにより諏訪殺害事件のことで、なにか進展があるんじゃないかと思った。
廃屋の、かつては事務室だった場所に、内ケ島、星田、志鷹〈殴られた顔が腫れている〉を座らせて、私と、さっきから機嫌が悪そうな箭原。協会からの派遣探偵の合計六人で部屋を一杯にした。
「協会の話じゃ」箭原が面倒くさそうに話す。「三人は協力関係にあったって見てるし、諏訪殺害事件にも、本当は関与してたんじゃないかって噂も流れてるけど、どう? 少なくとも、星田は私のことが気に入らなかったわけだし。ああ、それはさっき志鷹から聞いたんだけど。幸い対崎も私も、大して怪我していないし、大事にはならないだろうけど、学校としてはそれなりの処分は下るんじゃないかな。今後、大事な試験に参加できないとかは考えられるけど」
「冗談じゃないわよ!」内ヶ島が、思い切り机を叩いた。衝撃で志鷹は驚いて、また泣き始めた。「あんたたち二人の下らない企みに、私を巻き込むな。私は知らない。この二人が勝手にやった。私は関係ない!」
「そうやって」星田。「関係ないことみたいに言うけどさ、あんただって、私達が箭原を呼び出すところを見てて、止めなかったんだから同罪でしょ。一人だけ逃げるなよ。あんたのそういうところ、本当に嫌い。嫌い。大嫌い」
「黙れ! 人の足を引っ張るだけのクズ女が!」
「お前だって、正面から対崎に勝ったことなんか一回もないくせに」
「もうやめてよ……! ふたりとも……」志鷹。「私が一人でやったの。探偵さん、私が悪いんです。私だけが罪を被るべきなんです。二人は、関係ありません……私が……箭原さんを潰したかったんです、箭原さんに探りを入れられたら、そうしたら私は終わりだと思って……箭原さんだけは、殺そうと思って」
なにか今、この女は大事なことを口走った。
「ちょっと待ってよ」私。「志鷹、なにか隠してる?」
…………。
「いえ、なんでも……」
「なんでもじゃ済まないわよ」私は身を乗り出して、追求する。「どの道終わりなんだから、隠す意味なんか無いわ」
「…………実は」
またしても、耳を疑う事実。
「諏訪先生が殺された事件の日、あの部屋……教室に、私、一晩中いたんだけど……」
「そんなことして、良かったわけ?」私は息を呑んでから訊く。「確か、施錠時間のあとに学内に滞在することは、そもそも禁止されてるわよね」
「うん……でも、星田が密室を作る準備をやっておけって言うから、泊まり込みで作業していたんだけど…………作業してる時に、人が入ってきたんだよ」
「人……? 鍵は?」
「うん……鍵がかからないように、穴のところにテープを張ってたんだよ。終わったら、いつでも帰れるようにって……だから、外から人が入ってきた時は、バレたんじゃないかって思って……私、慌てて机の下に隠れて……」
「それ……誰だったの?」
「それはわからなかった」志鷹は首を振る。「電気は消して、手元の懐中電灯だけでやってたから、それも全部消して隠れたの……私、誰だかわからないけど怖くなって……先生だったら、入る時に、声とかかけると思ったけど、どうもそうじゃないし……でも室内に入ってきてた。気配がしたから、怖くて、ずっと祈ってるうちに、いつの間に消えたの」
「消えた?」
「出ていった音もしなかったから、そのまま室内から、消えた。どこかに隠れたとしても……気味が悪すぎるから、探せなかった。そのまま……朝までその状態で待ってた。時間が来て、明かりをつけて出ようとしたら、もう壁には『絆』って文字が書かれてて、私はまた怖くなって……急いで二人と合流して、事情を説明した。その結果……黙ってようっていう結論になった。だって、私が犯人だって疑われるから……。吉利先輩が、殺人鬼の仕業だって決めたら、それ以上何の追求もなかったから、私はそこで安心した」
どうして不可解な事実が増えるのだろうか。
三つの部屋に分散された証拠。密室。そして消えた侵入者。
「ねえ、探偵さん」私は一緒にいた協会所属の探偵に言う。「学校の現場……彼女たちが使っていた教室を、もう一度、徹底的に調べ直して貰ってもいいですか?」
「ああ、うん」探偵は頷いた。男性で、気の弱さがにじみ出ていた。「あそこは殺害現場ではなかったから、そんなに詳しく調べられていないけど……なにか見つかるかな」
予感は的中することになる。
内ヶ島たちの教室を調べ直して出てきたもの。それは、近頃見かけないと思っていた、吉利先輩の相棒、
櫛谷先輩の、死体だった。
送信者 サードイヤー
件名:調査結果
頼まれていた調査を書面で送る 振込額は、デートしてくれたら、格安で良い
はじめに、決してフォーゲットじゃないけど、面白いことがわかったから記載する 大岩根のことだよ
彼と被害者の諏訪なるみは、交際関係にあった 一緒に住んでいたみたいだけど、その関係は良好ではなかったらしい 大岩根のほうが、人間嫌いっていうから、気持ちもわかる 彼の潔癖症は医者にかかるレベルだって言う話も出てる
諏訪にストリップで働くように命じたのは大岩根だ 諏訪の同僚……ストリップの演者が、昔本人から聞いたって 理由は詳しくわからないけど、どうも逆らえないような関係だったみたい 奴隷みたいだね まあ諏訪のほうが、繊細な精神的な疾患がある彼をずっと心配していたのも事実だったらしいし、変に刺激したくないって思ったんじゃないかな
大岩根が犯人なのかどうかは私にはわからないけど、対崎ありえなら、この情報を有用に使えるでしょう
次に本題だけど、決してフォーゲットの話
近年では、二件の殺人を犯している 模倣犯も何件か出ているみたいだけど、それらは吉利が捕まえてるみたい 今回、決してフォーゲットの犯行だって早々に決めつけたのは、私としてはかなりきな臭いと思う
それに、過去の事件に比較して、今回の現場はかなりの相違点が見られる
まずその過去の事件を示す
一件目は三年前 繁華街近くにあるホテルの一室で女が殺されていた事件だ 死因は撲殺 死体の付近、部屋の壁にはサインペンで『絆』と書かれていた 書き文字がサインペンとなったのはこの事件からで、それ以前は血文字を用いていた どういう心境の変化なのかはわからないけど、その効果に違いはない 文字のサイズは、手のひらぐらいだという 吉利が担当だったけど、結局犯人は未だに不明
そして二件目 これは去年のことだ 住宅街にある飲食店で女性が絞殺される 死体はトイレにあって、すぐ側の床には同じくサインペンで『絆』 これは現場写真を入手できたから、同封する
〈トイレの個室にぐったりと座る被害者女性 首には紐 明らかに事切れていた 床にはサインペンで書かれた文字 近くには、暴れまわったのか私物やゴミや花びらが落ちている〉
三年前の事件で担当だった吉利は、今回関与していない その少し前に区外に出ていて、非番だったらしい まあどうせ、殺人鬼の仕業だってわかってるから、吉利の力なんかいらないってことだよね
で、相違点っていうのは、書き文字の距離 今までは全部が死体の付近に書かれていたけど、今回はどう見ても離れすぎてる なにか、意味があるのかそれはわからないけど、でも書き文字っていうのは、犯人の美学なんじゃないかな ありえがどう思うのか知らないけど、ここはおかしいと思う 近くに書かないと、同じ事件だっていう連続性が失われるっていうか……死体から離れた場所に書く理由が何処にも見当たらないんだよね
とにかく頼まれていた件は以上
対崎ありえなら、事件を、決してフォーゲットを捕まえられるって、私は信じてるよ
学校近くにある高いビルの屋上。そこは吉利先輩の自宅のマンションから程近い所にあった。
私は今、そこの柵にもたれている。
隣には吉利先輩がいた。例によってタバコを咥えて、煙を先端から放出していた。
あの日……櫛谷先輩の死体が発見されてから既に数日が経過していた。あの後、そんなものが発見されたという連絡を受けて、私はすぐに吉利先輩を呼んだ。本人確認が必要だと思ったからだった。
櫛谷先輩の死体を前にした吉利先輩は狼狽えた。その反応こそが、死体は櫛谷であるという証明になっていた。それから吉利先輩は、泣き喚いて、セラピストの元に連れて行かれて、自宅に今日に至るまでずっと引きこもっていたらしい。
私が呼び出したわけではない。吉利先輩が、私に話したいと言って連絡をくれた。会うのは怖かったが、断るのも冷徹だと思って受けた。
実際に会うと、挨拶を交わしてから、ずっとタバコを吸っている。
「私はね、探偵に向いてないんだ」永遠みたいに長い時間、彼女は黙り込んでいたが、ようやく開いた口から漏れ出たのは、そんな世迷言だった。
「……櫛谷先輩が、死んだからですか?」
「相棒も守れないような、最低の人間。それが私」
櫛谷先輩の死体は、押入れの奥の方に小さくなっていた。
まるで、ちょっと眠るように。
死因は現在調査中だが、おそらくは毒が原因だと推測された。外傷もなく、志鷹の話での、入って来た謎の人物が彼女だというなら、状況的に見れば自殺だったが、遺書の類は見つかっていない。もしかすれば、彼女の死こそが決してフォーゲットの犯行だという説もあるが、協会は別の見方をしていた。
櫛谷こそが、決してフォーゲットだったのではないかと。
そのどちらだったにせよ、吉利先輩にとって品のない屋外ライトみたいに、直視したくないものなのだろう。
私は、胸に手を当てて、そこにある温かいものを彼女にぶつけるつもりで、言った。
「先輩の書いた、探偵心得は何度も熟読しました。素晴らしい本です。あれがあるから、今の私の観察眼があると思います。吉利先輩が探偵に向いてないなんて、絶対そんなことありません。先輩は……誇るべき、私の目指すべき探偵です」
「虚栄だよ」
一言。
「人々に、そういう参考書みたいなの書いてくれって頼まれたから、書いただけ。実際あの本は、私より……櫛谷の監修の方が濃いくらいだよ」
「……そうだったんですか」その事実に対して、失望を覚えるほどの心の余裕はない。「櫛谷先輩って、どんな人だったんですか」
「大切な、相棒」煙が舞う。「学生時代から、ずっと一緒にいてくれた。そりゃ、事件を解決して来たのは私だけどさ、そのほかの細かい部分は、全部あの子がやってくれた。だから……もうこれからどうしたら良いか、わからない。なんであんな所で死んでるんだろうね。意味がわかんないや、ほんと……」
「…………」
「櫛谷は、私への罪滅ぼしだと言って、一緒にいてくれたっけ」
「罪滅ぼし?」
「うん。よくわかんないんだけど、投票があったらしくて。私はそれに選ばれたみたいで。覚えてないんだけど、そうやって売るような真似をしたからって、常々言ってたんだけどね……」
志鷹が口走っていた、投票。急に、先輩の口から聞けるとは思わなかった。
私は身を乗り出す。
「私も、そうなんですよ。なんの投票なんです?」
「さあ……でも、歴代のオプティマイズド探偵の人は大体みんな選ばれたみたいだけど、誰も覚えてないみたいなんだよね。不思議」
不思議で済ませて良いのかわからなかったが、考えてもわからない問題であることは確かだった。
「私ね」先輩が言う。「投票に選ばれるまではダメな奴だったんだ。落ちこぼれだよ。でも選ばれてからは、こんなことになっちゃって。本当、変な気分だよ」
「先輩にもそんな時代が?」
「ははは。ありえちゃんにだって、あったでしょ」
そう言って笑ってから、先輩はタバコの火を消して、それから俯いて黙り込んでしまった。
私は礼を言って去った。返事はなかった。
私はしばらく会っていなかった箭原と会う約束をしていた。
あの廃屋での一件以来、箭原との距離感が全くわからなくなってしまっていたが、彼女から、調べたことを全部教えて欲しいと頼まれて、会うことにした。
学校のエントランスは広場になっていた。事件以来、授業こそ再開していたが、危険意識が植え付けられているのか人は全然いない。
私はふらふらと約束の時間を過ぎて、寝癖もそのままに現れた箭原に、なるべく昔みたいに冷静に、私が知り得たことを話した。サードイヤーの書類も、吉利先輩と会ったことも、大岩根や多川と話したことも、全部。
その話を聞いた瞬間に、箭原は眠そうな顔を急に消去して、真剣に考え込んでから、ベンチに座っていた私の顔を見て、言う。
「対崎の情報が正しいのだとしたら、この事件には協力者がいる」
「協力者?」私は言う。「何を根拠にそんな」
「一人では不可能なことが多すぎるから」箭原は指を立てる。「その協力者こそが、決してフォーゲットなんだよ」
「なによそれ、飛躍しすぎじゃない?」
「してない。じゃあ説明するよ」箭原は腕を組んで、歩き回りながら話す。「えっと、まず決してフォーゲットが誰なのか。これを解き明かす鍵は、近年の二件の殺人。今対崎に教えてもらった、まあサードイヤーが調べたやつだけど、ホテルで女……の人が殺された事件と、飲食店で女が殺された事件だ。この事件の特徴は、絆という書き文字。これがそれ以前の殺人とは違って、サインペンで書かれるようになったこと」
「それがどうしたっていうのよ」
「決してフォーゲットはここから次の世代に変わったってこと」
世代交代? 殺人鬼にそんなものあるんだろうか。
「適当なこと言わないでよ。その根拠は……」
「書き文字に拘ってる犯人だよ。意味なく変えるはずがない。それに、この殺人鬼による犯行は、長らく定期的に行われている。一人の人間が永続的にやっていると考えるのは不自然」
「……そうかしら」
「まあとにかく、私が言ってるのは、この二件の犯人だけの話だよ。もう一つの去年発生した飲食店の殺人。これは現場に植物の花びらがあったと対崎は言ってた。私も写真を今見せてもらったけど、対崎に言われないと気づかないレベルだったよね。そのことから導き出せる仮説がひとつ」
箭原はそして、とんでもないことを口走る。
「吉利先輩こそが、今代の決してフォーゲットの正体だよ」
…………。
……なんですって?
「ちょっと……ちょっと待ってよ!」私は大声を出した。学校中に響いたって、知ったことじゃない。「吉利先輩が、そんなわけないわよ! 何言ってんのあんた!」
「でも、そうとしか考えられない」
「だって、ほら! 一件目はともかく、二件目の飲食店、あれには吉利先輩は、捜査に関与してないわよ!」
「じゃあどうして花びら……桜の花びらが落ちてる?」
「……そんなの、どこにだって生えてるでしょ」
「生えてない。あの日、先輩自身が口にしていた。桜の木は区外にしかないから、珍しくて見に行ったって。きっと、見に行った日と、区外から帰って来て殺人を犯した日は同日だよ」
「一件目が吉利先輩だっていう証拠がない」
「書き文字が同じ。事件の捜査に関わってるし、二件目と同じ犯人であることは明白」
「そんな……」
反論したかった。けれど、そんな材料がない。酸欠みたいに、口が開閉するだけだった。
「吉利=決してフォーゲット、つまり、今回の殺人の協力者は、吉利だよ。直接手は下してない。それにはまた別の推理で説明するけど、決してフォーゲットの正体は吉利。余罪はたっぷりとあるよ。ひょっとしたら表彰ものだよ」
世間に言うつもりなのか。殺されたいと言っていたから、それで吉利先輩を脅すのか。
あのスター扱いされている吉利先輩を。
それは、許されるのだろうか。
「あんたは、どうしたいの」
「私は、殺されたいだけだから、表彰とかはどうでも良いな。でも協会に言う前に、私を殺して貰おうかな。協会にはそのあとでお願い出来る?」
ダメ。何もかも、ダメだった。
「そんなの……言えないわよ」
箭原は、そう言う私の顔を、無表情で覗き込んだ。
「だって…………吉利先輩は、オプティマイズド探偵なのよ? 街のスターなの。みんな信頼をおいてるし、平和を託してる。夢なの、希望なの。それを……実は殺人鬼だっただなんて、私は口に出来ないわ! 絶対のタブーなのよ! だから花びらのことが、写真では残っていても文書で残っていないし、証拠としても扱われていないのよ! 言っちゃダメなのよ!」
そこまで言って、箭原が私を、軽蔑するような視線を向けていることに気づいて、
「ねえ対崎」
見ないで。
「あなたの夢って、そんなもんだったの?」
「しょうがないわよ! 私の憧れを、陥れるみたいなこと、口に出来ないわ!」
「私は殺されたいけどさ、でもこれ以上被害者は増やしたいとは思わないよ。あなた、黙っておくって言う意味、わかってる?」
「わからない」
「そこまで頭がバカになっていたとは思わなかった」
その時、物陰で音。
「誰!」箭原がその方を向く。
後ろ姿。誰かわからない。私達から逃げていく。聞かれた。まずい。決してフォーゲットの正体。私が殺人鬼を庇う所。まずい。まずい。追いかけないと。
立ち上がって走り出そうとするところを、箭原は止める。
「待てって。肝心の、諏訪殺人事件の犯人だってこれから呼び出さないといけないんだけど」
「そんなのどうでもいい! さっきの奴を見逃す方が危険よ!」
掴まれた手から、力が抜けて自由になる。
「じゃあ勝手にして」
背中に浴びせられた言葉は、冬の街よりも冷たかった。
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